12,他が為の使命
「――さて、どうした、座れよ?」
かつての最愛の親友ティオの墓の前で、十五年の空白を経て、再会したカルマンとティーダ。お互いに最後に会った時ほどの、若さもない。あるのは過去よりも老け込んでしまった、二人の男だけである。かた一方は、内心疲れてはいるものの、気力は充実した目をしている。そしてもう一方には、何もない。正義も無ければ、悪も無い。明確な目的すらも見えない。
ただ強いてあるといえるものは、多くの人間の命を奪ってきた断罪の剣――オルグナードと、男を黒騎士クロディアンたるものに仕立て上げる為の、黒き仮面である。
カルマンとティーダは、サンバナの酒場にいる。前日に、シンラと共に入った酒場と同じ場所である。
カルマンは自分が座るよりも先に、呆然と突っ立っているティーダに対して、椅子に座るように促す。ティーダは椅子を睨み付けるように見て、一呼吸の間を空けて、静かに着席した。完全に着席したのを確認し、カルマンもその巨体を預けるように、椅子へと座り込んだ。
「酒は飲めるようになったのか?」
カルマンがティーダに聞く。十五年前、とある出来事により、ティーダは酒に呑まれた事がある為だ。
「……少しなら」
「そうか。親父さん、アルコール度数の少ない酒をくれよ」
店の店主に、酒を注文する。親父は静かに頷くと、店の奥へと歩いていった。
「ちょっと待ってろよ、すぐに来るから」
カルマンが話しかけるが、ティーダは無言。頷く事もしない。余計な会話はしたくない、という事だろう。最も、カルマンも余計な会話をするつもりはない。
しばらくすると、店の店主が一本の瓶を持って現れる。それを手際良くテーブルに並べ、一杯分の酒を、用意したグラスに注ぐ。そして一礼した後、店主は奥へと引っ込んでいった。何も催促していないのに、わかったかのように奥へと行くのは、熟練の成せる業だろうか。
カルマンは注がれた酒を、一気に飲み干すと、
「かぁっ、本当にアルコール度数低いな、こりゃ!」
と、率直な感想を大声で言う。幸い他の客はいないので、誰に迷惑がかかるわけでもないのだが。
そして一口で一杯を飲み干し、空になったグラスに継ぎ足した。
「――それで、貴様の話は一体なんだ?」
仮面を取り、一時的にといえども黒騎士から、ティーダへと変わっている。だが、そんな変化とは違い、その口調は黒騎士の時と同様、非常に淡々としたものである。
元々、ティーダという人物は、あまり感情を表に出すような人物ではなかった。できる限り他人との接触を、避けるような仕草も見て取れる事もあった。
しかし人との関わりを持つようになり、その傾向も幾分は緩和されてきた感もあったのだ。その中心となっていたのが、喧嘩こそ多かったが、目の前にいるカルマン。そして墓に眠る少女、ティオなのである。
「……まぁ正直、話したい事はいっぱいある。十五年……この歳月が流れる間、お前は何をしていたのか、とか。一体何故、黒騎士としての活動を始めたのか、とかな」
誘ったものの、カルマンには具体的に何を話そうか、そのテーマとなるものを、全く考えていなかったのだ。
だが十五年――そのあまりに長すぎる、空白の歳月。それを埋める為には、ちょっとの時間で済むはずもないだろう。
「俺も貴様に聞きたい事がある。……何故わかったんだ、黒騎士の正体が俺であると」
本題、というわけでもないが、カルマンとティーダをここへ来させたのは、確かにこの理由である。
「勘……なんて言うつもりはないから安心しろ。まず、お前だと判断させられる点は、ティオへの墓参りだ。一般的には、あそこはティアナという悪魔の墓だ。普通の人間ならば、まず近寄らない。なら誰なら近付く? それは生前の彼女に所縁のある人物だ。だからといっても、かつて住んでいたパーシオンの人が来るわけもない、何故なら、あんな事があって、みんなティオという存在を畏怖の念で見ていたからだ。強いて言えばハリスさんだけだが、あの人が来れるわけがない。まして全身を黒で覆うなんて、変に目立つ格好をするわけもない。となると、後は誰がいる? エスクード城の人が来てくれていた可能性もあるが、消去法で考えて、お前しかいないよな」
ティーダは目を瞑り、カルマンの説明に耳を立てている。肯定するわけでもなく、また、否定するわけでもない。
「それにティア……いや、あえてティアナと言うが、普通に見れば年端もいかない女の子だ。誰も彼女が、かつて恐怖を与えた悪魔だなんて、知る由もないだろ。それがわかっている事が、またティーダという人物像に近付ける。……そっくりだもんな、いや、そっくり過ぎるんだ。ティオとティアナは……。親と子ではなく、本当に生まれ変わりだ」
「欠片……だからな」
今まで黙っていたティーダが、ようやく口を開いた。しかし、酒を一口含み、また黙ってしまう。
「……。とりあえず、俺がティーダだと確信を持ったのは、さっきお前が走り去っていく時の、剣撃によるものだ」
「……ほう」
今までの中で、ティーダは一番の反応を見せる。
「いや、正確には戦闘スタイル……と言うべきか。超人的な動きかつ、電光石火の剣撃。俺の知る中で、それを実行実現できる人間は、ティーダという男だけだ」
「……その推理は、個人的な感情による推測の域を出ていないな」
「そうだろうな、だが間違えるはずがない。そのスタイルは俺が羨ましく思い、妬み、そして憧れたものだ。ガキの時代、俺はお前のように強くなりたいと何度も願っていた。そして必ず倒してやると、何度も心に誓ったもんだ」
恥ずかしげもなく、力強く過去を語るカルマン。
それに対して、今まで無言無表情を貫いていたティーダが、僅かながら笑みをこぼす。
「なるほど、納得した」
妙な雰囲気が漂っていた。殺伐した感じではない。むしろ懐かしさが、その場を支配している。
決して、今の二人の関係は、馬鹿みたいに笑い会える状態ではないが、うっすらと笑みが出てくる、そんな雰囲気なのだ。
ティーダはわからないが、カルマンは少なからず、そう思っている。だからこそ、聞きたい事が出てきたのだ。
「――なぁ、ティーダ。今からでも遅くはない、今までの事は水に流して、俺達と一緒に来ないか? 絶望に支配されてしまった時代だ、俺達だけでも城国と戦おうと、旅をしているんだ。そして支配の時代を終わらせるんだ。不可能に近い事だが、やらなけりゃ――」
「俺に、悪魔の欠片と共に、城国を、王を打てと言うのか?」
カルマンの言葉を無理矢理遮り、ティーダは言う。その言葉は、どこか怒りを感じられる。
だが、ティーダの怒りを秘めた言葉以上の怒りを以て、カルマンはやや怒鳴るようにして言う。
「お前……さっきからティアナを欠片欠片って、あの子は歴とした一つの生命だぞっ、それをお前は――」
「あの娘の、本当の能力を知らないから、貴様はそう言えるんだ!」
怒鳴るカルマンの、更に上をいくかのように、ティーダの口から、生の感情が吐き出される。
言い返そうと思ったカルマンだが、ティーダの口から出た、一つの単語に興味を奪われてしまう。
「ティアナの……本当の能力? 一体何だ、それは!?」
感情を出したティーダだったが、今は完全に黙りこんでいる。いや、喋るべきかを、考え込んでいるようにも見える。
「おいっ、何とか言いやがれ!」
「――正直なところ、俺には理解できない」
「はぁっ? 何だよ、大口叩いた割には、肝心なところはわかってねぇのかよ」
拍子抜けしてしまったカルマンは、再び気を入れる為に、酒を一杯煽った。
気を落ち着かせて、ティーダを見ると、めずらしく何かに恐怖しているようにも見えた。
「お、おい、どうした?」
「理解できないんだ、俺にもっ。それほどにティアナの力は強大なんだ。……この数十年、俺なりに過去のティアナの情報や記録を、調べた事がある。だが結果的にわかった事がある。ティアナと呼ばれた個体は、全てのアルティロイドを超越して強い、という事だ」
「アルティロイド……」
カルマンは、記憶の奥底に眠っていた言葉を、手繰り寄せるように思い出した。かつてティーダに、そういった告白をされた事があったのだ。
アルティロイドの強さは、カルマンの中では、ティーダという象徴がある。それはあまりにも、常人離れしている戦闘能力を有している。それこそ、並の人間では歯が立たない程に。
そしてティーダというアルティロイドは、最強、の二文字で恐れられた個体である。
「十五年前――第二次解放大戦の渦中、ティオはティアナへと覚醒を果たし、わずか短時間ながら、世界中を恐怖と死の世界へと創りあげた。俺は間近でお前と、ティアナの戦いを見ていないから何とも言えないが、当時の惨状と、お前に色濃く刻まれたダメージで、いかに死闘だったのかの想像はつくつもりだ。……だから悪魔と形容されたのも……認めたくはないが、わかる、つもりだ。だが、それはあくまで、ティオティアナとしての話だろう、今のティアナには関係ないはずだ!」
自分で言っていて、墓穴を掘っているのだと、カルマンは気が付く。
だからこそ危険なのだ。最強のアルティロイドである、ティーダが戦っても、止める事はほぼ不可能な力を、当時のティアナは持っていたのだ。
そのティアナから生まれた、今のティアナは、ティーダが言う程の力を備えていない。現にティーダは、先程の戦いにて、剣においても実力においても、見事にティアナを圧倒してみせていた。当時のティアナと、今のティアナとの、実力差は簡単にわかるものだ。
しかし、今のティアナにも、いわゆる『力の片鱗』は見せはじめている。事実、単純な勝負をすれば、ティアナの実力は、既にカルマンを越えている。カルマンが優勢を保っていられるのは、長年に渡り培った経験の賜物でもある。
話を少し変えるが、かつてティアナへと覚醒した、ティオという当時の少女は、お世辞にも戦闘ができる少女ではなかった。間違いなく拳による喧嘩はした事はないし、仮にしたとしても、まず負けていただろう。
そんな少女でさえも、ティアナへと覚醒した瞬間、何者にも止められぬ怪物へと変貌するのだ。
仮にも、今のティアナが、かつてのティアナのような覚醒をしたとしたら、今度こそ止められないだろう。世界は確実に、死への道に進む事になるだろう。
殺せるうちに殺しておく、それが正しいか間違っているかは抜きにしても、ティーダの答えはある一種の正論である。
かつて誰も倒せなかった城国という、大きな敵と戦わなければならない。もしも、ティアナが敵となってしまったのならば、完全に勝ちはなくなってしまう。ならば、確実にできる安全策として、今の時点でのティアナを、殺してしまった方が良いのだろうか。
――カルマンは力強く、首を横に振った。
「殺すなら今しかない。あいつが覚醒したら、俺にだって止められはしない」
「…………だが、あの子は、ティアは、ティオが俺達に託した子なんだろう?」
ティーダは顔をしかめ、逃げるように視線を横に逸らす。
「昔から、世界の平和を、他人の幸せを願っていた……でも、夢も半ばで死んでいったあいつのっ、ティオの願いは、ティアに受け継がれているんだ。あの子は、この運命から逃げる事もできたんだ。親のティオの理想なんて、捨てる事だってできたんだ。普通の女の子として、ひっそりと生きていく事だってできたんだ! でも、あの子は受け継ぐ事を選んだ。……こんな小さな女の子が、未来へと戦っているのにっ、俺達の世代が足を引っ張ってどうするんだっ。あの子は戦い続けるさ、この先も、争いが無くなるまで、それが例え終わりのないものでさえもな。……それが、ティアナという名すらも受け継いでしまった、あの子の宿命だ。だから決めたんだ、俺は残された力を、ティアの為に使おうと。あの子を出来る限りの無傷で、終わりまで運んでやる事、それが勝手な俺が決めた、勝手な使命だ」
荒くなった息を整えるように、深呼吸をすると、また酒を一杯、胃袋の中へと押し込んだ。
鼻息の荒いカルマンに対し、やはり冷静な姿勢をティーダは崩さない。
「ティオの夢、願い、か……。――だが、今のティアナが危険だという事実は変わらない」
「お前はまだそんな事をっ!」
今にも殴りかかりそうなカルマンを、ティーダは手で制する。
「危険な事は変わりないんだ。仮にも覚醒してしまった時、後悔の感情だけでは遅いんだ。……俺はこれからも、ティアナの命を狙い続ける。それを阻止するのが、貴様の使命だと言うのならば――戦場で会う時、俺と貴様は敵同士だ」
ティーダは、自分のグラスに残った酒を一気に飲み干し、席を立ち上がる。一直線に出入口へと向かうティーダを、カルマンはただ眺めている。
そして、ティーダがドアノブに手をかけた時、
「ティーダ」
一言。カルマンからの呼び掛けに、歩みを止める。
「これだけは言っておく。ティオはお前に、あの子を託したんだぞ」
「――だから?」
「あの子は、ヴェルデフレインの持ち主、つまりはお前を父親だと思っている。血は繋がっていないのかもしれないけど、あの子は、お前の子だよ」
「……ふっ、娘殺しの悪名も、悪くはない」
扉が閉まった。
もうそこには、かつての親友である、ティーダの姿はなかった。
「……このっ、大馬鹿野郎が……」
――カルマンがティオの墓へと戻る頃には、既に昼時も過ぎていた。
ティアナとシンラは、無事にデスクロウム火山地帯に入っているだろうか、カルマンの心配は尽きない。
「うん、あれは……?」
ふと見ると、墓の前に人影がある。茶化し目的で、足を踏み入れた人間か、あるいは別れたばかりのティーダか。
だがその答えは、両方とも違っている。
「あっ、来た! 師匠!」
人影が手を振っている。その正体は、ティアナとシンラである。
「お前達、先に向かえと言っておいただろう?」
うふふ、と笑いながら、シンラが答える。
「一応、説得はしたのだけれど……師匠と一緒じゃなきゃ、先には進まないってティアちゃんが。愛されてるわね」
カルマンは嬉しかった。
そして酷い罪悪感に見舞われた。
「ティアナを殺すならば、今しかない」
そんなティーダの言葉が、頭のどこかで根付いてしまっていた。最悪の事態を想定するならば、それも覚悟しなければいけない事なのだ。
だがそんな事を、一時といえども考えてしまった事に、カルマンは涙を流す。
「師匠!? どうかしたんですか、どこか具合でも……うわっ」
カルマンはティアナを、力いっぱいに抱き締めていた。
「あらあら、うふふ……」
(大馬鹿野郎は、テメーもだっ、カルマン! こんなに良い子を、仮にも殺そうだなんて、よく考えられたもんだ……。馬鹿野郎、大馬鹿野郎、クソ馬鹿野郎!)
「し、師匠……」
一分程だろうか、カルマンはティアナを抱き締め続けた。
――それから三人は、ティオの墓の前へと整列する。
「ティオ、さん。当時からだけど、私が興味を持てた人間。今はティアちゃんが、私の興味対象。……素直じゃないわね。大丈夫、安心して、やれるだけの事はしてみるわ」
「ごほん。まぁ、俺からティオに言う事なんて、あまり無いけどよぉ。何回も伝えてるけど、この子を守ってやってくれ。それだけだ」
「お母さん、しばらくこの場所を離れます。きっとまた、ここへ戻ってきます。次にここへ戻る頃には、今よりも強くなって、戻ってきます。お母さんが好きだった、お父さんよりも強く……。だから、行ってきます!」
シンラ、カルマン、ティアナの順に、墓に眠るティオへと、旅立ちの言葉を贈る。
相変わらず、ティオは元気に笑いながら、手を振っているように見えた。
「――行きます!」
ティアナ達は、サンバナ周辺地域を離れ、西の大地――デスクロウム火山地帯へ向かう。
「あの世の役者達2」
ソリ「ところで……デュアリス君は某狩りゲーでは、何の武器を使っているのかね?」
デュ「あ、私はランスとガンランスをメインにしています」
ソリ「ふむ……なるほどな。私はどんな状況にも対応できるように、片手剣をメインにしている。……というわけで、初心者なティアナ君には、扱いやすい片手剣が良いと思うのだが?」
ティ「えー、何で? ハンマーとかいうのじゃ駄目なの?」
ソリ「駄目というわけではないが、ハンマーは少々扱いにくくないか?」
ティ「扱いにくいもなにも、作中で最強のアルティロイドよりも強い、真の最強である私なら何を使っても勝てるわよ!」
デュ「いや……ゲームするのに実際の強さは……あはは」
テオ「――というわけで、みんながゲーム話で意気投合してから、かれこれ十二時間が経ちます。はぁ……正直退屈です」
ロビ「ティオ ゲンキダセ」
テオ「ありがとう、ロビン。……あれ、そういえばだけど、この作品で死んだ人は多数いると思うけど、セレナさんがいないのはなぜ!?」
ロビ「~♪」
テオ「ロビン……吹けもしない口笛はやめようね!」