23,一分間の交渉
――部屋に通されると、そこには見知った顔がある。髭面で、えらくガタイの良い大男。近隣のレジスタンス、コロセオンを率いるバースだ。
「おうっ、客人か。邪魔したな――って、お前……ソリディアんとこのティーダか!?」
巨体に似合う、大きな声と大きなリアクションで、驚きを表す。
そんなバースを初めて見た、フィーネとノリヌは、ただ目を丸くして、目の前の男を見つめる。
「先客はあんただったのか。解放大戦以来だな」
ティーダとバースは、そこまで仲が良いわけでもないが、それなりの話をする。
(あの男……できるな)
一人、押し黙っていたバゼットは、遠目で見ただけだったが、バースの能力を感じ取る。
「ごほん……バース、悪いが客人の話を聞きたい」
バースに盛り上がられては、いつまで経っても話ができない。ハインズは今までの付き合いから、それがわかっていた為、無理矢理にでも話を折る。
「ま、仕方がねぇやな」
めずらしくバースも聞き分けが良く、思いの外あっさりと黙りこむ。
それを見届けたハインズは、フィーネとノリヌに向き直り、
「どうぞ、お掛けになってください」
と、促した。
フィーネは上品に、ノリヌはどこか慌ただしく着席する。それでも座ろうとしないバゼットに、ハインズは座るように促すが、無言で首を横に振り、それを拒む。
(いつ何がきても、動ける体勢を維持する、か。……なるほど、良い戦士だ)
「――それで、失礼ながら貴方達は一体……?」
そのハインズの質問に、フィーネが答える。
「私達は遥か東の地、ディザードゥ砂漠地帯の、エスクード城から参りました」
「エスクード城?」
疑問を浮かべるハインズに対し、言葉を出したのはバースだ。
「エスクード……あの世界でも有数の大国と賞された城の名か……解放大戦以前の戦時下に、一度だけ近くを通った事があるぜ」
「ほぉ……それほどの大国の方々が、一体こんな町まで何のご用件ですか?」
ハインズはどこか嬉しそうな口調で、その言葉を言う。
当然だろう。口には出さないが、ハインズは再び解放大戦を行い、次こそは城国に勝利しようとする、野心がある。大国エスクードと聞けば、軍事的に見ても、涎が出るほどの美味しい話を、期待するのも普通の事だ。
「……まず、一つ訂正させていただきます。我がエスクードは、確かにかつては世界有数の大国として、その名を轟かせていました。――しかし現在は、城国からの攻撃にあい、ほぼ壊滅状態というのが現状です」
顔には出さなかったが、ハインズは内心でがっかりしている。
「そんな状態にある、エスクードの方々が……結局は何のご用ですか?」
「お噂は聞いております。約一年前、支配解放大戦と銘打たれた戦争が、北と南が結集して行われたそうで」
「確かに。北のシュネリ湖、南のサンバナ。北と南を代表する二つの戦力を結集し、城国に戦いを仕掛けた。――だが結果は我々の敗北に終わった。かつて集められた戦力は、今となっては集められないでしょう。それだけの人員を我々は失った。いや……失ったのは、人員だけではない。戦おうとする闘争意欲さえも、あの戦いの敗北は根こそぎ奪っていったのです。今現在、人々にそれを与えるには、揺るぎない勝利の確約が必要になります」
ため息混じりに、ハインズは一気に喋る。それに嘘偽りは無いのだろう。ティーダは、横目でバースを見ると、同じくして重い表情を浮かべていた。
「勝利の……確約。それに私達、エスクードの民も協力させてはいただけないでしょうか?」
交渉前とは違い、迷いのない瞳で、ハインズに問うフィーネ。
しかしハインズは、やや失笑気味に言う。
「失礼ながら……ほぼ壊滅状態にあるというエスクード城。今の時点で一体何人の戦士が、現存しておられるのかな?」
フィーネは俯き、エスクード兵の人数を思い出す。かつては千人単位を保有していたとされる戦力も、今となっては、数百人たらず。更にそれも、ここへ来るまでの間に減少し、数える程の人数しかいない。
戦争――まして大戦と呼ばれるくらいに大きな戦いになると、数十程度など、戦力と呼べないのは、素人のフィーネですら、わかりきった話になる。
それ故に、フィーネは俯き黙ったままだった。
「……どうやら、そのご様子では、大戦に踏み切るのには、不十分だと推察しますが?」
「――いや、エスクードの力はそんなものではない」
ハインズの言葉を遮るように、珍しくバゼットが口を出す。それが本当に珍しかったのだろう、フィーネとノリヌは、はっと視線をバゼットに合わせる。
(……バゼット)
大きな反応こそ示さなかったが、ティーダもバゼットの動向に注目する。
「我等がエスクードには、確かに数字上の戦力は、あまりにも少ない。しかし、今日まで城を守れてきたのには、理由があります」
その言葉に、ハインズも「興味深い」といった感じで、目を細める。
「私は――私はエスクードが今日まで生き残れてきた理由に、城を守護する騎士……鷹と鷲の騎士が存在する為だと自負しています」
ハインズは、大声で笑ってみせると、
「いやいや、失礼。――鷹と鷲の騎士、聞く分にはたった二人しかいないではないか。たった二人の騎士が、一体この戦争という大きな渦の中で、何ができるというのだ? そこにいるバースでさえ、かつては『軍神』と呼ばれ、その強さは一騎当千。そして今でも、そんな強さを維持している、歴戦の強者だ。……そんな男がいても、戦争には勝てんのだ。たった数人の人間が、戦争を終わらせられるなんて、本などで描かれるおとぎ話に過ぎんのだ」
「騎士は確かに二人。だがその二人で数百、数千の戦力になりましょう。おとぎ話かどうかはわかりませんが、鷹と鷲の騎士は、それすらも体現する能力を持っています」
バゼットも負けじと食い下がる。ハインズもバゼットも、お互いの経験と自信からなる正論だ。
だから引けないし、引きたくもない。
「にわかには信じられんな。当然だろう? 言うは易し、するは難し。そこまで言うのならば、証拠としてバースを倒してみせよ。それならば説得力としては、十分すぎる」
バースは戦いに関しては、いつでも良いのか。高揚を体現したような、静かな笑みを浮かべる。
対するバゼットは、寡黙の一言。そのままフィーネとノリヌを見ると、二人も証明するには、戦うしかないと判断したのか、静かに頷いてみせる。
それを確認したバゼットは、ゆっくりと口を開いた。
「――良いでしょう。但し、これは私個人の申し出があります」
「ほぉ、何かな?」
「ただ倒すだけでは、貴方様を説得するには、あまりにも弱すぎる……」
そう言うと、バゼットは右手人差し指を、突き立て見せる。
「一分。……一分で歴戦の勇者、バース殿に勝ってみせましょう」
その言葉に、反応しようとしたハインズよりも先に、バースが応える。
「ガッハッハッハ! 一分か、面白い事を言う……小僧ォ、大口も大概にせぇよっ!」
殺気みなぎる、バースの口調と声。ハインズ、フィーネ、ノリヌの三人は、それだけですくみあがってしまう。
「大口? 事実を言ったまでです。そして――私はエスクードが栄光の道を歩む為ならば、どんな敵とでも、戦ってみせましょう。その標的の一人目が、軍神バース、貴方だというだけの話だ」
「大口かと思ってみりゃ、なかなかどうして、しっかりと相手が見えてやがる。……良いだろう、俺もお前という男と戦ってみたくなった! 条件の一分も受けてやろう」
睨みを利かせていたバースも、バゼットの言葉に態度を改める。ただの大口ではないと、わかった為だ。
そしてこれにハインズも動く。
「よし、ではエスクードの力を見せてもらおうではないですか、宜しいですね、フィーネ殿、ノリヌ殿?」
「え、えぇ……」
「ふふん、鷲の騎士イーグルの力を見て、腰を抜かさんようにな!」
二人の反応を確認し、ハインズは、バースとバゼットの戦いを承認する。あくまでも、エスクードの力を見る為のテスト試合である。お互いに命を取る行為は勿論、大怪我をさせないように、という合意が成される。
とはいえ、バースが暴れまわるだけでも、周りに迷惑がかかる事を考慮したハインズは、サンバナの町から出て戦うように指示する。
「ちっ、そんなに信用ねぇのか、俺はよ」
と、愚痴るバースに、
「念の為だよ、念の……」
と、説得するハインズ。
とりあえず、そんな事で一同はハインズに連れられ、サンバナから出る。
場所はサンバナから、約五分歩いた所にある、見晴らしの良い平原だ。ここは、かつてのサンバナ攻防戦時に、木々が失われた場所であり、その際のダメージがいまだに色濃く残っている。
「――バゼット」
心配そうな口調で、バゼットに話しかけるフィーネ。それに対し、バゼットは何の不安も見せず、淡々とフィーネに答える。
「申し訳ございません、姫様。一兵士風情が出過ぎた真似を致しました」
「い、いえ……良いのですよ、バゼット。私は交渉を成功させる自信が無かった、馬鹿な話ですね、ハインズさんの雰囲気に、完全に呑まれてしまっていたのです。……でも、貴方のおかげで光が見えました。ありがとう、バゼット」
「光栄です、姫様。必ずや勝利し、エスクードの民の願いを叶えましょうぞ」
そう言うと、バゼットはエクストリウム製レイピア、マークXを携えて、前へと歩を進めていく。
待ち構えるは、屈強な大男、歴戦の勇者『軍神』バース。
いわゆる人間クラスでは、この男に勝つのは、不可能――いや、至難の業と言えよう。
「さて……一分、だったな。一分でこの俺を倒す、どんなものか、早くやりあってみたいもんだぜ?」
バースは愛刀の剛力丸。巨体に見合った大剣。
いくらエクストリウム製といえども、レイピアのような細身剣では、一発でも受ければ、いとも簡単に折れてしまいそうだ。
「――では、合図は私が。このマーネが落ちたら、始まりの合図だ、双方とも準備は良いな?」
バースは豪快に、バゼットは小さく頷く。
それを確認したハインズは、金貨を上空に弾いた。ゆっくりと、しかし確実に落ちていくマーネ。次の瞬間には、地面に落ちる。
――その金貨のように、弾けるように飛び出すバゼット。そのスピードは、まさしく空を舞う鷲。
(速い……まともにやれば、クリッパーよりも速いだろうな)
端から見ているティーダにも、バゼットの速度はそう見えたのだ。
対してバースは、完全に受け姿勢。体格を利して、正に岩のように構えている。あまりの威圧感に、通常ならば、それだけで圧倒できてしまえそうだ。
まず攻撃を仕掛けたのは、その勢いのままに前進したバゼットだ。レイピア特有の、鋭い突きによる攻撃。その細身の刀身と、繰り出す攻撃の速さにより、一瞬ながら、剣が見えなくなる。
しかし、そんな攻撃も、バースは剛力丸を使い、完全に防御してみせる。激しい金属音と、飛び散る火花。防御されると同時に、バゼットは上後方に、飛び上がり、一瞬で間を開く。
「オラオラァ! そんな程度では俺は倒せんぞっ、まして一分など、笑わせるな小僧ォ!」
(――ちっ、あのガキ……なんて攻撃をしてきやがる。鋭く軽そうな一撃の見た目に反して、その実、鋭く重い。たった一発で腕が痺れちまった、人間ができる腕力の範疇を超えとるぞ、あのガキ……)
このあたりは長年の経験。バースは決して、痛みを顔に出さないのだ。
上空に飛び上がったバゼットは、バースのポーカーフェイスに、ある意味で騙された。
(一撃で完全に終わらせるつもりだったが……まさか、あれを耐え抜く人間の兵士がいるとは。さすがに勇者として崇められるだけの事はあるか)
一撃で決められなかった事に対する、驚きの感情はあったが、バゼットは冷静に、すぐ次の攻撃へと移行する。空中で一瞬だが停止し、そのまま垂直に落ちる。空中にて当たり前のように、姿勢制御をしてみせるバゼットに、バースとハインズは驚きを隠せない。
だがこの行動は、同じようなタイプのオルテンシアと戦ったティーダは勿論、フィーネ、ノリヌ共にこれが当たり前の事として見ている。人間には到底想像もできず、真似する事もできないような動きが出来るのも、複合生命体キメラの性能に大きく依存している。
落下慣性がついたまま、再び突きを繰り出すバゼット。初回の攻撃もなかなかの速さだったが、今回の攻撃は『落ちてくる』という観点もあり、更に速く感じられる。実際に速いのだが、反応できなければバースの負けとなる。それだけはバースのプライドにかけても許されない。
「くっ……そ、がぁっ!」
既にバゼットが速すぎて、バースには何が起きているのかわからない。だがそれでも、長年に渡り磨いた勘を頼りに、防御行動へと移るバース。剛力丸で完全に自分の体を隠し、前方からの攻撃を完全に防ぐ構えだ。
時間にすれば一秒だろうか。刀身を盾にしたその瞬間に、先ほどの一撃とは比べものにならない攻撃の衝撃が、バースに襲いかかる。初撃と大きく違うところは、その一撃によりバースの体が大きく後方へと、弾かれた事だ。完全に腕の感覚がなくなり、思わず剛力丸を手放してしまう。途端に視界が開け、バースの目の中には、その一撃を喰らわせた張本人、バゼットの姿を確認する。
一瞬でポーカフェイスが崩されたバースとは裏腹に、相変わらず冷静な表情を崩さないバゼット。そしてその冷静な矛先は、バースを完全に捉えていた。そのまま一気に間合いを詰め、その剣をバースの首元へ突き立てる。
「――一分。これで文句はなかろう?」
戦闘時間はわずか二十秒。一分の条件を遥かに凌駕するスピードで、歴戦の勇者『軍神』バースから勝利を奪ってみせた。
これに驚いたのは、何よりも戦っていたバースだが、それを見ていたハインズが、ある意味で最も驚いたのではないだろうか。ある一種の胸の高鳴りが抑えられなかったのだ。年甲斐にもなく、呼吸が荒く、手に汗を握っている。
それがどういう意味を成していたのか。いずれにしても、エスクードとの交渉は順調に進んでいき、第二次支配開放大戦への準備と、計画が進行していくのだった。