表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルティロイド―究極の生命体―  作者: ユウ
故郷を燃やして~母へ~
78/97

8,もう一つの十五年前

「――さて、無駄な説明は無しにして、さっさと現物を見せてしまった方が早いのだけれど……」

 そこまで言って、シンラは横目でティアナを見る。

「まぁ、ティアちゃんの為に、簡単に説明しましょうかね」

 ティアナもそれを望み、簡単な説明を始める。

 まず事の成り行きは、シンラが酒場にて自分の正体を、カルマンに明かした事から始まる。旧パーシオン跡地の村で出会った、狼こそがシンラの正体だ。

 しかし狼がシンラならば、現在、人間の姿でいる事に矛盾が生じる。そこで出てきたのが、複合生命体――キメラの存在である。

 現にシンラ自身も、その推理を認めていて、今は推理が正解している事についての、証拠を見せる段階なのだ。

「――というわけなのよ。わかったかしら?」

 理解はしているが、納得できていない。そんな考えが顔に出ている。同じくカルマンも、納得できていないから、証拠が見たいのだ。

 そんな二人を見て、シンラは嘲るように笑う。

「じゃあ……いくわ」

 シンラの体が淡く輝き始める。すると二足で立っていた体は、四足で立ち、輪郭も人間のものから、徐々に犬型に変化していく。

 一分もかからぬ内に、人間の姿をした女性は、一匹の狼へと変貌を遂げた。その姿は確かに、村で見た狼そのものであった。

「――驚いたな」

「凄いですっ、シンラさん!」

「うふふ、ありがとう。……私は元々、狼ベースだったから、人間の姿でいるよりも、この姿でいる方が楽だわ」

 狼の姿で人語を喋られると、何故だが違和感らしきものを感じられないだろうか。

 また狼の顔の為に、あれほど色気に満ちていて感情豊かであった、シンラの表情が読み取れない。逆に狼の雄からすれば、魅力的な雌なのだろうか。

「人と狼のキメラ……いわゆる人狼ってやつか、直に見てもにわかには信じきれないものだな」

「違うわ。人狼って、人をベースに狼でしょ? 私は狼ベースに人だから狼人よ」

 その事にプライドがあるのか、めずらしく感情を込めて言葉を出す。

 とにもかくにも、シンラが跡地村で戦った狼だという事は、絶対的な証拠を見せられて信じる事にする。

「でも凄いですよね! 狼さんが喋るんですよっ」

「うふふ、キメラになって一概に嫌な事ばかりでもないのよね。こうして言葉が喋れるようになったし、人間の知恵がついた事で、純粋な狼時代とは、生活の仕方が変わったわ」

 狼の姿でそんな事を言われると、何故か謎の説得力がある。

 ――しばらくすると、狼形態から人間の姿へと戻る。見慣れた姿へ戻ってくれた事により、ティアナもカルマンも、ようやく溜飲が下がるようだった。

 人間の姿へと戻ったシンラは、備え付けのベッドに腰かけると、いつもの大人の女性的な雰囲気を放ちながら言う。

「さて……私の事は話したんだし、そろそろ貴方達の事を教えてちょうだい」

 そんな言葉を聞き、ティアナはカルマンを見る。これに対する反応を、アイコンタクトでも良いから知りたかったのだ。

 そんなティアナの考えとは裏腹に、カルマンは見向きもしなかった。今そんな事をすれば、秘密があります、と言っているようなものだからだ。

 秘密――という程に隠す事はないが、ティアナの事だけは表沙汰にはしたくない。その事実を知って、シンラがどう動くのかもわからない。

 しかしそんな用心は、思いの外、簡単に砕かれてしまう。

「俺達の? 別に、特に言う事はないつもりだが」

「あら、そう。――駆け引きは苦手だから率直に言わせてもらうけど」

 一瞬の間。その間が嫌らしい。

 気付けばシンラの顔つきは、やや小悪魔染みた意地悪なものになっている。「駆け引きは苦手」なんて事を言っておきながら、楽しむ気満々である。

「貴方には無くても、ティア……ちゃんにはあるんじゃないの?」

 心臓がはねあがる。

 もしも聞き間違えではなければ、シンラは真実を口にしていた。それを確かめる為に、カルマンは聞き返した。

「ティアに何があるって? 何もあるわけがないだろう。こいつは俺の弟子で、実の娘のような存在。ただそれだけだ」

 ――実の娘のような存在。

 その言葉を聞き、ティアナの心は暖かくなる思いだった。しかしそれはティアナだけであり、現在進行でカルマンとシンラの、駆け引きが続いている。

「あくまで誤魔化すのね。ねぇ、ティアナちゃん、この人って本当に頑固よね?」

「昔からそうですね、師匠は……っあ」

 ――確定的だった。

 ティアナ、と呼ばれて会話をしたのは、流れにより気付かなかったと言い訳できるが、完全にミスした事に反応してしまっている。

 これは自分がティアナであると、シンラに認めているようなものである。

「えっ、えっとですね、今のは……!」

 あたふたと弁解の言葉を考え出す。しかし焦れば焦る程に、頭の中は真っ白になっていく。

 そんな姿を見て、可愛いと思っているシンラは、失礼のない程度の微笑をする。それにカルマンも深いため息を吐き出し、意を決したように言う。

「何故……わかったんだ?」

 シンラは昔を思い出すように、目を瞑り、開けると目線を天井に向ける。

「話は長くなるけど……何となくわかっていたのよ」

 そう言い始めたシンラに、ティアナとカルマンは、同時に注目した。

「――あれは、およそ十五年前のシュネリ湖の事。前にティアちゃんが言っていたように、私のような狼族の大半は、シュネリ湖が生息地なの。……その湖の畔で見たのよ、ティアちゃんにそっくりな女の子をね」

 ――十五年前のシュネリ湖。

 カルマンには覚えがあった。恩師ソリディアと共に、シュネリ湖を目指したのだ。その際に同伴していたメンバーに、確かにティオはいた。

「まさか……その直後に、シュネリ湖防衛戦が起きなかったか?」

「ご名答ね。確かに、ティアちゃんに似た女の子を見た直後に、戦いが始まったわ。……話は戻すけど、それから次に見たのは、いわゆる『ティアナの悪夢』の時ね。わかるわよね? ティアちゃんは、私が見た女の子とそっくり……いえ、同じだった。それに動物的な勘みたいなものでわかるのよ。十五年前の女の子と、ティアちゃんは纏う雰囲気みたいなものも瓜二つ。カマかけてみたら案の定ってわけね」

 興味深そうに、ティアナを見つめるシンラ。その表情からは、この次に何をするのか皆目見当もつかないでいる。

 仮にもシンラが、ティアナが町にいる事を町民達に通告したのなら、ティアナとカルマンは今すぐにでも、この町から出て行かなければ大変な事になる。それ程に世界の、いやもっと言うなれば、ティアナの悪夢発生の地点でもある、サンバナの町に済む民達にとって、ティアナというのは忌むべき存在になっているのだ。

「それで……シンラさんは、私がティアナであるとわかって、一体どうなさるつもりですか?」

 ティアナが凛とした態度で、シンラに問う。その堂々とした姿は、先程可愛らしく慌てていた少女とは、似ても似つかない。

 それは目の前で対峙しているシンラが、一番実感している事ではないだろうか。真っ直ぐすぎるぐらいの瞳に見つめられては、駆け引きしようという、気持ちすらも揺らいでしまう。

 だからこそ、次に言うシンラの言葉は嘘偽りのない、根っからの本心だったのだ。

「別に……どうもしないわ。私は十五年前に、興味が湧いたティアナという人間を見てみたいだけ」

 そんな言葉に、ティアナはきょとんとしてしまう。もっと想像では、最悪な答えを想定していたからである。

「おかしいかしら? 人間には感じられないのかもしれないけど、動物的な勘には貴女という人間の、不思議な感覚を感じずにいられないのよ」

「そ、そんなに変な感じがあるんですか?」

「変、じゃないのよ。何と言うか……優しい気持ちになれる。あるいは、勇気が出てくるというのかしらね」

 ティアナの放つ、勇気と優しさのオーラ。それはかつてのティアナとは、全く別の種類のものではないだろうか。

「――それで、結局お前はティアがティアナだと知っても、何もしないというのか?」

 今まで黙っていたカルマンが、ナイフのように鋭い口調で、シンラに聞いてくる。

 シンラは「えぇ……」と、一言だけ返した。その返事はあまりにも静かすぎて、素直に言葉を信じさせないものがある。

 あるいはカルマンの、疑いの気持ちが強すぎるのか。一概にどちらが正しいとはいえないものがある。

「信じられんな。そんな事を言って油断させておいて、何かをやろうという企みがあるかもしれないからな」

「――師匠! シンラさんは私達の仲ま……」

 そこまで言ったティアナだが、カルマンに手で制され、言葉が止まってしまう。

「こいつは……シンラはまだ俺達の仲間ではない。忘れたのか、俺達とシンラはただサンバナという、目的地が一緒だったに過ぎない間柄だ」

 無情かもしれないが、それが変わらぬ真実である。色々とあったが、何だかんだで仲良くなった。

 しかし、カルマンの言う通り、シンラとは目的地が一緒だっただけであり、その実、まだ得体の知れないところはお互いに多いのだ。

「どうすれば、信じてもらえるのかしら?」

 ある意味呆れたように、しかし当然の事として、シンラは口にする。確かに偶然的――いや、必然とされた出会いは、信じろと言われて信じる方が難しい。

「師匠……私は、シンラさんを信じていますよ」

 他者を疑う事への悲しみか、ティアナは寂しそうに言う。

 カルマンもそれはわかっているのだ。カルマンの師匠にして恩師ソリディアには、人を信じる事、という教えを、耳にタコができる程に聞いている。

 その教えを間違って覚えたつもりはなく、シンラという狼人を信じたいと思っている。いや心の内では信じているのだ。一時とはいえ、旅を共にした仲間であり、悪い心を感じ取る事はできなかった。

 だが一方で、感情論だけの信用の危険もわかっていた。長き十五年の間に、自身が体験し、痛い目を見たからこそ、理屈的な信用も必要なのだと。

「――わかったわ。なら、これを貴方に託すわ」

 シンラは隠されていた首飾りを、そっと外した。その首飾りの先端には、白く鋭利な物が付いている。

 その首飾りを受け取り、カルマンは念入りに品定めする。

「これは……骨、か?」

「そう、父の形見よ。それは父の牙、とっても大切な物よ」

「……信用を得る為に、そこまでするのか? 一体何故だ」

「言ったでしょ、ティアちゃんに……いえ、貴方達に興味が出たの。もしも私が裏切るような真似をしたり、怪しい行動をするようならば、その牙を壊すと良いわ。私にとっては、命と同じぐらいに大切な物だから……」

 駆け引きもなしに、ティアナのような真っ直ぐな瞳を、カルマンに向けた。冷静ないつもの顔とは違い、情熱的な瞳がそこにある。

 さすがに根負けしたのか、カルマンは渋々といった感じで首飾りを受け取った。

「それを受け取ってくれたという事は、少しは私を信じてくれたのかしら?」

「……そういう事になるな」

 素直ではないが、カルマンはシンラを認めた。

 その結果に誰よりも喜んだのは、不安そうに見守っていたティアナである。その証拠に、勢い良くシンラに抱きついた。

「やったぁっ、シンラさん、これからも一緒に来てくれるんですね!」

「うふふ、改めて宜しくね、ティアちゃん。それに、カルマン……師匠?」

「それはよせっ! 変な肩書きはいらん、普通に呼べ」

 賑やかに笑いあった夜だった。それは旅立ちの序章だったのか、あるいは終幕への時刻唄になるのか。

 そんな見えない未来を切り開く為に、旅をしている。一行は、狼人シンラを仲間に加え、次の目的地を目指していく。


 ――翌朝。新たな旅立ちの朝である。爽やかとはいえない曇り空だが、不思議と不快感はない。

 使用した部屋の簡単な後片付けと、これからの旅の為に、カルマンとシンラは身支度を整えている。

 次に向かうのは、世界地図では西側、サンバナの町からは北西の方角にある、デスクロウム火山地帯である。火山という環境により、いつも以上の準備を余儀なくされる。

「あの、師匠……」

 遠慮がちに、ティアナはカルマンに呼び掛けた。

「何だ、ティア? 準備はできたのか、火山地帯は生半可な装備では、危険すぎる場所だぞ」

「あ、はい、準備はできたんですけど、その……」

 あまりに煮え切らない答え方に、カルマンは体ごとティアナに向けて、話を聞く体勢を作る。

「どうした、何かあるのなら言ってみろ」

「はい……えと、お母さんのお墓に、もう一度行きたいんです」

「――さすがに寄り道している時間は無いぞ。行くならば、俺達が準備している今の内に済ませておけ!」

 許可が得られないものだと、予想していたティアナは、その予想外の返答に歓喜した。そして嬉しさの勢いそのままに、部屋から飛び出していこうとする。

 そんな反応をこれも予想していたのか、カルマンはティアナの肩を掴み呼び止めた。

「少しは落ち着け。……俺達も準備が整い次第、墓に向かう。だからお前は、墓で待機していてくれ。わかったな?」

「はいっ、わっかりました!」

 本当にわかったのか、わからないぐらいの大きく元気な声で返事をするティアナ。そして今度こそ、部屋から飛び出していった。

 元気なティアナを見て、シンラはいつものように微笑する。

「あらあら……元気が良いわね、ティアちゃんは」

「元気だけは人一倍凄い。……その点だけは、あいつを超えているかもしれん」

「あら、あいつって誰かしら?」

「あいつはあいつだ。さっさと準備を進めるぞ、和やかにしている暇はないからな」

 シンラは流すように「はいはい」と言い、旅の準備を進めていった。今回の旅の準備は、シンラとしても非常に心弾むものだった。いつも一人旅で、自分一人でどうにかしていた為、仲間と一緒に支度をするというだけで、どこか嬉しいものがあったのだ。

 ――しばらくすると、支度も終え、今度は町へと必需品の準備に向かうのだった。

 一方、先に出ていったティアナに、漆黒の騎士との出会いが待っていた。

「モフモフ」


ティ「もっふもふ♪」


シン「うふふ、気に入ってもらえたみたいね」


ティ「はいっ、シンラさんの毛並みは、ふかふかで気持ちが良いです!」


カル「(ふかふか……だと!?)」


シン「毛繕いは入念にやっているからね」


ティ「凄く良いですよ! 師匠もどうですか?」


カル「いっ、いやっ、俺はいい! 俺はそういう乙女チックなものは好まん!」


シン「うふふ、意地はっちゃって」


――その日の夜。


カル「そっと、そっとだ。気付かれないように、そうっと……」


シン「うふふ、やっぱり触りたかったんじゃない」


カル「ぬあっ!?」


シン「師匠の面目丸潰れですもんね、ティアちゃんには黙っててあげるわ」


カル「ぬぐぐ……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ