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第61話 蹂躙

敵から目を離さず、俺は高速で踏み込む。


加速魔法が踏みしめた地面を焼き、炎の筋が俺の背丈近くまで立ち上る。


応じるように、白狼は構えを解き、空気の中へと消えた。訓練した俺の目でも追えない速度だ。


影が走るのは辛うじて分かる。だが速すぎて、やはり追い切れない。


俺が【メタ】を使っていても、奴は俺には見えない。速度と隠密の相性が良すぎる。


普通の相手なら混乱して真っ二つだろう。だが俺は何度か見て、対策を作ってある。


目を閉じ、頭を垂れ、祈るように両手を組み、大量の魔力を顕現させる。


溜めたエネルギーが一気に拡散し、数千本の糸となって周囲一帯に張り巡らされる。


気配を消せても、体は世界に干渉する。どれか一本に触れた瞬間、俺は感じ取り、即座に反応できる!


背後から急接近。俺は振り向き、狙いもつけずに拳を放つ。


炎を纏った拳が少年の胸板に叩き込み、壁まで吹き飛ばす。


少年は少量の血を吐き、壁から身を離した。


「グオオル――ィィィィ!!!」――怒りを注ぎ込んだ目で天を仰ぎ、災厄の開幕を告げる咆哮。


腕を前へ高速で振り抜く。嫌な予感が走り、俺は全力で跳躍。


背後の家が五枚おろしのように裂け、残骸は即座に凍り、白い冷気を噴き出す。


何だ今のは。攻撃か?


【エイドン】:スキル【斬撃拡張 Lv:MAX】。斬撃の射程・サイズ・威力を大幅に増加させる。


【エイドン】:スキル【凍獣の鉤爪】。使用者の腕を氷の獣の爪へと覆い、触れたものをほぼ瞬時に凍結させるほどの鋭利さを与える。


なんて壊れ性能だ。すでに使っていたスキルに加え、さらに二つの強力なスキル。戦闘力が跳ね上がっている。


説明文に使用制限はない。繰り返し発動できるってことか。


あの斬撃は家一軒をいとも簡単に両断する精度と威力。しかも切断面から即座に凍結が広がる。


厄介だ。切り裂かれた家屋の瓦礫の中に、血が多く混じっているのが見えた。


くそ、さっきの家には人がいた。まずい。真夜中だ、皆、家にいる時間帯だ。


このまま奴が無差別に撃てば、死者も破壊も雪だるま式に増える。


俺が敢えて受け止めれば被害は抑えられるかもしれないが、あの斬撃は俺でも耐え切れるか怪しい。


正面から一撃でももらえば、その場で即死しかねない。


どうする――?


考えをまとめようとした瞬間、少年が腕を振り、斬撃を四本、俺へ。


魔力糸が一本、また一本と断たれていく。接近の合図だ。俺は無様でも構わず体を捻って回避。


だが背後では建物が次々と崩れ、凍てつく破壊の軌跡が延びていく。


「ちくしょう、まずい! どうにか止める手を――」


怒りで歪んだ顔は、外すたびにさらに険しくなる。終止符を打つ気らしく、両腕の爪に魔力を溜め始めた。


連続の手数。斬滅の閃きが雨のように迫る。


迎撃するため、石壁を幾重にも立てる――だが瞬く間に粉砕され、その背後ごと薙がれる。


さらに家々が倒れ、凍りつく。冷や汗が頬を伝う。


こいつを街の中心から引き離さないと。


今、標的は俺。ついて来るはずだ。だが俺がただ逃げれば、興味を失うかもしれない。


言われていた通りだ。……ならば敵意を送り続けたらどうだ?


ずっと敵対心をぶつけ続ければ、獲物として追ってくるかもしれない。賭けだ。俺が走って、もし奴が来なければ見失う。


危険だが、市街でこれ以上、殺しと破壊は増やせない。


失敗してもやるしかない。


金属のように軋む歯を鳴らし、視線は俺に釘づけ――だが先ほどほど速くはない。


スキルは使っていないな。今しかない。全力で走れば追いつけまい!


踵を返し、全速力で駆け出す。


「……グルル?」 少年が目を見開き、信じられないといった顔――すぐに癇癪を起こし、全力で追ってくる。


読みは当たりだ! 目的地は廃区画。あそこなら周囲を気にせずにやれる。


奴が走っている間は【超疾走】を使えない。立ち止まれば俺を見失う。


つまり、追わせるだけでいい。完璧な作戦だ!


屋根を渡りながら振り返る。ライカはまだついて来る。追いつけず、苛立ちは募る一方だ。


ついに怒りが爆ぜ、氷の斬撃を乱射。俺は走りながら身を捻って避ける――それでも被害は出る。


胸に苦いものが広がる。だが止まれない。


さらに二条の爪痕が空を裂き、前方の家屋を破壊。俺は跳び越え、進路を確保。


奴は焦り、凶暴性を増していく。だが構うものか。廃区画がもう見える――


いける!


心の中で勝利を叫んだ刹那、振り返った俺の目に、深く息を吸い込む少年。そして膨れ上がる魔力。


またあの音の爆発か? いや、距離はある。やるなら、さらに離れてやるだけだ。


何を撃つ――?


「グオオオ――ヤァァァッ!!!」 轟く咆哮。口腔から吹き出すのは、空気と氷魔力の奔流――まるで竜の吐息。


反応が間に合わない。左腕で庇う。触れた瞬間、腕と体の半分が瞬時に凍りつく。


鉄槌の衝撃が俺を吹き飛ばし、廃屋の一つへ激突。家は一撃で瓦解した。


瓦礫を押しのけて立ち上がるや否や、少年が霧の中から現れ、凍りついた俺の腕を蹴り抜く。


さらに遠くまで吹っ飛ばされ、いくつもの建物を貫通。ようやく地に足が着くも、平衡感覚が狂っている。


左腕は粉々だ。


「本当に、こういうのは大嫌いだ!」 痛みは薄いが、腕が無いのは不快だ。


残った氷を溶かし、回復に移ろう――その刹那、背筋を冷たいものが走る。


反射で横跳び。直前までいた空間が、丸ごと薄切りにされた。


こいつの能力、理不尽すぎる! さっきのは何だ?


【エイドン】:スキル【氷息】。凍結した魔力の塊を吐出し、進路上のすべてを凍らせる。


情報になってねぇ!! 氷属性の射出魔法――俺の魔導砲みたいなもんってことくらい、分かってる!


もっと有益な情報はないのかよ、クソッ!


煙の向こうから少年が現れる。四肢を地につけ、狼のように疾駆。


目にも止まらぬ速度で間合いへ。爪を天へ向け、至近距離からの斬り上げ――


俺は横へ跳ぶ。地面は切り裂かれ、瞬時に凍りつく。


間合いに入った。――使うぞ、アレ!


「――一撃!!」 炎纏う渾身の拳が少年の顔面を捉え、体勢を崩させる。


「――二撃!」 立て直す前に、胸板へ二の拳。


「――三撃!!」 続けざまに、鳩尾へ深くめり込む三発目。


「ぶはぁっ!!」 大量の血を吐かせる。だが、ここからが本番だ。


「――連続!!!!」 激流のような拳雨が肉を沈め、まるで捏ね上げたパンのように体を歪ませる。


少年は家屋まで吹き飛び、俺は間髪入れず追い、連打を重ねる。


拳、拳、拳――俺が止めるか、届かなくなるまで終わらない!


これは俺が【破滅の拳】を用い、正確な順序で練り上げた渾身のオリジナルだ。


最初の「一撃」で拳力は+30%。「二撃」で通常比+90%。そして「三撃」で通常比+150%。


この三手を完璧に通せば、「連続」へ移行。以降の拳は無尽の早連打、一発ごとに通常比+100%の出力を維持する。


唯一の弱点は、最初の三手が遅く、予測されやすいこと。だが通しさえすれば、次は速くて重い。


スキルでも魔法でもない。正体は分からないが、ガブリエルとの実戦の中で掴んだ。


【破滅の拳】でできるなら、他のスキルにも応用法があるはずだ。


連打はしばらく続いた――が、突然、足元が凍り、俺は足を止められる。その反動でライカは遠くへ弾き飛ぶ。


「くそ、繋ぎを落とした。もう一度『連続』へ入るには三手からやり直し……同じ手はもう食ってこないだろうな」


稼いだ時間で回復魔法を回し、左腕の再生を加速。


瓦礫の山から無傷で立ち上がるライカ。牙を剥き、爪を広げて俺を威嚇する。


「物騒だな。第二ラウンド、やるか?」


ボクサーの構えで腕を上げ、魔力をかき集める。そろそろ魔法を遠慮なく連発していい頃合いだ。


ここならいくら派手にやっても、オザスコの市民に被害は出ない。


血が騒いでくる。できれば長くやっていたい――が、さっさと終わらせる。


目が合う。同時に踏み込む。張り詰めた空気が、ついに――弾けた。

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