12,再会
そこから見えるのは、無数の墓標。その内の一つに少女は、お参りしている。少女はティオだ。
――ソリディア、ここに眠る――
実の親ではないが、自身のほとんどの人生に関与した、育ての親。数多くの人間に慕われ、数多くの兵士が、この男を目指した。 そんな男も、支配解放大戦という、近年稀に見る戦争にて、その命を落とした。
ソリディアの墓のお参りを済ませると、ティオはふと、自分が特別に作った一つの墓を見る。
それはティーダの墓だ。ソリディアと同じく、支配解放大戦に参加。そのまま行方不明になってしまい、戦死扱いとなる。ただティーダの墓だけを、少し離れさせたのには、ティオなりのわけがあった。
それは『ティーダはまだ生きているから、死人と一緒にしては駄目』というものだ。
だが大戦から数ヶ月。既に人々は、少しずつだが悲しみから抜け出し、新しい生活環境への適応を果たし始めていた。そんな人々から、ティーダの名前、存在が消え始めるのも無理はなかった。
「また、あいつの墓に行くのか?」
もう諦めろ、と言いたげに投げかけたのは、ティオの護衛に付いてきたカルマンだ。
「うん、でもお墓参りとは違うよ。これはお祈り」
「祈り……?」
「うん……」
それ以上、ティオは答えようとしなかった。カルマンもまた、理由を聞きたいとは思わない。
「――それは誰の墓だ? 死んでもいないのに、祈らないでくれよ、縁起が悪いからな」
その言葉に、ティオとカルマンは、揃って驚愕の目線を浴びせる。
「ま、まさか……」
「お前……生きていたのか」
その二人の視線の向こう、そこにはティーダの姿があった。
「だから勝手に殺さないでくれないか? 俺はこの通り、ちゃんと生きている」
「な、ならっ、何でさっさと帰ってこなかったんだ! 俺は、心配なんてしなかったけど……ティオが、一体どんだけ心配したと思ってんだ!」
感情を言葉に込めて、ティーダにぶつけるカルマン。その言葉を受けて、ティーダもティオに目をやる。
「ティオ……」
「……ティーダ」
お互いの視線が交錯する。その釘付けにならんばかりの、瞳の先には、今まで最も想っていた人がいたのだろうか。
しかしティオは、ふいに視線を逸らすと、無言のまま歩いていってしまう。髪に飾ってある、白いワセシアの花が、どこか寂しそうに見えた。
「あいつはな、大戦の後からあんな風になっちまった。自分の感情を表に出すのが、急にできなくなったんだよ!」
ティーダは何も言えなかった。記憶の中のティオは、いつでも喜怒哀楽の感情を、表情に表すような人だった。だが先ほどの反応から、カルマンの言う事が、嘘ではない事がわかる。
いままでならば、泣いて抱きついてきそうなところだ。しかしティオは涙の一滴すら、流してはいなかった。
「今にして思えば……大戦はするべきではなかったんじゃないかと思えるよ。あいつの、ティオのあの姿を見ると。近しい人が一気に死にすぎた、ずっと住んできた故郷が焼かれた。ティオの心の時間は――あの日あの瞬間から、ずっと止まっているんだよ……」
「心の、時間……」
「お前、帰る気はあるんだろ、パーシオンに?」
「その意志の為に、俺はここにいるつもりだ」
「……わかった。案内するよ、新しいパーシオンに。――但し、これは個人的な事だけど、約束をしてほしい」
ティーダは無言だが、目で「何だ?」と聞く。
「あいつの止まったままの時間、お前が動かしてやってくれ……」
「……カルマン?」
「俺じゃ駄目みたいだ。……俺じゃ、どうやったってティオの時間を動かす事はできなかった」
唇を噛みしめ、絞り出すように言葉を出すカルマン。
「俺に……それができる、か」
「……っ、お前がやれなければ、誰がやるんだよ!」
そのあまりのカルマンの気迫に、ティーダは息を呑んだ。とても数ヶ月前のカルマンとは、似ても似つかない。「男子三日会わざれば――」という言葉があるが、ティーダは正にそれを感じていた。
「そうだな、すまない」
「……いや、とりあえず付いて来いよ。どうせお前の事だから、俺達がどうなったのかわからないんだろう? とりあえずパーシオンに戻る」
カザンタ山岳地帯での再会。それは思いもよらぬ再会だった。
――新しく作られたパーシオンは、カザンタ山岳地帯に偶然的にあった、洞穴の中だった。
まるで蟻の巣のように分岐した道は、人が短時間でできるようなものではない。だが、その中でパーシオンに暮らしていた人々は、悲しみに負けずに、力一杯今の生活を営んでいた。
「洞穴になっちまって、まるで古代文書の中の原始人って奴らみたいになったけど、これはこれで住み心地が良いもんだぜ?」
カルマンは本音でものを言っているようだが、そこで暮らす人達を見ていると、とてもそうは思えなかった。
「ハリス兵士長! 客……って程でもないけど、人を連れてきたぜ」
「あぁ、カルマン。客人か、一体こんな時分に誰が……っ!?」
ハリスはその姿を見ると、思わず絶句した。いやハリスだけではない。その場にいた兵士達全てが、と言っても過言ではない。
「ティ、ティーダ、なのか?」
「ハリス兵士長、当たり前でしょ? この鬱陶しい黒髪に、喧嘩売ってるような目つき、どっからどう見てもティーダですよ」
この存在を認めるカルマンの言葉を聞き、兵士達は歓声の声を上げた。
「――ゴホン! みんな静かに、とりあえずティーダ、よく無事に帰ってきてくれたな?」
「ああ、色々あった……と言いたいが、元のパーシオンは一体どうなったんだ? 聞く限りだと、城国からの襲撃があったと聞いているが……。それにアンタが兵士長って、ソリディアはどうしたんだ?」
その言葉を聞き、ハリス以下兵士達の表情は、苦悶の表情を浮かべる。
「……みんな、すまないが退席してくれないか? ここは私が説明したいと思う」
ハリスの命令により、その場にいた兵士達が出ていく。カルマンだけがその場に居残った。
「――まずはもう一度だけ言わせてほしい、よく無事に帰ってきてくれた。これでみんなの活気も上がるだろう。……そして、ソリディア兵士長、いや前兵士長は……支配開放大戦にて、戦死された」
「……そうか、ソリディアが」
「その他、大変だった事はラルク先生も、前パーシオン襲撃の際に殺されてしまってね……おかげで負傷者の手当てなどが追いつかず、更に死者を出していく結果となってしまった。パーシオンに住む民間人に兵士、そのほとんどが失われ、正直なところ壊滅寸前だったのだ。ただ……今までの防衛はそこにいるカルマンと――ティオちゃんが頑張ってくれてね」
「ティオが!? あいつは戦闘能力は皆無なはずだ。一体どうやって?」
ハリスは眼鏡をくいっと上げると、
「戦前……ティオちゃんの趣味に付き合わされていたティーダならわかると思うが、ティオちゃんは兼ねてから言っていた、城国との抑止力を作る事に成功したんだ」
「城国との抑止力?」
「そう、機械兵士。それがティオちゃんの作り上げた抑止力の賜物」
「機械兵士……アンドロイド……」
「事実、アンドロイドの力は大したものだったよ。実戦投入は一機だけだが、その一機あれば城国の兵士を一気に薙ぎ払える。カルマンとアンドロイドのツートップで、我々は生きてこられたのだ。その上、ティーダが戦線復帰してくれれば、再び城国への反撃チャンスが訪れるかもしれないんだ!」
その眼鏡の奥の瞳が、希望の光を捉えていた。
とりあえずティーダがいない間に、ここまで起きていた事をまとめる。
一つは、かつてのパーシオンの壊滅により、カザンタ山岳地帯に新しいパーシオンを設立した事。ソリディア、ラルク医師の死亡。前兵士長ソリディアの戦死により、ハリス元副兵士長が新兵士長へ。ティオの作り上げた機械兵士、アンドロイドの出現。
――これがいない間に起きていた出来事。ティーダとカルマンは、ハリスとの会話を終えると、パーシオンの中を歩いていた。
「確かに、お前がいない事で苦しい思いはしていた。……悔しいけど、お前の強さは認めているからな。でも、それに対してお前が気に病む事はないぜ? お前も……色々とあったんだろ、別に聞きはしないけどよ」
「まあ、そう言ってくれると助かる。――だがカルマン、その右目はどうした?」
カルマンの右目には大層な眼帯がある。それを気にしてないというような照れ笑いを浮かべた後、カルマンは話し始める。
「大戦の最中にな……ソリディア兵士長を助けようとして、頑張ってみたけど……駄目だった。兵士長は俺の目の前で殺された」
そう言っているカルマンの顔には、笑顔が無くなっていた。
「目を失ったのは、兵士としての俺の力量不足だ、それは別に良い。――でも、でも俺は、ソリディア兵士長が殺された時の、あの気持ちを忘れはしない。仇を討とうってわけじゃないんだ、ソリディア兵士長は……そんな事を望んでいないようにも感じたし、それにそんな事をしようとする兵士を、ソリディア兵士長が許してくれるわけがない」
その失った右目の代わりに、左目には断固たる決意が表れていた。
「だからっ、俺は強くなる。ソリディア兵士長よりも、そして……兵士長を殺したあいつよりも! そして、お前よりもな!」
そのティーダを真っ直ぐに見る目は、かつてのカルマンではなかった。一人の男として、一人の兵士として、成長した姿があった。「ソリディア兵士長見ていますか、俺は貴方を超える兵士に、男になります」と言っているような、男の顔がそこにあったのだ。
「望むところだ。お前程度じゃ、俺を倒す事はできないって事を教えてやる!」
「へっ、知らないぜ、負けたら笑いまくってやるからな!」
二人は自然と笑みがこぼれていた。長き時の空白は、二人の距離を縮めたのだろうか。
ふとカルマンが足を止めると、そこには道がある。
「そういえば、機械兵士がどんなもんか、見ておくか?」
「ああ、そうだな」
カルマンに誘導されついていくと、そこにはかつて拾ったガラクタのような部品で、構築されたモノがあった。形は人形だが、身長は異様に高い。
「名前はロビン。正式にはロボット・ウォリアー・零型らしい。誰もそう呼ばないけどな」
「……長いからな」
「無駄に長いよな? 前々から思ってたんだけど、ティオの感性って一枚ズレてるよな」
「お前もようやく、それに気付いたか」
ある程度見ると、カルマンは次に行こうと歩き出すが、ティーダがそれを止める。「動かないのか?」というティーダに、カルマンは言う。
「ああ、それはティオがいないと動かせないんだよ。今はティオいわく充電中らしいが……まあ、そういうわけで。動いてるところを見たければ、ティオに言ってくれよ?」
「……わかった」
納得したところで、カルマンはティーダ用の空きスペースへと案内する。所詮は洞穴の中の空き地の為、全く豪華ではないが、体を休めるには充分だ。ちなみに兵士用テントではないが、兵士用の空きスペースは、それなりに大きく作られている。
「しかし――」
そう切り出したのはティーダだ。それに疑問の文字を頭に浮かべるカルマン。
「身に纏う気迫は見事だが、お前はいまだに見張りや案内係をしているのか?」
「馬鹿野郎! 甘く見るなよ、今の俺はカルマン『副兵士長』だ!」
ティーダにとっては、それが本日一番の驚きだったかもしれない。
「副兵士長、お前が?」
「そうだ。ここで暮らしていく気があるんなら、俺の方が偉いんだ。少しは言う事聞けよ! じゃあな」
高笑いしながら、去っていくカルマン。それをティーダは呆然と眺めているしかなかった。