5,夢の桃源郷
――その日、ティーダは二つの夢を見た。
「……兄さん、ティーダ兄さん!」
意識が完全に覚醒したのは、青い髪の少女の呼びかけによるものだ。
「デュア……リス……!?」
「寝ぼけてるの、兄貴は?」
ふと声がする方を見ると、幼きラティオの姿が確認できる。いや、ラティオだけではない。デュアリスもジュークも、幼き『あの頃』の姿をしていた。
これはティーダの真相心理の奥にある、一つの真実という記憶だ。
「ティーダ兄さん、私と遊びましょ」
「いいや、兄貴と遊ぶのは俺さ!」
向こうで無邪気にティーダを取り合う、幼いデュアリスとラティオ。
困惑しながら二人を見つめていると、背後からジュークが話しかけてくる。
「驚いたかい、ティーダ? ここは紛れもない君の記憶の中、君の――後悔の世界だ」
「……あぁ、驚いている、夢の中とはいえ、お前は変わらずに冷静だという事に」
ジュークは軽い微笑をすると、言葉を続けた。
「この世界はティーダのものだ。今、心に抱いている念を晴らすのなら、今のうちだ。ここにはティーダの邪魔をする奴は、誰一人としていないんだ」
その言葉を聞き、再びティーダはデュアリスとラティオを見つめる。するとティーダの表情から、静かに笑みが溢れたのだ。
「……っふ、おいおい、二人共、俺はちゃんとここにいるぞ、今日は三人で遊ぼう」
「やったぁ、兄貴と遊べるっ、やったぁ!」
「えへへ、ティーダ兄さんと遊べる、嬉しいな! ……でも、ジューク兄さんは?」
「ん、あぁ、そうだな、ジュークも一緒に、四人で遊ぼうな」
手招きして、ジュークを呼ぶ。そんなティーダを見て、デュアリスとラティオは、真似をして手招きしている。
「んっ!? ふっ……やれやれ」
そんな三人に呼ばれたジュークも、優しく笑いながら輪の中へと入っていく。
四人の子供達は、当然年齢も違えば、実の兄弟ではない。だが端から見れば、誰もがこう言っただろう。
『実の兄弟よりも、中の良い義兄弟』
――と。事実、四人の顔からは笑いが絶えなかった。
少なからず、この四人が数年後に運命の悪戯からか、命を賭けた戦いに赴くとは、誰もが思わなかったはずだ。
とある、一部を除いて――。
「こら、デュアリス。あまり走ると危ないぞ!」
「えへへ、だってティーダ兄さんと遊んでるんだもんっ!」
心底、楽しそうに走り回るデュアリス。
「ずるいよ……姉ちゃんばっかり、遊んでさ……」
「よし、ラティオ来い! 相手になってやるぞ!」
「本当!? よぉし!」
ティーダの呼びかけに、これまた心底嬉しそうに、格闘ごっこを仕掛けるラティオ。
そして、二人の相手をしているティーダを、見守るようにジュークが見ていた。
「いたっ、……う、うわあああぁぁぁん!」
「どうしたデュアリス? 転んだのか、痛いのはどこだ?」
「うぅ、うっ、……ここ」
「あぁ、膝を擦りむいたんだな。大丈夫だ――それっ!」
勢い良く、ティーダはデュアリスをおんぶし、立ち上がった。
「に、兄さん……」
「良いなぁ、姉ちゃんだけ」
「あははは、ラティオは我慢しろよ、男の子だろう? デュアリスも泣かない、こうすれば痛くないだろ?」
このような感じで、四人で遊び、そして長き時の――一つの終わりがやってくる。
デュアリスとラティオは、すっかり遊び疲れて眠ってしまい、そこにはティーダとジュークだけがいる。
「――どうだい、久々に戦いから離れ、僕達にとっての平和だった頃を体感した気分は?」
「……最高だった。できれば次は、本当にこうしたいとも思ったよ……それが、もう叶わない願いだとしても」
「そうだね……当たり前のように日々を過ごしてきた。もう、あの頃には戻れないけど……ティーダにはまだ光があるじゃないか」
「光……? 待て、ジューク、それは一体!?」
ジュークは、指を指し示すと、徐々にその姿を消していった。
その指し示された方に振り向くと、そこには新しい世界が構築されていた。
「――ここは、パーシオン!?」
見慣れた風景だ。
地上に下りたティーダには、家とも呼べるぐらいの存在になった、レジスタンスベースパーシオン。
見慣れた場所には、見慣れた人々が暮らしていた。
「みんな……無事だったのか?」
「――ティーダ!」
後ろから、自分を呼ぶ声に気付く。その声は何故かとても懐かしく、どこか心休まる暖かさを秘めている。
振り向いた先にいたのは、これも見慣れた優しい桃色な髪をなびかせたティオの姿がある。相変わらずトレードマークの、赤いゴム紐で馬の尻尾に束ね、いつしかプレゼントした白いワセシアの花が彩られている。
「おかえりなさい、ティーダ」
柔らかく話しかけてくるティオ。
「本当に、お前なのか……?」
「そうだよ……。心配したんだよ、私……心配でしょうがなかったんだから……!」
その声は、突然泣き崩れてしまう。
「すまない、な」
「ううん、良いの……無事に帰ってきてくれた、それだけで良いの。――ティーダ、私ね、貴方に伝えたい事があるの」
「伝えたい事? 何だよ、言ってみてくれ」
「うん。私、私ね……」
そして長い間の後に、ティオは一つの言葉を、ティーダに伝えた。
「私――ティーダの事が好きです」
「えっ……!?」
「ティーダの事が好き。何よりも誰よりも、貴方の事が好きです。……ティーダは、ティーダはどうですか?」
「ティオ……?」
「私の気持ちを……受けて……くれますか?」
その問いに、ティーダは答える事ができなかった。
「俺は……」
「……ふぅ、さよならだね、ティーダ」
その言葉を皮切りに、ティーダの意識は急速に覚醒へ向かっていった。
「ッティオ……!」
目覚めた先は、半ば見慣れてきた天井に、部屋があった。
めずらしく息を荒げ、身体中に微量な汗をかいている。それを丁度見ていたフィーネ姫は、心配した顔を見せながら、ティーダを気遣う。
「大丈夫ですか、ティーダ? 何だか突然うなされたりして……あまり、良い夢を見なかったのですか?」
「……いや、何でもない」
「…………もし、何かあったら、遠慮なく言ってくださいね」
姫の気遣いに、素っ気ない返事で返すと、それっきり言葉をかわす事なく、姫は部屋から出ていく。
「……はぁ、寝覚めの悪い夢を見てしまったものだな」
自分の顔を覆うように、手を合わせると、思わずそんな事を口にしてしまう。
しばらくそのまま沈黙していると、扉を叩く音が、再びティーダを現実に引き戻す。
「ティーダよ、起きているか?」
声の主は、鷹の騎士オルテンシアだ。
「あぁ、今行く」
「ノリヌ様がお呼びだ。急げよ」
恐らくはヴェルデフレインの事だろう。修復の為に、剣を預けてから、数十日が経とうとしていた。ティーダからすれば、あまりにも『やっと』すぎる事だ。
オルテンシアに連れられ来た場所は、名目的には研究室。ただ研究室と呼ぶには、あまりにお粗末な設備をしている。
「おぉ、来たか」
「ノリヌ……まだ直せないのか? 何度も言うが、俺は急い――」
「わかっとる、わかっとるわい! そこでな、結論から言わせてもらうとな……」
ノリヌは、学者との話し合いの結果を、要点だけ述べ簡潔に説明してみせた。
「なるほど……焔竜の骨を使いますか……」
「ヴェルデフレインの強化策か。俺は構わない話だが、本当にそれは成功するのか?」
ティーダの疑問に、当初から懸念していた事が、浮き彫りとなる。
「それは……わからんのじゃ。全てが未知の領域、確率は九割の成功と一割の失敗か、はたまた九割の失敗と一割の成功か……。だが成功すれば、防御力の低下はあるが、攻撃力は飛躍的に上がるという、見解もされておるんじゃ」
「まさに、やってみなければわからない、というものか。――良いだろう、それしか手段が無いというのなら、試す価値は充分にある」
「よし、ティーダの許可も下りた! ならば早速出発しようではないか」
何故か一番乗り気なノリヌ。メンバーはティーダ、オルテンシア、ノリヌの三人となる。バゼットは、戦力を割きすぎるわけにはいかないとして、エスクード城に残る事にした。
と、その時、
「待ってください!」
突然の叫び声といっても良い声が、その場に響いた。誰もがそこに目をやると、やや息を荒くした、フィーネ姫が立っていた。
「姫様、如何なされたのです?」
近場にいたバゼットは、支えるように近付いていく。
「私も、連れていってください!」
「姫っ、なりませぬぞ! 外にはどんな危険が待っているか、わかりもしないのです。もしも姫に死なれては……」
するとフィーネ姫は、ノリヌの言葉を遮るように手をかざすと、そこから鍵のようなものを見せた。
「話は聞かせていただきました。折れた剣の復元の為に、焔竜の所へ行くのでしょう? 残念ですが、あの場所は城国兵の侵入を防ぐ為に、我がエスクードが防御壁を張っています。この鍵は、そこへ入る為のものです、入りたければ……どうか私を連れていってください!」
「な、なんと……姫様」
愕然とするノリヌとは対称的に、ティーダとオルテンシアは冷静だった。二人ならば、フィーネ姫から鍵だけを奪う事は容易かった。しかしそれをしないのは、半ばフィーネ姫の同伴に、賛同こそしないものの、別に構わないといった姿勢の表れだった。
最も、城に仕えるオルテンシアが、姫の危険を承知するのはあまり好ましくない事だが、そういった経験を体験してこそ、一人前の大人に、ひいては一人前の王族になれるという思いもあったのだ。
「良いではないですか、ノリヌ様。警護にはこの鷹の騎士オルテンシアもおりますゆえ」
「む、むぅ……」
「それにティーダもいます。どんな相手が来ようと、並の相手など恐れるに足りないでしょうな」
「むぅ……わかった。みんな揃って、年寄りに迷惑をかけおるわい」
最終的には、ティーダ、オルテンシア、ノリヌ、そしてフィーネ姫を入れた四人で、焔竜の墓場へと行く事になった。
伝説の焔竜の墓場は、エスクード城より東南に約三日程、歩いた場所にあるという。フィーネ姫も加わった事により、最低限の準備を行う為、出発は翌日へと変更される。