9,ありがとうの言葉
名前 ティーダ
種族 アルティロイド
性別 男
年齢 17
階級 火の騎士
戦闘 2900/業火 3200
装備
E炎帝・ヴェルデフレイン
Eティーダ専用戦闘防護服
E火の聖獣エンドラ
名前 クマンバ
種族 キメラ
性別 女
年齢 99
階級 熊の婆ちゃん
戦闘 1300
装備
E笑えるぐらいに細い腕
――エスクード城を出てから、およそ七日間が過ぎる。広大な砂漠地帯は、突破するのに予想以上の時間を費やされてしまう。
砂漠を抜けると、特有の暑さも無くなり、砂しかなかった大地に、少しずつ緑が見えるようになってくる。
やはり人間――いや、動物としての本能か。緑を見ると、心が休まりつつある自分に、ティーダは気づかされる。
(渡された食料も、徐々に底をついてしまう。そろそろ補給が必要だが……)
ティーダは一足飛びで上空に飛び上がると、軽く辺りを見回してみる。しかし近場にレジスタンスあるいは村に該当する、いわゆる集落は見当たらなかった。
(城国さえもてっぺんが少し見える程度、か。確かシュネリ湖からは、城国が確認できる位置だった。――という事は、シュネリ湖までは、まだまだ時間がかかるという事か)
あらゆる偶然の重なりか、元を正せばラティオの放ったセカンドインパルスにより、エスクード近場の砂漠まで飛ばされた。
(改めて見て思うが……これは飛ばされすぎだろう)
深いため息と共に、仕方がなく歩き続ける。まず目指すのは、北の大地シュネリ湖。そしてそこから南下し、パーシオンへ。
何事もなければ、こういう気ままな旅も良いと思うが、残念な事に、今はそこまでゆっくりしている暇もない。だからこそ、ティーダはただ黙々と、目的地を目指して歩くしかない。
それから二日間ほど歩くと、すっかり砂漠の様相は無くなり、シュネリ湖のような薄暗い森林に入る。
シュネリ湖みたいに、突き刺さるような寒さはまだなく、砂漠と湖の間で、丁度良い涼しさになっている。
(まだかかりそうだな……。食料も底を尽きた、いよいよもって……)
その瞬間、ティーダの鼻に良い匂いが感じられる。すぐにそれは食べ物の匂いだとわかった。
さすがのアルティロイドといえども、食には勝てず。その匂いの元を求めて、走り出す。――匂いの元は、森の中に一軒だけたたずむ家だった。
「何故こんな所に家が? 一体どんな奴が――うっ!?」
突然の気配を感じ、その方向を向くと、あまりにも重い鈍撃が襲う。何かによる攻撃は、きっちりと防御するが、遥か後方まで飛ばはれてしまう。
「誰だっ!?」
炎帝・ヴェルデフレインを構える。
「――誰だ? それはこっちのセリフじゃよ」
そこにいたのは、白髪頭の老婆。しかも腕や首など、ちょっと捻れば、すぐに折れてしまいそうだ。
ティーダは油断しなかった。見た目はどうあれ、軽く人を飛ばせる力の持ち主だ。
「悪かったな、俺の名はティーダ。――旅の途中で、偶然ここを見つけた」
簡単に説明しながらも、細心の注意を払う。
「ほぅ、旅の……随分と若いのに、数多くの修羅場をくぐり抜けておるな。しかし妙じゃな」
「……?」
「――お前、城国の臭いがするね」
その言葉を聞き、ティーダはいつでも老婆の首を、斬り飛ばせる体勢をとる。
「物騒な考えを起こすんじゃない! ――まぁ最も、お前みたいに生まれながらにして、戦いが共にあった存在には無駄じゃろうがね」
「お前――、一体?」
「ワシかぇ、ワシも城国――いや元と言っといた方が良いね。名前はクマンバ」
「クマンバ……」
クマンバは、ティーダの剣を睨み付けて言う。
「わかったら、その物騒な物をとっととしまっておくれ!」
「いや、まだだ。俺を軽々飛ばした、お前の力の秘密がわからない。それにどうして俺が城国と言う?」
クマンバは独特な高笑いの後、言葉を出す。
「――とりあえず、家の中に入らんか? 年寄りにあまり立ちっぱなしにさせんでくれんか」
「――良いだろう」
少し考えたが、そう答えを出す。
家の中に入ると、クマンバが椅子に腰掛ける。
「どうした、座るが良い」
「俺は遠慮する」
座ってしまうと、仮にもクマンバが襲いかかってきた際に、反応するのが鈍ってしまう。基本は立ち姿勢。
「ふむ、では話を始めようかね。まずはワシの秘密じゃね。複合生命体――の事は知っておるかえ?」
「あぁ、丁度良く数日前に世話になっていた所にも、複合生命体がいてね。キメラ――と総称してるとか」
「なら話が早くて助かるね。ワシは人間と熊のキメラさえ。おかげで、こんな細腕でも、大男のような腕力を持てるわけじゃがな」
クマンバは、エスクード城の騎士。鷹のオルテンシアと、鷲のバゼットと同じ、複合生命体キメラ。
「ちなみにクマンバという名前は、熊と婆ちゃんを足した名前じゃえ」
「いや、そんな事はどうでもいい。――という事は、俺から城国の臭いを感じ取ったのは……」
クマンバは「うむ」と、首を縦に振る。
「まあ、お前さんの事を聞く気はないよ。こんなババアが、若いお主の物語に入ってはいけんからな」
クマンバは立ち上がり、調理中の鍋の様子を見る。とても美味しそうな匂いの正体は、間違いなくこれだろう。
「食べるじゃろ? 腹が減ったから、ここに来た。違うかい?」
ティーダは無言でクマンバを見ていたが、そんな態度とは裏腹に、腹の虫がなく。
「ひえっひえっひえっ、体は正直じゃの。いっぱい食べていくと良い。大丈夫、毒は入っていないよ」
誘惑に負けたティーダは、クマンバの料理に口をつける。独特な臭みのある料理だが、何ともいえない濃厚な味付けだ。具材に肉のようなものが入っている。
「これは何を使っているんだ?」
「ああ、それかい。その辺に落っこちてた、人間の肉じゃよ」
「――うっ!?」
「冗談じゃよ。それは魚じゃ。熊の力が入ったからか、こんな時代でも食べ物探しに不便しなくてね。むしろこんな便利な能力を与えてくれた城国に、感謝したいぐらいじゃよ」
「物は使いよう、か」
「そういう事じゃね。こんな時代だから、悲観的になるのはわかるけど、ちょっと知恵を使えば何とかなるもんさ」
そう言ったクマンバの表情は、どこか懐かしいものを感じさせた。この日は、クマンバの家に泊めてもらい、次の日の朝をむかえる。
「――!」
ティーダの目が覚めると、外が騒がしい事に気付く。どうやらクマンバが、複数の人間と言い争っているようだ。
(何だ、近隣同士の喧嘩か? ……それにしては荒れているが)
窓からそっと様子を伺うと、予想通り数人と言い争っていた。ただ、その争っている人間に、いや正確には格好に覚えがあった。
「――あいつら、城国兵か」
そう、城国兵士がクマンバと言い争っていたのだ。相手は三人、普通に見れば老婆相手に三人では、成す術もないが、クマンバならば問題ない。
事実、三人の兵士は言い争ってはいるものの、戦闘意欲は無いらしく、むしろ腰が引けている。
何かあったら飛び出す準備だけして、ティーダは流れを傍観していた。
――しばらく見ていると、兵士が諦めたのか、渋々といった感じで引き返していく。
「おや、起こしてしまったかい?」
中に入ってきたクマンバは、申し訳なさそうに言うと、ティーダに暖かい液体を渡す。
「生姜汁じゃえ」
「ショーガジル?」
「古い書物に伝わる、料理書物の一品さえ。体が暖まるよ」
ティーダは一口飲むと、すぐに体が暖まってきた。
「なるほど。――奴ら、一体何を言ってきたんだ?」
「何、いつもの事さ。何故かは知らんが、城国にワシが必要になったんじゃと。だから、ふざけるなっ、と言ってやったよ」
「懸命な判断だな」
「奴らにとっては、他人の命など子供をあやす玩具程度にしか、考えておらんのじゃろうて。――心配はいらないよ、キメラのワシに、所詮は人間が来ようと勝てはせんよ」
そう言うと、筋肉の無い腕で、ガッツポーズを決めてみせる。
「じゃが……奴ら、最後に何か言っておったの。『こちらには、お前を殺せる兵器がある』とな」
「兵器に関するものは、城国に関してハッタリは無い。少しでも良い、用心はしておくんだ」
「わかっとるわかっとる。ワシも元城国、奴らのえげつないやり方は心得ているよ」
「――そうか。このショーガジル、旨かったよ」
ティーダは立ち上がり、身支度を整える。
「もう……行ってしまうのかい?」
「あぁ、できるだけ早く帰りたい場所がある」
「そう、か……あんたにも、帰る場所があるんじゃね」
「――それを確かめる旅なのかもしれない」
あらかたの身支度を整えると、クマンバは小さな包みをティーダに渡す。
「食料は一日分しか無いけど、生姜汁は三日分は入ってる。あんたの歩いてきた方角からして、向かうのはシュネリ湖じゃろ? 寒くなるから持っておいき。包みはそのまま気休め程度の、防寒具になるよ」
「良いのか、クマンバにも生活があるだろう」
「こんな婆さんに、一晩とはいえ夢を見させてもらったからね。まるで孫と暮らしているようじゃったよ」
クマンバは満面の笑みで言い、ティーダに荷物を渡した。
「すまないな、貰っていくよ」
ティーダは荷物を受け取り、出入口まで歩を進めた。
「――ティーダ!」
と、クマンバが呼ぶ。
「お世話になったら――ありがとう――だよ」
まるで、お婆ちゃんが優しく教えてくれるように、
「――ありがとう、クマンバ」
ティーダも教わった事を返した。