逃亡した私と、先輩との会話
「うぅ……」
私は泣いてしまっていた。いや、だってヒューゴ先輩があの子に抱き着かれていたのだ。
もしかしたらヒューゴ先輩もあの子に惹かれてしまったのでは? なんて考えると悲しくて仕方がなかった。
私はヒューゴ先輩のことがとても好きなのだ。
それこそ他の人の物になってしまったら悲しくて仕方がない気持ちになるぐらいには。
泣いている姿を誰かに見られたくはなくて、魔術を使って周りに悟られないようにステルスしている。
こういった魔術もお父様から習っていて良かった。
私は必死になって誰も居ない場所へと逃亡した。ふぅ……、此処で一息をつこう。
思わず逃げてしまったわけだけど、いずれちゃんとヒューゴ先輩とは話さなければならない。
……どうしよう。
本当にヒューゴ先輩があの子と一緒に生きて行くことを選んだら。
そんなの嫌すぎる。
私は素直に祝福なんて出来る自信はないのだ。どうしたらヒューゴ先輩を諦めなくて済むだろうか?
私があの子との仲を反対したらヒューゴ先輩に嫌われてしまう? なんてそんなことばかりを考えてしまっていた。
恋をすれば、その人相手に盲目になってしまったりするものだろう。私だってヒューゴ先輩のことが好きだから、彼から頼み事をされたら簡単に頷いてしまいそうなぐらいちょろいのだもの。
ああ、どうしよう……。
どんな顔をしてヒューゴ先輩と顔を合わせれば……なんて考えていたら、「ウィローラ!!」と言う私を呼ぶヒューゴ先輩の声が聞こえてきた。
私がよく過ごしている空き教室とか先輩にはばれている。だからすぐに追いかけられても仕方がない。そのくらい想像が出来たことだ。
私はその声を聞いた瞬間、また逃げようとして――腕を掴まれた。
振り払えなかったのは、それがヒューゴ先輩だと分かっていたから。惚れた弱みがあるから、蔑ろになんて出来るはずがなかった。
私はヒューゴ先輩のことが心から好きなのだから。
「ウィローラ、待て! 話を聞いてくれ」
「……聞きたく、ないです」
「泣くな。君に泣かれると、辛い」
「……だって、ヒューゴ先輩、あの子に抱き着かれていたもん」
私がそう口にしながらえぐえぐ泣いていると、驚いたことに私はヒューゴ先輩に抱きしめられてしまった。
まさか抱きしめられるなんて思ってもいなかった。
驚いて涙が止まってしまった。
「あれは誤解だ。よろけたあの令嬢と接近してしまっただけだ。望んで抱き着かれたわけじゃない」
「……本当ですか?」
「そうだ。ウィローラに誤解なんてされたくない」
そんな声が聞こえてきて、なんだかそれってヒューゴ先輩が私のことをまるで好きみたいだと胸がどきどきした。
ヒューゴ先輩は私に誤解されたくないと必死だ。それに私のことを抱きしめてくれている。これって、もしかしてもなく両想いだったりする? でも違ったら恥ずかしい。
……それでも、聞くだけ聞いてみよう。
「ヒューゴ先輩って、私のこと好きですか?」
これで違うって言われたら、私はただの勘違いをしている痛い女性になってしまう。だけど聞かずにはいられなかった。
そしてヒューゴ先輩が何かを言う前に私は口を開く。
「私は……ヒューゴ先輩のこと、好きです。ずっと一緒に居たいと思って思ってます。あの子なんかに渡すのは嫌です。ヒューゴ先輩が他の女性と話していると、嫉妬しちゃいます。あなたが他の人の物になるなんて、耐えられないの。……ごめんなさい、こんなに重たくて」
やっぱり私もお母様とお父様の娘なんだなって自分で思った。
だってね、二人とも愛が重たいんだもん。お母様はお父様達に何かあったら全力で、身を挺して助ける。それにお父様も、お母様のためなら何だって出来るって言っていた。
私はそんな二人の娘なのだ。
「……俺も、ウィローラのことが好きだ。一緒に魔術や魔法陣の話をするのが楽しい。周りからするとつまらないと思われるような俺の話をちゃんと聞いてくれて、いつも楽し気な君を見ていると、幸せな気持ちになったから」
「本当ですか? じゃあ、ヒューゴ先輩は私と結婚してくれます?」
「ぶっ……結婚って、話が飛びすぎじゃないか」
私を抱きしめたままのヒューゴ先輩は、驚いたように吹き出している。
私はヒューゴ先輩の顔を見上げる。そして敢えて目を潤ませながら問いかける。
「ヒューゴ先輩は……、私と結婚したくないんですか?」
「そんなわけない! いや、しかし君の親にも説明をしなければならないだろう。俺のような侯爵家の四男なんかにやりたくないと思っているかも……」
「大丈夫です。お母様たちには伝えてありますから。ヒューゴ先輩が結婚したいって頷いてくれればそれでいいのです」
「……結婚はしたい」
「ふふっ、じゃあ結婚しましょうね!!」
やった。言質が取れたよ。お母様! ちなみにこの様子は魔道具で録音している。
「……ヒューゴ先輩、一つ言わなければならないことがあって少し離してもらえます?」
さて、ヒューゴ先輩と両想いになれたことはいいけれど、ちゃんと私のことを話さないと。
「言わなければならないこと?」
「はい。私、実は子爵家の娘じゃないです」
「え?」
「ちょっとした事情で本来とは違う身分で通ってました。学園長達にはちゃんと許可を得てます。そういうわけで、改めてご挨拶を」
私はそう口にするとヒューゴ先輩から離れて、色彩を変えていた魔道具をオフにする。それから眼鏡をはずす。
「ビダーソン公爵家が一人娘、ウィローラ・ビダーソンですわ。改めまして、よろしくお願いします。ヒューゴ先輩」
私がにっこりと笑いかけると、見たことないぐらい先輩は驚いた顔をしていた。