7◇準備
ロランは忙しかった。
ディーナに逢うのは週に三回。
あの日以来、彼女と顔を合わせる度に動悸がするのだが、ロランは己の感情に名前をつけることを拒み続けていた。
今はそれよりも、彼女を死なせないことが先決だと、考えることを先延ばしにしていた。
屋敷ではロランとの世間話に応じてくれるメイドも増え、そのほとんどが他愛もない雑談であったが、当主や後妻についての話も聞くことができる貴重な機会であった。
週に一回は『蛙』に経過報告をせねばならず、彼と顔を合わせるのは億劫だったが、ロランは必要なことと割り切る。
「お前さん、最近活き活きしてるように見えるが、気の所為か?」
ロランは内心の動揺を表には出さず、冷めた目で小太りの男を見下ろす。
「あぁ、お前の目が腐っているんだろうな」
「そうならいいんだがな」
見た目はいやらしい顔をした醜男だが、仲介人としての腕は一流。
何人もの殺し屋を知る者としての観察眼が、ロランの変化を嗅ぎ取ったのかもしれない。
「それよりも、仕事の話だ」
「随分とやる気じゃねぇか。感心だね。んで、なんだったか」
「あの家を抜け出したあとの話だ」
「あぁ、それな。ひとまず、隠れ家は手配した。ただ、遠いぞ。あんま近いと駆け落ち感が出ないだろ?」
『蛙』が詳細を説明する。
「……呪いの子の所為で戦争が起きた地か?」
「そう! 戦場跡に一番近い街だな。呪いの子に相応しいとかで、依頼主に指定されてな」
「……」
「どうした?」
演技の巧みなロランが考え込むような間を見せたことを、怪訝に思われたようだ。
「貴族の女とは、ここまで悪趣味なものなのかと呆れていただけだ」
己の迂闊さを呪いながらも、堂々と誤魔化す。
「ははは! そりゃ貴族も男女も関係ねぇよ。みんな、嫌いな奴には破滅してほしいだろ? だから俺たちが儲かる」
ほほのぜい肉をたぷたぷ揺らしながら笑う『蛙』を見るに、大して気にしてはいないようだ。
「期限は次の春までだったな?」
「そうそう。あぁ、駆け落ち費用も預かってるぜ。ほら、無駄遣いするなよ」
『蛙』が投げ残した皮袋を受け取る。
恨めしい義娘にくれてやるには、大金が入っている。
「お優しいことだな」
「本物の駆け落ちカップルみたいに、すぐ金がなくなって出戻ったりしたら、つまらんからだろ?」
後妻としては、ディーナに一度は幸福感を味わってもらいたいのだ。
でなければ、それを奪われる苦しみを知ることは出来ないから。
それに、場所選びも最悪だ。
呪いの子によって戦争まで起きた地となれば、周辺住民の忌避感も強いだろう。
ディーナはろくに外も出歩けない。
幸福にはさせたいが、自由は与えたくないという、後妻の複雑な感情が表れているような采配だった。
「さすが、人の醜さには詳しいな」
「褒めるなよ」
「その図太さには感心してる」
きっと、『蛙』は他者に関心がないのだ。
だから、他者の言葉を全て無価値なものとして受け流せる。
「そりゃ嬉しいね」
口ではそう言っているが、本心ではないだろう。
嘘つきと嘘つきの会話だ。
「駆け落ちしたら、隙を見て報告書を出せ」
「わかっている」
それに、この男のことだ、こちらに黙って監視もつけるだろう。
ロランが心変わりすれば、莫大な報酬が得られなくなるのだから。
「精々、幸せにしてやるんだな」
「苦しみが大きくなるようにか?」
「いいや? どうせいいことなんてロクにない人生なんだ。嘘でも楽しい時間があった方が救いになるだろ?」
なんという悪辣な考えをするのか。
反吐が出そうになるのを堪えながら、ロランは呆れた顔をする。
この者たちの目論見を阻止すべく、ロランは準備を進める。
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