16,己の余命にできる事
「――と、いうわけでぇ、貴方はティオちゃんを連れて、シュネリ湖に向かいなさい」
「左胸に痛み? 本当にティオはそんな事を……?」
サンバナから帰って数日が経つ。ソリディアはラルク医師に呼び出され、ラルク医師専用のテントへ来ている。
そこで聞かされた事は、ティオの左胸に走る痛みの事。ラルク医師では正確な診断が不可能な為、さらに腕の良い医者を求めて、北のシュネリ湖を目指すという事である。
「そんな事も知らなかったなんてぇ、貴方はティオちゃんの父親代わり失格ねぇ?」
「……返す言葉もない」
「……冗談よぉ。貴方はよくやっているわ、むしろ医者の診断としてはぁ、貴方も長い休養が必要なくらいよぉ? 数日前の体調不良から、全く治ってないんでしょ?」
「やはりラルク先生には隠し通せぬか。確かに体調は治るどころか、少しずつだが悪化しつつあります」
「そうでしょうねぇ。今ここでハッキリと言っておくわ。……貴方は悪性の病気に感染してるわ、今の医学では貴方の病は残念ながら……」
戦っている患者の為に、ラルク医師はその澄んだ瞳を、真っ直ぐにソリディアに向ける。ソリディアも共に戦ってくれているラルク医師を真っ直ぐに見る。
「……覚悟はしています。それで……私の体はあとどれぐらい持つのでしょうか?」
「…………長くて一年、これ以上無理をし続けると更に悪化して、半年持つかどうか……」
ラルク医師は、その死刑宣告にも同等の言葉を、ゆっくりと噛みしめるように出した。
「長くても、一年、ですか……。私は数え切れない程の命を奪ってきました。良くてあと一年、四十六年間もこの大地に生きられた、私は十分に生きました。……これで残りの余命を何に使うべきか、本当の意味で覚悟が決まりました」
ソリディアは、自身の老いた手を見つめ、覚悟を決める度に拳を握りしめた。
「……貴方の余命、貴方がどう使おうと私が指示するべき事ではないわ……。でも、無理はしちゃ駄目よ?」
「了解しました。そして私はティオを連れてシュネリ湖へ向かいます。パーシオンの事はハリス副兵士長と貴方に任せます」
「ウフフ……、良いわよ。貴方の頼みだものぉ、断る理由は無いわぁ」
礼を言いながら軽く挨拶をし、ソリディアはラルク医師のテントから出る。そのままソリディアは、ティオのテントまで向かった。
「――ティオ、いるかい?」
「あ、はいっ!」
テント前からの呼びかけに、ティオは急ぐように出てくる。
「……どうか、したのかね?」
失礼だとは思いながらも、反射的にそこから見える範囲のテント内を見る。そこにはティオが拾ってきた半分割れた鏡と、純白が美しいワセシアの花がある。
(――なるほどな)
今までの生活の中で、洒落た物を全く身につけようとしなかったティオが、鏡の前でワセシアの花と格闘している光景を想像し、ソリディアはどこか嬉しい感情が込み上げていた。
「あの、それで何でしょうか?」
「あ、あぁ、ラルク先生から話は聞かせてもらった。すまなかった……私がもっと注意していれば良かったものなのに」
「……いえ、私も十五です。自分の管理は自分でできます。それにいつまでもソリディア兵士長に、迷惑はかけていられません」
ティオの言葉に、頼もしく嬉しい感情と、どこか寂しく思う感情がぶつかっていた。実の親ではない。しかし十五年もの間、共に成長してきたつもりだった。もうここで親としての最後の仕事を全うしても良いのかもしれない、ソリディアはそう考えた。
「ティオ、シュネリ湖を目指そうか。そこに行けば、お前の痛みの原因もわかるかもしれないのだろう?」
「……はい。でもソリディア兵士長、まだ帰ってきたばかりで、疲れも取れてないはずなのに……」
「ふふふ、まだ若い者には負けてないつもりだよ。それに優秀な護衛も連れていく事にしようと考えているのでな」
その言葉に首を傾げるティオ。シュネリ湖へは数日かかる距離の為、行くのならば早く出るに越した事はない。ソリディアは急な事だとわかりつつ、今から出発する事に決定する。ティオには準備ができ次第、パーシオンの門へ移動するように伝え、ソリディアは兵士テントへと移動する。
兵士テントの中へ入ると、兵士達の軽い挨拶が飛んでくる。その挨拶をいつも通りに軽く返すと、今現在いる兵士の確認をする。
(ふむ、今いるのは……ティーダ、ハリス、カルマン……。タムサンがいないのか――)
「――ハリス副兵士長、それとティーダ。こっちへ来てくれ!」
ソリディアの呼びかけに、ハリスはテキパキと、ティーダは仕方なく移動してくる。
「何かご用ですか、兵士長殿?」
「うむ、突然の話だが私はティオと、そこにいるティーダを連れて、北のシュネリ湖へ向かう」
「……シュネリ湖、ですか。ソリディア兵士長のお考えですから、私は詳しくは聞きませんが……」
「そうしてくれると助かるな」
年頃のティオにとっては、自分自身の状態を他人に知られるのは、良しと思わないだろうと判断した。そしてソリディア自身の病に関しては、今の時点で打ち明けるのは下手に不安を募らせるだけだと思い、理由は一切教える事は無かった。
何よりも、北のシュネリ湖へ行けば、また違った未来が残されているかもしれないのだ。いずれにしろ、自分にとっても、ティオにとっても、シュネリ湖へ向かう事には意義がある。
「また君には迷惑をかけるな、ハリス副兵士長」
「いえ、兵士長殿がいなくても、ここに住む人々を守り通すのが我々兵士の仕事であります!」
ハリスは勢い良く敬礼をする。それと共に、後ろにいた兵士達も敬礼をした。
「ありがとう、私は幸せ者だ。……ティーダ、激戦の後だが、私達を護衛してもらえるな?」
「それは構わない。それに軽い運動がてら旅も良いだろうな」
「うむ、では準備ができたら門へ来てくれ。……ではみんな、後を頼むぞ!」
ハリス以下、兵士達は再び敬礼をし、ソリディアを見送った。
ソリディアがテントを出て、自分のテントへ向かう途中、追って出てきたカルマンが、ソリディアを呼び止める。
「――ソリディア兵士長!」
「どうした、カルマン?」
「俺も、俺も連れていってください!」
気迫のこもった叫びを、ソリディアにぶつけるカルマン。
「サンバナの戦いだって、俺はここで留守番でした。俺だってちゃんと戦えるんだ!」
「カルマン……。その気持ちはわかるが、戦いは気持ちでは勝てないのだぞ? お前はまだ未熟だ、命を落としたらそれで終わりなのだぞ」
「俺は死ぬ気は無いですっ、絶対に生きてやるんだ!」
「……ふぅむ」
引かないカルマンに、溜息をついた。ソリディアだってカルマンの気持ちは理解しているのだ。だがそれだけでは、戦いは勝つ事もできないし、生きる事もできない事を、ソリディアは知っている。
「――良いんじゃないのぉ、ソリディア君」
「む、ラルク先生。貴方まで何を仰るか!?」
「この坊やだって、これだけの気迫で言っているのよぉ。それに貴方が兵を大切に想っている事は知っているけどぉ、時には実戦の恐さを体験させた方がぁ、その兵士の為にもなるのではなくてぇ?」
「それもそうなのだがな……」
ソリディアをある程度の説得し終わると、ラルク医師はカルマンを見つめた。
「実戦は喧嘩と違ってマジ怖ぇのよぉ、坊やにそれができてぇ?」
「坊やじゃねぇ、俺はカルマンだ! 俺はどんな奴とだって戦う覚悟は、兵士になった瞬間から出来ているんだ!」
「うっふっふ、その言葉……忘れんじゃねぇわよ? じゃ、そういう事で宜しくね、ソリディア君。ばっははぁい」
異様な凄みを利かせて話したラルク医師に、ソリディアは何の反応もできず事は流れる。
そしてソリディアの元へ歩みよってきたカルマンは、ソリディアの目の前で土下座をする。
「お願いします、ソリディア兵士長! 俺を一緒に連れていってください!」
「………………わかった。但しお前は後衛だぞ、それ以上のワガママは認めんよ?」
「はっ、はい、ありがとうございました、ソリディア兵士長!」
「うむ、そうと決まったら頭を上げなさい。男がヘコヘコと他人に頭を下げるべきではないぞ」
「はい、兵士長。 俺は、一生兵士長についていきます!」
「馬鹿者! そんな事は良いから、さっさと準備をしてこんか!」
ソリディアに怒られ、慌てるように兵士テントへ準備をしに戻るカルマン。だがソリディアは一瞬ながら、このままカルマンを置いて旅立とうかと思ってしまった。
――ソリディア、ティーダ、ティオ、そしてカルマンの四人が準備を終え、門の前に集合したのは数分後の事である。事を大きくしないようにと、最後の見送りはハリス一人だけで来ていた。
「それでは兵士長殿、お気をつけて!」
「うむ、ハリスもここの守備を宜しく頼んだぞ」
「はい! ……ティーダ、兵士長とティオちゃんの護衛を任せたぞ。……カルマン、あまり迷惑かけるなよ!」
「そ、そりゃないっすよ、ハリス副兵士長!」
ハリスからの激励の言葉も終えて、ソリディア一向は北の大地、シュネリ湖を目指す。
今回は3700字と短い内容。