6,白の戦荒野
「――おい、どこに行くんだ!?」
傷の手当てに、ティオ達の住むベースキャンプ唯一の医者である、ラルク医師の元から帰る途中に叫び声が聞こえる。この声の主は、聞き慣れた人である。カルマンだ。
「気持ちが大切なんだろ? 俺は俺の仕事をしてくる」
「あっ、おい!」
どうやらカルマンがティーダに突っかかっているらしい。
(ソリディア兵士長に聞いたけど、本当に仲が悪いのね、あの二人。……ティーダ君、どこに行くんだろう?)
カルマンとの喧嘩が終わったのか、ティーダはベースキャンプから出ていく。悔しさからか、カルマンは足踏みをその場でしている。
「――カルマン君」
「あ、ティオッ……ちゃん!?」
「どうしたの、そんな大声だして?」
「……あのヨソ者が、協力しないからさ……。それに……いや、何でもない」
無愛想な顔で言うカルマン。心なしか顔が少し赤い。
「……協力? カルマン君、駄目だよヨソ者なんて言っちゃ。レジスタンスとして動いている以上は、みんな仲良くしないと!」
「そ、そうなんだけど、あの野郎がっ!」
「カルマン君っ!」
カルマンはティオに睨みを利かせられ、そのうるさい口を閉じてしまう。
「……わかったよ、仲良くするよう努力する」
「うんっ!」
「じゃあ、俺は見張りの仕事に戻るから」
「うん、がんばってね!」
渋々といった感じで、自分の仕事に戻っていくカルマン。ティオはカルマンの姿を見えなくなるまで見送ると、出ていったティーダが気になり出す。歩いていった方角から、カザンタ山岳地帯だと予測する。
(カザンタ山岳地帯? ……一体何があるんだろ。ちょっと気になるなぁ)
昨晩、嫌な目にあったばかりで、ティオはカザンタ山岳地帯に畏怖の念がある。しかしそれ以上に、ティオはティーダに興味があったのだ。
(怖いけど……行ってみよう。また怒られちゃうかもしれないけど……)
ティオはベースキャンプを出て、再びカザンタ山岳地帯を目指す。
「――ハァッ!」
カザンタ山岳地帯。白の戦荒野に、ヴェルデフレインとフルーティアの弾き合う金属音が響く。風の騎士ジュークは、自身の風の能力を使い、体を浮遊させ襲い来る。その動きはまるで重力を感じさせず、縦横無尽の攻撃方法を持つ。
「ティーダ、腕が鈍ったのではないか?」
これはジュークの、ティーダに対する安い挑発だ。勿論、ティーダも挑発には応じない。鬱陶しく地上を浮遊し、高速で移動するジュークに当てる為、ティーダは腕を大きく振るい、火の閃光を発生させる。まるで爆弾が爆発したように、大地の砂が舞い散る。
「そうだ、ティーダ。もっと本気で来い、それじゃ僕は倒せない!」
「……いちいち口数の多い奴だ」
ティーダは空いた左掌から火球を放つ。恐らくはジュークの風の障壁が、軌道を逸らすだろう。しかしこれはただの牽制弾である。案の定、火球は風の障壁でかわされてしまう。ティーダは放った火球を目隠し(ブラインド)にして、一気に接近戦を仕掛けに行く。
「――フッ、ハァッ!」
一気に懐へ入り込み、左薙ぎから右薙ぎへと横の連携で攻めていく。それを軽やかな旋回速度で、華麗に捌いていくジューク。しかし二つの斬撃は、紙一重の差であった。
(チィ、すばしっこい奴だ……)
二人の距離は、再びジュークよって大きく開く。後方へ逃げようとする相手は、本来ならば追い足で追撃を与えたいところだ。だが常に浮遊状態で移動するジュークに、例えば後方へ飛んだ際の、着地の硬直などは無い。隙の全くない逃げ方では、下手に追撃をすると危ない。
「……フッ。空気の刃!」
ジュークはフルーティアを振るう。その剣から放たれた斬撃は、空気を切り裂くかまいたちのようになり、ティーダに向かっていく。風と同等の速度で襲いくる刃は、目にも見えぬ速さで、ティーダを切り刻みに来る。
「クッ……! ジュークめ、障壁だけではなかったのか!?」
襲いくる空気の刃を、深紅の剣ヴェルデフレインを用いて、一つ一つ丁寧に迎撃していく。厄介なのは、空気が刃のように襲ってくるかまいたちだが、目には見えない為、迎撃、回避が容易ではない。
(……ティーダ。これも避けるか、面白い。それでこそ最強のアルティロイドだ)
「これは避けられるかっ! 空気刃の波!」
まさしく空気刃の波を発生させるジューク。その空気の波は、地面もろともえぐり取ってしまうように、突風のような真空波がティーダに迫り来る。
「エンドラ、力を貸せ! 炎気!」
対するティーダは、自身の中に宿る火の聖獣エンドラの力で、体を炎に包み外壁を作り出す。ジュークのエアウェイブが、無情な程にティーダを飲み込んでいく。その空気刃の波の威力は凄まじく、防御壁をはったティーダに、無数の切り傷を与えていく。
「さすがだな、ティーダ。まさかあの真空波を強引に突破するとは……。最もそんな事ができるのは、ティーダぐらいのものだ」
「……俺を本気で殺そうとしておいて、勝手に感心するな!」
「……フッ、すまない。これで満足した、僕は剣を納める」
言葉通り、ジュークはフルーティアを鞘に収め、戦闘の意志は無い事を見せる。しかしティーダはヴェルデフレインを納めようとはしない。
「どうした、戦いは終わりだ」
「ふざけるなっ、いきなり戦闘を仕掛けて、いきなり終わらせるというのか?」
「悪いが、その通りだ。僕には僕の考えで動いている。今はこれ以上、ティーダと戦うのは得策ではないと思った。何よりも重要な話がある」
「……重要な話、だと?」
ティーダは仕方が無く剣を下ろし、地面に突き刺す。シュークもとりあえず、それに納得し話を始める。
「ティーダは、命の騎士ティアナの事を知っているかい?」
「……命の騎士? 何だそいつは、聞いた事もないぞ」
「現存する四人のアルティロイドの元祖、プロトタイプとなった最初のアルティロイドだ。我々は遺伝子の改良により、後の世に自分の遺伝子を残す事は不可能だ。しかしアルティロイドの中で、唯一後生に遺伝子を残せる存在。……命の騎士は数年前に破棄された、だが最近独自に掴んだ情報によると、命の騎士は生きている」
「……そんな事を俺に教えてどうする? 俺に見つけて保護してほしいとでも言うのか?」
ティーダの言葉に、ジュークは不敵な笑みで返す。
「そういうわけではない。だが地上で生きるお前に、生きる目標を見せつけてやろうというだけの事。別に保護してほしいとは言わないさ」
「……何か引っかかる言い方だが、俺自身も地上にいる理由が必要だ。とりあえずは覚えておいてやる」
「……フッ。ティアナは当時の年齢から計算していくと、恐らく現在で十五、六歳の少女だろう。勿論、生きていればの話だ」
ジュークは空中に浮遊し、空を飛び始める。
「お互いの幸運を祈る。死ぬなよ、ティーダ」
そう言い残し、ジュークは空を飛翔し、城国へと帰還していく。ジュークが完全に視界から消えるのを確認し、地面に突き刺したヴェルデフレインを鞘に戻す。
(命の騎士ティアナ。……俺と同じ歳ぐらいの女、か)
考えてみても、ティーダの中に命の騎士ティアナに関する情報はない。立ち止まっていても仕方がないと判断し、クレーター内部に残っている死体を、砂に埋め隠す事にする。
(防具を持ち帰るのは無理だが、武器ぐらいは持ち帰っておいてやるか)
ティーダは兵士二人が装備していた鋼の剣を手に取り、死体に砂をかけ完全に見えないようにする。あらかた砂を慣らし、見た目も不自然ではないように繕うと、一足飛びでクレーターから出る。
「――あっ!?」
クレーターから脱出し、着地した場所には見知った顔がある。
「お前、ティオ? 一体なぜここにいる?」
「あ、えと、その……」
ティオは困惑した表情をする。心なしか目を合わせようとしない。
(まずいな……、まさか聞かれたか)
「……ごめんなさい。ティーダ君がキャンプから出るのを見て、気になって……」
「一体、どこから見ていたんだ?」
「……えと」
「隠さないで良い、別に怒りもしない」
ティーダの言葉に決心したのか、勇気を出してティオは告白する。
「見たのは途中から、本当に。……アルティロイドって、命の騎士ティアナって……」
(……命の騎士の存在はともかく、アルティロイドの存在を知られたか。……どうする、ここでティオを始末するか、あるいは……)
ティオをこの場で殺してしまうのは、ティーダにとって容易い事だ。但し、それをやってしまうと地上で行動する際に、後々面倒な事になってくる。それともアルティロイドの存在を、ティオに必要最低限で打ち明けるべきか、ティーダは迷っていた。
「あのね、ティーダ君。……私、アルティロイドって何なのかわからないし、命の騎士も知らない。ティーダ君が話したくないのなら、無理には聞かない。でも、その命の騎士って人をティーダ君が探すのなら、私も手伝いたい!」
「……おめでたい奴だ。お前もソリディアも。何故、得体の知れない俺をそこまで信用できる。俺は城国軍のスパイかもしれないんだぞ、そうなったらお前達は城国軍の兵士に皆殺しにされるんだぞ?」
「そうかもしれないね。……でも私達レジスタンスは、常に命懸け、生き残る為には協力して信頼する事が大切なの。……だから私はティーダ君を信じたいな。……ソリディア兵士長に教わった事だけど、駄目かな?」
ティオは上目使いで、ティーダに問いかける。
「……っふん。だから甘いんだ。帰るぞ、ティオ」
「うんっ! ……ってうわっ!?」
ティオは突然、ティーダに抱きかかえられ素っ頓狂な声を上げてしまう。
「おとなしくしていろ。下手に動くと落ちるぞ」
ティーダはティオを抱えたまま、高く飛び上がり風のように走り抜けていく。その常人を超えた動き方に、ティオは実感する。ティーダは人間ではなく、アルティロイドというものなのだと。
(――それにしても、これってお姫様抱っこだよ!? ……でも、良いか。なんか、暖かいなぁ……)
ティオはティーダに身を任せる。どこか不思議な感覚を抱かせる心音を耳に刻みながら。
――ティオが落ちないように、それなりの考慮をした結果、カザンタ山岳地帯からベースキャンプまで、約十分前後で到着する。
「ティーダ君。もしも、もしもね。話してくれる気になったら、アルティロイドの事を聞かせてもらえないかな?」
「……別に構いはしないが、そんな事を聞いてどうするつもりだ?」
「どうするつもりも無いよ。ただ……知りたいだけ、ティーダ君の――痛ぅっ!?」
ティオは突然、胸元を抑え、膝をつき苦しみだす。息もできない程の痛みが、ティオの体を走る。
「おい、どうした? どこか怪我でもしたのか!?」
「……はぁ、はぁ。大丈夫、ちょっと痛みが走っただけだから……」
「だがお前、その痛がり方はただ事じゃないぞ」
わずか一瞬で出来事にも関わらず、ティオの額には汗が滲んでいる。
「本当に、大丈夫……。ちょっと昨日の傷が開いただけだよ、きっとっ……。私、疲れたから休むね!」
ふらつく足で、自分の部屋となっているテントを目指すティオ。その足取りは端から見ていても、明らかに状態がおかしい。
(……大丈夫なのか、あいつは。しかし、命の騎士ティアナ、か。現存する四人のアルティロイドの元となった少女……。だが何で破棄され、ジュークはその情報を持っていた? 何を企んでいるんだ、ジューク)
考えたところで仕方ない為、ティーダは持ち帰った剣を、ソリディアに預けに行く事にする。新品同然の鋼の剣、武器の取り揃えに困っているレジスタンスには、貴重な戦利品となる。そして当面の目的は、命の騎士ティアナを探す事に定める。
最初にソリディア専用のテントに向かってみるが、ソリディアの姿はない。次に隣にある兵士専用の大きなテントに向かう。中に入ると数人の兵士と共に、ソリディアを発見する。どうやら何かの作戦会議だろうか。手元にある紙と睨み合いをしている。
「うぅむ……。武器が足りん、せめてもっと戦力になるちゃんとした剣があれば……」
「武器ならここにあるぞ、ソリディア」
悩むソリディアに、声をかける。ソリディアはともかく、他の兵士はやはりティーダを信用していないのか、どこか警戒をした表情で睨みつけている。
「ティーダか!? しかし武器とは一体……?」
ティーダは手に持つ剣を、会議に使っていたであろう、大きな木製の机の上に放り投げる。新品同様の剣を二本見ると、今まで睨みを利かせていた兵士達も、その剣に釘付けになっている。
「一体、これはどうした!?」
「昨日の兵士二人の剣を拾ってきた。ついでに死体を隠しにな、見つかっては色々と面倒な事になるだろう?」
「……そうだったな。しかし、大収穫ではないかティーダ!」
良い案が出ずに、苛立ちが見えていたソリディアの顔も、いつの間にか表情が明るくなっている。
「くだらない。少し考えればわかる事だ」
「うむ。これで現在考えている作戦が実行に移せそうだ」
ソリディアの士気が高まると同時に、兵士達も士気が高まっているように感じられる。
(単純なものだ。これが人間か……)
盛り上がるテント内から逃げるように、外へと出て行くティーダ。その歓喜の声は外に出ても、騒々しく聞こえるぐらいに大きくなりつつある。
(ふん、だが……悪い気はしない)
ティーダもソリディア達と同じく、自分の心が躍動しているような感覚を覚える。ティーダは、やはり自分も馬鹿だと、一人実感していた。最初に見た時よりも、キャンプの活気がやはりうるさいと感じたが、どこか心地よさを感じる。