『自由と支え』
妻と知り合う前からずっと、夫には毎週末予定があった。
報酬はないが、地域活動の指導員だった。
活動のない日は、趣味の釣りも、友人と飲みに行く日もあった。
「行ってきなよ」
妻はいつも、そう言った。
その間、妻は家にいる。
食事を作り、洗濯をし、家のことを片付け、子どもたちの世話をする。
夫が帰ってくる頃には、
何事もなかったように、笑って迎えた。
夫は、自分は自由に生きさせてもらっていると思い、妻に感謝していた。
そして妻は、夫を自由にさせ、それを支えている自分が誇らしかった。
最初の頃は、夫は必ず言っていた。
「いつもありがとう」
妻は嬉しかった。
それだけでよかった。
けれど、年月が経つにつれ、お互いがその日々を「当たり前」だと思いはじめた頃には、
「いつもありがとう」
その言葉を聞かなくなった。
夫にとっては、妻が毎週末家にいることも、
自分は、その時間を当然のように一人で好きなように過ごしていることも、
すべてが「いつものこと」になってしまった。
夫婦や家族にとって、何の束縛もない自由な時間は、相手がそれを支えてくれていて、初めて成り立つものなのに。
夫はそのことを、すっかり忘れてしまっていた。
そして妻も、少しずつ変わっていった。
「今週も行くの?」
「たまには家にいてくれない?」
「私、あなたのためにずっと我慢してきたんだよ?」
夫は面倒そうな顔をした。
「今までいいって言ってたじゃないか」
その言葉が、妻には苦しかった。
――いいって言っていた。
確かにそうだった。
でもそれは、「夫が休みの日に、何をしてもいい」という意味ではなかった。
「やりたいことをして、あなたが幸せでいられるなら、それを支える」
そういう気持ちだった。
夫にそれは、全く伝わっていなかった。
妻は、自分が大切にしているものを取り戻そうとするかのように、
夫の自由を少しずつ制限していくようになった。
週末の予定を聞く。
帰宅時間を聞く。
誰といるのか聞く。
電話に出ないと責める。
「私よりそっちが大事?」
夫は、家に帰ることが嫌になっていった。
妻は思った。
――私はこんなにあなたを支えてきたのに。
――どうして今になって、私のことを邪魔者みたいに扱うの?
二人とも、
自分が相手に奪われていると感じているもののことばかりを、
考えるようになった。
夫は「自分の自由を奪われてる」と思い、
妻は「自分の愛情を奪われている」と思った。
そしてある日、
夫の心に別の女性が入ってきた。
妻がそれを知った時、
何より苦しかったのは、
浮気そのものではなかった。
「私があなたを支えてきた時間は、何だったの?」
夫は答えられなかった。
妻もまた、自分に問いかけた。
「私はいつから、この人を支えられなくなっていったんだろう」
二人とも最初の頃の気持ちは、もうすっかり忘れていた。
夫はずっと、自由を与え続けてくれていた妻へ感謝の気持ちを伝えるのを忘れた。
そして妻は、夫から伝えられなくなっていった感謝や、夫婦で過ごす時間が少ないことの寂しさで、
夫の自由を縛りはじめた。
自分や家族の時間を優先させようとし続けた。
最初は、確かな愛だった。
けれどその愛は、感謝が伝えられなくなると、
不満に変わった。
不満は束縛に変わった。
束縛は相手の中に、
逃げ出したい気持ちを生んだ。
そしてその逃げ出したい気持ちは、二人の間に、消えることのない距離を作り出した。
離婚が決まり、夫が家を出る日。
妻は、夫の背中を見ながら思った。
――あなたが自由に、やりたいことが出来るように、ずっと私は支え続けてきたのに。
夫は玄関を出ながら思った。
――妻に自由を奪われ続けた。最初は違う人だったのに。
二人とも自分の不満や、受けた痛みは、昨日のことのようによく覚えていた。
お互い最後まで、相手がその時、どんな気持ちでそこにいたのかを考えることはしなかった。
今相手が何を考えているか、
どう感じているか、
それを知ろうとはしなかった。
わかり合おう、
分かち合おう、
と、歩み寄ることや、
話し合うことよりも、
自分勝手な思い込みで、お互い、自分に都合よく相手の気持ちを解釈し続けた。
相手の非ばかりを責めた。
自分は被害者だと思い込んでいた。
夫婦関係は、突然壊れるようなものではない。
相手からの「ありがとう」の言葉が、
消えていったその日から、
少しずつ、少しずつ、ゆっくりと崩れ出す。
崩れはじめてしまったことに気づかなければ、その崩壊をとめる手段はどこにもない。




