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第60話:強敵

俺はその目をじっと見つめる。瞳孔も虹彩もない真っ白な目――まるで白目を剥いているようで、実に不気味な光景だ。


だが、下で繰り広げられている虐殺ほど不気味ではない。


相手は空っぽの眼差しで再び俺を見据える。低い構えは脅威を示しているのに、そこから動き出す気配も、殺気も感じられない。


動かないうちに【エイドン】でステータスを覗くのは悪くない。


名前:ライカ

種族:獣人―狼族

レベル:57〜56

スキル:【超斬撃】【鋭爪】【超疾駆】

装備:隷属の首輪|||、イグニス・エヴォルート

称号:大暗殺者/白狼/氷の火花/超高速走者/生命を断つ者


……怖いな。気になる点はいくつもあるが、いちばんは――この子、奴隷なのか? 首輪の説明はつく。だが「イグニス・エヴォルート」とは何だ?


たぶん服の下で淡く光っている胸のそれだろう。


そしていつも通り、俺に見えるのは「すでに目にしたスキル」だけ。つまり、さっきの一撃で攻撃スキルを三つ使っていたってことだ。これは驚きだ。


気をつけろ。まだ隠し玉を持っているかもしれない。もう一つ引っかかるのは、レベルが57と56の間で揺れていること。どういう意味だ?


レベルは力と経験の尺度。揺れるということは、本人が「強くなりながら弱くもなっている」状態――。


意味は分からないが、あの紫の輝きと関係がある。直感がそう告げている。


いずれにせよ強い。レベル50を見るのは初めてだ。下手をすれば死ぬ。


だが、短い鍛錬で手に入れた力には自信がある。まずは様子見で、隠し札を吐かせる。


まだ動かないが、こちらの動きには明らかに集中し、喉笛を狙う準備はできている。


深く息を吸い、ガードを上げ、拳を腹の横に構える。


俺が動いた瞬間に来る。なら、命中率を上げるために囮が必要だ。


足元を見て、石の棘をいくつも生やす。相手がわずかに怯み、意識が散ったところで【フレア・アクセル】。一気に間合いを詰める。


踏み込んで溜めていた拳を放つ――が、少年の姿が掻き消え、空を打つ。


背筋に悪寒。即座に身を屈めると、爪が髪を掠めて通り過ぎた。


速い! そして気配を殺すのが上手すぎる。至近距離で【メタ】があっても捉えられないとは。


目で追うには速すぎる。別のやり方で動きを読むしかない。


背後だ。踵落としを逆打ちで放つ――が、また空振り。


すぐ体勢を立て直し、完全に消えた気配を探る。


たぶんスキル【超疾駆】。移動開始時にだけ発動でき、静止状態から異常な初速で飛ぶタイプだろう。


他の二つは完全に攻撃用。名前からして斬りに特化している。


今のところ爪でしか来ていない。なら、爪さえ避ければいい。


少年が不意に頭上正面に現れ、垂直の一撃を振り下ろす。今までより遅い。後ろへ一歩で回避。


爪が頬を掠め、地面――いや、瓦に突き刺さる。


今ならがら空き。一撃で落とせる。


勝利の薄い笑みが浮かぶ――が、すぐに打ち砕かれた。


「グアアッ!!」

刺した手を軸に空中で回転し、踵で顔面を直撃。数メートル先まで吹き飛ばされ、家屋をいくつも突き破る。


なんとか起き上がるが、世界が回る。立てない。座り込んだまま視界の水平を取り戻そうと周囲を見る。


「くそっ! 侮った……」


悪態をつき、ふらつきながら立つ。崩れた壁に手をつき、遠くであれが、憐れむような目で俺を見ているのが見えた。


「グロォ──イイィィエエエ!!!!」


低くて太いのに甲高い、咆哮と悲鳴の混じった声が四方に轟く。


獣が獲物すべてを威嚇する、そんな響き。近くの者は皆、恐怖に縛られているはずだ。


「勝ち誇るのは早ぇんだよ、この野郎!」

そう吐き捨て、腕を掲げる。「喰らえ、【炎竜】!」


高濃度の火球が三つ、目の前に生まれ、少年へ超高速で射出される。


阿呆みたいに吠えて気を逸らしていたせいで、気づくのが遅れた。避けられない。


二発が直撃し大爆発。三発目は空へ抜け、やがて無数の紅い火花となって弾けた。


敵を滅ぼすための、美しい花火。


さっきは調子に乗ったが、もう同じ過ちはしない。


少し距離はあるが、あれでガブリエルが気づいて来てくれるはずだ。頼るのは癪だが、仕方ない。


【テナチ】を起動して砕けた顔面を修復しつつ、屋根に戻り、少年のいた場所へ近づく。


だが、爆煙が薄れると――目の前で予想外が起きた。


爆発で体に二つの穴、左腕は吹き飛んでいる。――それが、再生している。


筋肉、骨、血管が無から凄まじい速度で増殖していく。


俺の再生よりずっと速い。俺なら数分はかかるはずが、数秒でほぼ完治だ。


「なんだ、これ……?」

口が勝手に開き、恐怖が這い上がる。


俺を見据え、歯を剥き、獣じみた憤怒をその顔に貼り付ける。


悪寒が体を支配する。とっさに構えを上げ、最悪に備える――だが、動かない。代わりに天へ顔を上げ、胸を大きく膨らませて息を吸い込む。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」


咆哮とともに巨大な音圧が爆ぜる。窓という窓が割れ、少年が立っていた家が音波だけで崩れ落ち、周囲の家々も連鎖して潰れる。


地面が小さな地震のように揺れ、衝撃波が俺に達した瞬間――吹っ飛ばされ、鼓膜が同時に破れた。


目と喉から止めどなく血が流れ、視界が赤く染まり、血に溺れて――意識が落ちる。


――はっと目を覚まし、跳ね起きる。ここは……崩れた家屋の中、瓦礫の上に倒れていたのか。


気絶していた? どのくらいの間?


なんて攻撃だ。防ぐのは不可能。最善は射程外へ即離脱。これが隠し玉か?


【エイドン】――スキル【三日月の咆哮】。

使用者の闘志と魔力を複合し、全方位へ音の奔流を解き放つ。触れるものを破壊する。ただし発動難度が高く、連続発動は不可。


「なんだそれ!? 壊れすぎるだろうが!」


一度きりなのは救いだ。だが、それでもオーバーパワーだ。


異常な速度に、鋭く切り裂く爪。さらに軍勢すら薙ぎ払える大技。誰も勝てなかったのも頷ける。


……それでも、キウィの爆裂魔法のほうが純粋な破壊は上だと俺は思っている。


ただ、あれに匹敵させるには全魔力が要る。そういう意味では比較はできる。


考えていると、煙と砂塵の帳から小柄な影が静かに歩み出てくる。


まずい! どれだけ時間が経ったか分からないが、完全回復には十分だったらしい。構えを取り直す。


穏やかだった少年の顔が、瞬時に憤怒で歪む。高速で跳びかかってくる。


石壁をいくつも立てる――が、即座に薄紙のように両断。舞う破片を逆に操り、少年を岩の完全球で包み、動きを封じる。


すぐ距離を詰め、掌を球面に当て、【炎竜】で火属性を増幅。


加熱開始。球はみるみる紅くなり、蒸気を噴き上げる。


これで確実に仕留める――少なくとも、しばらくは動けない。


石が震え、蒸気がさらに噴き出す。嫌な気配を感じ、即座に後退。灼獄の檻から、異様な圧が滲み出る。


次の瞬間、球は紅を失い、内側から破裂。凄まじい内圧が抜けるような音――密閉容器で沸騰水が爆ぜる、あの音だ。


破片の中心に、少年が立っている。全身生焼けの肉。だが再生は速い。


足元――踏みしめた床が凍っている。俺の【アイス・タッチ】に似ている。


超高温の岩を内側から急冷して、圧力破裂を起こしたのか。賢いじゃねえか。


――もういい。我慢は終わりだ。ここからは全開。


再び構え、今度は同時に【テナチ】【闘気】【破滅の剣】【集中】を起動。


輝くオーラが全身を包み、拳には蒼い炎が灯る。


それに呼応するように、少年は四肢を地に突き、体毛を逆立てる。怒りに染まった顔、爪が地面を抉る。


そこからさらに――爪が凍り、巨大化。奇妙な氷のガントレットへと変じ、長大な鉤爪が生える。


足元一帯が白く凍り、吐息は白煙となって空気を冷やす。


一滴の汗が頬を伝い、表情が昂揚と不安の混じった歪みに変わる。


「――来いよ、化け物!」

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