化かし合いの鐘が鳴らされる
迎えが来たのはわずか二日後。
気持ちの整理も覚悟も中途半端な状態。
「覚悟も整理も考えれば考えるだけ沼地のようにはまり込んで抜けなくなります。それで恐怖して逃げ出す者も少ないですからね。中途半端な状態で行くのが一番いいんですよ」
絶妙に納得できる言葉をかけられて渋々馬車に乗り込んだ。
私物は出来るだけ簡易でと言われ、鞄一つだけでの出発。それも手荷物チェックをして問題ないと判断されたものだけを持ち込める。ここまで厳しいのは理由があり、何年か前に妃候補の毒殺未遂事件があったのだとか。それ以来、持ち込めるものに決まりが出来た。
(こっわ……)
そんな女の戦場へ今から向かうのだ。
「……寂しいですか?」
「え?」
両親や使用人に盛大に見送られ馬車を走らせて少し経った頃、唐突に言われた。
「親元を離れるのは初めての事でしょう?ましてや妃候補ですからね。不安にならない方がおかしいですよ」
「は?」
この人の口からこんな人間味ある言葉が聞けると思わず、言葉を失ってしまった。
初見から癖のある質の悪い男だと思っていたが、もしかしたら私の思い違いかも?とそんな言葉が頭をよぎった。
「まあ、不安だろうとやるべきことはやっていただきますがね。すぐにそんな不安すら考える暇なんてなくなりますから安心してください」
──前言撤回。やっぱり質が悪い!いや、これは単に質が悪いんじゃない。困ってる相手を見て楽しんでる!
「おやまあ、どうしたんです?怖い顔をして」
「なんでもありません!」
睨みつけてから窓の外に目をやると、クスクス笑う声が耳に付く。我慢我慢……この人を相手にするのも城に着くまで。そう自分に言い聞かせて、数分の道中を堪え忍んだ。
***
城へ着いてすぐ、謁見の間へ妃候補らは集められた。
候補者はロゼを入れて6人。上は公爵令嬢から下は男爵令嬢までいる所を見ると、本当に身分や家柄は関係なさそうだ。
この中で一番の有力候補はファルジーニ公爵令嬢のカルラだろう。凛とした佇まいは強い女性を象徴していて、覚悟と決意がしっかり見て取れる。その姿はまさに大輪の花……
「あ、あの」
声をかけられて振り返ると、そこには小柄な愛らしい女性が立っていた。
「私……ブラント子爵家長女、クララと申します」
そう言って頭を下げるクララの手は震えている。慣れない場でも必死に自分の役目を果たそうとしている。そんな姿が小動物のようで、同じ女性だと言うのに胸がキュンとする。
「あら、嫌だ。早速可愛いさアピール?狡いこと……」
口元を扇で覆い、切れ長の目を更に細めながら嘲弄するのは、同じ伯爵の位を持つアネット・ウェルター。
妖艶な雰囲気を持ち、女性の魅力を持ち合わせた女性と言った感じ。
「わ、私、そんなつもりじゃ!」
「じゃあ、どんなつもり?わたくしには牽制にしか見えませんでしたけど?」
「ッ!」
アネットの言葉に、クララは悔しそうにギリッと唇を噛み締めた。その姿は、愛らしい小動物とはかけ離れた醜い姿。
「気を付けなさい。ここは戦場よ。既に騙し合いは始まってるの」
アネットに言われて、自分の置かれている立場を改めて再確認出来た。
「無闇に信用していたらすぐに足元を掬われてしまうわよ?この場で信用できるのは自分だけと思いなさい。同じ伯爵家として、忠告だけはしといてあげる」
「ありがとうございます……」
アネットの言葉がなければ、完全に騙されていた。ライバルなのに、声をかけてくれたことに感謝する一方、この様な場面を目の当たりにして正直、逃げ出したい。今すぐ家に帰りたい。もう、老後なんて関係ない。私には無理無理無理!
そっと後退したらバレないかもと、ゆっくり後退していくが、トンッと何かにぶつかった。
「何処へ行こうと?」
顔を見上げてみれば、悪魔の笑みを浮かべた例の彼が……
「ほら、国王様のご登場ですよ」
見ろと言わんばかりに顔を掴まれた。令嬢に対する扱いではないが、この人に文句を言うだけ無駄だと諦めた。
「此度、我が息子の妃としてお主らが選ばれた。知っての通り、最後まで妃教育を終えた者が妃となる」
国王様の隣にいるのが、私達の旦那様(仮)で王子のジルヴェスター・フォン・シュトローブル。
王子様と言うだけあって圧倒的存在感……端正な顔立ちで涼やかな佇まいは悔しいが見惚れてしまった。
「教育を受けてもらうにあたって、各自に一人指南役を付けることになっている。今お主らの隣にいる者が相手となる」
その言葉にガヤッと一瞬騒がしくなった。
「解らぬことがあればその者に訊ねればいい。儂からは以上だ。存分に励め」
話を終え、退出する陛下をあ然としたまま見つめていた。それもそのはず、私の隣は──……
(え、ちょっと待って)
サーッと血の気が引くのと同時にポンと肩に手が置かれた。
「改めまして、貴女を担当いたしますグィード・ヘルウィグです」
満面の笑みを浮かべるグィードに「あ、終わった」と目の前が真っ暗になった。




