「私」が一人で夜の散歩に行く話
浅い眠りについていたとき、外の明るさに目が覚めた。午前二時、その明るさは月明かりなのだろうと今までの経験と時間から窓を見なくても察しがつく。
私はこの時間が嫌いである。だが、同時に世界に私一人だけのように感じ、物語の主人公になった気分にもなるのだ。しかし、主人公だとしても明日学校に行かなくてはならないことに変わりはない。憂鬱である。
いつもと違い、今日は完全に目が覚めてしまった。このまま寝ようとしても寝られないだろう。もう一度寝転んでスマホを開く。午前二時十分。当然こんな時間に連絡できる相手などいない。どうしたものかと思考を巡らせる。今必要こない過去の思い出が邪魔をしてどうしても考えがまとまらない。こういうことに限ってよく覚えている自分の頭に呆れる。
「あ、」
思わず声が漏れる。そうだ、そういえば一度夜家を出たことがあった。家出なんて大層なものではないが、結構心地よかった気がする。親は夢遊病かと心配していたが。少し出てみようかな、そんな気持ちがどんどん大きくなり、スマホを片手に上着を手に取る。今は海外の人が作った電子機器で連絡だって取れる。少し外に出てみても良いのかもしれない。本当にこういう時の行動力だけは立派だと自分でも思う。
なるべく音を立てないように階段を降りて、玄関を開ける。ひゅう、と昼間には考えられないほど冷たい風が家の中に入っていく。まさか凍死しないだろうな、なんて考えながら一歩脚を踏み出す。暗い。田舎なのは分かってはいたが、ここまでだとは。夜になると一層感じる。虫の声、木々のさえずり。もし私が平安時代に生きていたなら一首は読めたであろう趣深い瞬間である。あいにく現代っ子な私はスマホでカシャ、と写真を撮るだけで終わってしまった。
初めは無意識にコソコソしていた足取りも、しばらくすればいつもよりも堂々としたものに変わっていった。いつも横を通れば吠える犬も寝ているようだ。世界には今私しかいないのだ。そう思っていた矢先、どこかでエンジン音が聞こえる。内心がっかりしながら辺りを見回すと、古い車が私の横をすさまじい音を立てて走り去っていく。あれは改造しているな、絶対。私が玄関に行くまでの忍び足を見習ってほしいものである。
凄まじいエンジン音でも、誰も起きて玄関の前には出てこない。また私一人の世界になった。なるべく通学路は通らずに、入ったことのない路地に入る。不思議と怖くなかった。今日は文明の利器と共に歩いているからだろうか。普段は脂臭いラーメン屋も今はいくらか匂いが収まっている気がする。いつもよりも花の匂いが可憐な気がする。
このまま、違う街まで行ってみようか。私が違う街に行ってしまったらみんな困るだろうか。親は心配するだろう、友達も学校をサボって何をしていたか問い詰めるだろう。先生は不良になったのかと焦るだろうか。少し見てみたいな。そう思ったが実行に移す勇気なんてないため、家のある方に足を向ける。
「あぁ、このまま終わってしまうのか。」
短い冒険に終止符が打たれる。
一夜の冒険の高揚感を残したまま玄関の扉をまたこっそり開ける。そのまま何事もなかったかのようにこっそり階段を登って布団に入り込む。スマホを開くと、4時くらいだった。たったの2時間。短かったが、悪くなかったな。そう思いながらスマホを閉じ、ずっとこの布団から出ていない風に装う。
あぁ、本当に悪くない冒険だった。