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攻略対象である王太子殿下と、宰相子息との出会いの場となる王宮主催のパーティーが開催される2日前。
フィーリアは兄のローゼルだけに伝えた作戦を決行しようとしていた。
季節は冬真っ只中。外はいつ風邪を引いてもおかしくは無い気温だった。
子供は大人に比べて身体が弱い。
7歳の子供が、パーティーの2日前で急病になったとしても、何もおかしくはないだろう?
「ごほっ、ごほごほ!」
少し大袈裟に咳き込む。
すると、ベッド脇に立っていたローゼルが大仰に心配そうな眼差しで見つめてくる。
「フィーリア!!大丈夫か?ほら、横になるんだ。母上、この体調でフィーリアを王宮に連れて行く事は出来ないかと」
ローゼルの隣に立つ母がこちらを見下ろしてくる。
今、母は頭の中でどの選択が自分にとって最大限の利益を得ることが出来るのかを考えているのだろう。
殊勝なことだ。
内心呆れているのをおくびにも出さずに、フィーリアは潤んだ瞳を母に向けた。
母の隣にいたローゼルはそんなフィーリアを見て顔を真っ赤にしていたが、今回の標的は彼ではない。
母はフィーリアの顔を評価してくれているが、ローゼルのように盲信的ではない。
フィーリアは彼女の道具にすぎないからだ。利用出来るものは何でも利用する。そんな母である。
だが、弱っている娘を無理矢理王宮へ連れて行けば醜聞を避けられないはず。
目一杯に懇願の視線を向ければ、母は眉を顰めた。
揺れ動いているのが目に見えて分かる。
娘が風邪を引いたのに心配すらせずに、目先の利益だけに目を取られているのも考え物だ。
「母上、王宮のパーティーは一度きりではありません。今回参加しなくとも、次回参加すれば良いだけの話ではないですか。こんないたいけなフィーリアを、無理に王宮に連れて行っては悪評が立ちます」
「そうね……今回は参加しなくてもいいわ、フィーリア。でも、次回は必ず参加しなさい」
「はい!ありがとうございます、お母様」
フィーリアはいつものような、毒気のない愛嬌たっぷりの笑顔で返した。
パタン、と扉が閉められる。
結局、母は入室から退室まで、娘であるフィーリアに対して一言も気遣いの言葉を掛けなかった。
「フィーリア、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、お兄様。仮病だって分かってるじゃないですか」
「いや、そうではなくて……。何故あんな人物から天使が生まれるのだろうか」
ローゼルは養子として迎え入れられた頃から現在まで、両親に懐くことはなかった。表面上は両親を敬っているが、内心はきっとフィーリアと同じだろう。
フィーリアも彼の言葉に頷きたかったが、フィーリアは弱音や愚痴を吐かない、聖人の心を持つ少女の設定を貫きたかった。
その方が、周りを懐柔しやすいからだ。
「お兄様、私、疲れてしまったので少し横になろうかと思います」
「ああ、分かった。何かあったら遠慮なく呼んでくれ。愛しのフィーリア、ゆっくりおやすみ」
ローゼルはフィーリアの額に優しく口付けると、名残惜しそうに扉をゆっくりと閉めて部屋から出ていった。
第一関門、突破。
とりあえず、攻略対象である王太子殿下と宰相子息とのフラグは消えた、と思ってもいいだろう。
このまま学園へ入学しても、初対面の彼らに執拗に迫られることは無いはず。
……学園でご対面した際に惚れられたら話はべつだが。
まあ、不確定な未来の事を憂いてもどうしようも無い。
物語の舞台となる学園の入学までは残り8年ある。
一先ず、攻略対象達のフラグを潰す事に専念しよう。
「なんか……ほんとに眠くなってきたかも…………」
先程の母の一件で疲れが溜まったのだろう。
精神面は発達しているとはいえ、身体は育ち盛りの7歳児だ。
フィーリアは横になると、そのまま瞼を閉じた。
『―――リア、フィーリア!!!』
遠くで誰かの叫び声が聞こえてくる。
『頼む、頼む、フィーリア』
死なないでくれ、とか細い声が鼓膜を震わす。
何故、貴方がそんな顔をするのだろう。
『ああ、まただ……ごめん、ごめん、フィーリア……今度こそは君を――――』
ぱち、とフィーリアの意識が浮上する。
壁に掛けている時計を見てみると、寝入る前の記憶から2時間ほど針が進んでいた。
「なにか、夢を見てたような気がする……」
靄がかかっていて、何も思い出せない。
凄く印象に残るような夢だった気がするのに。
「まあ、いっか」
思い出せないものを無理に思い出そうとする必要はない。それに、所詮は夢だ。
重要性の無いことは後回しにする。それがフィーリアのやり方だ。
フィーリアは机に向かうと、机上に置いてあった本を手に取り今日も勉強に勤しんだ。




