第59話 白狼の正体
「じゃあ俺はこの道を行く。二人とも気をつけて、死なないようにな」 そう言って、さっきまで隣を歩いていた二人から離れた。
ここから先、俺たち三人は散開して単独行動をとる。
「あなたもよ。もし“あれ”を見つけたらすぐ合図して。絶対に一人で戦おうとしないこと!」 キウイは頬をぷくっと膨らませ、説教みたいに言う。
まあ、心配するのも無理はない。もし俺が見つけたら、多分そのまま戦いに行ってしまうだろう。でも、こうして気にかけてくれる誰かがいるのは悪くない。
「そっちも同じだ。奴が現れたら、すぐに合図を飛ばせ」 彼女は可愛らしくコクンと頷いた。
その愛らしい姿を一瞬だけ目に焼き付け、俺は真剣な顔のガブリエルへ向き直る。
「もう言うことはない。無茶すんなよ」 「お前もな、この野郎」 彼は口の端をわずかに上げ、俺とは別の道へと歩き出した。
キウイもすぐに続く。だが、彼女は何度か振り返ってこちらを見る。俺は視線を返し、決意を新たにして、自分の進むべき道へ。
これから狩る相手は並の化け物じゃない。奴の実力を知らない以上、死ぬ可能性は十分ある。
それだけで本来は手を出すべきじゃない案件だ。だが、俺たちは訓練で時間を食い過ぎた。その間にも、誰かが死んでいるかもしれない。
キウイが標的にされる前に、そしてこれ以上犠牲を増やさないためにも――俺たちは“白狼”を仕留める必要がある。
作戦と言えば聞こえはいいが、実態は“陣形を組む”に近い。
俺たちは互いに距離を取り、単独で動く。正確には、互いに5km離れて三角形を作り、半径10km超の範囲を監視する。
この街は巨大だ。三人で固まっていても、反対側で襲撃が起きれば気づけない。
だから、この布陣。誰かが白狼を見つけたら、俺が考案した合図を上げ、残りの二人が即座に駆けつける。
やり方は単純。打ち上げ花火の形を教え、魔法で再現するだけだ。火球を空へ撃ち上げ、弾ける情景を強くイメージする。
単純だが、無用なリスクは多少減らせる。
俺は家屋の屋根へ跳び上がり、屋根伝いにパルクールで駆ける。広い面積を素早くカバーしつつ、《感知》を使って気配を探る。
いまのところ収穫はない。だが、奴が自分の気配を隠せるなら話は別だ。そうなると発見は難しいし、それだけ知能も高いということだ。
白狼には高い知性がある――そう考えてはいたが、実際の捜索難度まで想像が及んでいなかった。
もし賢いなら、奴は勝てると踏んだ相手にしか襲いかからない。つまり、俺やガブリエルは狙いにくい。
となれば、“待つ”のではなく、こちらから“見つけに行く”しかない。
「……厄介だな」 俺は屋根の上でぴたりと足を止めた。
もし俺が《感知》をもっと使いこなせれば、気配だけじゃなく、周囲の“すべて”を感じ取れるのだろう。だが、練習すると頭が割れそうに痛む。
「はぁぁぁ……」 長い溜息がもれる。
どうやって見つける?
――ん?
考えに沈みかけた視界の端、煙突の中で何かが光った。
巨大な蜘蛛の巣。蛾のような虫が闇の中を手探りで飛び、巣に絡め取られていた。やがて、ひび割れから出てきた蜘蛛がそれに近づく。
――これだ。
我ながら、天才かもしれない。
まだ魔力制御は未熟、《感知》も万能じゃない。だが、工夫で感覚を拡張することはできる。
蜘蛛は教えてくれた。
巣は罠であると同時に、蜘蛛本体と繋がる“神経”でもある。一本でも震えれば、瞬時に気づき、どの糸かまで分かる。
同じことをやればいい。俺は両手を前に差し出し、目を閉じる。掌に魔力を球状に集め――
安定したところで、超極細の“糸”として四方八方に撃ち出した。糸はあらゆる物に当たり、反射し、固定されていく。
蜘蛛と同様に、俺は自分の感覚を何キロにも渡って張り巡らせ、《感知》で一本一本を識別する。
……まだ足りない。単体の《感知》よりは圧倒的に良いが、手応えがない。街路の人波、動く物体、小動物――それらは拾えるのに、白狼は見つからない。
なら、もう一段階。俺のいた世界には“ビリヤード”っていう卓上競技があってな。今の糸の理屈に近いが、少しだけ発想を変える。
それを応用すれば、届く距離を一気に伸ばせる。ただし一発限り。魔力は拡散して消える。
もう一度やるには、再び広域に糸を張り直す必要がある。時間を無駄にしないためにも、“一つの気配”ではなく、もっと的を絞った“特徴”を探る。
――感情だ。
魔物なら魔力に“感情の癖”が乗る。なら、弾き分けられる。
俺は糸に溜めた魔力をさらに込め――爆ぜさせた。数え切れない光粒が飛び散り、家々や障害物に当たっては跳ね返る。まるで無数のビリヤードの球だ。
《感知》で、弾かれた先々の“情動”を拾い上げる。膨大な情報が脳に雪崩れ込んだ。
だが問題ない。まず“日常”をふるい落とす。異常だけを拾う。
派手で目立つ技だ。そこそこ魔法に通じた者なら、光の粒に気づいて警戒を上げるだろう。だが、今は見栄を張っている場合じゃない。
範囲が6kmを超えたとき――妙な“塊”を捉えた。人気のないエリアに、孤立したひとつの感情。
恐怖、不安、そして絶望。……これは?
同じ場所へ粒子を集中的にぶつける。すぐそばに、もう一つの存在を見つけた。
それは――激しい怒り、焦燥、そして恐怖。奇妙な取り合わせだ。……奴だな。
方向はガブリエルとキウイの反対側。だが行くしかない。白狼だと確信したら、すぐに合図を上げる。
本物なら、二人が着くまで時間がかかる。くそ、迷ってる暇はない――急ぐ!
俺は隣家へ跳び、さらに加速。十分に速度が乗ったところで、《爆炎加速》を起動し、爆発的に前へ。
足元に制御された爆ぜを生み、踏み込み一つで十数倍に跳ねる移動魔法だ。
この速度なら、6kmは数分。
接近直前で減速。反応点の百メートルほど手前、高い屋根の上から様子を窺う。
――地獄だ。
そこには徹底的な虐殺があった。地面は血の海。手足、首、臓物が四散している。
損壊が激しすぎて正確な死者数は読めないが、転がる頭部と胴の数からして二十は下らない。
胃がきゅっと縮み、吐き気が込み上げる。
血の海の中心に、二つの影が向き合って立っていた。暗さで判別しづらいが、背の低い方の腕が、もう一方の胸を貫いている。
低い影からは、禍々しく攻撃的な魔力が滲む。輪郭もどこか異様だ。
雲が月を覆い、街灯の光も届かない。視界は悪い。
だが――高い方から、生命の魔力がするりと抜けていくのを感じた。……死んだ。間に合わなかった。
いったい何があった? 争い? この街に夜の怪物が出るって時に、どうしてここまで?
獣の仕業としか思えない光景。なのに、この場にいるのは――血溜まりの中心に立つ“少年”ただ一人。
こいつが、やったのか?
思考と観察を並行させていたその時、背筋を氷柱が走る。アグリスに威圧された時に似た圧が、空間一帯を覆った。
馬鹿な……この距離で俺に気づいた!? 少年の影がぎしりと軋むように、ゆっくりとこちらへ向き――頭蓋を叩く警鐘。
命に直結する“危険”。
雲が流れ、月が顔を出す。地上に白光が満ち、闇に紛れていた俺の位置が露わになる。
同時に、相手の姿も――白光にくっきりと浮かぶ。
そこにいたのは、背の低い――おそらくは年端もいかぬ少年。逆立つ長い髪、頭には二本の狼耳。
白く濁った瞳は催眠にかかったようで、口元には鋭い牙。腰にはふさふさの尻尾。前腕には白い体毛、爪は長く尖っている。
そして何より――雪のように白い体毛が、月光を浴びてほのかに輝いていた。
……白狼。
奴は“獣人”だ。怪物じゃない――少なくとも外見は。街でもギルドでも見かける種族だ。だが、なぜ獣人がこんな真似を?
粗末なタンクトップに膝丈の短パン。麻袋みたいな代物。だが、胸の中心――衣服の下に、微かな紫の輝き。
そこから奇妙な魔力の波。こんな気配、今まで感じたことがない。
首には棘付きの首輪。鎖の切れ端が垂れていて、まるで首輪のようだ。そこからも、胸と同質の異様な魔力が滲む。
何が起きているのか分からない。けれど、話はできるかもしれない。……いや、正面から言葉は通じないタイプだ。まずは眠らせる。
そう決めた刹那――俺から漏れたわずかな敵意に、少年の体がぴくりと痙攣する。
目を凝らした瞬間、少年は地を蹴った。広い距離を、一息で詰める。
「ひぃっ!」 喉笛を薙ぐ一撃。紙一重で躱し、大きく後退。
速い……! 子供のはずなのに、どうしてここまで――。
彼は四足の獣のように腰を落とし、再突進の構え。俺も即座にガードを上げ、迎え撃つ。
……簡単に済むとは思ってなかった。だが、状況を、少し甘く見ていたかもしれない。 どうやら――容易い相手じゃない。




