レンチこそ至高
棺桶一号が六本脚を構えたところで、俺はヤードの端に止めてある弾薬運搬用小型車を顎でしゃくった。
「よし、じゃあノミ棺桶一号の搭乗員以外は脱出だ」
荷台に、搭乗から"溢れた"隊員が集まる。
「お前らには仕事をやる。
援軍の“背中押し”だ。
撤退路A三をそのまま遡って、集結点Bまで走れ」
「背中……ですか?」
「そうだ。お前らの仕事は“喋る”こと」
俺は地面に指で簡単な図を描く。
「第七戦車連隊は、今ごろ峠を這ってる最中だ。
回り蜘蛛二両と黒蜘蛛の群れは、その尻っ尾を食いちぎりに向かってる。
その途中に、ここがある」
「ここは、我々のいるところですね」
「そして、この敵機甲の進路上に、このノミ棺桶一号を突っ立てる。こいつで時間を削る。
その隙に、お前ら尾根の裏を走って集結点Bまで抜けろ。
そして“何やったか”を上にぶちまけてこい」
「何やったか、って……」
「回り蜘蛛アインヘルから腰輪と脚もいで、新型ノミ棺桶作って、双炉ぶん回して敵機甲を引きずり回しました、ってな。
それを聞いて、“ここが最適”って判断できねえ上官がいたら、俺が会ってみてえよ」
戦闘員の一人が、鼻で笑った。
「……了解。班長の悪ふざけ、一言違えず報告します」
「ふざけてるかどうかは、上に決めさせろ」
俺は小型車の荷台を叩く。
「さあ行け。
間に合わなくてもいいから、全部喋ってこい。
こっちはこっちで、いい具合に目立っておく」
小型車が唸りを上げて走り出す。
土煙の向こうに、六脚の黒い群れがちらついていた。
俺は棺桶一号の側面を叩き、ハッチを開ける。
「操縦手、整備、早く乗れ」
二人は手慣れた所作で配置につく。
「操縦手、中の制御が死んでたら、今のうちに文句言え」
「……生きてますけど、班長の顔見てたら死ぬ気がしてきました」
「違いねえ。
整備、盤を見る目は残ってるか」
「はい! 炉圧と脚荷重、寝言言いながらでも読み上げられます!」
「上等。
ここから先はーー“走りながら直す”だ」
「走りながら……直す?」
「止まったらそこで仕事終わりだろ。
だったら、壊れながら走る方がマシだ」
俺も砲塔のハッチから中に潜り込む。
砲塔後部の隙間に膝を突き、炉から伸びる伝導管と即席バルブに手を伸ばした。
「操縦手、ノミ一号、前へ。
目標は“回り蜘蛛二両がこっちを振り向くまで”だ」
「了解……したくないですけど了解です!」
棺桶一号が、六本脚を沈めて走り出す。
普通の戦車の「走る」とは違う。毎歩ごとに小ジャンプを挟みながら、蛇行するように前へ出る。
「敵機甲、距離八百! 黒蜘蛛列、進路変わらず!
回り蜘蛛二、まだ隊列中央!」
見張り台の声が、ノイズと共に無線から怒鳴り込んでくる。
「よし、まだこっちに気付いてねえ」
ヤードを出て、丘の斜面を転がるように駆け下りる。
六脚が地面をざくざくえぐり、ノミ棺桶の影が土煙に伸びる。
「操縦手、左に大きく蛇行。ローデン炉三割、帝国炉四割。
“まっすぐ走るふりをして、ちょっと角度つけろ”」
「何ですかその注文!」
「釣りで大事なのは、『マヌケそうに見せること』だ」
「敵機甲、距離八百! 黒蜘蛛列、射撃開始!
ーー照準は第七戦車連隊の背中、進路変わらず!」
見張り台からの声が響いたかと思うと、砲弾が頭上をかすめる。
直後、少し後ろの斜面で爆ぜ、土柱に背中を叩かれる。
「炉圧、どんなもんだ!」
「ローデン炉、脚系統五割まで上昇!
帝国炉、腰輪系統に妙な脈があります!」
「妙な脈ってなんだ!」
「魔力の波が揃ってない、って意味で!」
「持病持ちだったか!」
ちょうどそのとき、右後脚の付け根で、嫌な音がした。
ギチ、と金属が噛む音のあと、車体が右に傾ぐ。
「後脚四番、荷重メーター一段飛びで上昇! シリンダー、どっか折れてます!」
「操縦手、右に傾いた分だけ、左前脚で掻け!
腰輪、半目盛り右! 転びそうになったら脚を畳め、踏ん張るな!」
「想像したくない、気持ち悪い動きになりますよ!」
「めちゃくちゃに走ってナンボだ、遠慮すんな!」
棺桶一号が、道のない斜面を跳ねながら駆ける。
黒蜘蛛の砲弾が、さっきまでいた地面を削った。
「敵回り蜘蛛二、進路変更!
一両、棺桶一号に向けて進路転換! もう一両は第七戦車連隊追撃継続!」
見張り台の声が変わる。
「よし、一両こちらに釣った。あと一両だ」
砲塔の中が、一瞬だけ青白く光った。
次の瞬間、装甲の外側を何かが叩き、車体が大きく跳ねる。
「被弾! 前面右、浅く貫通!
ローデン炉、圧力一段減! 伝導管どっかやられてます!」
「操縦手、今の角度で走り続けると、次の一発で死ぬか?」
「……はい!」
「よし、じゃあコース変えるな」
「はいぃ!?」
「“次ので死ぬ”って思わせとけ。
欲張った熟練ほど、手元が狂う」
俺はハッチを蹴り開けた。
熱と煙が吹き込み、顔をしかめる暇もなく、上半身を外へ出る。
「整備、盤読み上げろ! 炉圧、脚荷重、腰輪、全部だ!」
「ローデン炉、圧ちょい下がり! 帝国炉、腰輪系統に逆流の兆候!
後脚四番の荷重、赤帯の一歩手前!」
「ハハ、いい感じに壊れてきた!」
俺は片手で砲塔の縁を掴み、もう片方で即席バルブに手を伸ばす。
焼けた金属の熱が手袋越しに刺さり、指先が痺れる。
「ローデン炉の脚系統、三分の一だけ絞る!
代わりに帝国炉から腰輪に回してた分を、前脚に回せ!」
「そんなことしたら、跳ね方がおかしくなります!」
「今よりマシなら全部正解だ!」
バルブをひねる。
魔力の流れが変わる感触が、配管越しに腕を焼く。
棺桶一号が、今度は前のめりに跳ねた。
黒蜘蛛の砲弾が、その下をかすめて地面に突き刺さる。
「敵回り蜘蛛二両目、進路変更!
第七戦車連隊追撃から、棺桶一号側へ!
ーー第七戦車連隊、最後尾が峠の稜線を突破! 視界から外れます!」
「聞いたか操縦手!」
俺は歯を食いしばりながら笑った。
「仕事の半分は終わった。あとは俺たちが生き残るだけだ」
「“だけ”って言いましたか今!」
「言った。だからもう一丁、馬鹿な真似するぞ」
前方、回り蜘蛛アインヘルが一両、こちらに腹を向けていた。
低い楔形車体の上で腰輪が回り、六本脚が地面を掴んでいる。
「……班長、正面から撃ち合ったら勝てる相手じゃないですよ」
「撃ち合わねえよ。あいつの照準の上を通り抜ける」
「上!? さっきのジャンプ、脚一本折れかけたんですよ!?」
「じゃあ折り切るだけだ」
俺は再度ハッチから身を乗り出し、煙の向こうの回り蜘蛛を睨む。
「敵さんの腰輪は、平らな地面でこそ真価を発揮する。
だったら地面ごと外してやるのが礼儀ってもんだろ」
「礼儀の意味知ってます!?」
「見張り台!」
「聞こえてます!」
「回り蜘蛛との距離!」
「三百! 黒蜘蛛列も射界に収めつつ接近中!」
「よし、ここだ」
俺は砲塔を外側からゴンと叩き、声を張る。
「操縦手、最後の大技だ。
さっきのテストジャンプより、ちょい控えめでいい。
回り蜘蛛の射線の“上”、ぎりぎりかすめる高さを狙え」
「無茶言うなバカ、って言っていいですか」
「言っていい。やるのも前提でな」
「了解! バカ!」
「ローデン炉、脚系統七割、帝国炉、前脚六割、腰輪二割!
腰輪、事前に半目盛り右!
跳んだら腰輪触るな、そのまま受けろ!」
「了解!!」
六本脚が沈み込む。
テストのときよりもわずかに浅く、それでも戦車とは呼びたくないほど深く。
ノミ棺桶一号が、土と砲煙を蹴り上げて空へ飛び出す。
回り蜘蛛の砲口が、こちらに向けて火を噴いた。
砲弾がノミ棺桶の腹をかすめ、装甲片が剥がれ飛ぶ。
「うおおおおおおお!!」
操縦手の絶叫ごと、棺桶一号が回り蜘蛛の射線の上を飛び越えた。
足元で黒蜘蛛の列が小さく見える。
その向こう、遠くの稜線の上に、味方の砲撃煙が花みたいに開き始めていた。
ーー応援、ちゃんと判断できたな。
そんなことを考える余裕が、一瞬だけあった。
「中後脚で受けろ! 前脚は、倒れそうになったら突き刺せ!」
「り、了解!!」
着地の瞬間、全身の骨が縮んだ。
回り蜘蛛の列のすぐ向こう側、谷側の斜面に、ノミ棺桶一号は斜めに突き刺さる。
後脚が悲鳴を上げて折れ、中脚が地面をえぐる。
前脚を土にめり込ませて、どうにか横転だけは食い止めた。
腰輪のどこかが砕ける音がして、車体が止まる。
耳の奥がじんじんする。炉の唸り声だけが、現実を繋いでいた。
「……生きてます! 炉一番、圧力下がりっぱなし! 炉二番、腰輪系統死にました!
脚は、左右後ろ完全に沈黙! 残り四本!」
「上等だ。四本も残るたぁ贅沢だ」
俺はハッチからずるりと中に滑り込む。
腕の皮がところどころ焼けて、つなぎが焦げていた。
「操縦手、まだ動けるか」
「前と中脚は、たぶん……」
「じゃあ、遠くで雷鳴ってる方へ這っていけ。
あれは俺たちの味方の砲だ」
「了解……!」
ノミ棺桶一号は、もはや“跳ねる”機械ではなかった。
脚を引きずり、砲塔を杖にして丘の陰へと退いていく。
後ろで、敵の砲声と味方の砲声が入り乱れる。
回り蜘蛛の悲鳴のような金属音も混じっていた。
十分か、二十分か、それとももっとかかったか。
時間の感覚が曖昧になったころ、俺たちはようやく第七戦車連隊の後方陣地に引きずり込まれた。
「ーーで、これが問題の“ノミ棺桶一号”とやらか」
少将級の肩章を付けた偉い奴が、臨時司令所のテントの中から半壊した六脚の残骸を睨む。
「命令違反、資材の無断転用、敵新型の無許可改造運用。
書き出したら三枚では足りんな、ダコウ曹長」
「四枚目からは武勲書きに回してください。紙がもったいねえ」
俺は腕に巻かれた包帯をぷらぷらさせながら答える。
「結果として、回り蜘蛛二両のうち一両は脚をやられ、もう一両は峠を越える前に足止め。
補給路は無傷。第七戦車連隊は再編中。
おまけに、敵の新型一式の“分解図”までタダで手に入りました。……違いますか、閣下」
偉い奴は盛大に舌打ちした。
「お前みたいなのがいるから、俺の胃に穴が空く」
「戦場で胃に穴が空くだけなら、かすり傷です」
「黙れ」
そう言いつつも、副官に向き直る。
「回り蜘蛛アインヘルの腰輪と脚ユニット、それからこの“ノミ棺桶一号”の炉配置と脚配置。
図面に起こして工廠に回せ。“処罰は戦後検討”と付けておけ」
「はっ。……それは実質、不問という意味で?」
「戦が続いてるうちは、バカの図面でも役に立つ。
終わってからまとめて怒鳴る」
そう言って、偉い奴は俺の方を睨んだ。
「いいかダコウ曹長。次に勝手をやるときは、最初から俺に話を通せ」
「通したら止めるでしょう」
「止める。だからこそ先に通せ。
止めても止まらない話だけ、俺の机に残せ」
……なるほど。そういう意味なら、考えてもいい。
「検討します」
「検討じゃない、命令だ。
二十分で棺桶一両作る腕があるなら、
二秒で“やる価値があるかどうか”を考える頭もどこかに付けておけ」
テントを出ると、夕陽がエッケルト回廊の向こうに沈みかけていた。
丘の影で、半壊したノミ棺桶一号が静かに冷えていく。
整備兵の一人が、俺のレンチを肩に担いで横に立った。
「班長。結局、あれ、まともに走れたの数分だけでしたね」
「上等だろ。二十分で作って、二分でも戦線を動かせりゃ御の字だ」
「……そういうもんですか」
「そういうもんだ」
俺は整備兵からレンチを受け取る。
肩に担ぎなおして、ようやくいつも通りだ。
レンチは夕陽にあてられ、金色に光り輝いている。
「レンチ一本あれば、敵の新型を殴って、味方の撤退路を一本守れる。
これが明日に繋がっている」
「……明日、ですか」
「戦争が続く限り、どこかで誰かが作るのさ。
ノミでも、ゴキブリでも、ダンゴムシでもいい。
レンチ持ったアホどもが、明日を繋ぐゲテモノを生みだすんだ」
俺は最後にもう一度、棺桶一号の装甲をゴン、と叩いた。
「ご苦労さん。お前の後輩は、もうちょっとマシにしてやる」
レンチの感触が、まだ熱の残る鋼鉄を通して、掌に返ってきた。




