侯爵令嬢キーカ・バルテン
暗闇に映えるような真っ白なワンピースに、足元は裸足。長い髪を靡かせ、その髪で顔を隠すように目元を覆っていれば、その出で立ちはまさに幽霊そのもの。グィードが横にいなければ悲鳴を上げているところだった。
謁見の場で見た時は、大人しい印象ではあったものの、こんな幽霊の様な風貌ではなかった。
「えっと……どう言う状況?」
未だに理解が出来ず、堪らず問いかけた。
「我々がここに来たのは、この方を探す為です。怪しい行動をしている者がいると耳にしましたので」
「あ、怪しい行動なんて、私してません……」
か細い声で反論してくるが、説得力がまるでない。十人に聞いて十人が「怪しい」と声を揃えて言うところ。
「それでは、貴女はこんな朝方に一体何をしていたんです?」
「そ、それは……」
モジモジとするばかりで、煮え切らない態度にグィードの笑顔が曇りだしてきた。
これはマズイ!と間に入ろうとしたが、それよりも先に飛び込んできた者がいた。
「キーカ!」
「エリス」
息を切らしながらやって来たのは、キーカの指南役である執事のエリス・ノヴカ。
殿下付きの執事であるエリスとキーカは幼なじみ。人見知りが激しく、内気なキーカを心配したエリスは自らキーカの指南役を志願した。
……と、ご丁寧に横でグィードが耳打ちするように解説してくれた。
まあ、説明なんかなくとも、エリスの顔を見た瞬間、キーカのきつく閉ざしていた口元が緩んだのを見れば、この二人の間柄がよく分かる。
エリスは羽織っていたジャケットを脱ぐと、キーカの冷えきっていた肩に掛けてやる。キーカの表情はうかがい知る事は出来なかったが、エリスの表情はよく分かった。
なんと言うか……うん。まあ、好きじゃん?
明らかに好意を持った表情と熱の篭った視線。「え?え?」と二人を何度も見返し、グィードに視線で訴えかけた。
「……貴女が言いたいことは分かりますが、彼女は妃候補。彼もそれを分かった上で、彼女を支える役目を請け負っているんです」
それ以上は聞くな。と言う圧を感じて、口を閉じた。
「グィード様。キーカは私が連れて帰ります」
「ええ。それはいいんですが、彼女は何故、この様な場所へ?」
「それは……」
改めて理由を問うが、キーカ同様言葉を詰まらせる。
「……エリスさん……」
うなじが粟立つほどの落ち着いた声に、真っ黒なオーラを纏いながらの満面の笑み……当事者じゃなくとも逃げ出したくなる。
「私も暇では無いんですよ?二度も同じ事を言わせるおつもりですか?」
魔王に匹敵する程の威圧感。人間が放っていいものじゃない。
エリスは怯えるキーカを背後に庇い、諦めたようにゆっくりと口を開いた。
「……キーカの父、バルテン侯爵は名の知れた生物学者なんですが……」
「えぇ、存じております。彼の文献は素晴らしいものばかりですからね」
尊敬するような言い方をするグィードに対し、ロゼはキョトンとしたまま固まってる。
(私は存じ上げておりませんが……?)
今更口を挟める雰囲気でもなし。私はそのまま置いてけぼりの状態。
「娘であるキーカは侯爵の影響をモロに受けまして、言うなれば生物オタクなんです」
「は?」
「この妃選考も、城に行けば貴重な文献や記録が見れるかもと言う、興味心と探究心だけでここにいるんです」
エリスの後ろでは、キーカが居心地悪そうに指をいじりながら顔を俯かせている。
「──で?それだけでは理由になってませんが?」
グィードは更に追い詰める。その姿はネズミを追い詰めた蛇の様で、見ているこちらは不憫に思えてきた。
「先に言った通り、キーカは生物オタクなんです。どうしても内に秘めた興味や関心には抗えません。しかし、昼間は人の目があり自由に動けない。ならば早朝に……そう考えた様です」
なんでも、珍しいキノコが生えているらしく、その胞子を採取しに来たところを、グィードに捕獲されたらしい。
「ならば、なぜ裸足なんです?」
「……足音がするから……」
靴を履くと足音で他の者に気付かれるからと、微かに聞き取れる声でキーカが答えた。
「すみません!私がしっかり見張っておきますから、今回ばかりは見逃してくれませんか!?」
青い顔をしながら必死に頭を下げるエリス。
「まったく……今回だけですよ」
「ありがとうございます!」
まあ、実害は出てないし、今後気をつけるならとグィードらしからぬ寛大な対応に、エリスの表情がパッと明るくなった。
「理由はどうあれ、靴はしっかり履きなさい。仮にも妃候補なんですから」
注意すべき点は注意する。本当に抜かりがない。
──とは言え、とりあえず一件落着。空はすっかり明るくなり、小鳥が頭の上を元気よく飛び回っている。
(ねむ……)
急な安心感から眠気が襲ってくる。
「おっと」
ふらつく私をグィードが受け止めてくれた。
「お疲れ様でした。あまり役には立ちませんでしたが、結果的には貴女のおかげで彼女を見つけれました」
褒められている気がまったくしない。この男は素直に褒める事が出来ないのか?
ジトとした目を向けていると「なんです?」なんて聞いてきた。
「何でもありません」
不満気なロゼにグィードも眉間に皺が寄る。まさに言い合いが勃発しそうな雰囲気に
「あの、待ってください……!」
振り絞ったようなキーカの声がその雰囲気を払拭した。




