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二十分で作る、棺桶一両


「よし、やるぞ。二十分で棺桶一両だ」



 俺はレンチを肩に担ぎ直し、ヤードにずらりと並んだ鉄くずの山を見渡した。


「砲塔生きてる鋼蟹は顔班。

 炉が生きてる鋼蟹は心臓班。

 回り蜘蛛と小蟹は脚と皮班だ。

 勝手に班組んで動け。細けえ説明は作りながらする」


 戦闘員の何人かが小さく笑った。

 「作りながら」は、第三前進整備中隊では平常運転だ。



「顔班、あれだ」


 脚をもがれて腹這いになっている鋼蟹の車体を、レンチの先でゴン、と叩く。


「砲塔リングと旋回機構だけ外せ。これがうちの“顔”だ」


「了解!」


 戦車の顔ってのは正面装甲じゃなく砲塔だ。敵への睨みであり、味方への看板でもある。


 火花が散り始める。鋼蟹の胴体がみるみる骨まで剥がれて、砲塔基部だけが露出する。




「心臓班!」


「はい!」


「炉が生きてる鋼蟹から、魔力炉と主伝導管、それから補助ポンプ一式を丸ごと引っこ抜け。

 終わり次第、回り蜘蛛アインヘルからもな」


「冷却フィンを一枚でも折ってみろ。

 そいつがお前の二つ名だ。死ぬまで言ってやる」


「勘弁してくださいよ……やります!」


 炉の唸り声が一瞬高まり、配線が外されていく悲鳴に変わった。




「皮班と脚班!」


「ここです!」


「皮班は、補給用小蟹以外の胸甲と腕を片っ端から剥がしてこい。

 胸甲は顔の周り、腕は肩と脇腹だ」



「脚班は、回り蜘蛛アインヘルの腰輪と脚ユニット、全部もぎ取れ。

 軸ごと抜いて輪っかと脚だけ残せ」


「腰輪って……敵国の新型構造ですよ!? 取り方なんてーー」


「自軍機だって教本なんて読んだことないだろ、安心しろ」


 好き勝手ぼやく余裕があっても、止める余裕はない。

 分かっているからこそ、手はちゃんと動いていた。




 丘の向こうから、六脚の足音がかすかに伝わってくる。

 黒蜘蛛と回り蜘蛛が土を叩く音は、耳に馴染んだ嫌なリズムだ。あれが近づく前に、一両。


「ダコウ班長!」


 見張り台から声が飛ぶ。


「敵機甲、距離四千! 黒蜘蛛八、軽脚車両十前後、回り蜘蛛二!

 速度変化なし、進路、整備拠点方向!」




 俺は手を止めないまま、暇そうにしていた戦闘員に言い聞かせる。


「敵は平らな地面で真っ直ぐ撃つのが得意だよな?

 こっちは、これから"地面ごと外す"のを作る」


「……はい?」


揺動(ようどう)ってのはな、横だけじゃねえ。

 縦にだってできるってことよ」



 ぽかんとした顔がこちらを見る。

 今はそれでいい。出来上がる前に覚悟してくれれば。



 


 砲塔の生きてる鋼蟹は、綺麗に腹を裂かれていた。

 薄い装甲板が剥がされ、砲塔リングのついた上半身だけが骨組みの上に残る。




「砲塔の歯車、欠けは?」


「なしです! 昨日の夜まで前線で回ってたやつなんで!」


「上等。そいつがうちの顔だ。脚は後からくっつける」



 心臓班が、炉を台車に載せてごろごろと押してくる。

 鋼蟹由来のローデン炉だ。図面では“標準出力”なんて上品な言葉が書いてあるが、前線では“限界まで焚いていい側の心臓”って意味だ。



「ローデン炉は後脚側に回す。踏ん張る方だ」


「……一応聞きますけど、前脚側はどうするんです?」


「さっき指示しただろ」


 回り蜘蛛を、顎でしゃくる。


「帝国製の心臓を、前脚と腰輪に繋ぐ。勿体ねえからな。

 それで“出力足りねえ問題”はまとめて解決だ」


「双炉なんて前代未聞ですよ! そんなの制御が……」


「制御したいなら工廠に帰れ。

 前線じゃ生き残るために、遊び倒すんだよ」


 


 回り蜘蛛の腰輪は、見れば見るほどよくできていた。

 低い楔形車体から切り離された黒鉄色の輪に、六本の脚が花みたいに付いている。

 脚の根元はボルトと魔導ピンで留まり、輪ごと回せば脚の向きがまとめて変わるーーなるほど、本当に“腰”だ。



 俺は輪の中心を覗き込み、足元の鋼材を指で示した。



「この上に、さっき剥いた鋼蟹の砲塔モジュールを載せる。

 真ん中じゃなく、ちょっとだけ前寄りにな」


「前寄りに、ですか?」


「そうだ。重心をわざと前に落とす。

 “まともに歩きたい”やつには扱えねえ腰だ。俺たちにはちょうどいい」


「ますます分かりません!」


 若い整備兵の悲鳴みたいな声に、俺は笑った。


「動き出したとき、嫌でも分かるさ」




 腰輪の上に、鋼蟹の砲塔モジュールを載せるための即席フレームが組まれていく。

 回り蜘蛛の黒鉄色と、鋼蟹の鈍い灰色と、小蟹の擦り傷だらけの胸甲が、溶接の光で一緒くたに溶けだした。



 前脚側には、回り蜘蛛の細長い脚を二本。

 中と後ろには、鋼蟹の太い脚フレームを四本。



「前は探る脚。後ろは受け止める脚だ。

 細い方で地面をつかんで、太い方で地面をえぐる」



 整備兵たちが、眉間に皺を寄せながらも、黙ってボルトを締めていく。

 既存の鋼蟹でも黒蜘蛛でも見たことのない脚配置だ。

 立ち上がる姿を想像した何人かが、小さく肩をすくめた。



「……班長、これ、歩き方からして別モンになりますよね。

 鋼蟹用の水平器とか、当てにならなくなりそうですけど」


「なるな。それでいい」


「いや、“いい”で済ませていい話ですか?

 脚も炉も腰輪も寄せ集めで、どっち向いてどれだけ傾いてるか、誰も分からなくなりますよ」


「それだ」


 俺は砲塔の骨組みをゴン、と叩いた。



「砲塔は“顔”、炉は“心臓”、脚と腰輪は“手足”だ。

 今のこいつには“脳”がねえ。

 どれだけ傾いてて、脚にどれだけ荷重が掛かってるかーー全部まとめて考える脳だ。

 鋼蟹の盤じゃ追いつかねえが、帝国の新型にはそれっぽいのが付いてるはずだ」



 視線を向けた先、回り蜘蛛の砲塔があったはずの位置は、きれいさっぱり吹き飛んでいる。



「ご覧のとおり、持っていかれてる」


「じゃあどうするんです?」


「生きてるうちに、脳入りの頭をもらってくる。

 それまでは操縦手の腕の見せどころだ」


 


「さて、小蟹の胸甲はどうだ」


 砲塔リングの脇から前面にかけて、胸甲を巻き付けていく。

 砲塔を中心に、ぐるりと縁取りみたいな輪郭が出来上がっていく。

 肩のあたりには小蟹の腕を切って貼り付ける。余った関節部分は、そのまま増加装甲として重ねた。


「……なんか、ツラ悪い“おもて”になってきましたね」


「いいツラだ。

 戦車の顔は砲塔だが、その面構えを決めるのがこういう飾りだ。

 前線で見た歩兵が、『あのゲテモノはダコウ班の仕業だ』ってひと目で分かる」


 


「班長!」


 心臓班が汗を拭いながら叫んだ。


「ローデン炉、接続完了です! 後脚四本と砲塔系統に繋ぎました!」


「よし。帝国炉の方は?」


「前脚二本と腰輪に直結しました! 冷却は……小蟹のフィンを無理やり付けましたけど、ちょっと不安です!」


「不安で済んでるなら結構!」


 俺は二つの炉それぞれで、最低限のバルブだけかませた即席配管になっているか確認する。


「双炉の出力調整なんぞ知らねえ。

 走るときは両方焚く。止まるときは両方落とす。

 喧嘩したら、そのとき考えろ」


「戦場できっちりしてるのは墓標だけだ」



「班長、脚の信号は操縦席のレバー直結ですよね?

 この脚配置で、今までの“前に一本倒して、後ろ四本で押す”感覚は通用しない気が」



「こんな脚回りに、ちゃんとした制御かませる余裕はねえ。

  だから脚の動かし方はレバー直結で、操縦手の腕に覚えさせる。

 “脳”を載せたら、『今どっちにどれだけ傾いてるか』だけそいつに喋らせりゃいい。

 それくらいの仕事分けなら、戦場で通用する」


 


 時間は、もうとっくに二十分を過ぎていた気もするし、まだ十分しか経っていない気もした。

 見張り台からの声が、現実だけを切り取ってくる。


「敵機甲、距離二千! 黒蜘蛛が散開開始、軽脚車両が前に出ます!

 回り蜘蛛は中列、進路変わらず!」


「十五分くらいだったか」


 俺は砲塔に手を置き、ぐっと力を込めた。


「よし、一回、立たせてみるぞ。操縦席に入れ」


「まだ、盤が……!」


「動くかどうかは足で決める。脳は後だ」


「了解……!」



 操縦席に潜り込んだ操縦手が、震えた声で返事をした。

 俺は砲塔の外、装甲に手を当てたまま耳を澄ませる。

 初めて立たせる脚の動きは、外から見ておきたい。




「ローデン炉、点火!」


 低い唸り声がヤードを震わせる。

 鋼蟹の心臓だ。


 何度も聞いた音だが、今日は少し違って聞こえた。



「帝国炉、点火!」


 もう一つ、少し高い音色の唸り声が重なる。

 二つの炉の鼓動が、ヤードの床板の下で殴り合っているみたいだ。



「後脚、ゆっくり立て。前脚は半歩遅らせろ。

 腰輪はまだ触るな、脚だけでいけ」



 六本の脚が、ぎこちなく動き始める。

 まず鋼蟹の太い脚が地面を押し、腹を持ち上げる。

 続いて回り蜘蛛の細い前脚が、地面を探るように角度を変えながら伸びる。



「おお……立った……!」



 誰かが息を飲んだ。

 寄せ集めの棺桶が、六本脚を震わせながら、ゆっくりと腰を上げていく。

 脚は意外と素直に地面を掴んでいた。



「……気持ち悪いですね、班長」


「褒め言葉として聞いておく」


 


「よし、歩行試験だ。

 後脚にローデン炉、三割。前脚に帝国炉、二割。腰輪は今の位置のまま。

 “踏み出す”たびに少しだけ沈んで、少しだけ押せ」


「了解!」



 六本の脚が、順番に沈んで持ち上がる。

 一歩、前脚が地面を探り、中と後ろの脚がぐっと沈んでーー。


 棺桶が、土煙と一緒に前へ三メートルほど跳ねた。



「うわっ!?」「ちょ、ちょっと!」


 二歩目も同じだ。沈み込んで、跳ねる。三歩目も。

 普通の鋼蟹なら、脚一本ずつじりじり進むところを、こいつは一歩ごとに段差を飛び越えるみたいに前へ出る。



「……これ、歩いてるって言っていいんですかね」


「いいんだよ。新しい“一歩”だ」



 脚の動きは、見慣れたどの戦車とも違っていた。

 前脚が前を探り、中と後ろが沈み込んで、まとめて地面を蹴る。

 蜘蛛でも蟹でもない、妙なリズム。整備兵たちが顔を見合わせる。



「班長、やっぱりこれ、脳なしはマズいですよ。

 乗ってるやつ、自分がどこに落ちるか分かんないですって」


「今は『転ばずに戻ってくるか』だけ見りゃいい。

 脳については後だ。"アテ"がある」



「操縦手! これが揺動(ようどう)の“歩き”だ。

 敵の照準は、まっすぐ走るやつしか習ってねえ」


「横転しそうで分かりません!」


「まだ大丈夫だ。本当に横転しそうなのは、これからだ」


 


「本気の跳躍、一回だけ試すぞ」


 ヤードに、短い沈黙が落ちた。


「はっ?」


「班長、今のが“歩き”で、本気は……?」


「六脚全部沈めて、一気に伸ばす。

 ローデン炉、脚系統七割。帝国炉、前脚と腰輪五割」


 俺は操縦手に向かって怒鳴る。


「いいか。

 着地は中と後ろの脚で受けろ。前脚は補助だけだ。

 あと腰輪を触るな。向き変えたくなっても我慢しろ。

 今言ったことを覚えてから跳べ」


「覚えましたけど覚えたくなかったです!」


「上等。三、二、一、ーー踏み切れ!」


 六本の脚が、一瞬、地面に沈み込む。

 鋼鉄の腹が土を舐めるほど落ちて、シリンダーの中に魔力がぎゅう、と押し込まれる気配がした。


 次の瞬間、ヤードの土が爆ぜた。


 六本の脚が同時に伸び、寄せ集めの鋼鉄塊が、戦車のくせに空へ飛び上がる。

 ヤードを覆っていた波板の屋根を、砲塔が下から突き破った。

 錆びた鉄板と木枠が砕け散り、棺桶はその隙間を抜けて、ヤードを見下ろすように高く昇る。


「うおっ!?」「マジで飛んだ!」


 見上げる整備兵たちの頭上、十メートルはある高さで、棺桶がひと呼吸分だけ静止したように見えた。

 そしてそのまま胴体の向きがじわりと前へ傾く。



「うあああああああーー!」


 叫び声ごと、棺桶は前方へ滑り落ちる。

 中と後ろの脚が先に角度を変え、地面を迎えにいく。


 ドン、と鈍い音がして、鋼鉄が土を押し潰した。

 太い脚がめり込み、ヤード全体がぐらりと震える。

 棺桶は……ぎりぎりのところで、横転せずに立っていた。跳び出した位置から、軽く三十メートルは前に出ている。



「……生きてます! 炉一番、圧力オーバーぎりぎり!

 炉二番、冷却が追いついてません!」



「いい跳躍だ。

 見立て通り、双炉でなんとかってとこだな。

 次やったら脚も炉も死ぬな」



 操縦席の中から、心底勘弁してほしいという息が漏れる。



「班長……今のもう一回やって成功する保証がないです」


「保証書なんてあるもんか。棺桶なんだから贅沢言うな」


 誰かが震えながら笑った。


 


「見張り台!」


「はい!」


「敵の顔、今どうなってる」


「黒蜘蛛、距離千五百! さっきの跳躍を見たのか、

 軽脚車両一両が隊列を離脱! 整備拠点方向へ直進、速度増加中!」




 やっぱり釣れたな。

 戦場に一人はアホがいるもんだ。


 軽脚車両ランナー。帝国の六脚軽装甲車だ。

 装甲は薄いが、歩行系統は"回り蜘蛛と同系統"の足の速い親戚だと、前線の噂で聞いていた。



「武功狙いだな。あの高さまで跳ぶ鉄塊なんか、撃ち落とせたら勲章ものだ。

 ……ククッ。“脳付き”を手に入れるチャンスが転がってきた」



 


「砲塔班!」


「はい!」


「ヤード脇の予備砲床に、まだ使える主砲が一門あったな」


「あります! 旋回は手動、射高だけ魔導シリンダー生きてます!」


「よし、そいつで足元を撃て。

 分かってると思うが、棺桶は動かすな」



 砲手の一人が、予備砲床に駆け込んでいく。

 屋根の抜けたヤードの脇から、残った鋼蟹の砲を、手回しで敵に向ける。



「距離、八百! 軽脚車両ランナー、砲塔正面こちら!」


「砲手、足首狙え。転ばせりゃ十分だ」


「了解ーー発射!」



 轟音。

 砲口炎がヤードの横を薙ぎ、砲弾がランナーの片脚付け根を抉り取った。



 敵車両は悲鳴を上げるように傾き、そのまま地面に横転する。

 敵の砲塔は虚空を撃ち、外れた弾が丘の向こうの空を裂いた。



「よしよし」


 俺はレンチを肩に担ぎ直した。


「小蟹一体、俺と一緒に来い。

 棺桶に足りねえ“脳”をもぎ取りに行くぞ」


 



 補給用小蟹がぎくしゃくと動き出す。

 六脚の小さな外骨格式スーツの背中にしがみつく形で、俺はヤードを飛び出した。



 横倒しになった帝国の軽脚車両が、砂埃の向こうに見えてくる。

 車体の側面に刻まれた紋章が、まだ誇らしげに光っていた。



「ハッチ、ここです!」


 小蟹の腕が装甲を持ち上げて押さえる。

 俺はレンチを両手で握り、ハッチ周りのボルトに思い切り叩きつけた。


 ガン、ガン、と鉄が悲鳴を上げ、魔導ロックの刻印がひび割れて(かんぬき)が歪む。

 内側から必死で押さえる気配ごと、もう一発叩き込む。


「オラ、開けろ! 用があるのは鉄の方だ!」


 三発目で、ハッチが内側へ跳ねた。

 中から短い悲鳴と、慣れない銃声が一発。

 鉄板の内側で弾けただけで、俺までは届かない。



 覗き込んだ中には、兵士が二人転がっていた。

 一人はシートベルトをしたまま気を失い、ひとりだけが目を見開いて、半分這い上がるように銃を握っていた。

 まだ顔にひげもない。




「そりゃあ十五分でここまで突っ込んでくるな。

 ご苦労さん」


 レンチの柄でこめかみに軽く一発くれてやる。

 若い帝国兵が、銃を取り落としてシートに崩れ落ちた。



「殺さないんですか」


 小蟹の中から息を呑む音がする。


「機械がなきゃ、生きてる人間はお荷物さ」


 


 車内を覗き込む。

 視線の高さに、見慣れない魔導盤があった。


 指針の代わりに小さな光点が幾つも浮かび、その周りを淡い魔法陣が回転している。

 これを外せば、ここの搭乗員じゃ二度と六脚を立たせられないーー"思った通り"の顔つきだ。



「傾きと回転を見てるやつだな。回り蜘蛛系の脚と腰輪の制御に繋がってる」


 盤の裏へと伸びる魔力伝導管が、今なお脈打つように震えていた。




 俺は魔導盤を支えている枠をレンチで叩き折り、そのまま引き千切った。

 魔力伝導管が数本、ぴん、と悲鳴を上げてちぎれる。



「……班長、それ、生きてるまま抜いて大丈夫なんですか」


「こういうのは"多少"外れても問題ないようにできてるもんさ。

 もっと言うと試験は敵さんがやってくれてんだ。

 俺たちは動作保証付きを拾った。これほど安全な話もねえ」



 


 ヤードに戻ると、棺桶はまだ土埃を被ったまま立っていた。

 六本脚のうち、鋼蟹脚が四本、深くめり込み、回り蜘蛛脚が不安げに地面を探っている。

 さっき飛び上がったときにぶち抜いた屋根の穴から、曇った空が覗いていた。



 俺は装甲にレンチでゴン、と挨拶代わりに叩く。


「いい跳び方だが、あともうちょいだ」


 砲塔内側の側壁に、魔導盤と表示盤をねじ込む。

 二つの炉と腰輪の系統から分岐させた細い魔力伝導管を、バルブを噛ませてまとめてそこへ突っ込んだ。



 魔法陣がじわりと光り、光点がふらつきながらも一つの位置に集まり始めた。



「班長」


 さっきから棺桶を見上げていた若い整備兵が、言いよどんでから、ぽつりと言った。


「地面から屋根まで一気に行って、また落ちてくる感じが、こう……」


「床から天井まで跳ぶ、あのちっちゃい虫に似てますよね」



「ようやく分かったか」



 俺はニヤリと口角を上げた。





「ノミにしてやった」



 


 見張り台から、再び声が響く。


「敵機甲、距離千! 黒蜘蛛隊列展開、軽脚車両が左右を抑えます!

 回り蜘蛛二、いずれも中列、進路、整備拠点方向!」


「よし」


 俺は砲塔の側面を叩き、怒鳴った。



「聞け、棺桶一号!

 お前は六本脚に、世界で初めて炉を二つ積んだ“跳ねて揺動する”棺桶だ!」


「そんなアオリ初めて聞きましたよ!」


「誇れ。図面に載ってねえってことは、失敗しても誰も責めねえってことだ!」



 整備兵たちが笑う。

 笑いながらも、誰も手を止めない。ボルトを締め、溶接を冷まし、伝導管の漏れを布で縛る。



「いいかお前ら」


 俺はヤードをぐるりと見渡した。


「真っ直ぐな戦車は、もう前線で全部燃えた。

 残ってるのは、こういう蛇行しかできねえ一両だけだ。

 こいつで戦線を一ミリでも揺らせたら、上等だろう?」


 返事の代わりに、また工具箱の蓋が閉まる音がした。




「よし。棺桶一号、準備完了だ。

 蛇行ルートの先頭に立つのは、お前だ」



 六本脚が、低く構え直す。

 双炉の鼓動が、エッケルト回廊の土の中にまで染み込んでいくようだった。


 二十分で寄せ集めた棺桶一両がーーようやく、跳ぶ準備を整えた。


【2025/12/18】敵機数修正漏れ対応

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