4,思念武装と複合生命体
――閃光が晴れると、そこには今まで存在していなかった、武器があった。鉄製ではなく、まるで骨でできた刀身の剣だ。不思議なオーラで包まれ、まるで剣を持っているのではなく、光に包まれた右腕そのものが、剣になった、と例えるのが近いかもしれない。
「……何だ、あの武器は」
初めて見る形状の武器。特に異様だと感じさせるのは、まるで武器そのものが呼吸をし、生きているようにも感じられる事だ。
「これが我々の、エクストリウムを超える切り札っ、思念武装だ!」
「思念武装……だと!?」
「そう、名前の通り、使用者の思念に応じて、その強さを変える武器。思いが強ければ強い程、オリハルコンにも匹敵する武器になり、思いが弱ければ……木の棒にすら劣る武器にしかならない。……だが、それは俺に限りならないのだっ!」
オルテンシアの自信に満ち溢れた態度。しかしハッタリともいえず、その武器の輝きは、確実に強くなっていく。
その光は意志の強さ。光が強くなれば強くなる程、武器の強度、攻撃力共に、増していくのだ。
「テストにしては、いささかやり過ぎだとは思っているが……お前に俺達に近い匂いを感じた。悪いが全力で押させてもらうぞ!」
オルテンシアは、光る剣を駆り、ティーダに襲いくる。その武器を危険と察知し、油断する事なく構えを取る。
(――確かに得体の知れない、あの武器は要注意だが……基本的に持ち主の、能力アップは施されていない。ならば、武器にだけ注意すれば、この勝負に勝つ事は容易いな)
瞬時に相手の能力を、見極めてみせる。
「――せあっ!」
かけ声と共に、一気に間合いを詰めにかかるオルテンシア。見極め通り、身体能力の向上はしていないが、やはり武器は要注意しなければいけない。
ティーダは初撃と同様、わざと受けて相手の力量を見ようとするが、その行為を躊躇する。間近に相対すると、その光輝く武器の威圧感に飲まれるからだ。
「ふっ、はぁっ!」
オルテンシアの鋭い攻撃。やはり人間の身体能力を、大きく凌駕している動きである。
しかし難なく避けていくティーダ。この攻防は武器が変わっても、全く変わる事のない展開である。
「もういいだろう? お前では俺に勝てない、お前程の騎士ならばわかるだろう」
「……そうだな、お前の強さはやはり想像の遥か上を行っている、だからこそっ!」
オルテンシアは、鋭い跳躍と共に、一気に空へ飛翔した。その飛翔力は、当然の話だが人間のそれを大きく超えている。まさしく飛翔というのに相応しく、一時的にジャンプする『飛んだ』ではなく、まさしく空を飛んでいる。
「ゆくぞっ、思念武装による騎士の魂の一撃を受けてみろ!」
「……っく!?」
咄嗟に受け止めるべきだと判断する。いや、上を相手に抑えられている時点で、回避するのは困難だと判断したのだ。戦いにおいて頭上を支配されるのは、大きな痛手となるのだ。
「思念武装……魂の一撃とかいうそんなオカルトめいたもので、この俺のヴェルデフレインを打ち砕く事は不可能だ!」
「いやあああああぁぁぁぁぁ!!」
まるで鷹が獲物を捕らえる際の雄叫びだ。遥か上空で空を飛ぶオルテンシアは、ティーダに向かって一気に降下する。その速度は数秒もかからない、一秒あるかないかの速さだ。
そしてヴェルデフレインと、思念武装は弾き合い、強大な衝撃波をそこに生み出した。
「な、なんとぉ……二つの武器の衝突がこれ程のものとは……」
「ノリヌ様、お下がりください! この衝撃は危険です」
いち早く危険を察知し、バゼットはノリヌを守るように身を盾にする。
そしてその衝撃波が終わり、何事も無かったように静けさが訪れる。時間にすればほんの十数秒の事だが、バゼットはともかく、見ていたノリヌは更に長い時間経過を感じていたのだ。
「…………勝ったっ!」
オルテンシアは、静寂を力強く打ち砕くように、言葉を放った。手に持つ思念武装は依然として不思議なオーラを纏い原型を留めている。
しかし対するティーダのヴェルデフレインは刀身の真ん中から上、つまりは剣先が見事に無くなっている。その剣先は凄まじい衝撃に飛ばされ屈強な壁に刺さっていた。
「……お、おぉ……!?」
それを見たノリヌは、声にならない声をあげた。オルテンシアの騎士としての魂が、オリハルコンの強度を超えたのだ。
(我がエスクードの誇るエクストリウムは負けてしまったが、ホークの思念武装は勝ったか……いや、あのオリハルコンの剣は度重なるダメージからか、相当な疲労をその刀身に抱えていた。悔しいがホークが勝てたのは、その結論によるところが大きいじゃろう。しかし……よくぞ勝ってみせた!)
心の中からの賞賛を、ノリヌは贈った。
それとは裏腹に、ティーダはひたすらに無言でヴェルデフレインを見つめていた。その見事に折れた刀身は、敵であっても見事と言ってすまう程だ。
「危なかった……もしも、その剣が万全だったのなら、やられていたのは俺の方だった」
「いや……そうでもないだろ?」
「そういうもんさ。俺の思念武装が勝てたのは、その剣の疲労と一種のタイミングによるところが大きい。お前の戦士としての能力が高すぎたからこそ、それを利用し打ち砕けたに過ぎんのだ」
自らが対峙したからこその判断。事実、ヴェルデフレインの疲労はティーダも知っていたのだ。
オリハルコンはそれ単体で微弱ながらの、自然治癒能力を秘めている。例えばそれを扱う者が普通の人間ならば、オリハルコンの持つ自然治癒で全ては丸く納まるだろう。だが今回の例は人間を遥かに凌駕する能力を持つ、究極の生命体が使用者。更に今までの戦いによる度重なる極大な衝撃は、自然治癒能力を上回る勢いで疲労させていった。――結果、刀身は見事に折れてしまった。
「ノリヌ様、この者ティーダは、悪ではございません」
「うむ、よくぞやってくれたな、ホークよ。……ティーダよ、もし良かったら剣をワシらに預けてはくれんかの? 少しながらオリハルコンの材質に精通した者が、この城にはおるのでな」
「構わない。むしろ折られてしまったんだ、ある程度の修復はしてもらいたいものだな」
手に持った本体と、折れてしまった剣先をノリヌに渡す。
「うぅむ……間近で見ると凄い折れ方じゃわい。こりゃ完全修復は難しくないかのぅ」
「できないならできないで何とかするさ。それまで代えの剣でも貸してくれないか?」
「これを使え!」
オルテンシアから一刀が投げ渡される。見るとオルテンシアやバゼットが備えているような、エクストリウム製の剣だ。二人の騎士とは違うところが、レイピアのような細身の剣でなく、しっかりした剛剣であるところだ。
「レイピアではお前の力を受けきれぬだろう。その剣はエクストリウムをふんだんに使った特別な一刀だ。……最も、それでもお前の力を受け止めるには役不足だろうがな」
刀身は更に淡く青く輝き、オルテンシアの言う通りに特別製である事が伺える。
「ティーダ、いずれにしてもお前がここにいなければならぬ理由ができた。お前の部屋は今まで通りの場所を使ってくれて構わぬ。……あとはもう少しだけ姫の相手をしてくれぬか」
「何度も言うが急いでくれ。俺はいつまでも留まっていられる程に時間はないんだ」
「わかっておるわかっておる。ではホーク、イーグル、ティーダのここにいる期間内での面倒をよろしく頼むぞ?」
二人は小気味よく、
「はっ!」
というと、ノリヌが訓練場から出るまで頭を下げ続けていた。
「……さて、聞かせてもらいたいものだな。お前が何者なのかを」
突然そう言い出したのは、今まで無言のまま状況を傍観していた鷲の騎士バゼットだ。
「それは俺自身も聞こうと思っていた問いだ。お前達は何者だ、明らかに人間ではない……だが俺と完全に近い存在でもない」
「バゼット、人に聞くからにはまず自分からだ。俺達はご推察通り、普通の人間ではない」
バゼットを抑え、代わりにオルテンシアが説明を進めていく。
「俺達は複合生命体。城国の生命実験の果てに造られてしまった哀れな生命体の一つさ。まぁ、勘の鋭いお前の事ならあらかたの創造はつくだろうが、俺は人間と鷹、バゼットは人間と鷲との複合により生まれてきた生命だ。この世には知られてはいないだけで、多くのキメラが地上に住んでいる……いや住まざるをえなかったんだ。俺達、地上に住むキメラは実験失敗(ダスト オブ ライフ)の烙印を押され、文字通りゴミのように捨てられたのだからな」
(複合生命体キメラ……まだ城国にいた頃に聞いた事はあった。だが実在していたとはな、その実験の果てがアルティロイド(おれたち)ってわけか……なるほどな)
「――さて、俺達の事は話した、お前の事を教えてもらおうか?」
どこまで話すべきか、当初は迷っていたがオルテンシアの話の内容で、ほぼ全ての事を話して良い事を確信していた。
「俺は、お前達と一緒だ。城国に造られた生命だ。ただ……複合生命体の領域を超えた存在だがな」
その答えに、興味を示したのは、バゼットだった。
「ほう、キメラを超えた存在……それは一体?」
「複合生命体を超えた生命の名は……究極の生命体。俺は生まれてすぐにアルティロイドに変えられた」
「アルティロイド……!?」
その聞きなれない名に、二人の騎士は同時に驚きの表情を見せた。当然だろう、如何にこの二人がティーダと同じく元城国の者だったとしても、アルティロイドの存在は限られた者しか知らぬ、トップシークレットなのだ。不本意ながらも失敗の烙印を押されてしまった二人の騎士が、その存在を知らなくても無理はない話だろう。
「城国め、一体どれだけの生命を弄べば気が済むのだ!」
「全くだな……世界を統制するべく城が、やっている事はただの独裁だ」
二人は怒りを前面に押し出していた。無理もないだろう、その城国に自分自身の生命を弄くられたのだ。人間としての本能も、動物としての本能も、城国への怒りを高めているのだろう。
「文句を言ってもしょうがない。この時代を終わらせたいというのなら、今は戦う事でしか道は開けないのだからな」
だからこその支配開放大戦。敗北に終わったかもしれない、ただ死者や負傷者を出してしまっただけなのかもしれない。しかし決して意味がないわけではないのだ。戦う事によって地上に住まう人々の、いや生きる者達の意思の強さを見せ付ける必要があるのだ。
この日だけで色々な事がわかり、進展したのかもしれない。
存在すら表に出ていない複合生命体キメラの存在、折れたヴェルデフレイン。魂の強さが影響する武器、思念武装。大方知りえなかった事が明るみに出てきたのだ。
――そして数々の思惑を時という名の流れは運び、次の日の朝を向かえる。
「ふわぁぁ……ノリヌ様、これはどう頑張っても難しいですよ……」
「やはりか。オリハルコンの剣の復元……まさかこの材質が、ここまで難しいものだとはな……。どうにかならんものなのか?」
「ふぅむ……この剣を元の形に戻すのは難しい、いや無理ですが……元通りは難しいですが、いっその事、剣を強化してみるのはどうでしょうか?」
学者の意外な言葉。剣を元に復元するのではなく、強化し新たな姿へと変えてしまう。
「何か考えがあるのかね?」
「えぇ……あくまで理想論かもしれませんが、このディザードゥ砂漠地帯にある、伝説の焔竜の骨を使ってみようかと思っています」
「何とっ、焔竜の骨を!? 一体どうやって……」
「はい、このオリハルコンという材質は、放っておいても自然治癒により回復します。なので事実上、時間をかければ元の姿に復元する事は可能なはずなのです」
学者がノリヌを見ると、意味不明を明らかに見せている。そんな苦しんでいるノリヌを尻目に、学者は話を続けてみせた。
「ですが、これだけのダメージを負った刀身が、完全に回復しきるには恐らく十年の歳月は必要と見るべきでしょうね。だからです、焔竜の骨を骨組みにし、オリハルコンの自然治癒の手助けをするのです」
「ほぅ、そんな事が……?」
「計算上では可能です。ですが、オリハルコンという神が与えたとされる伝説の材質、そして伝説の焔竜の骨を使う事。あまりにも不確定要素が高すぎますので、どうなるかは保証ができませんが……。ですが仮にも計算通りに組みあがれば、焔竜の骨内部で自然発火している効能が、オリハルコンの材質とマッチし、今以上の攻撃力を備える事ができるでしょうね」
「むむむ……つまりは元々のオリハルコンの切れ味に、高熱剣による攻撃力の増加……という事かの?」
学者は笑顔で、
「ご名答です!」
と、答える。
そして高熱剣にある材質の劣化は、オリハルコンの自然治癒により、事実上無いとみても良い。但し、これらはあくまでも学者の見解であり、事実はどうなるかはわからないのが答えだ。焔竜の高温がオリハルコンに勝ってしまえば、溶解し今以上に壊れた姿となって取り返しのつかない事になるだろう。
「まぁ、良い意見じゃとは思うが、まずは持ち主に聞いてみん事にはの」
「そうですね、良い返事と、良い結果を信じますよ」
ここに留まる事になったティーダの、当面の目的は折れてしまったヴェルデフレインの復元と、命の騎士ティアナの捜索となった。