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初投稿です。
宜しくお願いいたします!
腰の辺りまで伸びた桃色の髪が風に靡き、ふわふわと揺れる。
ぱっちりとしたアメジストのようにきらきらと輝く紫の瞳は、通りすがった人達に可愛らしいという印象を与える。
そして、天使が降臨したとまで言われる端正な顔立ちは街ゆく人々を恍惚させるほどだ。
こんな天使のような外見を持つ人物、性格が終わってなきゃ神様は不公平であろう!と、とある人は言った。
だが、そんな願いは虚しく散った。
少女はその外見に相応しく、誰にでも優しい心を持っていたのだ。
少女の名はフィーリア・エフティヒア。
子爵令嬢である彼女は、そう持て囃されていた。
「はは、ははは……」
広い寝室に、フィーリアの笑いが虚しく木霊する。
「終わったんだ……私の人生……」
項垂れながらそう零す少女の瞳には、深い絶望の色が見えた。
齢7歳。前世の記憶を思い出した少女は、自身が今置かれている状況に脱力した。
題名は思い出せない。
だが、有名なバドエン乙女ゲームだった事は覚えている。
主人公のフィーリアは、神の愛し子である大陸唯一の聖女だ。
そんな稀有な力を持つフィーリアは、15歳になると王立学園へと入り、そこで関係性を深めた攻略対象やサブキャラクター達に様々な方法で陵辱され、監禁、心中などのバッドエンドを迎えるのだ。
思い出すだけでも身震いが止まらない。
幸福度の高いはずのハピエンですら、バドエンと何が違うんだ?と言われるほど、狂気に染った乙女ゲームである。
先述した主人公の名前でもうお気付きだろう。
この度、わたくしめは、フィーリア・エフティヒアとしてバドエン乙女ゲームの主人公へと転生してしまいました。
「お嬢様、お返事がないので入らせていただき……って、どうなさったのですか!?」
ノックしても中から返事が無かった事に不安を覚えたメイドが、ベッドの上で項垂れているフィーリアへと近付く。
「何かございましたか?」
メイドが不安げな表情を浮かべながらフィーリアを心配そうに見つめる。
その様子に、フィーリアは胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚になった。
元来――というよりも、前世の記憶を思い出す前までのフィーリアは兎に角気丈で、誰にも弱音や弱い所を見せなかった。
だからこうして、いかにも落ち込んでいますよと言わんばかりのフィーリアを見て、何か不測な事態があったに違いない。と彼女は思ったのだろう。
そんなメイドの心情を見透かしたフィーリアは、いつものように微笑む。
「ううん、大丈夫よ、ロティ。ちょっと眠くなっちゃって」
メイドはフィーリアの言葉を聞きながら、じっと目を見つめる。
フィーリアの幼少の頃より仕えているメイドであるロティは、いつもフィーリアの目を見ながら話を聞いてくれる。
「本当に大丈夫ですか?」
「もう、ロティは心配性ね。私なら何ともないから!それで、何か用でもあったの?」
「はい、奥様が来月、王宮にて行われるパーティーへ参加する際のドレスを選定するからと、お嬢様をお呼びに来ました」
王宮、パーティー。
その単語でフィーリアは思い出した。
二週間後に王宮で行われるパーティーは、子供同士の出会いの場である。所謂お見合いだ。
ゲームでは、ヒロインはそこで王太子殿下と、宰相子息という二人の攻略対象に出会う事になる。
……大変まずい。
シナリオは攻略対象に出会った瞬間に始まると言っても過言では無いだろう。
なにせ、ゲームでの彼らは、幼少期に出会ったフィーリアが忘れられず、学園で再会したフィーリアに想いをぶつけることでバドエンルートへと突き進んでいくのだから。
出来ることなら攻略対象達と顔を合わせたくない。だが、フィーリアの両親は権利や名声に固執していた。
現状、フィーリアを十分に可愛がってはいてくれているが、所詮はただの道具。
優れた美貌を持つフィーリアに王太子や上位貴族の子息達を誘惑させ、嫁がせようとしているのだ。
もし誘惑に失敗でもしたら、彼らは即座にフィーリアを切り捨てるだろう。いや、実際に捨てていた。
その場面をゲーム内で見た事がある。
兎にも角にも、フィーリアがパーティーに行きたくないと駄々を捏ねたとしても、両親は無理やりフィーリアを王宮へと連れて行くだろう。
フィーリアは彼らの駒の一つにしか過ぎないのだから。
「…………」
「――さま、お嬢様!」
ロティの声にハッとして現実世界に呼び戻される。
目の前には先程よりも心配そうにこちらを見つめるロティがいた。
「大丈夫、ちょっと考え事してただけ!」
フィーリアはベッドから降りると、ロティからの訝しげな視線を背中に受けながら扉へと向かった。
扉を開けると、目の前に白銀の髪をした少年が立っているのが見えた。
「っお兄様!」
顔面偏差値の暴力に一緒怯んでしまった。
フィーリアに負けず劣らず、とてつもない程の美貌を持つ彼の名はローゼル・エフティヒア。
フィーリアよりも2つ歳上である、彼女のお義兄様だ。
エフティヒア家の直系はフィーリアただ一人。フィーリアを上位貴族の嫁に出したかった両親は、縁戚からローゼルを引き取り、子爵家嫡男として養子にしたのだ。
1年前に引き取られた彼は、誰も信用出来ないと言わんばかりに周囲を警戒していた。
けれど、一年も経つ頃にはこうしてフィーリアの部屋へとローゼルが直接赴いてくれることも多くなった。
「母上の所に行くのか?」
「はい!お兄様もいらっしゃるのですか?」
「ああ、フィーリアのドレスを私も一緒に吟味したいからな」
「まあ!とっても嬉しいです!」
こうやって煽てておけば、ローゼルは嬉しそうに微笑むのだ。
ゲーム中の彼は、ドの付くシスコンであった。
作中、フィーリアと攻略対象の距離が縮まっていくと、その嫉妬心からくる執着により、家族愛が段々ドロドロとした恋慕へと変貌し、攻略対象からフィーリアの略奪が成功した場合、彼自身は攻略対象でないにも関わらず、フィーリアとローゼルの義兄妹バドエンルートへとたどり着いてしまう。
目の前の少年があんな鬼畜な青年に成り果てるのかと思うと、フィーリアはぞぞぞ、と身体を震わせた。
「どうかしたか?顔色が良くない」
「い、いえ!大丈夫です!さあ、お母様の元へ行きましょう!」
フィーリアが手を取ってやれば、ローゼルは大層嬉しそうに破顔する。
ああ、なんて可愛らしいのだろうか。
目の前にいるローゼルも既に相当なシスコンではあるが、今はまだ家族愛の領域だろう。
どうにかして現状を維持しなければならないな、と思いながら二人は手を繋いだまま、母の元へと歩んだ。