3,エクストリウム
――エスクードのティーダが、死んだという報告を受けてから、三日が経つ。更に調べた結果、死因は背後から、槍のようなもので刺されたものである。傷口の深さなどから、即死だと判断された。
「はぁ……」
ノリヌは一人、突然大きなため息を吐き出す。あまりの深刻な顔つきに、側にいたフィーネ姫が、心配そうに声をかける。
「どうしたのです、ノリヌ? ここ数日、急に元気が無くなって……まさか、どこか体の具合でも悪くなって……!?」
「あ、あぁ、いえ、大丈夫ですとも……ご心配をありがとうございます、姫」
やはりティーダの事を、割り切れてはいなかったのだ。そもそもエスクードのティーダと、フィーネ姫は、ノリヌにとっては我が子のように十七年間育て上げた。そんなティーダが戦争しに行くと、城を出てから早一年、それがこんな結末になってしまったのだ。一人でこの事実を受け止める事さえ辛いのに、フィーネ姫にそれが知れて嘆く姿を想像すると、ノリヌは更に気を落としてしまうのだ。
「そういえば……ワシはティーダの様子を見てきます。もしかしたら、記憶喪失も回復の兆しがあるやもしれません」
「それならば、私も一緒に――」
「なりませぬ!」
フィーネ姫の言葉を、乱暴な口調でかき消してしまう。その行為に、ハッと我にかえり、申し訳なく土下座をし謝った。
「そ、そんな……ノリヌ、顔を上げてください。私は気にしていませんから、どうか……」
数秒……あるいは、一分が経っただろうか。姫の言葉から、それだけの時間が経過してから、ようやくノリヌは頭を上げた。
頭を上げたノリヌを見て、フィーネ姫も、ほっと胸を撫で下ろす。
「貴方は私にとって、育ての親……そんなノリヌが私に向かって土下座するところを、見たくはありません。どうか気を確かにしてください」
「はっ、姫様。どうも最近は色々な事がありまして……少々、冷静さを欠いていたようです。――しかし姫様、今は姫様もやるべき事があるはず、ティーダの世話はワシに任せていただけませんかな?」
「ノリヌ……それは構いませんが……どうか、ティーダの記憶が少しでも回復に向かった時は――」
「わかっております。必ずいの一番に、姫様をお呼びします。……では、私はこれで!」
あまり今はフィーネ姫と、話したくないと感じてしまい、ノリヌは足早にティーダの元へと向かう。しばらく歩くと、ノリヌを守備する二人の騎士が現れる。
「ホーク、イーグル、ご苦労じゃったな……」
「いえ、このような仕事でさえ、受け持ち完遂させるのが私達の使命であり、恩を持つエスクードへの忠誠の証です」
ノリヌの言葉に答えたのは、ホークではなくイーグルだ。ホークと同じく鋭い眼を持っている。装備もホークと同じく、細身のレイピアを持ち、何か棘のような物を、首から下げていた。
「そんなに堅く構えずとも良い、エスクードの王族は皆、器の大きな方々じゃ。我々とも対等に接してくれるのじゃ」
その言葉に、二人の騎士は小気味良く「はっ!」と答える。
そこから数歩行くと、ティーダがいる部屋へとたどり着く。元々が姫の部屋な為、外部の扉装飾も華やかであり、男が――いや一介の剣士がいるには、過ぎた部屋である。事実、ティーダ自身も装飾を見る度に、軽いため息を漏らしていた。
「――どうかね、ティーダ。気分の方は?」
「ずっと室内にいて、気分が最高だと思うのか? 住み心地や待遇は悪くないが、俺にすれば此処での生活は地獄だ」
「仮にも城内だ、迂闊な発言は慎んでくれよ? ……さて、とりあえず君にはいくつかの報告があるのじゃ。まずは……君の疑いが晴れた事、じゃな」
その発言に、ティーダは敏感に反応する。
「と、いう事は、此処に住むティーダが見つかったという事だな、ようやく俺は俺の目的の為に動けるというわけだ」
「まぁ、そうなのじゃがな……その……死体として見つかったのじゃよ」
「――死体か。この戦争している世界で、戦士としての死は、半ば当たり前の事だぞ」
「そ、それはわかっておる! ……じゃがなぁ、このティーダの死を、姫になんと報告すれば良いか……」
真剣に悩むノリヌだが、その顔を見て、ティーダは絶対なる答えを言い放つ。
「だがいずれは言わなければならない事だ。お前が言えないのなら、俺が直接言ってやろうか?」
「ば、馬鹿者! その顔で……その声で……死刑宣告に等しい事を、姫に言う事などできるかっ! ――いずれワシの口から明かすよ、酷い言い方じゃが、余所者のお主の力は借りんつもりじゃ」
ティーダも、それ以上は何も言わなかった。言う必要も無いからだ。それに兼ねてより、ティーダは早くパーシオンに帰るという、目的もある。
「……まぁ、事がこうなった以上は、俺が此処に留まる必要は無くなったわけだな。俺は俺の場所へ帰らせてもらう」
「む、あ、あぁ、そうじゃな。姫様にはワシから言っておくよ……」
ようやくの解放。
なんだかんだで、支配解放大戦から、数十日が経過してしまった。あれから大戦に参加したレジスタンスには、良い噂や情報を耳にする事がなかったのだ。もしかしたらパーシオンも……ティーダの頭の中には、その事でいっぱいになる事もあった。更にいえば、ティーダにとってパーシオンというのは、いつの間にかに、そういう存在になりつつあったのだ。
「では俺は行く。……世話になった」
軽い挨拶を済ませると、わずかとはいえ世話になったエスクード城との別れの時だ。
――しかし、そんな歩みを止めようとする者がいた。
「――なんの真似だ?」
「いや、別に……ただ俺はエスクードの騎士としての、使命を全うしようとしただけの事、お前はスパイかもしれないからな」
「こ、これ、ホーク! 一体何をしておるのじゃ!」
その細身のレイピアを突き立て、ティーダの前進を止めたのは、エスクードの騎士――鷹のオルテンシア。
「簡単な事です。この者は、このエスクード城を陥れる為に、城国が送り込んだスパイかもしれない……そう申しているのです。そして根拠もあります。まずはこの者の持つオリハルコンの剣、そして剣に施された装飾……どれを取っても、この地上ではお目にかかれない代物、城国――シャングリラキングダムを除いてな。……そして何よりも、この者には凄く強い……『血の匂い』がこびりついておりますゆえ」
鷹の目が、獲物に狙い定めたような眼光を光らせる。圧倒的な威圧感、人間には到底出す事はできない、野生の威圧感である。しかしこの鷹の騎士オルテンシアも、また人間である。どうすれば、このような野生の威圧感が出せるのかは、全くわからない事である。
「むぅ、ホークよ……ならばお前はどうしたいというのじゃ?」
「簡単な事です。この者と剣を交えます。剣を通して、この者の真実を謀るのみ。――良いな、ティーダとやら?」
「……構わない。それで俺が勝てば、後は好きにして良いんだろ?」
「……あぁ、好きにするが良い。だが……勝てたら、だかな」
不適な笑みを浮かべる鷹の騎士オルテンシアと、表情を崩す事のない火の騎士ティーダ。
確かに威圧感は、並の人間の比ではないが、この程度ならば十中八九、ティーダが勝つ。ティーダ自身もそれはわかっている事だ。
「むむむ、イーグルよっ、お前もホークと同じ考えなのか!?」
「はい……私もオルテンシアと同じ考えであります。元より、この行為はオルテンシアと話し合っての結果です」
その物腰、話し方など、全てにおいて冷静な、鷲の騎士バゼット。
「むぅ、お前達二人の合意の行動か……ティーダはどうするね、本当にこの戦いを受けるのかね? 君には戦いを拒否する事だってできるのじゃぞ」
「何度も言わせないでくれ。やりたいのなら、別に構わないんだ。俺は早くパーシオンに帰りたいだけだ。それにここで断っても、城を出たらこいつらに襲われるだけだ。……そうだろ?」
ティーダの問いかけに、オルテンシアは自信満々の表情で、強く頷いてみせた。
「あい、わかった! ワシとしては、このままティーダを旅立たせたいという思いもあるが、仮にもスパイならばエスクード城を危険に晒す事にもなる。申し訳ないが、悪事を未然に防ぐ為に、この戦いを承諾しよう!」
こうして、ノリヌ管理の下で、オルテンシアとティーダによる、剣の決闘が開始されようとしていた。
その戦いが公にならぬよう、場所は特別兵士訓練場という、限られた兵士しか使用不可な場所に決定する。
「――では、お互いに命を取るような事はせんようにな。ホークもティーダも、そのような事が起こりそうな時には、イーグルが止めに入るからな。――では両者、無理はするでないぞ」
そして開始の合図が成される。ティーダの武器は変わらずに、深紅の剣ヴェルデフレイン。対する鷹の騎士オルテンシアの剣はレイピア。しかしこのレイピア、目を見張るものが、刀身が淡く青に輝いている事だ。
「俺のレイピアは、別名マークX。このディザードゥ砂漠地帯でしか採取できない、エクストリウムという鉱石を、使用した武器なのだ。その強度は、鍛え抜かれた鋼鉄を軽く凌駕するのだ!」
ありとあらゆる物があった城国だが、エクストリウム鉱石の存在は知り得なかった。如何にこの鉱石が、希少なのかがわかる。
(エクストリウム鉱石の強度は、この砂漠に住まう者ならば、よくわかる事じゃ。しかし相手は最強の材質と謳われるオリハルコン……はたして、エクストリウムがどこまで通用するか……そしてマークXがやられた時には、『アレ』を出すのか……ホークよ?)
この戦いを第三者として、見ているノリヌは考えていた。不謹慎ながら最強のオリハルコンに、エスクード城が、城国と戦う際に売りとしているエクストリウムが、どこまで対抗できるのか。これは今後を左右する判断材料に、満ち溢れた戦いになる。
「――行くぞっ!」
最初に仕掛けたのは、オルテンシアだ。その突進してくる速さは、人間の身体能力で出せるそれを、遥かに越えている。
レイピアという剣の特性を活かした、鋭い突きを出してくる。第一撃目、相手の単純な力を見る為に、あえてティーダは、剣を交える。当然の話だが、如何にオルテンシアが人間離れした速さを持っているといっても、ティーダには避ける事など造作もない事である。
「――ぐぅっ!?」
だが予想外の事が起きる。速さだけでなく、力においても、オルテンシアは人間を越えている。予想以上の力強さに、ティーダも一瞬で気を引き締めにかかる。
「ほぉ、耐えたか。『人間にしては』やるな」
更に力を込めて、一気に押し潰さんばかりの勢いで、攻撃をかける。そのオルテンシアの力加減に合わせ、ティーダも踏ん張る。
(このオルテンシアとかいう男――どういう事だ。その威圧感、力、速度、どれを取っても人間の範疇を越えている。まるで……『動物の力を備えた』人間、そんな例えが当てはまるな……)
(むっ、これ程に力を込めても、耐えるのか……この男は。如何に鍛えあげた人間でさえも、これ程のプレスには、否応なしに耐えられぬはず。……まさか、この男も『我々と同じ』? いや、そんなはずはない。この男には同種の匂いが無い、だが……人間とは違う決定的な何かがある)
わずか一太刀と、力比べの攻防で、ティーダとオルテンシアは最初の考えに至る。それはお互いが、人間離れした何か、という推理をしてみせる。
「だが所詮はその程度、この攻撃を捌き切れるかっ!」
一撃目よりも、圧倒的に鋭さを増した突き。瞬きする速さよりも速く、ティーダに襲いかかる。
だがティーダも、相当な実戦をくぐり抜けている。速さにおいては風の騎士ジューク。攻撃速度においては爆炎の騎士ラティオ。そのどちらにも、オルテンシアは勝ててはいない。確かに鋭い攻撃だが、まだまだティーダには、避けきれるレベルである。
「な、何っ!? まさか、この攻撃すら難なく避けるとは……」
この事実に驚いたのは、オルテンシアだけではなく、鷲の騎士バゼットも同じである。
「悪くない攻撃だが……上には上がいる!」
今度はティーダによる攻撃。横一文字に左から右へ、剣を走らせる。
「――ぐっ、はっ!」
オルテンシアも、かろうじて攻撃を防御できたが、その攻撃の衝撃にダメージを受け、そのレイピア――マークXも、今の一撃でひび割れが起きてしまう。
(まさか……オリハルコンとエクストリウムで、これ程の差があるとは……)
ノリヌは見た。オリハルコンとエクストリウムの、力の差を。しかし仮にも人間同士が、この素材を用いた武器で戦っても、ここまで一方的にはならないだろう。これはアルティロイドの、人智を超えた力と、オルテンシアの謎の力に、エクストリウムが耐えられなかった為だ。
エクストリウムはそこまでヤワではない。仮にもエクストリウム製の剣一本と、鋼鉄の剣が五十本、勝負しても余裕でエクストリウムが勝つぐらいの、強度とパワーがあるのだ。
「な、何だ……このパワーは!? それにマークXがいとも簡単に砕かれるなどっ……!」
怒りと困惑の、入り乱れるオルテンシア。相手の力を見くびっていたわけではない。しかし相手の力は、予想の一歩……いや三歩上は行っている。オルテンシアは瞬時に、自分とティーダとの実力差を分析する。
「これでわかっただろ? 俺は早く帰りたい、この辺で良いはずだ」
終わらせようと、ティーダはノリヌを見る。その視線に気付き、ノリヌも戦いを終わらせようとする。
「――アレを、使うしかないようだ」
そのオルテンシアの言葉。
すると首からアクセサリーのように、下げていた鳥の爪のような物を、右手で強く握りしめる。
「アレを使うのか……オルテンシア」
一人、冷静に戦いを見ていたバゼットは、オルテンシアのやる行動が読めていた。
――そして、オルテンシアの握りしめた右手が、力強く輝き始めたのだ。