表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

8◇駆け落ちの約束

 



 ロランとディーナは、春に出逢った。

 そして、ディーナを殺す期日は、一年後の春まで。


 遅くとも、それまでには、ディーナの安全を確保しておかねばならない。

 依頼を引き受けた『まじない師』としてディーナと親密になりながら、裏でロランは彼女を死なせずに済む結末を模索していた。


 策が一つでは、それが潰れた時に為す術がなくなってしまう。

 ロランは『依頼主に見つからぬほど遠くまで逃げる』『ディーナの死を偽装し、依頼を達成したことにする』といった案から『依頼主を呪い殺して、依頼自体をなかったことにする』という過激な解決策まで、様々な方法を考えた。


 問題は『蛙』だ。

「ロラン様は、お花は好きですか?」


「そうですね。美しい花を見ていると、心が癒やされます」


 ロランは屋敷でディーナと会話しながら、考えを続ける。


 『蛙』は誰も信用していない。正確には、その人物の信用できる部分と、信用できない部分を確実に見抜く目を持っている。


 たとえば、報酬の高い方の依頼を引き受ける、という者がいた場合。

 報酬次第で寝返る危険があるが、逆に言えば、誰よりも高額を提示できるなら自分の味方にできる、ということでもある。


「何色のお花が好きですか?」


「そうですね。最近は、白い花を見るとつい目が留まってしまいます。ディーナ様を連想してしまうから、でしょうか」


 腕は確かでも、人格に問題のある者も多いが、『蛙』はその問題まで含めて殺し屋を深く知り、上手く活用するのだ。


 ロランにだって、これまでは上手く悪人ばかり斡旋してきた。

 ロランが迷いなく殺せるようにと。


 今回も、ロランの貴族嫌いを見越して依頼を出してきたのだ。ロランが足を洗いたがっていることも、彼は知っている。


 そして、ロランが裏切った場合にも備えるのが、あの男だった。


 呪いをかけるのが得意な者もいれば、呪いを解くのが得意な者もいる。

 ロランに呪われた時に備え、解呪に特化した人員を、『蛙』ならば隠し持っているだろう。


 つまり『蛙』は殺せない。

 彼を殺せない以上、裏切ったあと、彼からの追手も放たれることだろう。


「も、もう……ロラン様」


「申し訳ございません。ですが、本心ですので」


 追っ手となるのも殺し屋。悪人を殺めることに抵抗などないが……問題はディーナにバレないように始末する方法だ。


 そう。

 ロランは、自分の正体を彼女に知られたくない、と思ってしまった。


 無論、正体を明かすことで彼女に幻滅され、突き放されることによって、結果的に彼女が別の殺し屋に始末されることも有り得る。

 よって、事が片付くまで秘密を貫くことは、合理的であるとも言えた。


 しかしそれは本心とは別。

 ロランは、人に嫌われたくないという、極めて人間らしい感情を抱いてしまった。


 殺し屋をやっている人間のくせに、まるで初恋に翻弄される村娘のようだ。

 自分で自分が情けなくなる。


「ロラン様?」


「なんでしょう?」


「あの……勘違いでしたら申し訳ないのですが、何か悩まれていますか?」


「っ」


 ロランが気もそぞろで内心を見抜かれた、のではない。

 どこか悩ましげで、見る者によっては気付きさえしないだろう微細な変化さえも、ロランの演技であった。


「わ、わたしでよければ、お聞きしますよ?」


 気遣うような彼女の視線を受け、ロランは伏目がちに視線を逸らし、それから諦めたように吐息を漏らし、ようやく彼女に視線を戻した。


 そして、寂しげに微笑する。


「ディーナ様には、隠し事ができませんね」


 なんて、隠し事だらけの男が嘯く。

 ロランは躊躇いがちに数秒開けてから、続けた。


「実は、この三ヶ月結果を出せずにいる私に痺れを切らし、奥様が解雇を検討していると耳にしまして」


「そんな……!」


 ディーナが悲痛な声を上げる。


「申し訳ございません……」


「で、では、もう会えないのですか?」


「依頼主の意向には逆らえません。私も、ディーナ様とお会いできなくなるのは辛くてなりませんが……」


「な、なにか方法はないのでしょうか?」


 度々、ロランは違和感を覚える。

 まるでこちらの用意した脚本を知っているかのように、ディーナは最適な反応を返してくれる。


 だが、あまりに完璧すぎやしないか、と。


 上手く騙せているだけだと、その度に疑念を掻き消すことになるのだが。


「一つだけ、方法が……いえ、忘れてください」


「教えてください!」


 ディーナがソファーから身を乗り出す。


「……ディーナ様に、この家を捨てさせることになってしまいます」


「ろ、ロラン様と共にいられるなら、わたしは構いません!」


 顔を真っ赤にして訴えかけるディーナは、まさに恋する乙女であった。

 ロランは呆気にとられるような顔をしたあと、彼女を愛おしげに見つめる。


 それは演技の筈だったが、高まる鼓動の所為で、ロランは己の演技と本心の境界線が曖昧になるのを感じた。


「……私は彷徨を繰り返す身。大した富もなく、裕福な暮らしはできません。保証できるのは、共にいることのみ。それでも……ついてきてくださいますか?」


「はい……! どこへでも!」


 目の端に涙さえ浮かべて、ディーナは笑顔で頷いた。


 出会って三ヶ月。

 彼女の命の期限まで、残り九ヶ月。





-------読者のみなさまへのお願い-------

本作を読んで ほんの少しでも

「面白かった!」「続きが気になる!」と感じられましたら、

・ブックマークへの追加

・ページ下部『ポイントを入れて作者を応援しましょう』項目の

☆☆☆☆☆ボタンを★★★★★に変えて応援していただけると

今後の更新の励みとなります!!!!!

何卒!!!!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ