11,帰郷
仲間が次々に挑み、しかし殺されていく中で、その中の一人の男は言う。「生きていたのか」と。
一凪ぎで数人の兵士を蹴散らしていく。絶えず轟く断末魔と血の雨に、そこにいた誰もが狂気する。
「漆黒の髪、深紅の剣、そして……そして、この強さ。――間違いない、あいつは、火の騎士だ。火の騎士、ティーダだ! こ、殺されるぞ、俺達はみんな殺されるぞ!」
最初は勢いで襲いかかっていたが、その内に誰もが恐怖し、手を出さなくなっていく。
「急げ、クリッパー様か、リオ様にこの事実を伝えるんだ、早くっ!」
「は、はい!」
一体いくつの屍がそこにあるのだろうか。ただ一つ言えるのは、ティーダに立ち向かい、そこで生きている者は確実にいないという事だ。
「――ば、化け物め!」
悪態をつく一人の兵士にティーダが言う。
「そうだ、俺は人間の強欲が生んだ、化け物だ。死にたくなければ退くんだ。退けば命までは取らない」
屍と血の海。その上にティーダは立っている。
「だが退かないのなら……俺は容赦なくお前達の命を奪うだろう」
ティーダが炎帝・ヴェルデフレインを構えると、誰も立ち向かう人間はいなくなった。向かってくる存在がいなくなったのを確認し、ティーダは剣を納め、パーシオンへの道のりを歩いていく。
ここは丁度、シュネリ湖とパーシオンの間ぐらいだろう。城国に最も近い位置でもある。ティーダは偶然たまたま城国兵士の中隊と出くわしてしまう。それが今の結果だ。城国からすれば、支配開放大戦以降、行方不明になり、そしてほとんど死亡扱いと見なされていた。
「――報告します!」
息も絶え絶えで走ってきた兵士は、報告内容を告げる。
「一個中隊の演習中に、火の騎士を発見したとの報告がありました!」
その兵士が告げる先、二人の騎士が反応した。
そうそこにいるのは光闇の騎士リオと、闇光の騎士クリッパーの二人だ。ここは城国内部、リオとクリッパーのために、特別に作られた一室だ。
「……火の騎士が、生きていた?」
その兵士の言葉に、一番の反応を示したのはクリッパーだ。
「は、はい、確かな情報との事です」
「キャハハハ、まさかね。本当にしぶとい人、あの人には戦いにおける死の概念とかあるのかしらね、キャハハハ!」
あざ笑うリオと、その生存報告に胸を打ち振るわせるクリッパー。
「それで、火の騎士は一体どこにいるのだ?」
「は、はっ! 報告によりますと、火の騎士は北のシュネリ湖方面から、真っ直ぐに南下しているとの事です」
「南下……? 南に何かあるというのか……」
「キャハハハ、クリッパー馬鹿ね。そこに兄様の本拠地があるという事じゃないの!」
クリッパーは勢い良く、椅子から立ち上がると鍛え上げた分厚い筋肉を隆起させた。
「……これで、決着をつけられる。最強の称号への、決着が」
気合いも新たにするクリッパーと対照的に、リオは黙って思考回路を回らせていた。
(南……大戦以降、王様の命令で南を中心としたレジスタンスを一掃している。その中に兄様の所属している場所があったら? キャハハハ、これは面白いものが見られそうね)
お互いに違う目的ながら、二人は再びティーダの前に姿を現すべく行動に出た。
――シュネリ湖を出て、城国の中隊との戦い。そこから約一日分の時間が経っている。
以前、この道を歩いた際は、ソリディア、カルマン、ティオの三人と共に歩いている。パーシオンからシュネリ湖まで、およそ三日の時間がかかったが、今はティーダ一人。恐らく時間はそうかからないだろう。
北の大地特有の寒さも無くなりはじめ、少しずつだが暖かな気候が目立つようになってきた。この空気を吸った瞬間に、「帰ってきた」と実感する自分がいる事に、ティーダは気が付いていた。
(何日ぶりだろうか。偶然この地方へ落ちて、そこで出会った人々と共に暮らし、いつの間にか自分の故郷にもなっていた)
意識したわけではなかった。無意識の内に、ティーダの歩くスピードは早くなっていた。
ティーダ自身、そんな風に思えるようになったのは、いつからだろうとも思える事だった。
「誰だっ!?」
「――っ!」
自分らしくもない、とティーダは舌打ちをしながら、声のした方を見る。どうやら見つかったのは城国兵士のようだ。数は見える範囲で三人。ティーダが仕留めるには、余裕すぎる数だ。
「散開! 的を絞らせるな!」
隊長らしき兵士の指示により、三人はバラバラに移動をし始める。
「むっ!?」
完全に目線も思考も、パーシオンに傾いていた。ティーダは自分がどこを歩いていたのかさえも、見えていなかった。ここは森林地帯ほどではないにしても、草木が生えそろっている。敵は散開し、的を絞らせないようにしながら、ティーダの首を斬るタイミングを計っている。
「らしくもない、らしくもないぞっ」
それは自分に向けての言葉。注意不足で敵に見つかるなど、あってはならない事だ。
ティーダはヴェルデフレインを構えると、神経を戦いに集中し、敵の気配を探り続ける。
(一人は真っ直ぐに俺を狙っている。……あとの二人は気配を消しているな――)
「――ならっ!」
向かってくる相手に対して、ティーダも向かう。普通ならば馬鹿な事だが、ティーダには既存の常識は通用しない。
一気に間合いを詰めると、すぐに相手の姿を確認できる。
「なに!?」
「……悪いな」
向かった勢いのまま、刃を立て、心臓を串刺しにする。相手は即死だろうか、最後の一瞬まで、ティーダの姿をその目に映していた。一気に引き抜くと、その引き抜いた勢いと同じ、いやそれ以上の血が噴き出す。
「いやあああぁぁ!」
殺す隙を狙っていたのだろう、気配を殺していた内の一人が、斬りかかる。
弾ける金属音。剣と剣は斜め十字になり拮抗する。
「ぬぬぬ……レジスタンスめ!」
「――退くんだ」
「退けだと、レジスタンス風情がぁ!」
城国兵士は、更に力を込め、剣もろともティーダを真っ二つにしようとする。
その返答に舌打ちをし、ティーダも相手を斬り殺そうと、力を込めた。
「――死ぬがいい!」
突然襲ってきた、背後からの気配。残った一人が、拮抗状態を見計らい、一気に勝負を決めに来たのだ。
左手で剣を押さえながら、右手で鞘を抜き、背後の敵に攻撃を仕掛ける。鈍い衝撃と音が伝わってくる。ほとんど当てずっぽうだが、上手く当たったらしい。
「隊長!」
一瞬だが、目の前の兵士の注意が逸れる。それを見逃すティーダではなく、一気に力を入れて、敵を力任せに斬る。
「うっ、あ、あああ、ああ……!」
なまじ即死でない為に、斬られた痛みと、失血の恐怖を味わうはめになる。
「く、くそ……」
後ろの兵士は、顔面に命中してしまったのか、口と鼻から血を流し、歯も何本か折れてしまったようだ。――それでも剣を構えているあたり、さすが隊長というところか。
「最後に言う。退け、退けば命は取らない」
「……ば、馬鹿にするなよ、レジスタンス……」
その言葉と共に放たれた一撃をかわし、ティーダも真横に剣を走らせた。胴体と頭が、綺麗に分かれた。
「馬鹿にするなよ……か」
ティーダは、たった今殺した男が言った事を、呟くように繰り返した。
自分の不注意による、望まぬ戦闘。それにより命を落とした兵士達。ティーダは残るパーシオンへの帰路を、気を引き締めてかかる。
――それから数時間後、見慣れた風景にたどり着く。暖かな気候と、深い森林。恐らくこのまま更に南に進むと、サルバナ森林地帯のサンバナの町へ着き、西に向かうとカザンタ山岳地帯に着くだろう。
しかし、見慣れた風景になったからこそ、ティーダは一つの違和感を感じていた。
(何だ、この感覚は……嫌な予感がする)
そのまま進んでいくと、森林の中の視界が、急に開ける。その先にあるのが、パーシオンのレジスタンスなのだ。ティーダはパーシオンに着いたのだ。
「なっ……!?」
だが、その光景を見て、ティーダは息を飲んだ。
そこにあったのは、廃墟となったパーシオンの姿。辺りは完全に廃れ、城国に襲撃されたのだろう。無惨に崩されたテントに、逃げ遅れた人の屍が、いまだに残されていた。
焼き払われたのだろう。既に、倒れている屍が、生前どんな姿をしていたのか、判別すらできない。
ティーダは、兵士用のテントとソリディアのテントを確認しに行く。
「――うわっ」
「誰だ!」
周辺に蠢く人影。その姿から城国兵士ではないようだ。
「待って、待ってくださいよ! あっしはただの薄汚い泥棒ですって!」
「泥棒? 一体こんな所で何をしている、ここの人達はどうした!」
「いや、ですから泥棒ですって! ……ここの人間の事は知りませんよ。ちょっと知ってる事があるとすれば、支配解放大戦から時間も経ってない時に、一気に城国の兵士達が攻めてきたって事ぐらいですよ。ここはその内の一つって事でしょ。ここの人がどうなったのかなんて、本当に知りませんって」
「……そうか、すまなかったな。だが泥棒活動は他所でやってくれないか」
泥棒はその言葉を聞き、愛想笑いをしながら走り去っていく。
「――生き残りはいるのか、いたとしてもどこにいったんだ」
やっとたどり着いた先に待っていた真実。掴んだものは、一気に距離を離していく。途端に行く宛の無くなったティーダは、この近隣で馴染みのあるカザンタ山岳地帯へ歩き出した。