14,死闘の後に残るもの
「……これが、アルティロイドの戦い……か。こんな力を持った生命体を、同じ人間が造り上げたと思うだけで、私は一種の罪悪感を感じてしまう……」
サンバナの東、ティーダとラティオの戦いの跡地を見たソリディアは、一人そんな事を呟いた。
「兵士長! この辺りにも、ティーダは発見できませんっ!」
「もっと向こうの方まで、くまなく探すんだ。ティーダは生きているんだぞ!」
ソリディアに余計な負担をさせない為に、タムサンが頑張って兵士達を指揮していた。
しかし兵士達の頑張りも虚しく、広範囲にわたって荒れ果てた大地の中から、ティーダ一人を捜す事は至難の業である。
「……ティーダ。生きているのなら、私達に何かを示してくれ……」
この荒野になった森林地帯から、ティーダを捜すという事が、どれ程大変なのかという事を、ソリディアは本能的に知っている――。
「――マルシャナ、マルシャナ! 返事をしてくれ、生きているのなら……返事をしてくれぇ!」
まだ若きソリディアは、正に荒野となった場所で、一人の女性の名を呼び続けた。その荒野となった場所は、かつてソリディアが住んでいた町があった場所である。ソリディアの住んでいた町は、大きな軍力を町長が秘密裏に抱えており、それを城国軍に目をつけられたのであった。
一気に大群による奇襲をかけられ、町は一瞬にして壊滅させられた。その町には何の罪もない多くの人々が、何も知らずに暮らしていたのだ。
二十年前に起きた、城国軍と地上軍による大きな戦争。ソリディアもまた、その戦争に参加しており、戦っている最中は町の壊滅が知らされていなかった。レジスタンス連合の上層部により、兵士達には町の壊滅という士気を下げかねない事は、絶対黙秘の決まりにて伝えられる事は無かった。
最も、二十年前の大戦の結果は、地上軍の大敗である。至る町の壊滅の事実を知る、上層部もほとんどが死亡、あるいは行方不明となっており、命からがら生き延びて里に帰った兵士達に待っていたのは、愛する者達の、守りたいと思った者達の、あまりに呆気ない死のみであった。
「マルシャナ、頼む……返事を、してくれぇ!」
ソリディアは、荒野となった町で、ただマルシャナの姿を捜し続けた。何時間も、何時間も、ただ諦めずに捜し続けた。
――そしてもう日も変わるであろう時まで捜し続け、ソリディアは愛するマルシャナを発見したのだった。
「マ、マルシャナ……。目を、目を開けてくれ!」
マルシャナを見つけたソリディアは、彼女を抱き抱え、ひたすらにその名を呼び続けた。しかし無情にも彼女は、ソリディアの問いかけに答える事は無かった――。
「――む、いかんな。どうも歳を取ると物思いに耽ってしまう……」
そう言いながらも、自身の目に溜まっていた涙を軽く拭き取る。何よりもソリディアは疲れていた。
「兵士長、ちょっとこっちへ!」
「いたのか!?」
兵士に呼ばれ、ソリディアはそこに向かって走っていく。戦いの凄さを物語っているのは、地形の所々が変形している為、なかなか移動しにくくなっているというものだ。かつては森林地帯といえども平地であり、移動にはそこまで苦にならなかったであろう。
「いえ、ティーダは見つからないのですが、ティーダの剣らしき物が発見できました!」
兵士にその剣を渡され、直に確認するソリディア。
「うむ……。これは確かにティーダの剣だ。と、いう事はこの周辺にいる可能性が極めて高い。何とか全員で捜し出すんだっ!」
ソリディアは過去のトラウマと戦っていた。何とか見つけ出せても、そこにいたのは物言わぬ人の姿。あるいはティーダも、と考えてしまうと、いっその事見つからないでほしいとも考えてしまう。
「兵士長、いましたっ、ティーダです!」
「な、何!? それで、それでティーダは生きているのか?」
「……はい、生きています! しかし、かなりのダメージを負っているようです!」
兵士達は、皆ティーダ発見の場所へと向かう。そこにはファーストインパルスのダメージを受け、大小様々な傷跡が残るティーダがいた。
「ティーダ、しっかりしろっ、ティーダ!」
「…………っうぅ」
放っておいたら間違いなく死んでいたと思わせる外傷。いや生身の人間ならば間違いなく死んでいるだろう。軽く頬を叩きながら呼びかけたソリディアは、ティーダの意識が戻ってくれて、内心安堵していた。
「ティーダ、無事か!?」
「……こ、これが……無事に、見え、る、のか?」
「いや、すまない。とても無事には見えんな……」
「ラティ、オは……、あいつも、相当なダメージを、負った、は、ずだ。……恐らく、しばらくは襲撃、して、こな、い……だろう、な」
(――ラティオ? ティーダと戦っていた城国軍の兵士の名か……?)
ソリディアは、ティーダの口から出たラティオという名を覚えておく事にする。
「もういい。喋るなティーダ。今からサンバナの町へ戻り、この大怪我を手当てしてもらおう。……タムサン! ティーダを運ぶんだ、手を貸してくれないか!?」
「了解です! ソリディア兵士長」
――レジスタンス。城国軍。近年希に見る大規模な戦闘となった、サンバナの町を基点とした攻防戦は、その幕を静かに閉じた。この戦いに参加したレジスタンスは、およそ千五百人と言われている。正確な数は定かではないが、死者は七百人。重軽傷者は六百五十人といわれ、死者を多く出してしまったこの戦闘は、多くの人々に悲しみを植え付けた。
そしてティーダとラティオが激突した森林地帯は、後に黒の森林地帯と呼ばれる。大地はまた癒せない傷跡を残したのだ。
――サンバナ攻防戦の終結から、三日が過ぎた。ほとんどのレジスタンス達は、各々のベースキャンプ地へと戻っている。戦前とまではいかないが、たくましい町民達は少しずつ活気を取り戻し、サンバナの町は再び明るい町へと変わっていく。
しかし、この戦争で起きた悲しい事は、家族を、あるいは大切な人を失った者達だけの事では無かった。サンバナの町の町長が、自害してしまっていたのだ。突然の出来事で、町長に特に縁のあった者は、急遽作られた町長の墓の前で「支配の無い、平和な世作り」を誓い、ただ涙を流していた。
一方、大怪我を負っていたティーダは、既に三日目にて自力で動ける程になっていた。三日間、アルティロイドとしての強化自己修復を行っていた為である。強化自己修復とは、人間も持つ自然治癒力を、意図的に強化したものであり、何もしなければ数日で、どんな大怪我さえも治癒する事はできる。
「ティーダ。……おっ、さすがだね、もう動けるようになったのかい?」
パーシオン兵士の為に、借りた宿泊部屋の扉を、タムサンが控えめに開けてくる。
「普通に過ごす分には、このぐらいの治りで問題はないだろうな。ただ戦闘をするには、もう少しだけ時間がかかるな……」
ティーダは自身の右手を、握っては開いてを繰り返し、体の状態を確認する。
タムサンはそんなティーダの返答を、ただ苦笑いで流した。
「兵士長がね、ティーダが動けるようになったら、そろそろ出発するって言ってたよ。心残りな事があるなら、今の内に済ませておけよ、だってさ」
「心残り……。そんなものはない」
「あぁ、そうなの?」
それ以降のティーダの返事は無く、気まずい雰囲気に耐えかねたタムサンは、適当な挨拶をした後、いそいそとどこかへ行ってしまう。
「心残り……か」
一人呟くと、ティーダは部屋にある窓から、町の景色を眺める。天気は快晴といっても良いほどに、晴れ渡っており、三日前にはあれ程に殺伐としていたのが嘘のようである。
そんな景色を見ながら、ティーダは一つの文字通り心残りを思い出す。その心残りを消す為に、部屋を出ようと着替えを済ませるティーダは、ある事に気がつく。
「……俺の法衣はどこだ?」
いつも着ていた、アルティロイド専用に作られた戦闘法衣が見当たらなかったのだ。最も、ラティオのファーストインパルスを受けた為、その爆発に巻き込まれ、燃え尽きてしまった可能性もある。ふと見ると、ティーダの為に用意された服だろうか、パーシオンの兵士達が装備しているような、防護服があった為、ティーダはとりあえずその服を着てみる。服の大きさも、ティーダの大きさに合っているので、恐らくはソリディアかタムサンあたりが、わざわざ作ったのだろう。
(――だが甘かったな、ラティオ。お前のインパルスが完全に直撃していたら、間違いなくお前の勝ちだっただろうな)
ティーダは、ラティオとの戦いのあの瞬間を思い出していた。
それはラティオがファーストインパルスを放った際の攻防。弾かれた剣は、ラティオの左目を切り裂き、ラティオの目を奪った。それと同時にラティオのインパルスは、ティーダに直撃したかに見えた。しかし剣を弾かれたティーダは、腰に備えていたヴェルデフレインの鞘を使い、ファーストインパルスの直撃をかろうじて防いだのだ。ティーダは元々、剣を使い斬る事よりも、それを盾にして使い、攻撃を防ぐ事の方が得意分野なのだ。刹那の攻防で、ティーダは自分自身の癖に救われた。
(……ふっ、腕を上げたな。数年前までは、ただピーピー泣きわめくだけのガキだったのにな)
アルティロイドは幼い時より、全員が一緒にいた。決して本当の兄弟ではないが、それでも実の兄弟以上にお互いを意識していたのだ。ティーダはラティオの成長に、静かな笑みをこぼしていた。
――ティーダが真っ先に向かったのは、パーチャの運営する小さな道具屋である。ティーダ自身、正直な感想としてはパーチャが苦手な為、二度と立ち寄りたい場所ではなかったのである。パーチャは相変わらず、他の店が霞んでしまうぐらいの大声で、元気よく店を切り盛りしている。
「おや、ティーダじゃないか。良かったよぉ、アンタも無事に生きてたんだね!」
「……あぁ、まぁな」
実の息子が無事に戻ってきた、そんな感覚で喜んでいるパーチャ。パーチャの年齢を考えると、ティーダぐらいの子供がいても、おかしくはないのだ。
一人勝手に盛り上がっているパーチャを適当に流しながら、ティーダはこの道具屋に売られているはずのワセシアの花を探す。しかしいつもあったワセシアの花は、既にそこには置いていなかった。
(誰かが買っていったのか。……まぁ仕方のない事だ、俺だって別にそこまでほしかったわけでもない。それにあんな物を手に入れて、何がしたいんだティーダ?)
無表情に、ワセシアの花が置いてあった場所を見つめるティーダ。それにパーチャが気づき、申し訳なさそうな顔をする。
「あぁ……、ごめんね。実は昨日だったか一昨日だったかに、ワセシアの花を買いたいって人がいてね……」
「いや気にするな。何度も言うが、別に絶対にほしいわけでもなかった。それに俺は1000マーネしか無い。あの花は買えやしないさ」
「……ティーダ」
「じゃあな。多分、今日か明日にはこの町を出る。恐らく、二度と立ち寄る事も無いだろう」
軽い挨拶だけ済ませて、ティーダはパーチャと別れる。
(こんな誰がいつ死ぬかわからない時代だ。迂闊に人との縁を作るべきじゃない――)
そんな思考に耽っていると、後方からパーチャの大声で、ティーダを呼ぶ声がする。
(……やれやれ、まだ何か用なのか)
とりあえず呼んでるパーチャを見る。何かを持って手招いているようである。
「あれは……」
パーチャが持っているのは、ワセシアの花である。手招きながら接近してくるパーチャを、ティーダはただその場で待っている。
「ごめんね、この際だから嘘ついちゃった!」
「……嘘?」
「ワセシアの花は売ってはいないよ。アンタの為にちゃんと保管してたのさ!」
「おいおい、だから保管してたって俺はワセシアの花を買う金は……」
「1000マーネ!」
ティーダの言葉を遮るように、パーチャは持ち前の大声でそう叫んだ。
「サンバナの町が一時的とはいえ、平和になった記念で、特別価格の1000マーネでどうだ!」
「パーチャ……?」
唖然としているティーダと裏腹に、パーチャは豪快に微笑んだ。
「何でなのか、ってのは聞かないさ。お客がほしいというのなら、出来る限りの事はするつもりさね。さぁ、どうする!? 今だけ限定の特別値引きだよ!」
「……人間というのは、つくづく馬鹿ばっかりだな。最もそんな馬鹿と共に歩む馬鹿でありたいとは思うけどな。……ワセシアの花を買わせてもらうぜ、パーチャ!」
「毎度っ!」
持っていた1000マーネを支払い、ティーダはワセシアの花を受け取る。パーチャの説明によると、このワセシアの花は、敵味方問わず、装備者あるいは持ち主の願った人物に、特殊な防御壁を張り一度だけ攻撃から身を守ってくれる、という能力を持っているようだ。この際に発生する防御壁は一種の魔法という説もあるが、詳しい解明はいまだに進んではいない。
「ティーダ、またいつか来なよ! アタシはいつまでもここで店をやってるさっ! 若いアンタよりも長生きするよっ」
パーチャはそう言い残し、自分の店へと戻っていった。鬱陶しく思った町の活気も、今は非常に心地良いとさえ、ティーダは感じていた。
――そして、その日は念の為にという事で、宿屋に泊まらせてもらい、次の日の朝。
レジスタンスパーシオン。ティーダ、ソリディア、タムサン、以下数名の兵士達は、死闘が繰り広げられたサンバナの町を後にした。
出会いと別れ。それは万人に訪れる、避けられぬ悲しき運命である。だからこそ人々は、今を全力で生きている。