1,エスクード城
名前 ティーダ
種族 アルティロイド
性別 男
年齢 17
階級 火の騎士
戦闘 2900/業火 3200
装備
E深紅の剣ヴェルデフレイン
Eティーダ専用戦闘防護服
E火の聖獣エンドラ
――砂漠地帯。緑のほとんど無い、砂だらけの地平。ありとあらゆる命を奪っていく、砂のブラックホール。太陽は大地を灼熱にさせ、全ての水分を蒸発させていく。
「……み、ず……」
支配解放対戦から数日。
ティーダは一人、砂漠に倒れ付していた。最後の決戦、ラティオの放ったセカンドインパルスにより、ある意味で一命は助かっている。あのままインパルスの爆発が無ければ、間違いなく闇の騎士クリッパーの、鎌により首を跳ねられていただろう。
爆発の衝撃に飛ばされるがまま行き着いた場所が、此処、ディザードゥ砂漠地帯である。だがクリッパーに命は取られなかったが、砂漠地帯の環境により、このままでは確実に命は終わりを迎えてしまう。
ティーダは既に、自分の力では動き回れない程に、疲弊しきっていたのだ。アルティロイド独自の回復力も、ここまでのダメージを回復させるには、長い時間を要する事になる。しかし今は時間を長く見ている暇は無いのだ。このまま砂漠に倒れていれば、身体中の水分は広大な砂に飲まれ、灼熱の太陽により、その身を焼き焦がされるだろう。
(駄目、か……。俺はここで死ぬのか……ジューク、デュアリス、セレナ……ラティオ……そして――)
思考が止まっていく。恐らく、ここで眠れば永遠の眠りになるだろう。だが意識とは関係なく、闇への誘いは急速に高まり、全てを飲み込んでいく。命を縛り付ける為の、重力という名の鎖から解き放たれていく。それは一種の解放という名の快感を、ティーダに与えていたのだ。
(――そうか、死ぬというのは、こんなにも気持ち良いものなのか。……このまま……死ぬのも良いかもしれない)
死を受け入れ、そっと意識を遠ざけていく。あとちょっとで、あの世と呼ばれる場所に向かえるだろう。数々の強敵と戦い、死闘を演じてきたが、そんな戦士には呆気ない死に方だ。少なからずティーダは、そう思いながら死に絶えていく。
「……駄目……! では……ませんっ。……ティーダ……!」
何者かが呼んでいる。男の声か女の声かはわからない。ただティーダの名前を、必死で呼んでいたのはわかった。
(誰だ……俺の名前を知っている? 俺も知っている奴なのか……ティオ……)
薄れゆく意識の中で、その謎の声の呼びかけは聞こえたが、残念ながら深い闇へと吸い込まれていった。
ただ一つ、その叫ぶ者から感じ取れた事は、心に沁みるような暖かさだった。
――歩き続けても、終わる事のなかった漆黒。無の世界と呼ばれるものだろうか。何も無いそこには、一瞬の閃光すら見えない。自分が立っているのか、座っているのか、あるいは寝ているのか、更にいうなれば生きているのかさえも、一切がわからない。
だが、そんな長い漆黒も終わりを向かえ、降り注いだのは溢れんばかりの光と――見知らぬ天井だけである。
無言でその天井を見つめる。どこか高級感のある内装、これだけでレジスタンス連中に、拾われたわけではない事がわかる。城国と同じく壁はレンガでできている。更に辺りを見回すと、綺麗な装飾品の数々が置かれた、机が目に入る。
「……ここは一体?」
体には包帯が巻かれ、怪我の手当てがされているようだ。そのおかげか体の調子は思いの外、良好であった。
軽く体を動かすと、フワッと甘く優しい香りが漂う。その香りの元がどこなのか、わかるのはすぐだった。それはティーダが寝かされていた、ベッドそのものからである。
(薄々わかっていたが……この部屋の持ち主は女か)
部屋の窓から外を覗くと、遥か下の方に、たくさんの人が見える。どうやらこの部屋は、高い場所にあるらしく、外の様子から城であり、更に城の周りには見渡す限りの砂漠が目につく。よく見ると下にいる人間は、皆が兵士であるようだ。数も見渡せるだけでも百人はいるだろう。
外の様子を見ていると、部屋の扉前に気配を感じる。一人ではなく、三、四人はいるだろう。何が起きても良いように、ティーダは身構える。そうさせたのは、その数人の内の二人だ。とても人間とは思えないような、存在感を放っているのがわかる。そしてその存在感を隠そうともしていない。絶対の自信の表れだろう。
扉が開かれると、最初に目についたのは、金色の髪をなびかせるように備えた、美しくも可愛らしい女性である。ドレスを纏っているところを見ると、この女性が姫君であろう。
「――まぁ!」
そして姫であろう女性は、ティーダの顔を見ると、顔つきが非常に晴れやかになり、突然走ってきて思い切り抱きついてくる。
「……って、おい!」
「良かった……本当に良かった。無事に意識が回復してくれて……ティーダ」
恐らくは、薄れゆく意識の中に聞こえた声は、この女性のものだろう。しかしティーダは、この娘を全く知らないのだ。
「ちょっと待て、人違いじゃないのか? 俺は確かにティーダという名だが……恐らく、お前の知っているティーダとは別人だ」
この言葉に、目の前の女性の表情が陰る。泣く程に落ち込んではいないようだが、悲しそうに俯く姿を見て、どこか申し訳なく思う。
(――酷な話だが、こういうのはさっさと言ってやった方が良い。盛り上がってしまってから、言う方がショックが大きいだろうしな)
これはティーダなりの優しさだ。それに、現状を早く確認したいという思いもあった。
風の騎士ジュークを、乗っ取り自分の物とした王と、光と闇の騎士、リオとクリッパーの動向。救援に来てくれたラティオの生死。共に支配解放大戦を戦った、戦士達の安否。――そしてパーシオンや、ティオの存在が、何よりも気になっていた。この事もあり、得体の知れない場所に、いつまでも留まっているわけにはいかない。今のティーダには、パーシオンという帰る場所があるのだ。
「――記憶喪失、なのね……ティーダ」
「………………はっ?」
目の前の娘は、俯きながら突然そんな事を言い出す。勿論、記憶喪失なんてものにはかかってもいないし、間違いなく人違いなはずなのだ。
「可哀想に……きっと余程、怖い目にあったのね。でも大丈夫、ここにはもう怖い事は無いわ」
優しく頭を撫でながら、そう言う。スラッとした割に、温かく柔らかい手だ。
「あのなぁ……」
「――姫様、お時間です。ティーダの事はまた後程で、お願いします」
一人の老人が入ってくる。ややきつそうな印象だが、悪い人ではないだろう。さしずめ娘の世話係といったところだろうと予想できる。そして老人の言葉から、やはり国の姫なのだとわかる。
「はい、ノリヌ。……ではティーダ、また後で来ますね。それまでゆっくり休んでください。……貴方は一応は重症なのですから」
姫は足早に部屋を後にする。そして姫と入れ替わりに、ノリヌと呼ばれていた老人と、二人の騎士が入ってくる。恐らく、扉の向こうで存在感を放っていたのは、この二人であろう。
だが、この二人の騎士を見て、ティーダはどこか違和感を見出だす。見た感じは人間と同じなのだが、人間にしては持っているプレッシャーのようなものが、強すぎると感じる。いや、この表現は正しくないのかもしれない。もっと正確にいうのならば、野性的、である。そして眼光も人間とは思えない程に鋭く、正に鷹の目という言葉が当てはまる。武器はレイピアと呼ばれる、細身の剣である。
「よく無事に帰ったな、ティーダよ」
「……アンタは?」
ノリヌと呼ばれていた老人が、やたら上から目線で話しかけてくる。
「覚えておらんのか? ワシはノリヌ。このエスクード城の大臣兼姫の世話係じゃよ。しかしまさか記憶喪失なのか?」
やはり老人ノリヌは、姫の世話係。更に大臣らしい。
そしてノリヌは、この城の名をエスクード城と言った。エスクード城とは、大陸の遥か東に位置しているディザードゥ砂漠にある、世界でも数ヶ所しかない城の一つである。元々は、そんなに強い兵力を保有していたわけではなかったが、ここ最近では、城国軍からの攻撃を退ける強さを持っている。
「――記憶喪失もなにも、俺はアンタ達の知っているティーダじゃない。間違いなく人違いのはずだ」
ノリヌは独特な笑い方をする。
「ぬっほっほ、この鬱陶しい長い黒髪、目付きの悪さ、そして無愛想な喋り方、どれを取ってもワシらの 知っているティーダそのものじゃわい」
大きな溜め息をつく。どうやら、エスクード城にいたティーダという人物と、全くの瓜二つらしいのだ。見た目も性格も同じという事に、にわかには信じがたいところもある。
「どうすれば信じてもらえる……俺は俺で帰らなければならない所があるんだ」
「お前さんの帰る場所は、ここエスクード城じゃよ。何、今は記憶喪失なだけじゃ、治れば安心するわい」
話が一向に進展しなかった。説明しようにも、記憶喪失の一言で片付けられてしまう。
「だからな、じいさん……」
「ま、早く良くなって……フィーネ様を安心させて守ってやってくれ。一兵士と姫様の結婚、反対する者もそりゃおるが、今の時代だからこそ幸せになってもらいたいもんだわい。戦いを終わらせる為に、と言って、城から出ていってしまったお前さんを想い、フィーネ様は毎晩嘆き悲しみ、毎日教会に行き、神に祈りを捧げておったのだぞ、この幸せ者が!」
「そりゃ大層な事だな」
確かに凄いと思ったが、結局は赤の他人の事なので、あまり深入りはしないようにする。更にノリヌの話より、姫の名前はフィーネである事がわかった。
「ノリヌ様、そろそろ……」
二人の騎士の内の一人が、ノリヌを呼びに来る。白髪を後ろで纏め、長い馬の尻尾にしている。何よりも特徴的なのは、首に下げた鳥の爪のようなネックレスである。あまりに精巧な作りであり、まるで本物の爪なのではないかと思える程だ。
「おぉ、そんな時間か。――ではティーダ、ゆっくり休んで早く治しなさい。フィーネ様に気苦労をかけんようにな」
そう言うと、ノリヌは部屋から出ていく。その護衛についていた騎士も、出ていこうとするが、その内の一人、今しがたノリヌを呼びに来た騎士と目が合う。二人の騎士の内、この男の眼光が特に、鷹のような目をしている。ホークアイとはよくいったもので、この言葉は、この男の為にあるのではないかとも思えてしまう。
「これ、どうしたホーク。呼びに来たお前が、そこで突っ立っていても、しょうがないだろうに」
「はい、申し訳ありません、ノリヌ様。ただいま向かいますゆえ……」
その男はホークという名前、何かの暗号名だろうか、まさか本名のはずはないだろう。
ノリヌとホーク、そして一人扉の前で待機していた騎士は、何処かへと歩いていく。最もティーダは、傷がある程度治ったら、すぐに出ていくつもりだったので、特に深追いしようとも思わなかった。厄介事に巻き込まれて、帰還が遅くなるのも避けたい。
(さて……どうしたものかな。フィーネ……だったか。あいつは俺の事を人違いの、ティーダだと思っている。説得しても納得はしてくれないだろう。……そうなると抜け出すか)
このような結論に至ったが、すぐに考えを止める。
(――いや、そもそもここが具体的にどの辺りなのか、まずはそれを知らないといけないな。そうなると、やはりこの城で情報を集めないといけないか……)
いずれにしても、まずは傷を治さないといけない。この城で何をすべきかは、今は考えないようにする。
そうなると、ここに来てからの現状確認になる。まずここは、東の砂漠地帯にあるエスクード城。そして城の姫はフィーネ。更に側近にノリヌと騎士ホーク、名前はわからないが、もう一人騎士がいる。あまりにも現状を判断するには、材料が少なすぎる。
支配解放大戦以降の情報が、不足しすぎているのだ。まるで再び一から始まる冒険のように、新たな道を進まなければならない。
「……考えても仕方がないか。今は自分にできる事を、一つ一つこなしていく事が大切だ」
たくさんの考え事はあったが、割り切って一つに集中する事にする。そして、そう思った矢先に、一つの重要な事柄に気がついた。
「――ヴェルデフレインは、どこだ?」
部屋中をくまなく探しても、ティーダの愛剣、深紅の剣ヴェルデフレインは見つからなかったのだ。