2◇蛇と蛙
本日複数更新
こちら2話め
昼。
黒髪黒目、中肉中背、二十代半ばほどの男――ロラン。
彼こそが、霊をけしかけて男の溺死体を作り上げた男だった。
仕事を終えたロランは一度家で睡眠をとってから、街の骨董屋に向かう。
店内は暗く、商品のほとんどは埃を被っていた。
妙な形状の武器や、不気味な柄の壺、何を載せるのに使うのか分からないほど巨大な皿や、音が出るかも不明な笛、その他用途不明の諸々が雑多に並ぶ店内を通り過ぎ、店の奥へと進む。
骨董屋の店番は特徴のない中年女性なのだが、ロランは彼女を気にもせず進んだし、女性もまるで見えていないかのようにロランを無視した。
店の奥に進むともう一室あり、そこが仲介人の事務所となっていた。
ロランの目的は店そのものではなく、そこにいる男。
何もない狭い部屋に、机と椅子だけが置いてある。
ここも無数にある事務所の一つに過ぎず、必要な情報は全て仲介人の頭の中にだけあるのだという。
小汚い小太りの中年男だ。常に卑しい笑みを湛えており、欠けた前歯がどうにも目につく。顎にも肉がたっぷりで、顔は脂でギラついている。
「今回も見事な仕事だったぞ、『蛇』」
「無駄話はいいから、報酬を出せ」
この男と取引のある殺し屋には、全員生き物の暗号名が与えられる。
ロランは『蛇』、というわけだ。
ロランは男の本名を知らないが、彼は『蛙』と名乗っている。
「まぁ、少し聞いてけよ。依頼主は、詐欺の被害者の妹でな、どうしても姉の仇を討ってほしかったんだと。そこで俺はうってつけの人材がいますよとお前を推したわけだ」
「どうでもいい」
対象の行いは事前情報として『蛙』から得ていた。
そこでロランは被害女性の霊を捜し、対象にけしかけただけ。
対象が万が一にも生き延びたりせぬよう、その最期は見届けたが。
「そう言うなよ、今回の報酬は相場の倍だぜ? 仇を姉と同じ目に遭わせてくれるなら倍払うって言うもんでさ。死に方ってのがそんなに重要かね」
「人は、やったことの報いを受けるものだと思いたいんだろう」
ロランにはその気持ちが理解できたが、『蛙』には共感でないらしい。
「ははは! じゃあ金を払って人を呪う依頼主は、どんな報いを受けるんだろうな?」
「それは、俺たちの関知することじゃない」
「確かに!」
呪殺は、異様な死に方を成立させる。
それ故に人気も高いが、それ故に世間の関心を引きやすい。
高い仲介料を払ってでも、ロランは自分の正体を隠したかった。
目の前の男は下衆の中の下衆だが、仲介人としては一流。
『蛙』が引き出しから取り出した革袋を受け取ると、ロランは事務所を去ろうとするのだが――。
「待て、次の仕事の話だ」
「少しは休ませろ」
「これを成功させたら、殺し屋家業を永遠に休めるぜ?」
ニタニタと笑う『蛙』は不愉快だが、ロランは改めてやつに向き直る。
「話せ」
「そうこなくっちゃな。お前さんには――『呪いの子』を殺してもらいたい」
「『呪いの子』?」
「知ってるだろう? 生まれつき白い髪と赤い目をした女を、そう呼ぶんだ」
この地方の神話に出てくる存在だ。
戦神を誑かし、神同士の争いを誘発した魔女が、白い髪に赤い目をしていたという。
この地方に住む信心深い者たちは、白髮赤目の女を『呪いの子』と忌み嫌っている。
そして『呪いの子』は、神の時代ではなく人の時代でも、悲劇を起こした。
魅了の魔術で異なる二つの領の領主を誑かし、彼女を巡って両軍による殺し合いが起きた、という話が残っている。
確か、隣の領に争いの場となった土地があった筈だ――とロランは記憶を探る。
実際の事情は分からないが、多くの死者が出る戦いが起きたのは事実。
「それは知ってる。知った上で、馬鹿らしい。金髪の人間が神を殺したら、世界中の金髪が神殺しになるのか?」
「まぁ、実際はただ珍しい髪色ってだけなんだろうな。だが地域に根付く恐怖を甘くみちゃならねぇ。一家に『呪いの子』が生まれたってだけで、大店が潰れたこともある」
つまり『呪いの子』は、それだけ縁起が悪く、忌避される存在ということなのだろう。
ロランも伝承自体は知っているので、白い髪を不気味に思う感覚は分からなくもない。
「『呪いの子』が不気味だから殺せって話なら、断る。他を当たれ」
ロランは自分を最悪最低の殺し屋であると理解しているが、それでも一定の基準を持って仕事にあたっていた。
それは、悪人や貴族でなければ殺さない、ということだ。
「おいおい、女だからって善人とは限らんだろう」
「なら悪人なのか?」
「いいや、虫も殺したことがないような小娘だ」
「断る」
「まぁ待て。でもお前さんの嫌いな、貴族だぜ?」
「……」
ロランが帰らないのを見て、仲介人は嬉しそうに笑う。
「対象の名前はディーナ。十七歳。今は屋敷の離れで籠の鳥のように過ごしてる」
「待て、十七歳?」
「あぁ、なんだ?」
「十七まで生かしておいて、何故今更殺す」
「おっ、鋭いねぇ。まぁ聞けよ。哀れなディーナ嬢は、産みの母が生きている間は屋敷内で囲われていた。だがこの母が数年前に死んじまってな。後妻に収まった女が、可哀想なディーナ嬢を排除しようと動き出したわけだ」
それで、住む場所も屋敷内から離れになったのか。
まずは隔離されたわけだ。
「こいつも夫の手前、あからさまな手は使えない。そこで考えたのが、まじない師を利用した殺しだ」
「……呪われた娘が、呪いで死んだように見せろというのか」
「あぁ、呪いで死ぬのは同じだろ? 本人じゃなくて、お前の呪いで死ぬってだけだ」
籠の鳥とはいえ、貴族として不自由なく暮らしていたのだろう。
ロランの中に燻る貴族への怒りは、それだけで対象の死を受け入れそうになるほどに、大きい。
「貴族の邸宅に忍び込むとなると厄介だ。依頼主以外にも協力者が必要だぞ」
まさか、当主夫人が裏口の鍵を開けたり、監視の目を誤魔化してくれるわけではないだろう。
従者を使うのだとしたら、それはそれで関係者が増えることになって面倒だ。
事情を知る者は、少なければ少ないほどいい。
「いやぁ、それがなぁ。話を聞いている内に、依頼主の要求がどんどん大きくなっていってよ」
『蛙』が脂ぎった頬を指で掻きながら、バツが悪そうな顔をする。
どうやら後妻との打ち合わせで何かあったらしい。
言い方からするに、使者を介さず本人がやってきたと推察できる。
無警戒な愚か者なのか、それほどまでに義理の娘の死に執着しているのか。
「なんだ、早く言え」
「お前には、『呪いの子』を救う為に雇われた『まじない師』として、潜入してほしいんだよ」
「はぁ?」
ロランは露骨に眉を歪めた。
「そんな顔するなよ」
「何故、俺がそんなことをしなくてはならない」
「いやぁ、後妻は死んだ前妻を酷く恨んでいるらしくてな、その娘もひどい目に遭わせたいんだと。で、考えたわけだ。愛した男に呪い殺されたら、最高じゃないかってな」
悪趣味にも程がある……が、それよりもずっと気になる発言があった。
「待て。まさか、その『愛した男』役を、俺にやれと?」
「そう。まじない師として、彼女を看てやるわけだ。そして親しくなり、二人は恋に落ちて……というプランよ」
ロランは露骨に表情を歪める。
「お断りだ。何のためにお前を雇っていると思っている。俺の正体を誰にも悟られぬ為だろうが」
「それは分かってるとも。だがお前は演技も一級品だし、本物のまじない師だし、今回の仕事に適任なんだよ」
霊との交渉はともかくとして、殺しの対象との接触が簡単ではないことも多い。
ロランは、相手を見もせずに呪殺できるような術者ではなかった。
霊を対象に憑かせる為に、どんな状況にでも対応できるよう努力した。
滅多なことでは人前に姿を現さぬ隠居貴族を殺す為に執事に扮し、屋敷内での信頼を得るまでに半年を費やしたこともある。
だがそれと今回の件は違う。
執事の件はあくまで、事件後も無関係な執事を装うことができた。
だがまじない師がまじない師役で潜入し、対象を呪い殺すなど愚かの極み。
関わった人物全員に、犯人は自分ですと喧伝するようなものだ。
「そのあたりは抜かり無い」
「黙れバカ『蛙』が。俺は断る」
「お前には、お嬢さんと駆け落ちしてほしいんだよ」
「おい、くだらん恋愛小説の話をしたいなら、町娘をあたれ」
「愛する男と駆け落ちした貴族令嬢。幸せで刺激的な逃走生活。しかしその男は殺し屋で、自分が感じた幸福は偽りだった! 呪いの子は所詮幸せになどなれないのだ! ――はいここで呪殺してお嬢さんは非業の死を遂げて終了~」
確かにそれならば、屋敷内の呪殺よりも、よっぽど足がつきにくい。
駆け落ちした地から、報酬を貰って逃げればいいだけ。
その家の者に顔を覚えられることに変わりはないが、充分に逃げ切ることは可能だろう。
しかし。
「そんな手の凝った殺しをする理由がわからん」
自分がつい先刻呪殺した男と、自分が同列の悪行を重ねるということに関しては、微塵も気にならない。
これが善良な平民相手ならば心が痛むが、相手は少女とはいえ貴族なのだ。
特権階級として生まれ、その恩恵を十七に至る現在まで受けてきた。
ロランからすれば、殺すことに些少の躊躇いも抱かない相手である。
気になるのはただ、依頼内容が複雑化した理由だけだ。
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