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アルティロイド―究極の生命体―  作者: ユウ
北の大地~悲しき水と氷~
19/97

18,神々のシュネリ湖

 ――城国軍の追撃を振り切り、ティーダ達は更に北へと進出する。辺りも暗くなり、何よりもパーティの疲労が増している為、進行を中断し休息に入る。夜になると寒さは更に増していき、否応無しに体を寒さによる緊張状態にさせられてしまう。手もかじかんでおり、自由に指を動かす事ができなくなっている。焚き火はしているが、それでも寒さが圧倒的に上回る。

 寝ている間に敵に襲われては全滅してしまうので、最初の見張りにソリディアとカルマンがつく。

「よく……ここまでがんばったな、カルマン。初めての旅路にしては上出来だぞ?」

「……ありがとうございます」

 焚き火の向こう側に寝ているティーダを確認する。カルマンと反対方向に体を向けている為、その顔を見る事はできない。

「……正直に言うと、凄く、怖かったんです……」

 寒さではなく、恐怖で震える自分の手をカルマンは見る。いや手だけでは無い。足も、体全体が、恐怖に震える。何よりも凄惨な死体を見た。次にこうなるのは自分か、一寸先には死が待っている大地。ありありと、自分達が戦争をしているという実感を、カルマンはただ正直に感じている。

「そうか……怖かったか……」

 深い息をゆっくりと吐き出し、ソリディアはそう答える。

「俺は兵士失格ですよね……。威勢だけは良いくせに、今日の戦いの場を見たら……ティオを守るどころの話では無かったです。俺は……、俺は、あの時、自分の身を守る事で精一杯でした」

 その目からは自然と涙がこぼれ落ちていた。己が考えていた以上に、世界に対して無力だった。ただ怖かった。こんなはずではなかった、そんな感情がカルマンを支配し、止まる事のない涙を流させている。

「怖いと感じられるのは生きている証拠だ。人はたった一つしか無い、その命を守る為に常に必至で生きているのだ。命を失う事を怖いと感じないのは、死んでいるのと一緒だ」

「……え、あの、……ソリディア兵士長?」

 涙を雑に拭き取り、ソリディアを見ると、そこには悲壮感が漂う表情があった。

「私もな、若い頃は無茶ばっかしてたんだよ。自分が死ぬ事よりも、もっと多くの命を救いたい、と。……私はそんな勢いのまま戦争に参加した」

 ソリディアの話に、カルマンはひたすら無言で耳を傾ける。

「結果は人にとても言えないような恥ずかしいものだったよ。そんな威勢の良い事を言っておきながら、私は怖くて何もできなかったんだ。それに怖くて怖くて……しばらくの間は生死を考え軽く鬱にもなった」

 そんな話を笑いながら話す。まるで懐かしい昔話を、今だからできる笑い話にして話すように。

「……ソリディア兵士長が、そんな状態に!? ……とても信じられない」

「はっはっは、本当の話さ。良いかカルマン、最初は誰もが怖いのだ。自分の理想とかけ離れた現実になるかもしれない、しかし諦めなければその理想はやがて現実になる。……お前は昔の私に似ている、そしてその素質は私以上に持っている。今は怖いかもしれん、しかし諦めるな、お前はいつしか私を超える戦士になる!」

「――へ、兵士長!」

 ソリディアのその言葉に再び涙があふれ出る。カルマンは恥も外聞も捨てて、ただ尊敬して止まないソリディアの胸で泣いた。ソリディアのような兵士になりたい、そう思い兵士に志願したカルマン。そしてもう一度カルマンは、ソリディアという男の大きさを自分なりに見出す。


 ――自分もいつしかこんな男に、いやこの男を超える兵士になる――


 カルマンはその男の胸で、自分の胸にそう誓いを立てる。

「生きろよ、カルマン」

 ソリディアは静かに言い放った。それはまるで父親が子供に言い聞かせるような、たくましく、そして優しい響きがある。

「さて、いつまでも泣いてはいられないぞ、カルマン。……そろそろ交代の時間だ、ティーダとティオを起こして交代してもらおうか?」

「あ、はいっ!」

 見張り交代の時間になった為、カルマンはティーダとティオを起こす。ティーダは起きる事を苦としていなかったが、最近の疲れが溜まってきているティオは、意識が覚醒するまで時間がかかる。

「――ではティーダ。見張りを任せたぞ」

「あぁ、ゆっくり休め」

 その言葉に甘えて、ソリディアとカルマンは眠りにつく。ティオもがんばってはいるが、座ったまま眠っている。


 ――結局は、ティオの意識が覚醒し、目を覚ましたのは一時間程が経過してからの事である。

 そんな事を気にせず、ただ無言で焚き火を見つめ、辺りの気配に神経を集中するティーダ。

「ご、ごめんね、見張りを任せちゃって!」

「……構わない。お前も疲れているのなら、眠っていても良いんだぞ?」

「ううん、私も守ってもらってばかりじゃ申し訳ないもん。役に立たないかもしれないけど、私にも見張りをやらせて」

「その辺は、お前の好きにしろ」

 素っ気なく答えたティーダに対し、ティオは嬉しそうな表情をする。

 またこの時、カルマンは悪いと思いつつも、ティーダとティオの事が気になり眠ったふりをしていた。

(――俺は卑怯者だろうか)

 眠ったふりをして、二人の会話に聞き耳を立てる自分に嫌気がさしている。しかしカルマンは、どうしてもティオの事が気になっていた。

 焚き火の近くにいるといっても、深夜にもなると寒さはより一層厳しいものとなる。手足を擦る事により、少しでも熱を発生させようと、ティオは落ち着かなく動いている。その小さな音が、神経を集中させているティーダには鬱陶しく思う。

「ほら、これも使え」

「……え、あ、良いの? これじゃティーダが……」

「俺は大丈夫だ、必要ない」

 ティーダは自分の分の厚布をティオに羽織らせる。二枚もあれば寒さは軽減できるだろう。事実、二枚になって暖かくなったのか、ティオの体の震えは治まっている。

「……ありがとう」

 ティオの言葉にも、ただ無言を貫いた。

「ありがとう、といえば……このワセシアの花、これ凄く嬉しい」

「……そうか」

「でも一体どうして、これを買ってくれたの?」

 その問いかけに、ティーダは答える事ができなかった。何故ならその答えの正体に、本人すらも気持ちの整理ができていないからだ。この会話はティーダが無言のままで終わった。そんな事にも気にせずに、ティオは頭に付けたワセシアの花を、嬉しそうに触っている。

「そういえば、もう一度サンバナの町に行った時とかに、前に言っていた命の騎士ティアナって人は、見つかったのかな?」

「……いや、そういえば存在をすっかり忘れていたな」

 ワセシアの花、サンバナで会ったラティオの事、そしてこれから向かうシュネリ湖、考える事が多すぎた為、命の騎士の事まで考える余裕が無かったのだ。

 命の騎士ティアナの事に関しては、カザンタ山岳地帯、白の戦荒野にて、風の騎士ジュークから聞かされた事実である。現存する四体のアルティロイド、ジューク、ティーダ、デュアリス、ラティオよりも、前に造られたプロトタイプアルティロイド。自身の遺伝子を後生に残す事ができないアルティロイドの中で、唯一遺伝子を残せる機能を持つ。ただ唯一のヒントとなっているのが、無事に生きていれば現在十五、六歳になっているというぐらいの事である。

「今向かっている、シュネリ湖にその人がいれば良いね」

「それはそうだが――」

(――仮に見つけられたとして、一体どうするんだ? それに敵になるかも、味方になるかもわからない奴だ)

 そもそもシュネリ湖を目指す理由を聞かされていないティーダは、一体何故ここにいるのだろうか。

 これだけの長い距離を移動する上で、一つの目標が必要だと思い、ティーダはとりあえず命の騎士を捜す目的で、シュネリ湖を目指す事にする。

 一方、その会話に聞き耳を立てていたカルマンは、頭の中で整理がついていなかった。

(命の騎士ティアナ? 一体二人は何の事を話しているんだ。それがティーダの目的、ティオはその目的を知っているっていうのか――)

 混乱する頭と共に、カルマンは嫉妬していた。

 二人は二人だけの秘密を共有している。自分には一切知らされていない。話してもらえる気配も無かった。ソリディア兵士長は、ある程度の事を知っているのだろうか。そんな考えがカルマンを支配する。

「あ、そろそろ夜明けだよって」

「……そうなのか、まだ辺りは暗いぞ?」

「この辺は太陽があまり当たらないんだって、だから全体的に薄暗いって」

「いきなりどうした、何故そんな事がわかる? お前はこの周辺には初めて来るはずだろう」

 ティオは一瞬躊躇ったが、覚悟を決めたのか話を始める。

「実は……私、モノの心が読めるの……」

「モノの……?」

 それ程驚きはしなかったが、ティーダは不思議そうに返した。

「動物、植物、その気になったら機械とか武器とか防具とかも」

「……つまり夜明けが近い事を、周辺の動物、あるいは植物から聞いた、って事なのか?」

「そういう事だね。但し例外として人の心を聞く事はできないの。何でかはわからないし、知りたいとも思わないかな……。やっぱり人の中には勝手に入ってはいけないものだと思うから」

「……そうだな」

 別に驚く事はなかった。自身は存在そのものが違法な生命体。動物や植物の心が読める人間がいたって、ティーダにとってはどうって事もない一つの事実に過ぎない。

「……驚、かな、い、の?」

 ティオとしては、それなりの事実を公表したらしい。

「……別に」

 もう興味は無いといった素振りで、ティーダはそう返答する。

 意外にも驚いてくれなかった事に、ティオは拍子抜けしてしまう。

「しかし夜明けが近いのなら、さっさと起こして先に進もう。辺りが明るくなると、城国軍に見つかる可能性も高くなる」

「うん、そうだね!」

 ティオは、ソリディアとカルマンを起こす。カルマンはいつの間にか眠っていたらしく、少しの睡眠時間の為、極悪な睡魔が襲ってくる。その点に関しては、ソリディアはさすがと言うべきである。起こされるとすぐに目を覚まし、自身の装備を調えている。

「――少々暗いが、問題な無いだろう。さぁ、急ごうか」

 ティーダ達一行は、ソリディア指揮の元、再び北のシュネリ湖を目指す。

 進行状況としては概ね順調であり、この進み具合ならば、予定より早くシュネリ湖にたどり着ける可能性が高い。


 ――それから数時間歩き続ける。寒さはそれからも酷くなり、呼吸をすると、それだけで喉や鼻が痛くなる。しかし、それは逆を言うならば、シュネリ湖が近くなっているという事でもある。

「そろそろか……。心なしか空気が非常に澄んでいる」

 数々の大地を移動したソリディアは、その大地の空気の味を知っている。シュネリ湖周辺の空気は、今までの中で一番綺麗だと評価する。

「く、空気は確かに美味しいですが、……こう寒いと、本当に呼吸するのが痛いです……」

「我慢しなさい、もうじき到着できるとは思うが……」

 弱音を吐くカルマンに対し、軽く一喝するソリディア。

 寒さだけが辺りを支配し続け、一向に終わる事のない森を歩く。北に進む毎に、木々は更に深く大きくなっていき、一種の威圧感さえ感じられる。ここまで来ると太陽光が全く届かない、暗闇の森と化している。

「うぅ……さ、寒い……」

 太陽光が届かなくなった事により、気温が急激に低下する。その寒さに耐えきれずに、今まで我慢していたティオも、弱音を吐いてしまう。

「あ……!」

 カルマンは小さく叫んだ。ある状況に気がついた為だ。

 ティオは厚布を二枚羽織っている。この内の一枚はティーダのものである。そしてカルマンも負けじと、自身の厚布を脱ぎ去り、それをティオに渡す。

「ほ、ほら、よ。……こ、ここ、これ、でも、は、羽織れ、よ……!」

 あまりの寒さでカルマンは歯を鳴らす。口周りの筋肉が硬直しているのか、思うように言葉が出てこない。

「え……でも、カルマン君……?」

「お、おお、おれ、なら、だ、大丈夫、さ! てぃ、ティオッ、お、女、の、子、なんだから、暖か、く、して、ろ、よっ!」

「で、でも……」

 ティーダに比べ、明らかに無理をしている事が丸見えな為、受け取るに受け取れないティオ。

 そんな光景を見て、ソリディアは大きな声で笑った。

「はっはっは! ティオ、男に二言を言わせないようにするのは、女の仕事だ。カルマンの事を想うのならば、素直に受け取っておきなさい」

 ソリディアに促され、ティオはカルマンからその厚布を受け取る。

「暖かい……」

 本当に暖かそうにしている、彼女のその暖かい笑みを見て、カルマンも満更ではなかった。

「……へ、へへ、へ!」

「……ド阿呆め」

 引きつった笑いを浮かべるカルマンに対し、ティーダは冷静につっこみを入れる。城国軍の気配も無い為か、ティーダ達の周囲の警戒は薄れていた。

 そして、次に緊張の糸が張りつめたのは、ソリディアの一声からだった。

「む、あれは、何だ!?」

 ソリディアが見る方角を、全員が注目した。そこからはうっすらと一筋の光が見える。

「も、もしかして、シュネリ湖ではないですか、兵士長!」

 真っ先に走り出したのは、カルマンである。

「お、おい、カルマン! 何があるかわからん、警戒は怠るのではない!」

 それを追い、ソリディアは警戒しながら走り出す。

「……やれやれだ」

 そしてそれを見て、呆れ口調のティーダ。そんなティーダにティオは、ゆっくりと話しかける。

「私達も行きましょう?」

「ん、あぁ、そうだな」

 ティオに連れられ、ティーダも、前を走る三人と同じように走った。



 ――光の開けた先には、この世界の全ての美を終結させたような、美しく巨大な湖、シュネリ湖があった。森林の中とは違い、太陽光と水面の反射光が眩しい場所である。さらに湖周辺だけが、包まれるような優しい暖かさが感じられる。

「しかし、これは凄い……」

 今まで見た景色を凌駕する程の美しさ、ソリディアは後にそう言葉を放つ。ラルク医師の言われた通りに、シュネリ湖の水を少量手で取り、それを口に含んでみると、まるで体の中の毒素が取り除かれたような感覚さえ覚える。

「二日とちょっとか。予定通りというか何というか……。それにシュネリ湖を発見できても、肝心なレジスタンスグループを発見せねばな……」

 ソリディアは一人冷静に、今後の行動を考える。

 その一方でティオとカルマンは年相応に、湖の美しさに感動していた。ティーダも無表情に眺めているが、恐らくは感動をしているのだろう。

「みんな、聞いてくれるか?」

 ソリディアの一声に、全員が注目する。

「シュネリ湖を発見できたわけだが、本題はこの周辺にあるレジスタンスの発見だ。そこで少し休憩した後、シュネリ湖周辺を捜索したいと思う」

「……当然だな。それで、アンタには考えはあるのか?」

「うむ、捜索するのは私とティーダ、それにカルマンで行く。ティーダとカルマンは一緒に行動をしてくれ」

 ソリディアに呼ばれなかったティオは、申し訳なさそうに言葉をかける。

「あの……私は……?」

 ティオの問いかけに、ソリディアは小声で返事をする。

「男連中はこの周辺を離れる。ここの湖は思いの外暖かい。二日間の野宿があったのだ、今の内に水浴びでも済ませておきなさい」

「そんな……良いんですか、私だけ……」

 優しく笑い、深く頷いたソリディア。そのソリディアの表情を確認すると、ティオは小さな歓喜の表情を見せる。

「では男連中はもう少しがんばるぞ!」

「はいっ!」

「……あぁ」

 こうしてティーダ、ソリディア、カルマンは、この周辺にあるというレジスタンスベースを探索する事にする。

 一方、ティオはソリディアの計らいもあり、このシュネリ湖に待機する事になった。そしてティオは、この湖にて、一人の少女と出会う事になる。

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