ゲテモノメーカー
ローデン王国軍とアイゼル帝国軍が殴り合いを始めて、もう三年になる。
その東部戦線のど真ん中ーーエッケルト回廊と呼ばれる狭い平原地帯に、俺の職場はあった。
ローデン王国軍・東部方面、第六機甲師団。
その前衛を張っていた第七戦車連隊の、さらに前線寄り。
丘のくぼみに掘っ立て小屋と鉄板と穴だらけの整備ピットを並べただけのここが、「第三前進整備中隊」、通称ダコウ班の巣だ。
この七日間で、ここを通り過ぎた六脚魔導戦車《バスティオンⅡ》は三十両。
通称「鋼蟹」。身の詰まった装甲箱に、左右三本ずつの"太くて重い"脚フレームを生やした、ローデン王国自慢の主力中戦魔導車だ。
俺たちが叩き直して前線に送り返した鋼蟹は十五両。
戻ってきたのは、脚をもがれた鋼蟹と、悪運の強い乗組員だけ。
それでもレンチは回し続けた。
ボルトを締めれば一両は前へ出る。
前に出した鋼蟹が一分でも長くアイゼル帝国の六脚戦車ーー黒鉄の「蜘蛛」を足止めすれば、そのぶん後ろにいる補給部隊と歩兵が生き残る。
ーーはずだった。
「ダコウ班長! 第七戦車連隊第二中隊の最後尾、通過します!」
今日に限って、戻ってくるのはスクラップだけじゃない。
第二中隊の鋼蟹が、六本脚のうち一本を引きずりながら拠点の脇を素通りしていく。
砲塔はもう前だけを睨んでいて、ここへ視線を投げる余裕すらない。
「最後尾ってのは、もっとのんびり来るもんだろうがよ!」
叫ぶように愚痴りながら、俺はボルトを噛んでいたレンチを無理やり引き剥がした。
柄に染み込んだ油の感触は、孤児院のガキだった頃から三十年以上、ずっと同じだ。
俺の名は《ダコウ》。
真っ直ぐ育つには、ちょっとばかし道が悪かった。
戦災孤児として軍が運営する孤児院に放り込まれた先が、よりにもよって第六機甲師団付き軍需工廠の裏庭。
スクラップ置き場で、外れた砲塔に登って遊んでいたら、整備工のおっさんにこのレンチを投げつけられた。
『それでボルト回してろ。素手でいじるよりマシだ』
それからずっと、俺はこの一本で飯を食ってきた。
髪が抜け落ちて、腹が出て、つなぎのサイズが二回変わっても、レンチだけはずっと同じだ。
「班長! 師団からの後退命令、更新きました!」
通信兵の少年が、汗と土にまみれた顔で電文の紙片を押しつけてくる。
前線方向から響く砲声は、さっきからずっと「下がる側」の音だ。
「あー、小さくて見えねえ! お前が読め!」
「は、はい! ローデン王国軍東部方面軍司令部発、第六機甲師団全戦力へ。
ーー『エッケルト回廊における防衛線、左翼後退。第七戦車連隊は戦線を引きつつ集結点Bへ後退継続。
第三前進整備中隊は可動車確保のうえ、同集結点Bに自力後退せよ』……以上です!」
「はあ……可動車、ねえ」
第三前進整備中隊のヤードをざっと見渡す。
脚の付け根ごと吹き飛ばされた鋼蟹が四両。
六脚外骨格式の歩兵用強襲スーツーー通称「小蟹」が三体。
その影に、砲塔だけ生きているやつ、魔力炉だけ唸っているやつがいくつか。
一見すりゃ、どれも「工廠行き待ちの廃車」と「予備部品の山」だ。
だが、これは"正規の蟹"が見たら油の気が引いて青ざめる一点ものの"違法蟹"。
整備規定から見れば、全部アウト。
どれも、俺たちが無理やり前に出して、死にながら戻ってきた奴らだ。
本来なら工廠送りのスクラップに判子を押してやるのが筋なんだろうが、前線がそれを許してくれなかった。
「脚が六本ある理由? 予備だよ予備。
一回くらい砲弾代わりに使っても、まだ五本残る」
そんなノリで、根元のシリンダーに過負荷配線を回し、最大出力で一気に伸ばせば、脚だけ砲弾みたいに横っ飛びさせる仕組みを設けたり……。
「撃つたびに瞬間移動する鋼蟹にするしかねえ」
反動を抑える脚の魔導シリンダーが死んだ鋼蟹のスタビライザーをいじくり回して、
砲を撃つたびに反動で側面へ跳ね飛ぶような挙動にしてみたり……。
歩兵用の小蟹も、余っていたフレームに"鋼蟹用"のシリンダーや伝導管をねじ込み、
「歩兵スーツのくせに鋼蟹の脚力を一瞬だけ引き出す」
半端な化け物に仕立てて、砲撃の穴埋めに放り込んだりした。
そんな真っ当じゃない工夫を、思いつくたびに全部やってきた結果がーー今ヤードに転がっている違法蟹どもの、使い切った殻ってわけだ。
ーーあとは、ヤードの奥にある、白布をかぶせられた異物が一台。
低く潰れた楔形の車体。
その周囲をぐるりと囲む、黒鉄色の大きな輪。
輪からは細長い六本脚が生えているーーアイゼル帝国製の六脚重装魔導車、《アインヘル》。
帝国兵のあいだでは「回り蜘蛛」と呼ばれているらしい新型だ。
回転式の「腰輪」で脚の配置を組み替え、一本や二本もがれても姿勢を作り直して前に出てくる。
数日前、前線が一度だけ押し返したときに、命がけで牽引してきた“戦果”でもある。
本当なら、とっくに白布なんか剥いで、脚フレームの材質から腰輪の軸受けの構造まで、全部舐め回しているはずだった。
こっちより抜きん出た砲口初速。
こっちより軽いくせに、黒蜘蛛よりも転倒しにくい新構造の脚。
その代わり、魔力炉まわりの冷却フィンが少し足りない。
ちらっと覗いただけで、「こいつら、いい仕事してやがる」と舌を巻きたくなる"おもちゃ"だ。
ーーだが現実は、そのおもちゃに触る暇を一秒も寄越してくれなかった。
アイゼル帝国第二装甲軍団は、こっちの整備速度より速く、鋼蟹を壊してくる。
「班長、動かせるのは弾薬運搬用の小型車と、補給用小蟹が一体だけです! 鋼蟹はどれも脚か炉が死んでて……!」
「おっと、そうだった」
今はおもちゃのことより、考えることが他にある。
ローデン王国軍第六機甲師団は、東部方面軍の「盾」だ。
ここエッケルト回廊を抑えているからこそ、背後の補給集積地ハーヴェルと、さらにその後ろの東部方面軍本隊が生きていられる。
ここを抜かれるということはーー。
アイゼル帝国の装甲軍団がハーヴェルに雪崩れ込み、補給路が寸断され、第六機甲師団ごと前線が丸呑みにされるということだ。
だからこそ、この七日間、師団は鋼蟹を燃やされ続けても踏みとどまってきた。
そして俺たち前進整備中隊は、その燃えかすを拾っては叩き起こし、再び地獄に送り返し続けてきた。
「見張り台!」
尾根のてっぺんに陣取っている、観測役に向かって無線を飛ばす。
「はい、聞こえます!」
ノイズ混じりの声が返ってくる。
「敵の顔を報告しろ。数と型と、向いてる方向」
「東の尾根線上に敵機甲を確認! 旗章から見て、アイゼル帝国第二装甲軍団所属と思われます!
黒蜘蛛《旧式ヘクサス》八、回り蜘蛛二、随伴中型十、軽脚車両六前後!
ーー進路、第七戦車連隊の後退路A三、第三前進整備中隊拠点方面!」
旧式の「黒蜘蛛」を主体に、そこへ新型の「回り蜘蛛」を混ぜてきたわけだ。
正面で鋼蟹と殴り合っていた連中が押し込まれた理由が、ようやくはっきりした。
敵の黒蜘蛛は、うちの鋼蟹より軽くて足が速い。
だが、六本脚のうち一本ももげば"ケンケン"に、二本もげば沈黙するーーそこまでは、今までの戦い方でもどうにかなっていた。
そこに、脚をもがれても腰輪ごと脚を回して前に出てくる回り蜘蛛が投入されればーー。
正面からの殴り合いで勝てる道理がない。
「……いいねえ」
思わず口から出た声に、近くにいた若い整備兵がびくりと肩を揺らした。
「い、いいんですか?」
「いいに決まってるだろ。第二装甲軍団の新型をようやくバラせる時が来たんだぜ?」
俺は白布をかぶったままの回り蜘蛛に歩み寄り、レンチで装甲をゴン、と叩いた。
「この七日間、触りたくても触れなかったやつを、だ。
正面の連中は血ィ吐いてただろうが、こっちはこっちで歯ぎしりしてたんだよ。
新しいおもちゃは、じっくりバラして遊ばねえと気が済まねえ性格でな」
整備兵たちの顔に浮かんだのは、半分が同意で、半分が呆れだ。
いい顔だ。
キッチリしている工廠勤めの連中とは違う顔だ。
ここにいるのは、俺と同じく、鉄と油まみれで蛇行する人種だ。
「状況整理するぞ」
地図台に歩み寄り、東部方面軍から渡された戦況図の上に太い黒のグリースペンシルを押し当てる。
第七戦車連隊第二中隊がたった今通り抜けた撤退路A三をなぞり、
続けて、見張り台の報告どおりに敵機甲の矢印を引き足した。
「第六機甲師団・第七戦車連隊は撤退路A三を抜けて、集結点Bへ後退中。
後ろには補給集積地ハーヴェルと、東部方面軍本隊。
この丘を抜かれたら、敵の重装六脚ーー回り蜘蛛はそのまま師団のお尻と補給路を食いちぎる」
黒い線は、この整備拠点の上を、いやに素直に貫いた。
「つまりここは、ぐにゃぐにゃ蛇行してた戦線同士が、
"唯一まっすぐに揃った"場所だな」
自分の名前を思い出して、少しだけ口元が緩む。
真っ直ぐ王道なんて、元々似合わねえ。
「ダコウ班長……」
通信兵が不安げに口を開く。
「命令は『可動車確保のうえ後退』ですけど、その、可動車がーー」
「そうだな。小型車一台で『確保しました』なんぞ、“役立たず”もいいとこだ」
「ないなら作る!
命令を守れねえ整備班は、前線から真っ先に外される。
余生を後方で、"安全な"おもちゃ抱えるなんて、嫌だよな!?」
俺はヤードをぐるりと指さした。
「ここには砲塔の生きてる鋼蟹が一両。炉の生きてるやつが一両。脚フレームがまだましなのが一両。
おまけに帝国製の回り蜘蛛が、“構造見本付きの部品箱”として一両」
整備兵たちの喉が、ごくり、と鳴る。
「第六機甲師団第七戦車連隊・第三前進整備中隊十二名、残存砲手七名、操縦手四名」
所属と人数を口に出しながら、胸の中でひとりひとりの気配をなぞる。
顔と名前は正直覚えてない。代わりに、触ってきた機体の方なら鮮明に思い出せる。
孤児院時代からずっとそうだ。
人間の顔は曖昧でも、ボルトの位置と魔力伝導管の取り回しだけは、一度見れば忘れない。
「ーー今この場から、お前らは全部まとめて俺の指揮下だ!
整備兵だろうが砲手だろうが、肩書きはどうでもいい!
『このヤードから生きて出る予定の人間』って括りでな」
誰も「嫌だ」とは言わなかった。
そんな贅沢を言える状況じゃないことくらい、みんな分かっている。
「やることは三つだ!」
レンチの頭で鉄板の床をゴン、と叩き、指を一本ずつ立てる。
「一つ。砲塔が生きてる鋼蟹を基礎にする。それがうちの“顔”だ。
二つ。炉の生きてる鋼蟹と、回り蜘蛛から脚と動力系をもぎ取って繋げる。
三つ。帝国第二装甲軍団の回り蜘蛛がここに着くまで二十分。その間に"逃げるのが上手い"棺桶を一両、形にする」
「二十分で、ですか……!」
「敵は好機だ。三十分くれとは言えねえ。
足りねえ分は、逃げながら作る」
俺はレンチを肩に担ぎ直し、油と土埃でくすんだ空を見上げる。
丘の向こうで、低いエンジン音と六脚の足音が唸り始めた。
俺がまだまともに触れていない、新型と旧型のミックスサウンドだ。
「いいか。俺たち整備兵の役割はな」
レンチの先で、整備ヤードに眠る鉄くずと、人間たちをまとめて指し示す。
「壊れた戦力を、もう一回だけ戦わせることだ!
その一回で戦線が一ミリでも蛇行してくれりゃ、それで上等!
真っ直ぐな王道は歩けねえが、曲がりくねった道ならいくらでも敷いてやる!」
口角を上げて、わざと大袈裟に言ってやる。
「図面も保証書も、ここでは意味をなさねえ。
あるのは壊れかけの鉄と、お前らの腕とーー」
俺はレンチを高く掲げた。
「ーーこの一本だ!
さあ、王道から外れた蛇行ルート、開通工事といこうぜ!」
返事の代わりに、あちこちで工具箱の蓋が弾ける音がした。
俺たち、第六機甲師団第七戦車連隊・第三前進整備中隊の、戦線を揺らす一大工事の幕開けだ。




