14,出かけの前に
ティーダ、カルマン、ティオの三人は、旧パーシオンでのアイテム回収を終え、新パーシオンへと帰還していた。
「じゃあ、俺は回収してきたブツを、ハリス兵士長に渡しに行くから!」
カルマンは、パーシオン出入口に着くと、足早に中へ入っていく。
見えなくなるまで見ていると、ふいにティオが口を開いた。
「信じても……良いんだよね?」
ティオは、いまだに目の前にいる、ティーダの存在を信じきれずにいた。
「ふぅ。……ほらっ!」
ティーダは、恥ずかしいと思いながらも、ティオに自分の手を向ける。ティオも、その手の意味がわからずに目を白黒させていたが、すぐにその意味を理解し、ティーダの差し出された手を握った。
「……手、暖かい」
ティーダはちらりと、ティオの顔を見る。ここ数日間に見た、凍りついたような表情は、少しずつ溶けていっている。
「――ねぇ、ティーダ」
「どうした?」
「うん……私もね、今度は戦うよ」
「どうしたんだ、いきなり?」
「私、ずっと人任せだったんだ。支配の時代を終わらせたい……そんな事を言い続けて、でも言ってるだけで。それで私はみんなに迷惑をかけてた」
「そんな事、あるわけないだろ」
「ううん、そうだよ。ソリディア兵士長も、ラルク先生も、デュアリスちゃんも、カルマン君も、そしてティーダも。――みんなそれぞれが、自分のできる事をやろうと、そうやって時代と戦ってたんだ。……私だけが何もしていなかった……」
独白めいたティオの言葉を、ティーダは黙って聞いていた。
「だから、だからね、私も私ができる事を探してみたの。そしたらね、私にできる事は、私が思っている以上にあったんだ」
「それが……あのロビンとかいう機械兵士、か?」
「うん、私自身はティーダ達みたいに戦う事はできないけど……私はこうやって戦う人達の援護をする」
そう言ったティオの目は、カルマンに似通ったものがあった。確固たる意思を秘めた目。感情を押し込めたが、その感情の火は決して消えていなかったのだ。
「それに……ちょっと医者の仕事に興味があったから。ラルク先生の残したメモとか見てね、見よう見まねだけど、みんなの手当てとかもしたり」
「と、いう事は、機械の整備、作成から治療までやっているのか?」
「うん……そうなるかな」
「いくらなんでも、仕事をしすぎだぞ? そんなに頑張りすぎると、お前がパンクしてしまうぞ」
「大丈夫だよ。程々にこなしてるからさ。ほらっ、ティーダも少し休みなよ。兵士は私達と違って、体が資本なんだからね!」
半ば強引に話を終わらせ、ティーダをパーシオン内に引っ込めた。
「――うっ、ぐ……あっ!?」
突然の身体中に走る激痛。かつてティオは、左胸に謎の痛みが走っていた。しかし今は左胸に留まらず、まさに体全体に痛みがあった。
まるで中から強い力が、外に溢れていくような激痛。自分の体を突き破らんとする、その強い力のようなものを押さえつける為、ティオは自分で自分の体を押さえつけるように、抱き締める。
――数分、いや数十分は経っただろうか。悶絶しながらも、痛みに耐え続ける。すると徐々にだが痛みは消えていく。
荒々しい呼吸をして、自身の状態を調えていくティオ。ただ不思議な事は、激痛が終わった後、ティオの体からは血が流れるようになっていた。
「血……。私、もう駄目なのかな……」
自分も死んだ人のように、天へ還るのか。ティオはそんな事を思い、遥か空を見上げた。見上げた先には空と――力強く大地を照らし続ける太陽があった。
「ううん……弱音を吐いちゃ駄目。頑張るんだ……!」
足下がおぼつかないが、目に見えた太陽のように、力強く立ち上がった。
――ティーダは、ティオの事が気にかかり、何度も振り返り見たが、ティオが続いて歩いてくる事はなかった。
また戻るのも悪いと判断し、ティーダはそのまま歩いていく。大した宛もない為、カルマンを追い、ハリスのいる場所へと移動する。
「――やぁ、ティーダ。ご苦労様だったね!」
愛用の眼鏡を、くいっと上げながら労いの言葉をかけるハリス。
カルマンが入手した物を、その場に出し、それについて打ち合わせをしているようだった。
「じゃあ、ハリス兵士長、後はお願いしますよ? 俺は少し仮眠を取ります」
「あぁ、ゆっくり休んでくれ」
カルマンは、大あくびをしながら、そこから出ていった。ティーダも、ただ立っているのも疲れるだけなので、適当に椅子へ座る。
「ふうむ……」
ハリスは品定めでもするように、ティーダを見ている。
「な、何だ、気持ち悪いぞ……」
「あ、いや、はっはっは! ちょっとね、しばらく見ない間に……ティーダ、ちょっと大人っぽくなったんじゃないか?」
「大人?」
「うん、気のせいかな。雰囲気が丸くなった感じがするんだよね。初めて見た時は、どうにも刺々しい印象が拭えなかったんだけどね」
思い出話を懐かしむように、ハリスは笑いながら話す。
「……何も変わってはいないさ。いまだに肝心な事がわからないし、伝える事もできない」
「えっ、何が?」
「いや、何でもない。――俺も仮眠するよ」
「あ、ああ。ティーダ!」
まだ何かあるのか、といったような表情で、ハリスに向き直るティーダ。
「お互いに……主人公にはなれなかったな」
「……はっ?」
「いや、何でもない。忘れてくれ」
ハリス自身も、何を言っているのだろう、といった感じで笑っている。
「――最初から、主人公なんていないさ」
と、ティーダも返し、そのままハリスと別れた。
――翌日、ティーダはティオに起こされた。
「……ティーダ。起きて!」
「う……ん、うぁ……!?」
寝ぼけ眼で、ティオを見ると、何かしらの準備をした姿が見える。
「な、何だ、その格好は……?」
「お出かけ! ティーダ、約束忘れたの?」
「約束……?」
まだ意識がはっきりしない頭を、何とか働かせて、ティーダは約束を思い出す。
「もしかして……?」
「そうだよ。私に付き合ってね」
「それ、本気で言ってるのか? まだ朝早いぞ」
「行くの、それに最終的な目的地はサンバナの町だし、日帰りするなら早く出ないとね」
サンバナの町。支配解放大戦以降、どうなってしまったのか、ティーダにはわからなかったが、ティオの口ぶりからすると何とか無事のようだ。
「……はぁ、仕方がないな」
ティーダは、やれやれといった感じで起き上がる。
「ありがとうね、ティーダ。ティーダがいてくれれば、安心して機械兵士の部品集めできるよ!」
「あぁ、それは良いんだけど……」
ちらりと見たティオの顔には、気力をみなぎらせた表情とは裏腹に、目の下にくまができてる。それに心なしか疲れが見える。
「お前、昨夜も怪我人とか、病人の手当てしてたのか?」
「え、あ、うん。だって頑張らないと、患者さんは苦しいもんね」
「……今日は行かない」
「えっ……?」
途端にティオの顔が曇る。
「そりゃ、他人も大切だろうけど、まずは自分の身からだ。他人見て、機械いじって、お前が休む時間はいつになる? いくら何でも倒れてしまうぞ」
「だ、大丈夫だよ……適度に休憩は取ってるから……。心配、してくれて――ありがとう」
「とにかく、今日は行かない! 今日は何があっても、お前は休んでおけ」
「大丈夫……だよ……」
楽しみにしていた事が、急に中止になり、落ち込む子供のような顔。泣くわけでもなく、喚くわけでもなく、ただ黙って俯いたままのティオ。
ティーダも心の中で葛藤があった。確かにティオが喜ぶのは、今日をティオの言う通りに過ごす事。しかしティオの体調を思えば、ここは多少悲しい思いをさせても、行かせるべきではない。休ませるべきなのだ。
「――わかったよ、今日は……諦める」
とぼとぼ歩いていくティオ。そんな後ろ姿を見ていると、ティーダには自分でも何かわからない、感情のようなものが込み上げていた。
「――っ、ティオ!」
返事は無く、ただ黙って振り向いてくる。
「無理はしない事。ちょっとでも体調が悪いとこを見せたら、俺の判断で終了。この条件でどうだ?」
「ティーダ……?」
「但し、お前が元気な間は、俺が責任をもって、お前を――」
徐々に声が小さくなっていく。最後の方は、完全に何を言っているのかわからない。
「え、もう一度……言って」
「同じ事は二度も言わない主義だ。それに早く行かないと、気が変わるぞ」
「ずるい……。でも、ありがとうティーダ、よろしくね」
結局、出かける事になった。
外へ向かう途中、ティオは何かあった時の為に、ロビンを起動させる。
「トウキョウトッキョキョカキョク」
独特な起動音と共に、目を覚ます機械兵士のロビン。動いてないロビンは以前見たが、動いているロビンを見るのは、ティーダにとって初めてである。
「おはよう! 今日は出かけてくるから、ここの守備お願いね」
「マスターノメイレイリョウカイシタ」
ロビンはじろりと、ティーダの方を向く。
「何だよ?」
「オマエガティーダ」
「そうだけど」
「マスター。ティーダノコトガスキヨロシクタノム」
「……っぶ!?」
顔を真っ赤にして、吹き出すティオ。反射的にか、ロビンの動力を切る。
「ま、ままま、全く、この子は何を言ってるんだろうねっ! たまに意味わからない事を言うんだよー」
焦りと白々しさが同居したような口調。
「そりゃ……さっさと直さないとな」
「うんっ! そうなの、だから早く部品を集めてあげないとね! ……ティーダ、先に行ってて、この子を起動させたら、すぐに行くから」
「あ、あぁ、わかった」
ティーダは、なに食わぬ顔で歩いていく。
その姿を見送ると、ティオはロビンを起動させた。
「ティーダノコトガスキヨロシクタノム」
「ま、また、変なの覚えて……ふぅ。そうだよね、そうやって面と向かって言えたらどんなに良いだろう。――でも無理、いえ、したくない。だって……駄目だった時、今の関係が壊れる方が、よっぽど怖いものね」
「マスターコワイカ」
「……うん、怖い、ね。はぁ……人を傷つけないように、歩いていけたら良いのにね……」
ロビンは何も言わなかった。
ティオはもう一度、深いため息をつくと、ティーダの後を追いかけていく。