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アルティロイド―究極の生命体―  作者: ユウ
北の大地~悲しき水と氷~
22/97

21,悲しき制圧作戦

 シュネリ湖より、やや東に位置した場所にそれはあった。シュネリ湖周辺のレジスタンスを、掃討する為に作られた、水氷の騎士デュアリス率いる城国軍のテント地帯である。

 シュネリ湖を、ゆっくりと泳いで移動したデュアリスは、集合の空砲によって集まった兵士の中では、必然的に一番遅くに到着する。

「お、遅い到着で、お姫様。今日は随分と色っぽい格好をしておいでで……しかも、髪の毛も馬の尻尾に束ねておいでで、可愛いですよ……デュアリス、様?」

 そんなデュアリスを出迎えたのは、事実少し前に到着したクリムである。

「……遅れた事には非常に申し訳なく思っています。しかし変な目で私を見ないでください」

 下から上へ、舐めるような視線を送るクリムに対し、明らかに不快感を露わにしているデュアリス。

「私は事実を申したまでです。お綺麗なデュアリス様を見て、声をかけない男性などおりましょうか? しかし、不快に思われたのなら申し訳ない……」

 深々と非礼を詫びるクリム。そんなクリムを見ると、途端に困った表情で、顔を上げるようにデュアリスは促す。

「そういえば……デュアリス、様に、お客様が見えていますよ」

「私に……ですか?」

「はい、テントに待たせております。どうぞこちらへ……」

 クリムは客人を待たしてあるテントへと、デュアリスを誘導する。案内されたテントは、デュアリス本人が使用しているテントだった。

「この中です。では私は失礼させていただきます……」

「ありがとうございます。ご苦労様でした」

 再び深々とお辞儀をするクリムに対し、謝礼するデュアリス。クリムが離れていくのを確認すると、デュアリスは客人がいるというテントに入り込んだ。

「――やぁ、デュアリス。元気でやってるかい?」

「……兄さん!?」

 そこにいたのは、デュアリスと同じ騎士でありアルティロイドである、風の騎士ジュークだった。

「兄さん、一体どうしてここへ?」

「特に深い意味は無い、作戦前の軽い激励にと思ってね。デュアリスはただでさえ優しい……この手の制圧を目的とした作戦の遂行は、やはり難しいのではないかとね」

 長い間を作った後、デュアリスは切り出した。

「…………正直なとこ、こういう作戦は嫌です。武力による制圧なんて……」

 俯きながら、言葉を出していくデュアリス。王の命令を忠実に遂行する為に造られたアルティロイドにとって、デュアリスのこの発言は御法度なのだ。

 怒られる事を覚悟で言い放ったデュアリスだが、ジュークはそんなデュアリスを優しく抱きしめた。

「……良い子だ。そんな優しいデュアリスだからこそ、僕はデュアリスを信頼しているよ」

「え……に、兄、さん?」

 突然のジュークの行動に、頬を少しだけ赤くする。そしてゆっくりと、離したジュークは口を開き言葉を発した。

「……それと、ここ最近の城国の混乱の理由は、どうやら内通者がいるようだ」

「……内通者? でも一体どうやって!?」

「それはわからない。デュアリスに心当たりは無いか? 何でも良い、ちょっとした違和感でも何でも良いんだ」

 デュアリスは自分の記憶の中から、心当たりのある人物を探す。すると一人の人物が思い当たる。

「……クリム」

 無意識にその名を口にしていた。

「クリム? 誰だ、知っている人物なのかい?」

「今作戦における私の部下になってくれている方です。……でも怪しいというよりは、変わった人……」

 デュアリスはそこまで言いかけて、一つ頭にひっかかる何かの正体に気が付く。

(――しかも、髪の毛も馬の尻尾に束ねておいでで――)

 これは先ほど、クリムがデュアリスに言ったものである。この中からデュアリスは一つの言葉に気が付いた。

「馬の尻尾……」

「馬の尻尾……? 何だい、それは?」

「ポニーテールの事です。どうやら地上の人は、このポニーテールの事を、馬の尻尾と表現しているらしくて……」

「……なるほどね。これで犯人の具体像が割れたというものだ」

 無表情に言い放ったジュークに、デュアリスは咄嗟に言葉をかけた。

「クリムさんは確かに変な人かもしれませんけど……でも良い人です! もしもクリムさんが内通者だったとしても、兄さん……どうか殺さないであげて……!」

「……デュアリスは、この作戦を遂行する事を考えるんだ。余計な事を考えていると死を招く結果となる」

「兄さんっ!」

 ジュークはテントから出ていってしまう。クリムの身を案じるデュアリスは、自分の発言を悔いてしまっていた。

 ――テントから出たジュークは、早速クリムを捜していた。最もクリムという男の具体的な特徴は知らない為、近場にいる兵士からの情報収集をする事にした。

「すまないが、クリムという男はどこにいるのだ?」

「え、あ、クリムですか? ……クリムなら、ほらあそこに」

 兵士が指差した方向にクリムはいた。見ると仕事に勤しむ兵士とは違い、呑気に座り込んでいる。

(……なるほど、確かに変わった男だ。その行動も、雰囲気も、な)

 ジュークは誰にも気づかれないように微笑すると、ゆっくりと、しかし確実にクリムに近づいていく。

「――レジスタンスでありスパイとして活動しているクリムさん、だな?」

 ジュークはわざと、こんな言い回しをしてみせた。

「…………いえ、自分はデュアリス様の配下として活動させて頂いている、クリムであります!」

 やる気のない態度の割に、ハキハキと答えるクリム。

「……ふっ。地上ではポニーテールの事を、馬の尻尾と言うらしいじゃないか?」

 ジュークの問いかけに、クリムは無表情と無言を貫いた。

「……貴方がスパイだな」

 率直かつ、確信を持って言葉を発する。

「――そうだ。と、言ったら、その美しい深緑の剣で、斬り裂かれてしまうのかな?」

「いや……貴方の回答次第だ」

 ジュークもクリムも、お互いに探りあいをしている。

「時間が無いので、手短に言わせてもらおう。……貴方がスパイだと言うのなら、貴方も僕の同志になってほしい」

「……何、だと…!?」

「だがもしも、貴方がスパイではなかった場合、あるいはスパイだが、この誘いにノーと答えた場合は、悪いが貴方をここで殺させていただきます」

(こいつ……一体何を考えている!? 同志になるとは何だ、王の犬であるシークレットウェポンのいう同志というのは、王の味方になれという事か?)

 クリムの頭の中で思考が巡っていく。命が取られる事は惜しくはなかった。既にこのように戦っていくと決めた時から、命はとうに捨てているからだ。ただジュークから放たれた同志という言葉、この言葉の先の未来が全くといって良い程に見えないのだ。

「……時間がありません。あと一分、それ以上は待ちません。一分以内に答えが出せないのであれば、ここで貴方を始末させていただきます」

 無情なまでの表情で、その深緑の剣に手をかけるジューク。

「待て、同志になるとは何だ、お前は一体何者なんだ!?」

「それを言う事はできない。この行いは、迅速かつ隠密に事を成さなければいけません」

「……迅速かつ隠密」

 クリムの中で再び、思考という名の行動が始まる。ただその目の前にある絶対的な死に、思うような冷静な思考ができないでいる。

「……時間です。貴方をここで排除します」

「……待て、お前は同志になれと言った。と、いう事は逆に言えば、お前の志というのは……!」

「さすが、ここまで城国を一人で乱す事のできる方ですね。話が早くて助かります」

「良いのか……? それはシークレットウェポンの流儀とやらに反するんじゃないのか?」

「――確かに。しかし来るべき世界の為に動く事が正しい事であると、僕は判断しました」

 その言葉と表情には、確固たる決意の眼差しがあった。

「その言葉……信じて良いんだろうな?」

「……ふっ。愚問ですね、その真意を確かめる為に、今こうして貴方と話をしています」

「くっくっく……そうだったな。信じてやるぜ、シークレットウェポン。どうせ信じなければ、俺はお前の剣の錆にされてしまうんだからな?」

「残念ながら錆にもなりません。……しかし相変わらず話が早くて助かります」

 ジュークは一呼吸置いてから、言葉を続ける。

「それと……シークレットウェポンではありません」

「あぁ? じゃあ何だってんだよ?」

「世界を変える罪人の名は……アルティロイド。そして風の騎士ジュークだ」

 レジスタンスのスパイであるクリムは、風の騎士ジュークと結託する。それは誰も知らないところで、密かに生まれた一つの勢力ではないだろうか。

「――兄さん!」

 その時、デュアリスの悲痛な叫びが、ジュークに向けられていた。

「……デュアリス?」

「ごめんなさい、心配で……お願いですから、クリムさんを殺さないでください!」

「心配はいらない。彼は心強い味方になってくれた」

「……え、味方に?」

「そうだ。急な話だが、彼を僕の軍団に迎え入れたい。……良いかな?」

 そのジュークの問いかけを聞くと、デュアリスはクリムに目を合わせ、その真意を確かめようとする。クリムは静かに、そして深く頷く。

「……わかりました」

「ありがとう、デュアリス。……そして今回の作戦の成功を祈る」

 デュアリスの頭を優しく撫で、そして足早に移動を開始する。その後を追うように、クリムも続いていく。

「クリム、さん」

「……おや、これはこれは、お姫様。そんな悲しい表情は似合いません。それでは美しい貴方の顔が、台無しです……。こんな軽い台詞も今日で終わりだ。じゃあな、俺は地上の人間だから、作戦の成功は祈りたくはないが……死ぬなよ」

 ジュークとクリムは、北の大地シュネリ湖を旅立っていく。そんな二人の背中を、デュアリスはただ見守っていた。

「――デュアリス様。作戦のご指示を」

「あ、はい。このベースからシュネリ湖を回るように攻めていきましょう。私はここから左回りに行きます。私と行動を共にする方は少なくて結構です。なので右に回る方に戦力を集中してください」

「了解しました! ……全員、出撃するぞ!」

 デュアリス率いる城国軍の、シュネリ湖制圧作戦が開始される。



「――まぁ、あの子にも言ったんだけど、ラルクに治せないと判断したものは、俺には治せない」

「そうですか……不治の病とは聞かされましたが……貴方になら、あるいはとも思ったのですが」

「申し訳なくは思う。だが残念ながら、お前の病は現在の技術では治せないんだ」

 ザードリブにて、ソリディアはリコオの診断を受けている。

「覚悟はできているつもりです」

「幸いな事に、お前の病は人には移らない。最も、移る病ならばお前の連れも、俺もただでは済まないけどな」

「……それだけが、せめてもの救いです。どうも、ありがとうございます」

「何もできない俺だが、偉そうに一つのアドバイスはできる。……余命という名の時間はあるかもしれないが、その残った時間を大事にしな」

「大事に……か。そうだな、命は大事にしなければいかん。余命などというもの、所詮は早いか遅いかの差だ」

 ソリディアは、ただ淡々と言葉を出した。自分に出された最後の診断に、ただその事実を受け止めようとしていた。

「では……私はもう行きます。恐らく、この北の大地に足を入れる事は……もう無いでしょう」

「そうか、だが俺は……また会おう、と言っておくよ」

 ソリディアとリコオは、そう言葉を交わして別れた。それがソリディアという人間が、リコオと話した最後の言葉になる。

 ――テントから出ると、ソリディアは何かの違和感を感じていた。

「何だ……先ほどまでとは、何かが違う」

「――ソリディア!」

 ソリディアが声のした方を振り向くと、そこにはティーダが立っていた。

「敵が来るぞ、かなりの大部隊だ」

「大部隊だと!? ……この違和感の正体はそれか」

「どうするんだ、敵の進行状況は恐らく、すぐそこまで迫っているぞ」

 ティーダは城国軍の兵士が歩く音から、おおよその位置を推測する。

「……急いでも、敵との接触は避けられそうにないか」

「だろうな。ここから下手に離れようとすると、敵からの追撃があるかもしれない」

「何とかティオだけでもと思ったが……ここに待機させた方が安全そうだな。……よし、ティーダはカルマンを呼んできてくれ、私はラック兵士長にこの事実を教えに行く。この戦いに参加するぞ」

 城国軍による、シュネリ湖制圧作戦の反撃に、参加する意向を示したソリディア。

 ――狂気と惨劇に満ちた、悲しき制圧戦が始まる。

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