3,運命の出会い
2012 7/15 修正開始。
――外から漏れてくる太陽の光は、次第に薄れていき、松明による炎の明かりがキャンプを包んでいく。城国軍に見つからないように最低限の明かりだけを使い、大半の人間は、キャンプの本部となっている一際大きなテントに集合し、そこで睡眠をとったりする。最もこれは戦わない一般の人の為のテントであり、レジスタンスで兵士に該当するものは、別のテントで見張りをしながらの休息場が用意されている。
そんな兵士用テントの片隅にある武器保管庫で、ティオは昼間に買ってきた砥石で兵士の武器を、一つ一つ丁寧に研いでいく。だが事実上は、鉄を使った立派な武器に該当するのは、兵士長の鋼の剣と、一本のみ完全に錆びついた鋼の剣しかない。その他、木の棒や、投擲に使う石ころがあったりするぐらいである。確かにこれらの物でさえも、立派な武器にはなるのだが、城国軍の立派な武具の前には、どうしても心許ない。
「ふぅ……、これでお終い。全く、どうしてここの兵士さん達は、みんな揃ってめんどくさがりやさんなのかなぁ」
額にうっすらと出てきている汗を、手ぬぐいで拭き取る。ほんの数分だけ休憩した後、保管庫から出した武器の数々を丁寧にしまっていく。小柄で運動神経も良くないティオにとっては、少ない武器をしまっていく事でさえ重労働である。
(うわぁ、もう夜になってたのかぁ。全然気が付かなかった……ソリディア兵士長は起きてるかな?)
ティオは今朝見かけた、あの深紅の閃光と爆音が気になり始めていた。何か、もしかしたら抑止力になり得る武器が見つかるかもしれない、あるいは逆も然りである。何にしても調べてみなければ、全ては始まらないのである。
――ソリディア兵士長のテントは、他の兵士達とは別に小さなテントがある。ソリディアいわく小さいテントの方が、周りの音が聞こえ、いざとなった時に咄嗟に動けるからという事である。
「ソリディア兵士長、起きていますか?」
ティオはテント内に向かって声をかけてみるが、返事はない。しかし人の気配はある、ような気もしている。失礼だとは思いながらも、ティオはテントの中に入ってみる事にする。
「兵士長……入りますよ?」
静かにテントの中に入り、明かりを点けてみる。すると確かにソリディアはベッドの上で横になっている。
「兵士長、どうしたんですか、こんな遅くまで寝ているなんて……具合でも悪いのですか?」
「ん……あぁ、ティオさんか。……いやね、今朝戻ってきた後、急に具合が悪くなってきてしまって……多分、風邪だとは思いますが、今日の探索は行けそうもありませんね。申し訳ないですが……」
「あ、いえ……安静にしていてください。いつも無理を言ってしまっているのは、私なのですから」
あまり長居をするのも、ソリディアには辛いだろうと判断し、飲み水だけ用意してテントから出る。
(そっか……今日はいけないのか……)
不謹慎だとは思いつつ、落胆する心を落ち着かせる為に、夜空に浮かぶ星空を眺めてみる。こうして空を見ていると、聞こえてくるのはキャンプで暮らす人々の生きる呼吸と、虫の鳴き声。あまりの静けさに、城国軍の支配から逃れる為の、戦争をしている事を忘れそうにもなる。
「アハハ……植物の、虫の、動物の声が聞こえる……」
ティオは自然に生きる声を聞いた。嬉しくて、悲しくて、切なくて、そんな声を聞いている内に、ティオは決心してしまう。
「よし、一人で今朝の場所まで行ってみよう。もしかしたら戦いを終わらせる為の、何かが見つけられるかもしれないもんね!」
湧き出てくる好奇心を抑えられなかったのだ。何よりも、早くこんな戦いだけの世界を終わらせる為に、じっとしていられなかったのである。ティオは自分のテントに戻り、手製のランプを持ち出す。
「ごめんなさい、兵士長……でも、私はどうしても閃光と爆音の正体が知りたい……!」
幸いな事に、出入り口で見張っている兵士は一人もいない。ティオは人に見つからないように、静かにベースキャンプを出ていく。物音を立てず、気配を殺しながら歩くのは、普段ソリディア兵士長と共に歩いた事で、少しは自信があったのである。それに体格が小柄な為、いざとなれば草むらに隠れれば、早々見つかる事もない。
――小一時間ほど経過する。やや急ぎ足気味で歩いた為、予定よりも早く目的地周辺までたどり着く。
「……この辺が今朝歩いてて場所のはずだから……閃光が落ちていったのは確かあっちの方角のはず」
今いる場所から北を目指す。このまま北に進むと、やや高い山岳地帯に入る。山岳地帯は城国軍の兵器により、緑がほとんど無いといってもいいハゲ山と化している。つまりは身を隠す場所が皆無に等しい。この状態で敵に見つけられたら、戦う術を持たないティオが生き残る事は無いだろう。
(閃光は確かに山岳地帯に向かって落ちていた……。でも、もしも見つかったら……)
ティオはこれ以上進む事に躊躇する。ここから先は命綱の無い綱渡りである。仮に渡りきれても、何かが得られるという保証もない。今朝の深紅の閃光は、もしかしたらただの隕石の可能性だってあるのだ。
(どうしよう、戻るべきかな。でも多分、戻ったら怒られるだろうなぁ……。どうしよぅ……)
終わりのない思考と戦っていると、後方から物音が聞こえてくる。ティオは咄嗟に草むらに隠れる。
「…………なのか?」
「……本当だとも……」
(誰だろう、ソリディア兵士長かな? それにしては足音に、聞こえてくる声が数人いる気がする……)
姿勢を更に低くし、気配を殺す。呼吸をする事もできるだけ抑える。
「確かにこっちの方で音がしたんだ。今さっきだって音がしたぞ」
「何かの動物じゃねぇのか? ったく、お前は本当に小心者だな」
「もしも下界のゴミクズだったら手柄は、俺が独り占めしてやるからな!」
どうやら人数は二人。暗くて人影の詳しい判別はつかないが、重々しい装備品の音を聞く限りでは、城国軍の兵士がティオに接近しつつある。
(……下界のゴミクズ……。私達の事? ……どうして同じ人間なのに、そんな事が言えるの……)
恐怖と、悔しさの二つの感情が支配する。その二つの感情は、ティオに力強い握り拳を作らせ、体を震わせる。
「ほら、誰もいないぜ。やっぱ小動物か何かだろ? 疲れてるんだから、いちいちこんな事で動かさないでくれよ、ったく……」
諦めてくれたのか、二人の兵士は来た道を戻っていく。その様子を安心しながら眺める。
「っくっそ……!」
納得のいかない一人の男は、八つ当たりに近くの草むらを腰に携えた剣を使い、思い切り薙ぎ払う。
「……ひっ!?」
ティオは少し油断していた。一人の兵士の突然の行動に、驚いて一瞬だが声をあげてしまう。
「お、おい、今の……?」
「あぁ、俺にも聞こえたぜ。どう聞いても人間の、しかも女の声だ……へっへっへ」
兵士二人は、ゆっくりと、しかし真っ直ぐにティオの隠れている草むらに前進してくる。心なしか、二人の兵士の顔はいやらしい笑みを浮かべている。
「さぁ、ゴミクズの子猫ちゃん。おとなしく出ておいで、へっへっへ」
近づくにつれ、そのいやらしく笑う顔が見えてくる。とてもじゃないが、生きた人間の顔ではない。欲と本能の支配する外道の顔である。
(どうしよう……このまま隠れてても、きっと見つかる……。でもどうする、山の方に逃げても、逃げ切れる自信はない……やだ、やだ、やだよ、誰か……誰か助けて……!)
冷静に思考しようとしても、自分自身のうるさく脈打つ心音がそれをさせない。呼吸が知らない間に、荒くなっている。これでは見つけてくださいと言っているようなものである。事実、二人の兵士は、既に狙いを済ませ、狩りを楽しんでいるかのような優越感に浸っている。
(駄目だ……ここにいたって捕まえられて殺される……、なら、イチかバチか山に……逃げよう……)
震える心と体が、思った通りに動かず、這いずるように少しずつ後ろに下がっていく。すると、足に何かが当たり、それが倒れる。
「……っ!?」
見ると持ってきていたランプが倒れ、それが転がる度に草むらが揺れる。それを合図に、ティオの体は何も考えず、山に向かって走り出していた。一瞬見えた二人の兵士は、悪魔のような笑みで、ティオめがけて走ってくる。
「――っこの、馬鹿者共がぁ!」
「うぐっ……!」
ソリディア兵士長は、見張り番の兵を全員、素手で殴り倒していた。全ての兵士を殴り倒したソリディアは風邪による高熱の為、足下が定まらない。
「一体何で門の見張りが一人もいなかったのだ!」
ソリディアは急いで装備を調えながら、見張りの兵士に厳しく問いつめる。
「ハ、ハイッ、兵士長とティオさんがお出かけになられるのは、もっとお時間が経ってからの事だと思いまして……」
「誰がその時間に出入りするかは問題ではない! お前達はこのキャンプの門を守備する兵士だぞ、その守備兵が守備をしていないとはどういう事だっ、貴様ら私が戻るまでそこで立っておれ!」
鬼に形相で兵士を叱り終えると、ふらつく足を気迫で抑え、走っていく。
(……ティオッ、無事でいてくれ……!)
目指すはカザンタ山岳地帯。しかし、そこは大人が走っていっても三十分はかかる距離である。まして暗闇の山道とあっては、更に時間がかかる事は必至である。だがソリディアは力の限り走った――。
――元々走る事が得意ではないはずだったが、思いの外早く走れる事に驚く。体力のある人でさえ、登りの山道を走るのは辛い。肺に激痛が走り、穴が空いてしまったのではないかと錯覚する。
「……ハァッ……ハアッ……ハァッ……!」
とにかく全速力で走る、もしかしたら次の瞬間には、捕まえられて殺されてしまうかもしれない、そんな恐怖が、頭の思考を停止させ、ただひたすらに体を走らせる。山をとにかく登るが、宛ての無い、助けの無い走行である。だが走らずにはいられなかったのだ。
だがそんな状態も長くは続かない。体が限界を訴え、ついにはティオは動かなくなってしまう。呼吸が間に合わなく、軽い酸素欠乏状態になっている。肺だけではなく、内臓全てに激痛が走っている気さえする。意識が遠ざかる中、懸命に意識を繋ぎ止める為に戦う。軽く後ろを振り返ると兵士の姿は無い。
「う……うぅ……。……ふ、振り切れ、た?」
しかしそう思ったのもつかの間、兵士は少しずつ向かってきている。予想外にティオの逃げ足が速かった事、そして夜の闇が予想以上に視界を悪くしていた事が幸いする。しかし、このまま止まっていても、また見つかってしまう。そうなってはもうティオに逃げる余力は無いだけに、今度こそ捕まってしまうだろう。這いずる力も無くなってしまっているティオは、転がるようにして少しでも逃げる。
――すると、途端に落下していく感覚に体が包まれる。いや、正確には転がり落ちている。
「キャッ……アアアァァァァ……!? ……ウグッ!」
一体どれぐらいの高さから落ちたのかはわからないが、体の外も中も激痛が走り続けているのは確かである。何かにぶつかる事により、その落下は止められる。痛む感覚を精一杯抑えつけながら、その障害物に触れてみる。
「う、うぅ……。……え、これって……人!?」
ティオの体を止めたもの。それは驚いた事に人の体であった。周りの暗さと、激痛による意識の薄れで、生きているのか、死んでいるのかの判別は見てわからなかったが、その体つきから男であると判断する。特にティオが見て判断できたのは、見た事もない深紅の服を、身に纏っている事だけである。
「――見ぃつぅけたぁ」
「はっ……、痛ぅ……!」
気が付いた時には遅かったのだ。城国軍の兵士はティオを捉える。兵士はティオの髪を乱暴に鷲掴みし、後方へ思い切り投げ飛ばす。
「うっ……あぁ……」
「このゴミクズが、こんな夜中に手こずらせてくれやがって!」
兵士の一人は、鬱憤を晴らすかの如く、倒れるティオの背中を蹴り飛ばす。数発蹴り飛ばし、ティオが動かない事を確認すると、腰に下げた剣を抜き、ティオに突き立てる。
「安心しろ、痛みは感じないぜ。首を一発で斬ってやるからな」
「……おい、待てよ」
「何だ、この手柄は俺の独り占めだって言っただろうが!」
「あぁ、手柄はくれてやるさ。だがな……男は即殺、女は略奪、それが俺のポリシーなんだ」
「ふん、勝手にするが良いさ」
兵士達は、ティオの事も考えずに己の欲望を吐いている。兵士が一人笑っているのが見える。だが、もうどうがんばっても体が動かないティオには、どうする事もできなかった。
「…………けて」
「あぁ、まだ何か言ってやがるぜ?」
「……がい……助けて……」
「へっへっへ、助けてか……、バッカじゃねぇのか、ここにはお前を助けてくれる奴もいなければ、来もしねぇんだよっ!」
兵士はわざと唾を吐きかけるような、強い口調でティオの言葉を遮る。
(――音声識別……音声タスケテ。――たすけて。――助けて。身体損傷率68%強。簡易戦闘は可能。……やれやれ俺とした事が、どうやら随分と大きなダメージを受けたらしい……)
ゆっくりと目を開けると、そこには無数の星の天井が見える。素直に美しいと感じられる。
「……助、けて……」
「ちぃっ、いい加減に止めねぇか、ウザってぇ!」
ふと視線をずらすと、倒れた少女に男が馬乗りで激しく張り手を見舞っている。どこかその光景は気に入らない、と考えさせられる。
「この女ァ!」
「――騒がしい」
あまりの気にくわない事に、気づいたら男に言葉をぶつけていた。その場にいた男二人は、驚いた顔で声のする方を振り向く。
「な、何だお前は、いつからそこにいたんだ!?」
「さぁな、いつからだろうな。恐らくは昨晩あたりからじゃないか?」
「テメェ、良い気になってるんじゃねぇっ!」
近くにいた男は、手に持つ剣を振り回してくる。お世辞にも達人とは言えない。その剣を素手で掴む。
「な、何!? ……うっ、っく、な、何で動か、ねぇんだ……!」
男は掴まれた剣を引き離そうと力を込めるが、その剣は微動だにしない。
「ふん、愚かだな……」
掴んだ剣に力を込めると、その剣は一瞬で紅蓮の炎が包み込み、刀身を溶解させる。
「な、何なんだ、お前はぁ!?」
「……これから死ぬ奴に名乗っても仕方がないだろう?」
それが男の聞いた最後の言葉になる。男の首はわずか一瞬で、漆黒の夜空に舞い、その後を追うように、鮮血が噴き出していく。そして少女に馬乗りになって呆然としている男に歩みよる。
「……本当に何なんだ、テメェは……?」
「……実のところ、俺にも自分がよくわからない」
再び首と鮮血が夜空に舞い散った。
血の雨の降るその場所から、少女を抱え一足飛びで飛翔する。どうやら隕石などが衝突した際になるクレーターのようになっているようだ。
「さて、助けてやったぜ。後はお前の好きにするんだな?」
「…………」
少女は意識が無くなっているのか、虚ろな目で見ている。死んでいるのかとも思い、脈をとってみるが、動いているところをみると、かろうじてまだ生きているようである。
「まぁ良い、俺もこの世界の事が知りたい……助けてやるさ。俺の名はティーダだ。……といっても今のお前は口もきけない状態か」
ティーダは少女を背負い、漆黒の荒野を歩き始める。