プロローグ
この国では妃を決める際に、少し変わった風習がある。
先代、先々代……もとずっと前の流行かぶれの国王様が発端らしいが、東洋の文化を取り入れたとかどうだかで?数人の令嬢を妃候補として城へ集め、妃教育を受けさせる。その後、無事に完遂した者を妃として迎えると言うもの。
まるで蠱毒の様な所業だが、選ばれるのは数人。砂漠の中から砂金を探すようなものだと、殆どの者は自分は関係ないし、勝手にやってくれ。と言う者が多かった。
シェルべ伯爵家のロゼもその一人だった。
この日までは──……
「ロゼッティ・シェルべ。貴方は妃候補として選ばれました。よって数日後、城へと赴き妃教育を受けていただきます。つきましては──」
城からの使いがやって来るなり、淡々と事務的に話を進めていくが、当の本人らは理解が追いつかず口を開けたまま茫然と立ち竦んでいた。
「ちょ、ちょっと待ってください!本当にうちのロゼですか!?」
まず正気に戻ったのはロゼの父。唾が飛びそうなほどうな勢いで問い詰める。
「えぇ、間違いありません」
「親の私が言うのもなんですが、見た目こそ悪くないにしろ、なんの取り柄のないこの子が妃候補とは如何なものかと……」
親からしたら喜ばしい事なのだが、何せ相手が王族という事で、焦りと困惑で喜ぶ所ではない様子。
「妃候補に取り柄や家柄は関係ありません。なにせ、候補を選ぶのはくじ引きなんですから」
「は?」
「──あぁ、しまった。これは国家機密でした。困りましたねぇ。聞かれてしまいましたか。さて、どうしましょう……」
困った素振りを見せているが、口元がほくそ笑んでいるのを私は見逃さなかった。これは完全に逃げ道を塞ぐためにわざと私達に聞かせたのだろう。
(この人、いい性格してるわ……)
まあ、この話が本当かどうかは定かではないが、両親の方は『国家機密』と言うパワーワードに恐れを生して顔面蒼白になりながら狼狽えている。
「くじ引きとはいえ、ある程度は目星を付けた上で行っていますのでご安心ください」
無差別に選んでいないと言いたいのだろうが、最終的に選ぶのはくじ引きという事には変わりない。こうなると不信感しか湧いてこないが、こちらに打つ手なし。
(厄介な人材を送り込んできたわね)
どうすればこの場を上手く乗り切れるか頭を働かせるが、何を言っても目の前の男に論破される未来しか思い浮かんでこない。
「因みに──」
眉間に皺を寄せて険しい顔をしているロゼに声をかけて来た。
「妃と言っても、主な仕事は年に1、2度の外交と殿下とのお世継ぎをもうける事ぐらい。殿下は美しい方ですし、夜枷も苦ではないです。案外、相性もいいかもしれませんよ?」
セクハラまがいの言葉を淡々と言われ、嫌悪感が再上昇。
「基本は三食昼寝付き、身の回りの世話は侍女任せ。欲しいものは簡単に手に入りますし、何よりも老後は離宮で悠々自適に隠居生活。最高じゃないですか?」
「え……?」
「妃に選ばれれば、結納金としてそれなりの金額をお支払いいたしますよ」
「え!?」
これには両親が勢いよく反応した。
というのも、シェルべ伯爵家は貴族の中でも崖っぷち。何とか生活は出来ているが、借金は減るどころか増える一方で、領地経営も限界。そろそろ手放そうかと話していた矢先の妃候補。
「ロゼ!お前なら出来る!」
「そうよ!私達の娘ですもの!」
急に眼の色変えた両親に詰め寄られ、我が両親ながら呆れを通り越して感心してしまう。
まあ、私としても悪い話ではない。勉強は得意な方ではないが嫌いじゃない。何より、三食昼寝付きは魅力的。更には老後の安泰まで決まっているのならやってみる価値はある。
というか、最初から私達に拒否権はないように思うけど……そんな細かい事、気にした方が負けだ。
ロゼはフーと息を吸い込むと、意を決して口を開いた。
「分かりました。その話お受けします」
両手を握り喜ぶ両親に、目を細めて意味ありげに微笑む男を見て「しまった!」と思ったが、もう後の祭り。
「では、また後日伺いますね」
意気揚々とその場を去って行くのを茫然としたまま見つめていた。




