2,少女ティオ
2012 6/24 括弧書きまで修正中。
2012 7/15 修正完了。
――この体は造り物だ――
我が真実の肉体は既に無く。
――この心には気高き獣が宿っている――
我が真実の心の片割れは世を彷徨う。
――この世に生まれ落ちた使命がある――
それは人類を抹殺せしめる事。
辺りがところどころ荒野となりかけている山岳地帯。残された緑よりも、荒れ果ててしまった大地が多い、戦地の山岳地帯。その名をカザンタ山岳地帯。別名、白の戦荒野。
「あ、あれは何だろう?」
雲の更に向こうより、深紅き閃光が地上に落ちる。少女はその光を不思議そうに見つめる。
「ティオ、いくら目的のものが近くにあるかもしれないからって、勝手にどんどん進まれては困るよ」
恐らくは付き人の兵士だろうか、口髭が特徴の老兵である。腰にはそれなりに鍛えられた鋼の剣が備えられている。ところどころが錆びついているものの、まだまだ現役で使いこなせる剣であろう。
その兵士の声を聞いているのか、聞いていないのか、ただひたすらに落ちてくる深紅の閃光を見つめるティオという名の少女。
「……うん、ごめんなさい。ねぇソリディア兵士長」
「何だい?」
「兵士長には、あの深紅の閃光が見えてますか?」
ティオの問いかけに、ソリディア兵士長は目をこらして見てみる。ティオはひたすらに、深紅の閃光が落ちてくる方角を指している。
「いやティオ、私にはそんなものは全く見えないよ。……もう夜明けだ、もしかしたら太陽と間違えたのではないか?」
「いえ……あんなに真っ赤な閃光だよ。太陽が真っ赤に見えるはずがないもん!」
「いや、そりゃそうだが……。だがティオ、本当にもうじき夜明けで明るくなる。いつ城国軍に見つかってしまうかもわからない。そろそろ戻るぞ!」
いまだに閃光の見える方角を見つめるティオ。周りも明るくなってきて、危ないと判断した為か、ソリディア兵士長はやや強めの口調で説得を試みる。
「ティオ急いで! 気になるのなら、また今日の夜にでも探しに行こうじゃないか!」
「あ、うん……そうだね。護衛をお願いします、ソリディア兵士長」
「了解した」
周囲を警戒しながら、ソリディア兵士長はティオを護衛しながら森の中へと歩いていく。
――ソリディア兵士長はやや錆びついている鋼の剣を構え、ゆっくりと辺りを見回しながら少し離れた位置を先導している。これも城国軍の暴力という名の支配から逃れる為なのだ。
城国軍はティオが生まれる更に前には、下界の人々と共に理想郷を目指す、人類の希望の城だった。しかし国王がいつの代からか、その国王の子供が城の圧倒的勢力を使い、下界の民を弾圧し始めたのだ。下界に住む人々は、いつしかレジスタンスとなり、城国軍に微弱ながらの反抗をするようになる。しかし風の噂を頼りにすれば、刻一刻とレジスタンスの集落が、灰にさせられているという事実が届く。人々はいつしか協力する事も無くなり、ただ自分達が生き延びていく事だけが精一杯となっていったのだ。
「ねぇ、ソリディア兵士長?」
「……何だい? できるだけ不必要な会話は避けてもらいたいのだが……」
普段は優しい表情と、穏やかな口調が絶えないソリディア兵士長も、こと任務中だけは鬼のような形相で周りを警戒している。その声もどこか怒気のようなものを感じられる。
「……ごめんなさい。後で良いです」
「……ふぅ。よし、ではここいらで一息つこう。少しの休憩だ」
振り向いたソリディア兵士長には、優しい表情が戻っている。
「ふむ……思い詰めた顔をしている。何か考え事かい?」
「あの、ね。どうして城国軍は私達を弾圧しているのかな……、同じ人間同士、それにかつては力を合わせて理想郷を追い求めたというのに……」
「城国軍が何を考え、我々を支配しているのかはわかりかねる。城の連中は話をしようともせず、一方的に支配の手を回しているのだから……」
「……そうですよね」
しばらく沈黙が続いた。ソリディア兵士長は荷物を漁ると、小さな水筒を出し、ティオに勧める。ティオも喉も渇いていた為、その水筒を手に取り少量を口に含ませる。何よりも一度、頭の中の曇りを振り払いたかったからでもある。水は温く、お世辞にも美味しいとは言えない。しかしそんな水しか、今の大地には流れていないのが現状なのだ。
「私達は、人類は、早くこんな愚かな戦いを止めなければいけません……!」
「ティオ……!? その通りだ。その為に我々レジスタンスは、城国軍との和平に向けての対談を成す為に、その抑止力となる軍力が必要不可欠。残念ながら今の戦力では自分の命を守る事で精一杯だからね……」
ソリディア兵士長は、悔しさから錆びた鋼の剣を、力一杯に握りしめる。
「さぁ、もう休憩もお終いにしよう。これ以上周りが明るくなると、城国軍に見つかってしまうからね」
「そうですね。……何!?」
「どうかしたかっ!?」
ティオの突然の驚きの反応に、疾風のような速さで剣を抜き、身構えるソリディア兵士長。
「いえ……何か大きな、そう爆発、のような音が、遠くから」
「爆発のような音? 私には聞き取れなかったが……」
ソリディア兵士長は、ティオの前に出て、音がしたと思われる方角に意識を集中している。
(なんだろう? さっきの深紅の閃光といい……まさか今のは閃光が地上に落ちた音かしら。でもとても大きな音がしたのに、ソリディア兵士長には聞き取れなかった? ソリディア兵士長ほどの方が、聞き逃すなんて事……)
ティオは心の片隅でしまっておこうとした、深紅の閃光の事が無性に気になり始めている。音がした方角は、先ほど深紅の閃光が落下していた方角と合っているからだ。
「むぅ……、異常は無さそうだが。しかしティオ、見に行こうなんて考えてはいけないよ?」
「えっ……!? も、勿論ですよ、だって危険だもんね」
「その通り。さぁ、急いでベースキャンプへ戻ろう!」
ソリディア兵士長は、ティオの考えがわかっていたのだろうか。ティオにしてみれば内心を的確に付かれた為、心臓が脈打っている。だが半分は、閃光と爆音への好奇心が含まれている。だがこれ以上、ソリディア兵士長を困らせるわけにもいかず、ティオはおとなしく兵士長の後に続いていく。
――城国軍の兵士に見つからないように、わざと森林地帯を歩いていく。それに気配を殺しながら歩く為、移動速度は早いとはいえず、拠点となっているベースキャンプにたどり着くまでに一時間を要した。
拠点となっているベースキャンプには、百人ほどの人々がお互いに支えながら暮らしている。勿論、レジスタンスは世界にティオのいるキャンプだけではない。何十、何百あるのかは知り得ないが、大小問わず、数々のキャンプがある事は、ティオ達のキャンプも確認している。大きいものでは千人を超える人々がキャンプで暮らしている例もある。
「おかえりなさい、兵士長、それにティオちゃん」
見張りをしている兵士が、ティオ達の帰還を暖かく迎えてくれる。
「ただいま戻りました!」
「変わりはないか?」
見張りの兵士と、ソルディア兵士長は何やら小さな声で、引継を済ませているようだ。まだ子供であるティオには、わからない事である。
「ごめんさない、ソルディア兵士長」
「あぁ、ティオ。すまんな、ほったらかしにしてしまい……」
「いいえ、気にしないでください。兵士長は立派にお仕事をこなしてくれているんですから。私は自分のキャンプへ戻ります。……少し眠くなってきましたから」
「うむ、お疲れ様。ゆっくり休むんだよ」
ティオはソルディア兵士長と別れ、自分の部屋となっているキャンプへ戻っていく。ソルディア兵士長と見張り兵は、そんなティオを暖かく見守っている。
「それで話の続きなんだが……。道中でティオが、深紅の閃光と爆音を聞いたというのだ」
「深紅の閃光に爆音、ですか? 何です、それは?」
「私にもそれはわからん。事実、私にはそんな閃光も見えなかったし、爆音も聞こえなかった。ティオは我々と違い不思議な能力を持っている。本人は気づいていないが……。とりあえず閃光と爆音が気になる。見張り兵を増やすから、少し注意深く警戒をしてくれ」
「了解しました、兵士長殿!」
二人は背筋を伸ばし、お互いに敬礼しあう。ソルディアも深夜からの護衛で疲れている為、仮眠をとる事にする。
――自分のベースキャンプに戻ったティオは、一週間ぶりにシャワーを浴びる為に、その用意をし始める。水は今となっては貴重な為、毎日のように水浴びはできない。一般人は一週間、兵士は二週間の猶予で、水浴びをする事に、ここのベースキャンプでは決めている。
外は既に明るい。今まで眠りについていたキャンプ地が、人々の活気に満ちてきている。そんな人々とすれ違うように、ティオはシャワールームを目指す。このシャワールームはガラクタをかき集めて作った、ティオのお手製のシャワールームである。シャワーを浴びる前に、馬の尻尾のように束ねた髪を下ろし、服を脱いだ。
「みんながんばってくれているのに、私だけこんな風にシャワーを浴びるのは気が引ける。……お前、もうそろそろ限界なの?」
ティオが話しかけたのは、水を湧かす為のボイラーである。ティオは生まれつきモノの声が聞けてしまうのだ。それは機械でも植物でも心の声を聞ける。但し、例外として人間の声だけは聞く事ができない。
「今までがんばってくれたもんね。そろそろお別れになるね……」
降り注ぐ暖かい水が、全てを包み込んでくれるようで、ティオにはそれが心地良いものを感じられる。胸を締め付けられるような痛みも、この瞬間だけが少しだけ癒される、そんな気さえするのである。
簡単に頭と体を洗い、シャワールームから出る。そこで体を拭き、鏡に映った自分の姿を見る。そのまま鏡に映る自分の胸に触れてみる。時折走る胸の痛み、いや心の痛みが、ティオに呪縛を与えている。
「どうして命って、こんなにも儚いのだろう?」
鏡の中の自分に自問自答するように呟く。
「――お前は知っているんだろう、ティオ――」
「……えっ!?」
鏡の中のティオが、一瞬薄気味悪く笑い、そう呟いた気がする。気を落ち着けて再び鏡を見ると、何の変哲もない自分が映っている。だが鏡の中の自分は少し疲れているようにも見える。シャワーを浴びた事により目が覚めていたが、暖まった体はすぐに、ティオに睡魔をもたらしてくる。
「ふわぁ……。朝の八時か、寝よう。今日は二時まで寝て、夜の支度もしないと……」
夜の支度の事を考えると、先ほど見た深紅の閃光を思い出す。ティオは自分の中からわき上がってくる好奇心を感じる。
「だめだめ、ソリディアさんに迷惑はかけられない。……でも、ううん、だめだったらティオ!」
自分の頬に軽く張り手をし、無駄な好奇心を痛みで消そうとする。
「寝よう、寝れば忘れられる!」
シャワールームの更衣室で、自分の荷物を整え、自分の住むテントへ向かう。テントの中にはいると、予め自分で用意したベッドがある。ティオは吸い込まれるようにベッドに倒れ込むと、睡魔に抗う事もなく、眠りについていった。
ティオは夢を見た気がする。何の夢だったのかは覚えていないが、夢を見た事は確かだった。まだ覚醒しきっていない意識と戦いながら、枕元の置いてあるお気に入りの時計を見る。針は十二と三を示している。
「うぅん……三時……? ……って三時だ、いけない寝過ぎちゃった!」
ボサボサになった髪の毛をとかし、赤いゴム紐で馬の尻尾状に髪の毛を束ねる。急いでテントを出ると、朝方の活気以上にベースキャンプは賑わっている。
(何だかんだ言っても、こうやってみんなが元気に過ごしている光景を見ると、嬉しくなるなぁ)
いまだに意識は完全に覚醒しきってはいなかったが、ティオは自然と暖かな笑みがこぼれる。天気も晴天であり、非常に爽やかな陽気に包まれている。
「うーん……っと! よし、夜の為のお買い物しよう!」
力一杯の背伸びをすると、ティオは商品が置いてある場所へ向かい歩き始める。
この世界では既に金貨は意味を成さない。キャンプ内の人々はお互いに役割分担し、自分の仕事をこなしてくる。食料などもその役割に携わった人間が、調達管理しているのだ。
「お、ティオちゃん。今朝もご苦労だったね、そんな若いのに働いてるなんて大したもんだよ!」
赤いねじりハチマキをした中年の男性が、ティオを大きな声で呼ぶ。ティオのお気に入りのゴム紐の髪留めも、この人からもらったものである。
「そんな、好きでやってる事ですから。それよりもヒビキさん、今日は何か良い食料はありますか?」
「おうよ、今日はほら! どうだい、この立派な梅干しはよ?」
ヒビキと呼ばれる中年が、壺の中からとても大きな梅干しを取り出す。
「うわ、本当に大きい!」
「ティオちゃんは育ち盛りだし、頑張ってくれてるから、サービスで五個あげちゃうよ!」
「ありがとうございます、ヒビキさん」
ヒビキは葉で作られた袋のようなものに、梅干しを五つ入れる。
「ほらよ! ……今日も深夜の宝探しに行くのかい?」
「……はい。この土地には、昔使われた武器の多くが眠っています。城国の方々と対等に話せる抑止力となる武器が発見できれば良いのですけれど……」
「うぅむ……オレサマッチにはヨクシリョクとかって言葉はよくわからないけどよ、何とか大昔に伝えられる、城の人間と下界の人間が、お互いに共存してる平和な世界が作られれば良いやな」
「はい、そうですね! では、ヒビキさん。私は次に行きますね」
ティオはいつも元気なヒビキさんと別れる。次に行く場所は、武器を扱うキャンプ地である。と、いっても一つのレジスタンスリーダーの持つ剣が、錆びた剣を所有している現状。この錆びた剣も元々は、この地方に落ちていたものを、砥石や、特殊な錆落としを使い、現在のものに復元させたものである。中には剣ではなく、木の棒で戦おうとする人もいるのだ。
武器が置かれているキャンプ地に着くが、やはりここには食料品の場所ほどの活気はない。ここにいる人間も、レジスタンスとして戦っている兵士の人が多い。
「……やぁ、ティオじゃないか。生憎だが武器の仕入れは無いよ。あるといったら原始的だが最近作られた石の斧程度の物だ」
武器の管理をしている女性が話しかけてくる。名前はビオ。腰よりも長い髪を、馬の尻尾にまとめている。ティオの髪型はビオの真似をしたものである。
「いえ、ビオさん、今日は砥石をもらいたくて……ありますか?」
「……砥石? あぁ、それならあるよ。いくつほしい?」
「一つで良いです」
「……じゃあ二つやるよ、取っておきな」
ビオは砥石を、ティオに向かってぶっきらぼうに投げる。それをティオは上手く掴んだ。ビオは親しい間柄の人間には指定した数よりも一つ多い数を渡してくれるのだ。
「……その砥石……ソリディア兵士長にかい?」
「はい、何か最近はまた切れ味が弱まってきているみたいで……私がやらないと、ソリディア兵士長はやらないですから」
「……うむ、あの兵士長は良い人だし真面目だが、いかんせん面倒臭がりなのが玉に瑕だな」
「あははは……。それじゃあ、私は行きます。これから剣を砥石で磨かなければいけないので……」
ビオとも別れて、ティオは兵士達の武器保管庫となっているテントを目指す。色々な準備をしている内に、時刻は五時を回り、辺りは再び漆黒の闇に包まれようとしていた。