7,三百回の願い事
焔竜の骸骨。それは生きているのではないかと、錯覚してしまう程の威圧感を放っている。
「なるほど……こいつの骨を組み込むのか。確かにどうなるかなんて、既存の計算でできる事じゃないな」
しばらく眺めていたが、思わず目を奪われてしまう。
「――ティーダ! なるべく急いでくれっ、この地帯の乾燥は異常だ!」
オルテンシアの急かす声が聞こえる。恐らくは、フィーネとノリヌを案じての事だろう。
「あぁ、わかっている! ……さて、さっさと済ませるか」
渡されていたエクストリウムの剣を、鞘から抜く。
思えば初めて持ってみるが、改めて大した剣だと、ティーダは納得する。
「では、腕の一本でもいただいてくか」
ティーダが焔竜の腕を斬ろうとした瞬間、不思議な光が包み込み、焔竜の眼前へと移動させた。
よく見ると、焔竜の眼は淡く炎が煌めくように、赤く輝いていた。
『我に何の用だ? 人の子よ』
「――なっ!?」
目の前の骸は、ティーダに話しかけてきた。完全に死骸だと思っていた為、さすがに驚きを隠せない。
『我に何の用だ? 人の子よ』
再度、同じ問いかけ。
「お前の骨を貰いたい」
ティーダの要求に、焔竜の眼の奥に輝く光が、妖しく力強くなる。
『我の骨。我の骨は、人間が使うには過ぎた代物だ。一体、何用で我の骨を求める?』
「剣の修復の為、じゃ駄目か」
『ほぅ剣の。人の子よ、剣の修復をしてどうするつもりか。剣は人が産み出した凶器、例え正しき理由があろうと、そのまごうことなき真実は変わらぬ。人の子、剣で何を成す?』
即答はできなかった。何秒、あるいは何分、ティーダはずっと考えていたが、焔竜の問いに対する答えは出なかったのだ。
「――わからない。俺にとって、剣は物心ついた時から、常に共にしていたものだ」
この言葉に、焔竜の眼は更に妖しく輝きだす。まるで目の前の存在を、定めているように。
『人の子よ。どうやら普通とは違うようだ。すまないが、お前の義を見させてもらう』
すると、今まで骸の眼が輝いていたが、突然すっと消える。代わりにティーダを包む淡い光が輝きを増し、その光は正に焔となりて、ティーダを覆っている。
『これは審判の焔。義に悪を持つ者ならば、その悪と我に関する記憶を抹消する。だが義に正を持つものならば、我が力を授けよう。そのままじっとしていれば良い、じきに終わる』
ティーダは言われた通りにしていた。ただ審判の焔に包まれた時から、謎の心地よさを感じていた。恐らくはティーダに宿る、聖獣エンドラが反応しているのだろう。
『人の子よ……いや、お前は人にして人にあらず。だが稀に見ぬ素晴らしい義を持った者だ。望み通り、我が骨を与えよう』
ティーダを覆う焔が晴れていく。
『何に使うのかは、詳しく詮索はせん。だがお前ならば、正しい方向に力を使えるだろう。……しかし忘れるな、もしも悪しき事に力を使おうものならば、我が内骨の灼熱が、お前の体を燃やしつくすだろう――』
その言葉を最後に、焔竜は完全な骸へと姿を変えた。
気がつくと、ティーダの手には焔竜の骨があった。ただ手に持っているだけでも、熱さを感じる。
「――ティーダ!」
振り向くと心配が頂点に達した、フィーネが駆け寄って、そのままティーダを抱き締めた。
「お、おい!?」
「良かった……無事で……」
どうやらこっちはこっちで、色々とあったのだろう。ティーダなりの自己解釈をする。
「一体どうしたんだ? お前が、来るな、と叫んだ後、赤い閃光が建物内部から漏れた。すぐに確認してみたら、お前の姿は無かった」
「むぅ……そういえば言い伝えでは、焔竜は試練を与え、その試練に合格した者に、その者が望んだものを与えてくれるらしいんじゃが……まさか言い伝えは本当だったのか」
オルテンシアとノリヌが、それぞれの解説をする。だがティーダの実体験から、言い伝えは真実だと思うべきだろう。
いずれにしても、目的の品である焔竜の骨は、無事に手に入った。後はこれを持ち帰り、折れたヴェルデフレインに組み込むだけだ。
「そういやぁ、仮にもヴェルデフレインの復元が成功したら、名前を変えたりせんのか? 例えばスーパーヴェルデフレインとか?」
ノリヌは本気なのか冗談なのかわからない。
「……するわけがないだろう。何だ、その子供みたいなネーミングセンスは」
「せっかくパワーアップするんじゃから、スーパーとかハイパーとかつけたいじゃろ?」
「つけるかっ! ヴェルデフレインはヴェルデフレインだ。それ以上でも、それ以下でもない」
「そうかぁ、残念じゃのう……」
渋々といった感じで引き上げるノリヌ。それを見て、フィーネはくすくすと笑っていた。
「ふっふっふ、ノリヌ様は名前の付けたがりでね。かくいうエクストリウムのレイピアも、ノリヌ様のネーミングだ」
オルテンシアもそう言うと、にやつきながらもノリヌとフィーネを追っていく。
「……ふっ、やれやれだな」
馬鹿馬鹿しくも笑い、ティーダも追っていく。
帰り道は元気を取り戻した為か、行き道よりも早い予定通りの三日間にて、エスクード城に到着した。
だがあまりに順調すぎたのが不気味だった。行き道帰り道、共に城国兵士に出会わなかった。それはそれで良い事なのだが、ティーダはそれに対する世界の情勢が気になっていた。
――焔竜の骨を持ち帰ったものの、完成復元までは、どれだけの時間を使うかわからないという事だった。
ただわかった良い事は、ヴェルデフレインと焔竜の骨は非常に相性が良く、復元に関しては可能だという結果になった。
「そういえば記憶喪失はどうですか?」
考え事をしていたティーダに、そう投げ掛けたのはフィーネだ。
その表情は、心の底から案じてくれているが為に、曖昧な返答が利かなくなってきている。
「大分、良くなって……いるとは、思う」
「まぁ、そうですか。お早い回復で、ティーダは昔からそうでしたものね!」
エスクードのティーダを、ティーダが知らないからこそ、墓穴を掘ってしまう事もある。
「ティーダ、覚えていますか?」
「何を……?」
「戦争に行く前に、貴方が私にくれたもの」
「……いや、わからないな」
「わからない、ですか。そっか、そうだよね」
悲しむのではなく、どこか怒った様子で部屋から出ていく。そんな素振りを、ティーダも黙って見ている事しかできない。
フィーネ姫が出ていってから、すぐにオルテンシアとバゼットが入ってくる。
「悪いとは思ったが、聞いてしまったぞ、ティーダ」
「記憶が無いというのは、根本的に難しい話だな。ここで暮らしていたティーダが、一体どんな奴で、あの姫さんとどんなやりとりをしていたのか、それが全くわからないんだから、対応のしようがない」
オルテンシアの半ばからかい口調の言葉に、やや悪態をつきながら返事をする。
「それで……あいつにあげた物って何だ?」
その問いには、バゼットが答えた。
「物ではない。ティーダがフィーネ姫様に差し上げたものは、生涯の愛を誓う口づけだ」
「ぶっ……!?」
「はっはっは、二人は大層愛し合っていてな、キスもティーダから迫ったとかなんとか」
「オルテンシア。姫様の大事なお話であるぞ。少し控えなさい」
二人が話している間に、ティーダは考えていた。どうすれば何事もなく、この地から去れるか。
――部屋でじっとしていてもしょうがないと思い、ティーダはヴェルデフレインの復元状況の確認に行く。
「おぉ、ティーダ! 来たのか」
そこには学者や鍛冶職人、そしてやけに楽天的なノリヌの顔があった。
「調子はどうだ?」
「ぬっほっほ、順調順調! 予想以上に進んでおるよ、この調子ならスーパーヴェルデフレインの完成は間近じゃよ」
「そうか。スーパーヴェルデフレインはいただけないが、順調なのは良い事だな」
そう良い事なのだ。だが今は素直に喜べない自分がいる事に、ティーダ自身も感じていた。
「どうした、嬉しくないのかのぉ?」
「……いや、嬉しいさ。――フィーネの事、どうするつもりだ?」
その問いかけに、馬鹿みたいに明るかったノリヌの顔が一変し、真剣な顔が出てくる。
「だから……この件はわし達で何とかすると、言っておるじゃろうに」
その答えに対する、ティーダの返事は沈黙だった。
「とにかく、今はヴェルデフレインの復元を最優先じゃ。お前はお前で、待ってくれとる人がいるんじゃろ? ならばエスクードの内情は二の次じゃ」
「あぁ、そうだな」
それっきり言葉をかわす事もなく、ティーダは作業工程を見続ける。程なくすると、誰にも知られる事なく、その場から出ていった。
――そのまま宛もなく歩いていると、フィーネの姿を発見する。
ティーダは、
「おいっ!」
と、呼び掛けると、フィーネもそれに気付き駆け寄ってくる。
「ティーダ、探していました。さっきはごめんなさい。私……辛くあたってしまったから……」
「いや、いいんだ、それは」
「本当にごめんなさいね」
フィーネは申し訳なさそうに、謝り続けた。
「あの……今、お時間はおありですか?」
「あ、あぁ、大丈夫だ」
「そうですか、良かったぁ」
そう言ったフィーネの顔には、嬉しそうな笑顔が見れる。まるで初めてフィーネに会った時のような笑顔だ。
「これから教会へ、お祈りしに行きます。良かったらご一緒にどうでしょう?」
教会、と聞いたティーダには、あまり良い印象を持てなかった。
それは神に近い神聖な場所。神に愛されていない、アルティロイドのティーダが、そこに行くのは、良くは思われないのではないか、と。
「遠慮したい――」
と、言いかけたが、突然手を握られ言葉が止まる。
俯いていて、表情は読み取れないが、その握った手にはある種の、感情の塊のようなものが感じられる。
「……お願い、します!」
「――わかった」
結局、教会に行く事を受けるティーダ。その教会は、エスクード城の内部にあるらしく、ものの数秒でたどり着く。
神をイメージしているのだろう。やや廃れてしまってはいるが、どこか神々しさが感じられる大扉。その扉をくぐると、内装には十字架が一つという、至ってシンプルすぎるものだった。机も椅子も無く、唯一は十字架の少し上に、小さな窓がある程度のものだ。
「殺風景な所だな」
言ってから失言だったと気付く。
「えぇ、でも私にとっては、とても大切な場所」
あまり気にしてはいないようだ。ふと見るとフィーネは十字架に向かい、祈りを捧げていた。
「何を、祈っているんだ?」
「――貴方の記憶喪失が治り増すように、って。でもその前は……貴方が無事に帰ってきますように」
「願った程度では、運命は変えられない」
「でも、願わなければ、運命は動きません」
長い沈黙が訪れた。だが沈黙はフィーネの言葉によって破られる。
「一日一回、合計三百回。ここで願いを祈り続ければ、その願いは叶う。遠い言い伝えにある、一つの真 実です。――だって、三百回目の祈りの後、貴方は現れたのだから」
三百回。ティーダの目の前の少女は、欠かす事無く祈り続けたというのだ。そして三百回の祈りと共に、フィーネに出会った。
自分と瓜二つという、エスクードのティーダ。そして三百回の祈り。全てが現実にしては出来すぎた、偶然に奇跡が重なった出来事だ。
「もしもお前は――俺がお前の知っているティーダではないとしたら、どうする?」
フィーネは「えっ?」という顔をした後、ただ押し黙ってしまう。そして微弱に聞こえるぐらいの声で、こう答えた。
「そんなはず……ありません、貴方は確かにティーダです」
だが半ば、自分に言い聞かせるような口調だ。
そんな様子を、今度はティーダが黙って見つめていた。
「――さぁ、もう行きましょ? 早く貴方が良くなる事を祈っています」
教会を出ると、そのままフィーネと別れる。人口が少なくても、やはり一国の姫。何だかんだで色々と忙しいらしい。
(俺に会うまでは奇跡の偶然によるものだとしても、次の願いは叶う事は無いぞ。俺が偽物だとわかった時、お前は一体どうするつもりなんだ、フィーネ?)
らしくもなかった。そう、らしくない。
ティーダは突然、フィーネを最も身近な存在に感じていたのだ。まるで――愛を誓い合った者のように。