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アルティロイド―究極の生命体―  作者: ユウ
砂漠地帯~砂城の姫君~
47/97

8,数多の中で輝く星

「――必ず、帰ってくる」

「嫌です……戦争に行くのでしょう。絶対に生きていられる保証はありませんっ、だったら……ずっと、側にいてほしい、私を――守っていてほしい」

「……お前は、そんなに弱い人間じゃないだろ」

「私はっ……弱いのよ……貴方が思っているより、ずっと……。私だけじゃ、エスクードの人達を守るのは無理だよ……」

「……ごめん」

「馬鹿ぁ!――うっ、ちょ、ちょっと!?」

「必ずだ、必ず生きて帰ってやる。だから三百回だ」

「三百回?」

「エスクード教会の十字架の元で、三百回の祈りを捧げるんだ。知ってるだろ? 休む事なく、一日一回、三百回。願い続ければ叶う。……だから、俺が無事に帰ってくる事を、祈り続けてくれないか?」

「三百回、ね?」

「三百回、だ」

「――わかりました。では三百回、私が欠かす事なく頑張ったら、何かご褒美をください」

「ご褒美? えーと、じゃあ帰ってきたら、真っ先に生涯の愛を誓うキスだ。今のとは違う、本気の――」

「待って、いますよ――」


 更に数日が経つ。気付けば急いでいたはずだが、エスクードで暮らしている時間が長くなっている。

「ティーダ、起きているか?」

 オルテンシアの声。ちなみにノックはしていない。

「あぁ、何かあったのか?」

 扉を開けると、そこには良い事がある、といった表情で立っている。

「喜べ、ヴェルデフレインの復元が完了したぞ」

「やっとか!」

「時間があるのなら、今すぐ見に行くと良い」

 言われずとも、ティーダは向かっていた。その後をオルテンシアも付いてくる。

 相変わらず研究室というには、お粗末なそこに、復元されたヴェルデフレインがあった。

「――来たか」

 ちらりと横目で、ティーダとオルテンシアを確認するバゼット。

「待たせたのぅ、これが新ヴェルデフレイン――炎帝じゃ」

「炎帝……ヴェルデフレイン……」

 近づき、しっかりと刀身を確認する。折れた箇所は、よく見ても傷一つ無く、完全に復元されている。折れる前のヴェルデフレインそのままである。

 ――唯一、復元前と違う箇所は、折れたところに何かの文字が書かれているぐらいだ。

「その文字が、焔竜の骨を組み込んだら、突然刀身に刻まれたんだよ。ちなみに古代文字で『炎帝』と書かれている」

 不思議そうに見ていた為か、学者が説明を入れる。

「骨はどこに?」

「骨は折れた箇所の補強に使っています。なのでヴェルデフレインの中に、既に埋め込まれています。 ――刀身を触ってみてください」

 言われて刀身を触ると、熱いと言えるぐらいの熱を帯びている。

「それが高熱剣の原理です。更に私の見立てでは、戦闘時には、もっと熱が上がるかと」

「それはどういう説明だ?」

「さぁ? 大体、そんなものでしょう」

 学者の回答に、一瞬その場が凍りついたように感じたが、誰一人として咎めなかった。

 そんな不穏な空気を破るべく、ノリヌがつとめて明るく喋り出す。

「ごほん……良かったのぅ、これでお前さんの故郷へ帰れる」

「そうだな……」

 嬉しさの反面、やはり気がかりが残っていた。いやそれは最初、ティーダの意思だと思っていた。しかし最近、どうも自分とは違う何かの感情が、それを行っているようにも感じた。

「剣の修復も終わった、明日、明後日には、ここを出るのか?」

 オルテンシアが聞く。

「そうだな、もうここに留まる理由も無くなった」

「長いようで短い付き合いじゃったが、寂しくなるの」

 別れを意識してしまい、雰囲気が辛気くさくなってしまう。気のせいか、ノリヌは若干ながら涙目だ。

「今夜、出発する」

「夜の砂漠は危険じゃぞ?」

「俺なら大丈夫だ」

「そうだな……確かにお前なら大丈夫だろう」

 ティーダの言葉に、オルテンシアがフォローしてくれる。その言葉で、ノリヌも納得し、今夜出発する事が決まる。

「じゃあ、行くまでに準備をしよう。さてさて忙しい!」

 何故かやる気満々のノリヌ。そのまま足早に研究室を出ていく。

「――それじゃ、俺達も仕事に戻るとするか?」

 オルテンシアがバゼットに言葉を投げると、無言で頷き同意する。

「じゃ、ティーダ。また今夜な、勝手に一人で出ていくなよ?」

「あぁ、わかった」

 二人の騎士とも別れ、ティーダも研究室を出ていく。そこにいた学者にも、挨拶をしようと辺りを探したが、既に次の調べものがあるのだろう。慌ただしそうに走り回っている。下手に挨拶をするよりも、そっとしておくのが、この相手に対する最大の気遣いだろうと、ティーダは判断する。

「さて……長旅になるだろうしな。少し休んでおくか」

 いつも使っていた部屋に戻り、ティーダは夜まで眠りについた。


 ――フィーネはノリヌを探していた。妙な胸騒ぎがしたからだ。大方の、ノリヌの行きそうな場所を探し、後は研究室だけになっていた。

「ノリヌはいます……か……?」

 と、問いかけたが、途中から声が小さくなっていく。

「――!」

 研究室の奥の方から、声が聞こえる。どうやら人はいるようだ。

 フィーネは悪いとは思いながらも、普段やらない盗み聞きをしてしまう。その会話の中に、興味を引く単語があったからだ。

「ティーダが今夜、旅立つ? 一体何でさ、せっかく帰ってきたのに」

「え、知らなかったの? 今、ここにいるティーダは別人だよ、本物……というか、エスクードにいたティーダは戦死したんだってさ……」

「えっ!? 本当かよ、そ――」

 その会話を聞いていたフィーネは、頭の中が真っ白になった。

(ティーダが……戦死? そんな……じゃあ、あの人は誰なの……私の祈りは……神様に通じなかった?)

 いてもたってもいられずに、フィーネは走り出した。ティーダ本人に確認を取りたかったからだ。

(そんな……そんなっ……ティーダは、帰ってきたのでは、ないの?)

 何がなんだかわからなくなっていた。ただ信じていたものは、それが真実というのならば、あまりにも脆く儚く砕け散ったのだ。

 ――ティーダに貸している部屋の前にたどり着く。

 息を整えようと、深呼吸をするが、落ち着いた瞬間に心臓が高なっている事に気付く。

(会ってどうするの、何を話すの? 仮に聞いても記憶喪失で片付けられてしまうかもしれない。……でも)

 より大きな深呼吸をし、フィーネは扉を開けた。ゆっくりと広がる視界の中で見えたのは、眠るティーダの姿だ。

 フィーネは内心ほっとしていた。起こさないように近づき、眠るティーダを見つめる。

(どこも、変わりない。私の知っているティーダそのもの。でも、この人は偽物? ――わからない、この人は寸分違わず)

「貴方は……誰なの?」

 思わず声が漏れた。

 真実の確認方法は、最早一つしか無く、フィーネはノリヌを探し歩く。先程まで捜してもまるで見つからなかったノリヌだが、今回はすぐに見つかる。

「ノリヌッ!」

 フィーネは怒り混じりの声で呼びつける。これは初めての事ではないだろうか。

「おお、姫様。如何なされましたかな?」

「ノリヌ、本当の事を教えてください!」

「ほ、本当の事!?」

 あまりの剣幕に、ノリヌは目を白黒させる。

「貴方達は一体何を隠しているの! あの人は誰なの! ティーダは……本当のティーダはどうしたのですかっ!?」

「ひ、姫様……」

 もう隠し通す事はできない。観念するしかなく、意を決してこれまでの事を全て話す。

「――そんな、嘘よ……嘘だと言ってください、ノリヌ……」

「申し訳ありませんが……」

 ノリヌも、どうしても嘘だとは言えなかった。

「――みんな、揃って……私を騙していたんですね……酷い、酷すぎます……っ!」

 その言葉には、どこか静かで、どこか荒々しさを秘めていた。そしてフィーネは、どこかへと走っていってしまう。

「姫様!」

 呼び止めたが、それを聞く事はない。

 ノリヌは深いため息を吐き出した。

「いつか言おうとは決めていたが……あまりにも、あまりにもタイミングが悪いわい……」

 色々な感情が入り乱れ、それが外に出てしまうのを堪えるように、唇を噛み、拳を握った。

 ――そして、夜が訪れた。


 夜の砂漠は、昼間とはうって変わって寒い。厚着をしなければ、その寒さにやられてしまう。

「これでお別れだな。短い間だったが、やはり寂しいよ」

「君の故郷の、無事を祈っている」

 オルテンシアとバゼットが、順番に別れの挨拶をする。

「もしも、次に城国を叩くような事があったなら、呼んでくれよ? 今、城国を倒すという事は、地上に住む我々の未来へ繋がるという事だ。――そうですよね、ノリヌ様?」

「ん、あ、そうじゃな」

 オルテンシアの言葉に、ノリヌは何とも歯切れの悪い言葉で返す。

「これがディザードゥ砂漠地帯と、その近隣を示した地図だ。まずは北西よりに大きく迂回する事だ。そのまま進むとイカロスの門へ出てしまう」

 バゼットが解説している。

「イカロスの門?」

「あぁ……。とにかく北西へ迂回し、まずはシュネリ湖という北の大陸へ出るんだ」

「シュネリ湖か、大丈夫だ。一度行った事がある」

「それならば話は早い。後は君の判断に任せるとしよう」

 これでバゼットの解説が終了する。まずは北のシュネリ湖を目指す。話の中に出てきた、イカロスの門という言葉が気にかかったが、今は帰郷する事を第一と、ティーダは考える。

「……じゃあ、世話になったな」

 ティーダはノリヌを代表として、礼の言葉を出す。

「思えばアンタ達に見つけられなければ、俺はこの砂漠で死んでいたかもしれない」

 ノリヌは無言だった。一つの命を助けた事に対する喜びのようなものを感じていたし、逆にその命を救ってしまったばかりに、フィーネに事実を知られてしまっている。

「ノリヌ様……?」

「あ、あぁ、気をつけるんじゃぞ、ちゃんと帰れる事を祈っているよ」

 その言葉を皮切りに、ティーダはパーシオンに向けて歩き出す。

 若干、いや大きな心残りを抱えていた。その正体には気付いているようで、気付いていない自分がいる。

(馬鹿な、気になるのか、あいつが……?)

 自分に対する自問自答をしているつもりだったが、どこか他人に投げかけるような言葉。

(悪いな、俺にはまだやるべき事が残っている――)


「とうとう行っちゃったな、あいつ……」

 仲の良かったオルテンシアは、感慨深く言う。

「仕方がない。彼には彼の場所がある。私達のようにな」

「それはそうだ」

 オルテンシアは、

「それはそうと……」

 と、いうと、ノリヌを見る。それと共にバゼットもノリヌを見た。

「一体どうなされたのです、ノリヌ様? 先ほどから様子がおかしいですよ?」

 ノリヌは「むぅ……」と低い唸り声をあげると、

「実はな、姫様にティーダ死亡の事実を知られてしまってな……」

「何ですって!? それで姫様はどこに?」

「確認したわけではないが、恐らくはエスクード教会じゃろう……」

「そうですか、しかし遅かれ早かれ言わなければならなかった事実です。いつまでも隠し通せるものでもなかった。起きてしまった真実は、乗り越えていかなければならない試練となります」

 ノリヌはエスクード城を見上げ、その内部にある教会を思う。



 ふと目を覚ました。どうやら眠ってしまっていたようで、まだ頭が覚醒しきっていない。

 無言で辺りを見回すと、そこが教会である事に気が付かされる。ノリヌから聞かされた事で、頭の中がパニックを起こして、感情のままに走った先がここだったのだろう。

 ここには――彼がいそうな、彼を近しく感じられる場所だったから。

「でも……貴方はもういないのね」

 頭上高くある十字架を見上げながら、自分の中の否定する感情を、肯定する理性で抑えつけて言う。

 その言葉を言った瞬間、認めてしまった自分がひどく遠くに感じられて涙が溢れてくる。

「ごめんなさい……貴方が帰ってくるまで、涙は流さないって決めたけど、もう……耐えられない」

 既に腫れていた目から、涙がどんどん溢れてくる。涙と共に、彼との記憶が流れてしまえば良いのにとも思う。でも現実は――流れる涙に比例して、彼との記憶が蘇って痛くなる。

「――何だ、せっかく帰ってきたのに……泣いてるのか、お前?」

 耳に入ってくる懐かしい声。しかし最近聞いた声。声がした後方を向くと、そこにいたのは一年前、戦いに出ていってしまったティーダの姿があった。

「……ティーダ?」

 その瞬間悟った。目の前にいるティーダは『彼』なのだと。そのはずだ、ノリヌの言う事が正しければ、私の知るティーダは死んでいる。ならば私の目の前に現れるはずがない。仮にも、現れたのならそれは幻や霊体といったものなのだから。

「疑った目をしてるな。どうした?」

「どうしたって……私を気遣っての縁起ですか、ありがたいですけど……そういうのはやめてもらえませんか?」

 と、私が言うと、目の前のティーダは呆れたように深い溜息をついた。

「悲しいな……お前なら、ちゃんと俺の事をわかってくれてると思ったのに」

 私はその言葉に、一瞬で怒りがわいてしまう。

「何がっ、何が『わかってくれる』よ! 確かに私が勝手に勘違いしていた……それは申し訳なく思います。でも……でもっ、赤の他人の貴方にそこまでされる程、私は惨めな女ではありません!」

 息を荒げる。日常でここまで声を出す事がないから、余計に疲れてしまう。でも行き場のない怒りを、ただ目の前の彼に向かって放つ事により発散していた。

 その彼も、その事を察してか知らずか、ただ黙って聞いていた。そんな事をしてくれてしまうから、私はただ大声をあげて泣き喚いた。

「――もう、俺にしてやれるのは、こんな風にお前の声を聞いてあげる事しかできない。いや、できなかった」

「できなかった?」

 意味深な事をいう彼の言葉に、少しだけ冷静になった私は耳を傾けた。

「お前は、俺の言った通りに三百回……ここで祈りを捧げてくれたんだろう?」

 ティーダに成りきる彼が気にくわなかったが、私は答える。

「えぇ……確かに三百回……私は祈り続けましたよ。それは貴方に言った事ではないですか!?」

「俺も三百回、祈ったさ」

「えっ……?」

 彼は何を言っているのだろうか。砂漠で彼を見つけてから三百日も経っていない。一日一回合計三百回。だから彼の言っている事は矛盾している。やはりただ成りきっているだけの、他人のティーダにはわかるはずもないのだ。

「嘘を言わないで……。三百回ですよ、それも教会で三百回。貴方にいつそんな事ができる暇がありましたか? ないでしょう、勝手な事を言わないでっ! もう、ここから出ていってよっ!」

 再び声と息を荒げる。それに対し、静かに彼は言い放った。

「やったさ……三百回。ここに来てな」

「もういい加減にして……」

「俺は……確かに死んだ。俺の意識体は間違いなく天に昇った……はずだった」

「はずだった?」

 彼はゆっくりと頷いた。

「どうやら人間っていうのはな、死んでしまったら天へ帰る記憶しか残らなくなってしまうらしいんだ。だから俺も真っ直ぐに天へ昇った。――でもその時だった。謎の、でもとても暖かな声が俺に囁いた」

 私は思わず「何て?」と聞くと、彼は言った。

『貴方はまだ天へ帰っては駄目。貴方にはまだ行かなければならない場所がある』

「俺はその声が指し示したくれた光を追うと、そこにはエスクード城があった。そこで俺は見つけた、思い出した、お前を……待たせていた人を」

 今まで淡々と話していた彼の言葉には、とても演技とは思えない気迫がこもっていた。

「その日から……俺はお前と一緒に願ってたんだぜ? もう一度、お前と話したい、お前の温もりを感じたいって……。全ての奇跡の偶然が重なって起きた、これは奇跡の必然だ」

 確かに私は感じていた。この教会で祈っているたびに、ティーダに見守られているような感覚を。

「まさか……本当に、貴方なの、ティーダ?」

 その私の言葉に、ティーダは私の前でしか見せない独特の笑い方で、

「最も肉体は俺のものではないけどね」

 と、(おど)けていってみせた。

 だけど、それを理解できた私には、そんな事は関係なかった。私の感情は、今度は言葉ではなく行動にして吐き出した。

「――ティーダ!」

 私は力一杯に、出来る限りの力を込めて抱きしめると、ティーダもそれを合わせて私を抱きしめた。

 力強く締め付けてくるティーダの力に、息が止まりそうだったが、胸の中に溜まっていたモヤモヤした不快な感覚が、彼に吸い寄せられていくような感じがした。

「悪かったな、俺の――馬鹿なわがままのせいで、お前一人だけ辛い思いをさせちまった」

「もういい、もういいよ、そんなのはもう……いいよ」

 ティーダは私の溢れ出てきた涙を、その胸で受け止めてくれた。数秒、いや数分そうしていると、そっとティーダから、私を離した。

「ごめんな……でも、俺はもう逝かなきゃいけないんだ……」

「そんな……もう、一人は嫌だよ……ずっと、側にいてよ」

 ティーダは困ったような笑顔を浮かべて一言、

「ごめんな」

 と、言った。そして言葉を続ける。

「今日は、約束を果たしにきたんだ」

「約束?」

「何だ忘れたのか? 帰ってきたら――生涯の愛を誓うキスだ。……愛しているよ、フィーネ=エスクードを。肉体は滅んでも、俺は――貴方を愛し、ずっと見守り続けている。寂しくなったら――空を見てほしい」

「……空を?」

 ティーダは優しく頷くと、天井を、いやその向こうにある空を見つめた。私も一緒に空を見た。

「空には数多(あまた)の星が輝いている。その星々の中で、一際強く輝き、君を照らしているのは俺だ。君が俺を照らしてくれていたように、今度は俺が君を照らす」

 ――時間が止まった。

 ――彼はゆっくりと私を見つめ、優しく私を抱きしめる。

 ――私は彼に身を任せ、彼に身も心も全てを預けた。

 ――唇と唇が触れあう瞬間、彼は小さく私に言った。

「――明るく、暖かく、幸せな未来を、生きてほしい」

 と。


 翌日、私は自分の部屋のベットで目を覚ます。

「ティーダ?」

 辺りを見回し彼を捜したが、もう彼の姿は勿論、彼の気配すら感じる事はできなかった。

「夢、だったのかしら……」

 ふとそんな事を言ってみたが、それは夢ではなかった事に気付く。何よりも心身に残った暖かな残り香、そして――空を見ると、明るいはずなのに私を照らしてくれている星があった。

「……ティーダ。見ていてね、また……泣いちゃうかもしれないけど、きっと幸せになるね」

 一瞬だが、星がきらりと輝いた。それはまるで、彼が笑いかけてくれていたかのようだった――。

 すると控えめなノックと共に、ノリヌの声が聞こえた。

「姫様……起きて、いらっしゃいますか?」

 おずおずと聞いてくるノリヌに対し、私は明るく言った。

「おはよう、ノリヌ! どうぞ、入ってください」

「失礼致します。……姫様、どうかなされたのですか?」

 私の顔を見て、ノリヌは呆気にとられた表情で言う。

「どうかしましたか、ノリヌ」

「あ、いえ、その……申し上げにくいのですが、あんな事がございましたので……」

 あんな事とは、ティーダが死んでしまったという事だろうと解釈する。それに対し、隠し続けていた事もあって、ノリヌは顔を合わせにくいのだろう。

 だから、私は言った。

「確かに……事実は悲しい事です。でも……今を生きている私達が、悲しい顔を見せていたら、天にいるティーダが悲しみます。だからっ、私達は明るく笑いましょう! ――太陽のように」

「フィーネ様……。――わかりました。ではっ、今日はどーんと宴でも開きましょうぞ! 何、全てはこのノリヌが受け持ちますぞぉ!」

 切り替えが早いノリヌらしいと思った。でもそんなノリヌの態度に、私は笑みがこぼれていた。

 ――さようなら、ティーダ。



 砂漠地帯~砂城の姫君~ 終

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