8◇駆け落ちの約束
ロランとディーナは、春に出逢った。
そして、ディーナを殺す期日は、一年後の春まで。
遅くとも、それまでには、ディーナの安全を確保しておかねばならない。
依頼を引き受けた『まじない師』としてディーナと親密になりながら、裏でロランは彼女を死なせずに済む結末を模索していた。
策が一つでは、それが潰れた時に為す術がなくなってしまう。
ロランは『依頼主に見つからぬほど遠くまで逃げる』『ディーナの死を偽装し、依頼を達成したことにする』といった案から『依頼主を呪い殺して、依頼自体をなかったことにする』という過激な解決策まで、様々な方法を考えた。
問題は『蛙』だ。
「ロラン様は、お花は好きですか?」
「そうですね。美しい花を見ていると、心が癒やされます」
ロランは屋敷でディーナと会話しながら、考えを続ける。
『蛙』は誰も信用していない。正確には、その人物の信用できる部分と、信用できない部分を確実に見抜く目を持っている。
たとえば、報酬の高い方の依頼を引き受ける、という者がいた場合。
報酬次第で寝返る危険があるが、逆に言えば、誰よりも高額を提示できるなら自分の味方にできる、ということでもある。
「何色のお花が好きですか?」
「そうですね。最近は、白い花を見るとつい目が留まってしまいます。ディーナ様を連想してしまうから、でしょうか」
腕は確かでも、人格に問題のある者も多いが、『蛙』はその問題まで含めて殺し屋を深く知り、上手く活用するのだ。
ロランにだって、これまでは上手く悪人ばかり斡旋してきた。
ロランが迷いなく殺せるようにと。
今回も、ロランの貴族嫌いを見越して依頼を出してきたのだ。ロランが足を洗いたがっていることも、彼は知っている。
そして、ロランが裏切った場合にも備えるのが、あの男だった。
呪いをかけるのが得意な者もいれば、呪いを解くのが得意な者もいる。
ロランに呪われた時に備え、解呪に特化した人員を、『蛙』ならば隠し持っているだろう。
つまり『蛙』は殺せない。
彼を殺せない以上、裏切ったあと、彼からの追手も放たれることだろう。
「も、もう……ロラン様」
「申し訳ございません。ですが、本心ですので」
追っ手となるのも殺し屋。悪人を殺めることに抵抗などないが……問題はディーナにバレないように始末する方法だ。
そう。
ロランは、自分の正体を彼女に知られたくない、と思ってしまった。
無論、正体を明かすことで彼女に幻滅され、突き放されることによって、結果的に彼女が別の殺し屋に始末されることも有り得る。
よって、事が片付くまで秘密を貫くことは、合理的であるとも言えた。
しかしそれは本心とは別。
ロランは、人に嫌われたくないという、極めて人間らしい感情を抱いてしまった。
殺し屋をやっている人間のくせに、まるで初恋に翻弄される村娘のようだ。
自分で自分が情けなくなる。
「ロラン様?」
「なんでしょう?」
「あの……勘違いでしたら申し訳ないのですが、何か悩まれていますか?」
「っ」
ロランが気もそぞろで内心を見抜かれた、のではない。
どこか悩ましげで、見る者によっては気付きさえしないだろう微細な変化さえも、ロランの演技であった。
「わ、わたしでよければ、お聞きしますよ?」
気遣うような彼女の視線を受け、ロランは伏目がちに視線を逸らし、それから諦めたように吐息を漏らし、ようやく彼女に視線を戻した。
そして、寂しげに微笑する。
「ディーナ様には、隠し事ができませんね」
なんて、隠し事だらけの男が嘯く。
ロランは躊躇いがちに数秒開けてから、続けた。
「実は、この三ヶ月結果を出せずにいる私に痺れを切らし、奥様が解雇を検討していると耳にしまして」
「そんな……!」
ディーナが悲痛な声を上げる。
「申し訳ございません……」
「で、では、もう会えないのですか?」
「依頼主の意向には逆らえません。私も、ディーナ様とお会いできなくなるのは辛くてなりませんが……」
「な、なにか方法はないのでしょうか?」
度々、ロランは違和感を覚える。
まるでこちらの用意した脚本を知っているかのように、ディーナは最適な反応を返してくれる。
だが、あまりに完璧すぎやしないか、と。
上手く騙せているだけだと、その度に疑念を掻き消すことになるのだが。
「一つだけ、方法が……いえ、忘れてください」
「教えてください!」
ディーナがソファーから身を乗り出す。
「……ディーナ様に、この家を捨てさせることになってしまいます」
「ろ、ロラン様と共にいられるなら、わたしは構いません!」
顔を真っ赤にして訴えかけるディーナは、まさに恋する乙女であった。
ロランは呆気にとられるような顔をしたあと、彼女を愛おしげに見つめる。
それは演技の筈だったが、高まる鼓動の所為で、ロランは己の演技と本心の境界線が曖昧になるのを感じた。
「……私は彷徨を繰り返す身。大した富もなく、裕福な暮らしはできません。保証できるのは、共にいることのみ。それでも……ついてきてくださいますか?」
「はい……! どこへでも!」
目の端に涙さえ浮かべて、ディーナは笑顔で頷いた。
出会って三ヶ月。
彼女の命の期限まで、残り九ヶ月。
-------読者のみなさまへのお願い-------
本作を読んで ほんの少しでも
「面白かった!」「続きが気になる!」と感じられましたら、
・ブックマークへの追加
・ページ下部『ポイントを入れて作者を応援しましょう』項目の
☆☆☆☆☆ボタンを★★★★★に変えて応援していただけると
今後の更新の励みとなります!!!!!
何卒!!!!!