28,動き始めた策略
「――あ、ソリディア兵士長! おかえりなさい、長旅ご苦労様です」
「うむ。すまんが、ハリス副兵士長を呼んできてくれぬか? ……あとはラルク医師も」
「はっ! 了解しました!」
見張りに立っていた兵士は、元気よく駆けていく。そんな見知った空気を感じ取り、ティオとカルマンは胸を撫で下ろした。
「何だかんだで、少々時間がかかったな。ティオ、カルマンを落ち着ける場所まで誘導してあげてくれ。直にラルク医師を向かわせる。ティーダは私と共に、兵士用テントへ!」
疲れながらも、テキパキとした指示で、事を進めていくソリディア。しばらくすると、ハリス副兵士長が出迎えにやってくる。
「ソリディア兵士長、ティーダ、おかえりなさい。……あれ、カルマンとティオさんは?」
「向かった先でカルマンが大怪我をしてな、ティオには付き添いに行かせた」
「……大怪我!? 大丈夫なんですか、カルマンは?」
「何、もう峠はとっくに越えたよ、安心して良いだろう」
「良かったです。後で顔見せに行かないと」
「そうしてやってくれ。だがその前に、ハリスとティーダに教えておきたい事がある」
ソリディアに促されるまま、ティーダとハリスの二人は、兵士用テントへと移動する。
「すまんが、ここを機密作戦会議に使いたい。空けてはくれぬか?」
テント内にいた兵士達に声をかけると、嫌な顔一つせず、兵士達はテントを空けてくれる。そして口々に「おかえりなさい」と声をかける。
「すまん。すぐ済むからな」
「いえいえ兵士長。ごゆっくりどうぞ!」
そそくさと移動する兵士達。全員が出ると、テント内はシンと静まりかえっている。
「さて……近々、城国に直接攻撃をかける」
その言葉に、ザードリブのラック同様、二人は驚いてみせた。
「直接攻撃って……まともに仕掛けたら完全に返り討ちですよ!」
「うむ、古い友人の情報でな、近い内に城国の守備力が低下するとか。この機会は地上に住む我々には、またと無いチャンスになる」
「しかし……いくら兵士長の古い友人とはいえ……信用はできるのですか!?」
ハリスの考えも最もな話だった。ラックと同じだが、この話はレジスタンスを全て巻き込んでの戦いになる。生半可な気持ちでは、とてもではないが勝つ事など不可能だ。
「間違いは無い。その男とは、策略家と呼ばれた男だ」
「策略、家? ま、まさか……!?」
「そのまさか、だ。その男の名はクリム。前大戦で私やバースと共に戦った戦友……お前も兵士として時間を費やした身ならば、名前ぐらいは聞いた事があるだろう?」
ハリスは大きく頷いた。クリムは、ソリディアとバースと共に三剣士と呼ばれ、大戦を活躍した存在だ。ハリスのように兵士として飯を食ってる者には、夢のような存在なのである。
「――それで、そのクリムって奴からの情報は良いが、どうやって城国の守備力が弱まったというタイミングがわかるんだ?」
クリムの存在を聞き、浮かれるハリスとは裏腹に、ティーダは極めて冷静である。そんな冷静なティーダを見習い、ハリスも小さな咳をすると、真面目な表情へと戻る。このようなメリハリの良さは、ソリディアも認めているところだ。
「……うむ、それなんだがな」
ソリディアは自分の荷物袋を漁ると、小さな黒い物体を取り出す。そう、シュネリ湖を捜索してる際に、クリムから手渡された無線機である。その異様な物体に、ハリスは目を丸くする。
「これだ。北の大地へ旅に出た時に、クリム本人から手渡された物だ」
「こ、これは一体何ですか? 見た目からその用途が皆目見当が付きません……」
「うむ、無線機と呼ばれるアイテムらしい。遠くの人と会話ができるという魔法のようなアイテムだ、という事らしい」
詳しい事が全くわからないソリディアは、解説こそするものの自信が無く、語尾がどうしても弱々しくなってしまう。ハリスも、明らかに困っているソリディアに、迷惑をかけさせまいとして、それ以上の事を聞こうとはしなかった。
「そうか……無線機で城国の内部事情を知らせるのか」
「む……ティーダ、知っているのか?」
「俺も元々は城国の兵士だ。無線機なんて城国では当たり前の物だぞ?」
「――えっ、そうなの!?」
最後に大きな声で驚いたのはハリスだ。いつもは冷静沈着なハリスにしては、妙に大きな声を出し驚いて見せる。
「そうか……ティーダの事は、私しか知らなかったな」
「ティーダが城国の兵士……確かに最初に着ていた服装なんかは、とても地上に住む人の格好とは思えなかった」
「それで……アンタはどうする? 俺は元とはいえ城国の兵士だ。気に入らないのなら、何かしらの事はできるだろう?」
ティーダは、わざと意地悪な言い方をしてみせる。これにより組織の二番手である、ハリスの意気込みを計りたかったからである。
「……そうだな、確かに僕の権限と何人かの多数決さえあれば、今からでも君をここから追い出す事はできる」
ティーダは黙って、ハリスの言葉を待ち続ける。ソリディアも、ハリスの器量を見たいが為に、この状況を静観していた。
「…………だが、何でそれをする必要がある? 元々がどこにいようと関係無い。もう、ティーダは僕達と同じ、パーシオンの一員じゃないか」
その言葉に、ティーダは目を瞑り、わずかな笑みを浮かべながら俯いた。それを見ていたソリディアも、大きく深く、首を縦に二回揺らすと、ついに口を開く。
「よく言ったなハリス。私は嬉しいぞ、これなら何があっても、このパーシオンは任せられる」
「ソリディア兵士長……。や、やめて下さい、そんな不吉な事を仰るのは……兵士長には、まだ頑張ってもらわないと――」
ハリスの勢いを止めて、ソリディアは自分自身の事実を打ち明ける決心をする。
「私はな……もう、長くはないのだよ、ハリス」
「えっ……!?」
「私の体は悪性の病魔に冒されている。ラルク医師や、北の大地にいるという凄腕の医者、リコオ殿にも診てもらったが……どうやら現在の医療科学では、治す事は不可能らしい」
「ご冗、談では、無い……のですか?」
この言葉に嘘は無いと言うように、ソリディアは大きく頷いた。ハリスにとっては、あまりの驚愕の事実に、吐き気すら覚えていた。更にこの事に驚いたのは、ティーダも同じである。
(――そうか、ここ最近で見えた疲労感は病気のせいだったのか。……いや、考え過ぎかもしれないが、 俺と初めて出会ったカザンタ山岳地帯の夜。あの時点から既に兆候は、表れていたのかもしれないな)
「本題から反れてしまったが……知っておいてほしかった。そしてこの決戦、勝っても負けても、私の命は終わるだろうな……」
三人しかいないテントだが、とてつもない程の静寂が広がる。しばらくの間、誰一人として口を開けるものはいなかった。
――城国。王の間。
前回、ここに集いし騎士は三人。風の騎士ジューク、水氷の騎士デュアリス、爆炎の騎士ラティオである。しかし、現在ここに存在する騎士はジュークただ一人である。
「……ふむ。随分と悲しくなった。そうは思わんか、ジューク?」
「はい、仰る通りです」
「デュアリスが死に、ラティオが生死不明の行方不明状態……事実、悲しいと思うよ。試作型とはいえ、こんな出来損ないのアルティロイドを作った、自分自身に、な……」
その王の言葉に、ジュークは眉間にシワを寄せる。冷静なジュークが、明らかに怒りを持っている。
「――ふっふっふ。苛立ちが見えるな、ジューク」
「――!? ……はい。確かに作戦には失敗したかもしれません。しかし、デュアリスもラティオも、精一杯やった結果です。勿論、軍として動くからには、精一杯やった、で済むものではない事はわかっておりますが……せめて、せめて王よっ、貴方の口から一言でも労いの言葉をかけてやってください!」
「ほぅ、飼い犬にここまで吠えられるのは初めてだな」
表情の見えない薄布の向こうで、王はジュークに感心を見せる。そして王の間には、一人の手を叩く音が響く。
「お前の度胸と、散りゆく出来損ないの子へ向けて……私から拍手を贈ろう」
気がつけばジュークは唇を噛み、強い握り拳を作っていた。明らかな殺気を王に向ける。実際にここには王とジュークしかいない。戦闘能力において、圧倒的な力を持つアルティロイドならば、王の首を今ここで斬る事は容易い事である。
「……ふっふっふ、ふぁーはっはっは!」
突然の王の笑い声。あまりに突然すぎる行為に、ジュークの殺気は散ってしまっていた。
「なるほどなるほど。あの出来損ない達も、お前の感情を抑える事に一役買っていたとはな。……私はな、お前の時折見せるその殺気が気に入っているのだ。冷静な仮面の下に宿る熱い素顔。ふっ、面白いではないか、んっ?」
「――ありがとうございます」
この時には、いつもの冷静なジュークを見せていた。そんなジュークを見て、王も再び高笑いする。
「しかし……主に殺気を向ける犬とは……いただけんな。油断したら、いつその鋭い牙で私を噛み殺すやもしれん。――いよいよ、アレのお披露目といくか」
「アレの、お披露目?」
王の発言。ジュークにも「アレ」と称されたものの正体には、皆目見当もつかなかったのだ。
「――入るがよい」
王の合図と共に、王の間の扉が開かれる。そして足音が鳴る。その足音の数から、二人であると確証はできる。
そのままジュークのいる場所を通りすぎ、二人は王の隣まで歩み、ジュークに向き直る。
「――なっ!?」
「紹介しようジューク。これが出来損ないの試作型アルティロイドとは違う、完成型アルティロイドだ。 まぁ、最も完全完成までには、あと数日は必要になるがな――」
――それから、しばらくしてジュークは王の間から立ち去っていた。
「おい大将、どうした? 随分と顔色が悪いというか、思い詰めた顔してよ」
「いや……この計画は思いの外、難航しそうです。クリム、僕達の計画も予定より早めましょう。完成型アルティロイドが正に完成してしまったら、計画どころではなくなります!」
「――完成型アルティロイド? って、おい待てよ。それは俺は俺の仕事をしちゃって良いと捉えて良いんだな?」
「はい、お願いします。――あ、それとクリム。貴方の仕事が終わったら一度集合してください。やっておきたい事があります」
「あいよ! んじゃ、ちょっくらやってくるぜ!」
ジュークと別れ、クリムは駆けていくと、誰もいない空いている部屋に潜り込んだ。
――静寂の中から、突然奇っ怪な音が鳴り出す。
「むっ、何だ!?」
ソリディアもハリスも、聞き慣れないどころか、聞いた事も無い音に、軽いパニックになる。
「これはその無線機の音だ。音の感じから旧型だな」
「それは良いが……どうすれば良いのだ?」
「小さな出っぱりがあるだろ? それを押してみろ」
ティーダに指示されるまま、ソリディアはボタンと呼ばれる出っぱりを押す。すると奇っ怪な音は消え、代わりに人の声が聞こえてくる。
『……ア、ソリ……ア、聞こえるか、ソリディア!』
そう、声の主はクリムである。旧型の為か、あるいは壊れているのか、少々雑音が酷い。
『その無線機は受信専用であり、そちらからの声は……に、聞こえない。交信できる時間が限られている……短に話す。よく聞いてくれ……』
「こ、この声の主がクリムさんですか!?」
「これ、ハリス! 聞き取れんだろう」
『……軍の守備力が弱くなるのには……少し時間が必要だ。……大体、二十日後が目安だろう。……から二十日間の間に、できる限りの軍力を整えて……!』
今から二十日後。それが地上の人々にとって最大の決戦になる日。決して期間があるとは言えない。
『良……か、もう……言う。二十日後だ。それまでに俺……できる限りの事はしてみせる。……も死ぬんじゃないぞ』
「――クリムめ」
一方的な会話だったが、ソリディアはクリムの意志を感じ取っていた。それは親友を超えた付き合いから成せるものだろうか。この友の行為に、決戦に向け胸が熱くなる感覚を覚えていたのだ。
しかし、言葉が終わり静かになったかと思えば、途端に無線機の向こう側が慌ただしくなった感じがする。
『――キャハハハ。……っぱり貴方が裏切り者だったのね。無様ね、そんな事をしても意味は無いというのにさ』
『な、何だ……お前は!?』
『貴方に言う必要は無いわ。だって……貴方はここで死ぬんだもの。ばいばい、裏切り者さん!』
『――ぐわっ! ……な、何でだ、こいつは俺……の前にいるのに、何で……から攻撃されるんだ!』
無線機の向こうは、先ほど以上の荒れた音が聞こえてくる。その雑音などから、今そこで戦っているのが明確にわかる。クリムの息づかいや、攻撃され血が飛び散る音、その全てが生々しい。
「クリム、何があったんだ、クリム!」
「兵士長、無理ですって、聞こえないんでしょう!」
声と息を荒げ、呼び続けるソリディアを、ハリスは身を挺して止める。
『大将……俺は、ここまでだ……』
『キャハハハ、死ね!』
次の瞬間、何かが嫌な音を立てて弾けた音が聞こえてくる。それと共に向こう側の音も静かになる。
『キャハハハ、誰に繋がってるのかわからないけど……無駄な事はやめておきなさいな。どうせ地上の人間達はゴミのように抹殺されてお終い。キャハハハ、でも面白そうだから告げ口はしないでおいてあげるわ! 精々、綺麗な命の輝きでも見せて楽しませて頂戴ね? シーユー……』
最後の一方的な言葉で、無線が切れてしまう。声の感じから若い女の声である事がわかる。ソリディア達は、一体何が起きたのかわからず、黙って頭の中で起きた事に整理していた。
――ただ一つ確実に言える事がある。それは前大戦の三剣士の一人、策略家クリムは何者かに暗殺されたという事実である。
「ハリス……パーシオンの全兵士を集めてくれ……」
「は、はいっ!」
「私達にできる事は……命懸けで戦ってくれたクリムの為に、全力で軍を集める事だ」
ソリディアの拳は怒りと悲しみに、固い拳を作っている。その決意の表れを見て、ハリスも大急ぎで兵士を集めに走り出した。
――決戦まで、あと二十日である。