21,悲しき制圧作戦
シュネリ湖より、やや東に位置した場所にそれはあった。シュネリ湖周辺のレジスタンスを、掃討する為に作られた、水氷の騎士デュアリス率いる城国軍のテント地帯である。
シュネリ湖を、ゆっくりと泳いで移動したデュアリスは、集合の空砲によって集まった兵士の中では、必然的に一番遅くに到着する。
「お、遅い到着で、お姫様。今日は随分と色っぽい格好をしておいでで……しかも、髪の毛も馬の尻尾に束ねておいでで、可愛いですよ……デュアリス、様?」
そんなデュアリスを出迎えたのは、事実少し前に到着したクリムである。
「……遅れた事には非常に申し訳なく思っています。しかし変な目で私を見ないでください」
下から上へ、舐めるような視線を送るクリムに対し、明らかに不快感を露わにしているデュアリス。
「私は事実を申したまでです。お綺麗なデュアリス様を見て、声をかけない男性などおりましょうか? しかし、不快に思われたのなら申し訳ない……」
深々と非礼を詫びるクリム。そんなクリムを見ると、途端に困った表情で、顔を上げるようにデュアリスは促す。
「そういえば……デュアリス、様に、お客様が見えていますよ」
「私に……ですか?」
「はい、テントに待たせております。どうぞこちらへ……」
クリムは客人を待たしてあるテントへと、デュアリスを誘導する。案内されたテントは、デュアリス本人が使用しているテントだった。
「この中です。では私は失礼させていただきます……」
「ありがとうございます。ご苦労様でした」
再び深々とお辞儀をするクリムに対し、謝礼するデュアリス。クリムが離れていくのを確認すると、デュアリスは客人がいるというテントに入り込んだ。
「――やぁ、デュアリス。元気でやってるかい?」
「……兄さん!?」
そこにいたのは、デュアリスと同じ騎士でありアルティロイドである、風の騎士ジュークだった。
「兄さん、一体どうしてここへ?」
「特に深い意味は無い、作戦前の軽い激励にと思ってね。デュアリスはただでさえ優しい……この手の制圧を目的とした作戦の遂行は、やはり難しいのではないかとね」
長い間を作った後、デュアリスは切り出した。
「…………正直なとこ、こういう作戦は嫌です。武力による制圧なんて……」
俯きながら、言葉を出していくデュアリス。王の命令を忠実に遂行する為に造られたアルティロイドにとって、デュアリスのこの発言は御法度なのだ。
怒られる事を覚悟で言い放ったデュアリスだが、ジュークはそんなデュアリスを優しく抱きしめた。
「……良い子だ。そんな優しいデュアリスだからこそ、僕はデュアリスを信頼しているよ」
「え……に、兄、さん?」
突然のジュークの行動に、頬を少しだけ赤くする。そしてゆっくりと、離したジュークは口を開き言葉を発した。
「……それと、ここ最近の城国の混乱の理由は、どうやら内通者がいるようだ」
「……内通者? でも一体どうやって!?」
「それはわからない。デュアリスに心当たりは無いか? 何でも良い、ちょっとした違和感でも何でも良いんだ」
デュアリスは自分の記憶の中から、心当たりのある人物を探す。すると一人の人物が思い当たる。
「……クリム」
無意識にその名を口にしていた。
「クリム? 誰だ、知っている人物なのかい?」
「今作戦における私の部下になってくれている方です。……でも怪しいというよりは、変わった人……」
デュアリスはそこまで言いかけて、一つ頭にひっかかる何かの正体に気が付く。
(――しかも、髪の毛も馬の尻尾に束ねておいでで――)
これは先ほど、クリムがデュアリスに言ったものである。この中からデュアリスは一つの言葉に気が付いた。
「馬の尻尾……」
「馬の尻尾……? 何だい、それは?」
「ポニーテールの事です。どうやら地上の人は、このポニーテールの事を、馬の尻尾と表現しているらしくて……」
「……なるほどね。これで犯人の具体像が割れたというものだ」
無表情に言い放ったジュークに、デュアリスは咄嗟に言葉をかけた。
「クリムさんは確かに変な人かもしれませんけど……でも良い人です! もしもクリムさんが内通者だったとしても、兄さん……どうか殺さないであげて……!」
「……デュアリスは、この作戦を遂行する事を考えるんだ。余計な事を考えていると死を招く結果となる」
「兄さんっ!」
ジュークはテントから出ていってしまう。クリムの身を案じるデュアリスは、自分の発言を悔いてしまっていた。
――テントから出たジュークは、早速クリムを捜していた。最もクリムという男の具体的な特徴は知らない為、近場にいる兵士からの情報収集をする事にした。
「すまないが、クリムという男はどこにいるのだ?」
「え、あ、クリムですか? ……クリムなら、ほらあそこに」
兵士が指差した方向にクリムはいた。見ると仕事に勤しむ兵士とは違い、呑気に座り込んでいる。
(……なるほど、確かに変わった男だ。その行動も、雰囲気も、な)
ジュークは誰にも気づかれないように微笑すると、ゆっくりと、しかし確実にクリムに近づいていく。
「――レジスタンスでありスパイとして活動しているクリムさん、だな?」
ジュークはわざと、こんな言い回しをしてみせた。
「…………いえ、自分はデュアリス様の配下として活動させて頂いている、クリムであります!」
やる気のない態度の割に、ハキハキと答えるクリム。
「……ふっ。地上ではポニーテールの事を、馬の尻尾と言うらしいじゃないか?」
ジュークの問いかけに、クリムは無表情と無言を貫いた。
「……貴方がスパイだな」
率直かつ、確信を持って言葉を発する。
「――そうだ。と、言ったら、その美しい深緑の剣で、斬り裂かれてしまうのかな?」
「いや……貴方の回答次第だ」
ジュークもクリムも、お互いに探りあいをしている。
「時間が無いので、手短に言わせてもらおう。……貴方がスパイだと言うのなら、貴方も僕の同志になってほしい」
「……何、だと…!?」
「だがもしも、貴方がスパイではなかった場合、あるいはスパイだが、この誘いにノーと答えた場合は、悪いが貴方をここで殺させていただきます」
(こいつ……一体何を考えている!? 同志になるとは何だ、王の犬であるシークレットウェポンのいう同志というのは、王の味方になれという事か?)
クリムの頭の中で思考が巡っていく。命が取られる事は惜しくはなかった。既にこのように戦っていくと決めた時から、命はとうに捨てているからだ。ただジュークから放たれた同志という言葉、この言葉の先の未来が全くといって良い程に見えないのだ。
「……時間がありません。あと一分、それ以上は待ちません。一分以内に答えが出せないのであれば、ここで貴方を始末させていただきます」
無情なまでの表情で、その深緑の剣に手をかけるジューク。
「待て、同志になるとは何だ、お前は一体何者なんだ!?」
「それを言う事はできない。この行いは、迅速かつ隠密に事を成さなければいけません」
「……迅速かつ隠密」
クリムの中で再び、思考という名の行動が始まる。ただその目の前にある絶対的な死に、思うような冷静な思考ができないでいる。
「……時間です。貴方をここで排除します」
「……待て、お前は同志になれと言った。と、いう事は逆に言えば、お前の志というのは……!」
「さすが、ここまで城国を一人で乱す事のできる方ですね。話が早くて助かります」
「良いのか……? それはシークレットウェポンの流儀とやらに反するんじゃないのか?」
「――確かに。しかし来るべき世界の為に動く事が正しい事であると、僕は判断しました」
その言葉と表情には、確固たる決意の眼差しがあった。
「その言葉……信じて良いんだろうな?」
「……ふっ。愚問ですね、その真意を確かめる為に、今こうして貴方と話をしています」
「くっくっく……そうだったな。信じてやるぜ、シークレットウェポン。どうせ信じなければ、俺はお前の剣の錆にされてしまうんだからな?」
「残念ながら錆にもなりません。……しかし相変わらず話が早くて助かります」
ジュークは一呼吸置いてから、言葉を続ける。
「それと……シークレットウェポンではありません」
「あぁ? じゃあ何だってんだよ?」
「世界を変える罪人の名は……アルティロイド。そして風の騎士ジュークだ」
レジスタンスのスパイであるクリムは、風の騎士ジュークと結託する。それは誰も知らないところで、密かに生まれた一つの勢力ではないだろうか。
「――兄さん!」
その時、デュアリスの悲痛な叫びが、ジュークに向けられていた。
「……デュアリス?」
「ごめんなさい、心配で……お願いですから、クリムさんを殺さないでください!」
「心配はいらない。彼は心強い味方になってくれた」
「……え、味方に?」
「そうだ。急な話だが、彼を僕の軍団に迎え入れたい。……良いかな?」
そのジュークの問いかけを聞くと、デュアリスはクリムに目を合わせ、その真意を確かめようとする。クリムは静かに、そして深く頷く。
「……わかりました」
「ありがとう、デュアリス。……そして今回の作戦の成功を祈る」
デュアリスの頭を優しく撫で、そして足早に移動を開始する。その後を追うように、クリムも続いていく。
「クリム、さん」
「……おや、これはこれは、お姫様。そんな悲しい表情は似合いません。それでは美しい貴方の顔が、台無しです……。こんな軽い台詞も今日で終わりだ。じゃあな、俺は地上の人間だから、作戦の成功は祈りたくはないが……死ぬなよ」
ジュークとクリムは、北の大地シュネリ湖を旅立っていく。そんな二人の背中を、デュアリスはただ見守っていた。
「――デュアリス様。作戦のご指示を」
「あ、はい。このベースからシュネリ湖を回るように攻めていきましょう。私はここから左回りに行きます。私と行動を共にする方は少なくて結構です。なので右に回る方に戦力を集中してください」
「了解しました! ……全員、出撃するぞ!」
デュアリス率いる城国軍の、シュネリ湖制圧作戦が開始される。
「――まぁ、あの子にも言ったんだけど、ラルクに治せないと判断したものは、俺には治せない」
「そうですか……不治の病とは聞かされましたが……貴方になら、あるいはとも思ったのですが」
「申し訳なくは思う。だが残念ながら、お前の病は現在の技術では治せないんだ」
ザードリブにて、ソリディアはリコオの診断を受けている。
「覚悟はできているつもりです」
「幸いな事に、お前の病は人には移らない。最も、移る病ならばお前の連れも、俺もただでは済まないけどな」
「……それだけが、せめてもの救いです。どうも、ありがとうございます」
「何もできない俺だが、偉そうに一つのアドバイスはできる。……余命という名の時間はあるかもしれないが、その残った時間を大事にしな」
「大事に……か。そうだな、命は大事にしなければいかん。余命などというもの、所詮は早いか遅いかの差だ」
ソリディアは、ただ淡々と言葉を出した。自分に出された最後の診断に、ただその事実を受け止めようとしていた。
「では……私はもう行きます。恐らく、この北の大地に足を入れる事は……もう無いでしょう」
「そうか、だが俺は……また会おう、と言っておくよ」
ソリディアとリコオは、そう言葉を交わして別れた。それがソリディアという人間が、リコオと話した最後の言葉になる。
――テントから出ると、ソリディアは何かの違和感を感じていた。
「何だ……先ほどまでとは、何かが違う」
「――ソリディア!」
ソリディアが声のした方を振り向くと、そこにはティーダが立っていた。
「敵が来るぞ、かなりの大部隊だ」
「大部隊だと!? ……この違和感の正体はそれか」
「どうするんだ、敵の進行状況は恐らく、すぐそこまで迫っているぞ」
ティーダは城国軍の兵士が歩く音から、おおよその位置を推測する。
「……急いでも、敵との接触は避けられそうにないか」
「だろうな。ここから下手に離れようとすると、敵からの追撃があるかもしれない」
「何とかティオだけでもと思ったが……ここに待機させた方が安全そうだな。……よし、ティーダはカルマンを呼んできてくれ、私はラック兵士長にこの事実を教えに行く。この戦いに参加するぞ」
城国軍による、シュネリ湖制圧作戦の反撃に、参加する意向を示したソリディア。
――狂気と惨劇に満ちた、悲しき制圧戦が始まる。