第55話:ニュー・スタイル
「この魔石と、いくつかの候補をお勧めします……」
――装備についてひと通り話したが、やっぱり想像どおり一番高いやつばかり勧めてくる。
ウゼン「オーケー、ありがとう。ついでに“魔物避け”のことも知りたい。任務で耳にして、ちょっと気になってさ」
「うーん……あまりお勧めはしませんね。魔物避けにもいろいろ種類があって、効く相手が違います。だから、いくつも持ち歩く気がないなら、進路上にどんな魔物が出るかを事前に調べるのが一番ですよ」
なるほど、確かに厄介だ。じゃあ買わないほうがいいかも。多少襲われても俺は平気だけど、キウイが不意を突かれたら最悪だ。
俺には【Meta】がある。他人の気配を感知できる強力なスキルだが、絶対ではない。
それに、使えば使うほど疲れる。常時起動なんて無理だ。
……ガブリエルに今度聞いてみよう。旅路の立ち回りは、あいつのほうが詳しいはずだ。
ウゼン「じゃあ、とりあえず今はあなたのお勧めだけにしておくよ」
――何か、忘れてる気がする。
ええと……元素属性の魔晶石をいくつか、回復薬を数本、投げナイフ、囮餌、それから夜目が利く付与の首飾り。
こんなところか。思ったより品数は多くないし、準備も早く済んだ……――
思い出した。ここに上がってきたのは“あそこ”から逃げるためだった。もっと時間がかかると思っていたのに、意外と早かったな。
ちぇっ、ここでぼーっとしてても仕方ない。降りるか。
「ほかにご入用は、ございますか、お客様?」と店員が軽く頭を下げる。
ウゼン「地図ももらえるかな。もしあるなら」
――ガブリエルに頼りすぎずに済む道案内は、持っておきたい。
「地域の地図ですね、承知しました!」
ウゼン「いや、地域のはもうある。もっと広域のやつがいい」
「うーん……大陸全図ならあります。世界地図が欲しければ、別の店を当たってください」
ウゼン「大陸の地図で十分だ」
店員はにこりと笑って、棚の上に畳んであった大きな紙を取り、ほかの品と一緒に箱へ入れた。
「では、階下でお会計を――」
箱を抱えて階段へ向かう。――やばい、引き止めないと!
ウゼン「い、急がなくていい。相方がまだ下で服を選んでて、ちょっと時間が……へへ」
「じゃあ、もう終わってる頃ですね」
ウゼン「え?」
「うちの祖母、縫い物は超速なんで」
無邪気に笑って、そのまま階段を降りていく。
嘘だろ……。じゃあ、なんで俺は上に逃げて散財したんだ? しばし悶々としてから、俺も後を追った。
一階に戻ると、キウイがさっき俺が座っていた椅子に腰かけ、少しお疲れ顔。赤髪の少女は棚に服を戻している。
老女はドレスを顔の前へ持ち上げ、舐めるように品定め中。――マジか、本当に終わってる?
キウイはそろそろ限界っぽい。代金だけ払って帰ろう。
俺が階段を降りるのを見るなり、キウイの顔がぱっと明るくなり、さっきまでの疲れが嘘みたいに消える。嬉しそうに手を振ってきた。
キウイ「ウゼン、終わったよ! 次は君の番。待ってたんだから」
――かわいい。
マジで俺もか!?
今の服はボロだから新調は必要だ。でもファッションには無頓着だし、動ければ何でも――
ウゼン「動きやすければ何でもいいよ」
服をいじっていた店主に向き直って言う。
キウイ「それじゃダメ。君に似合うものをちゃんと選ばなきゃ」
――叱られた。
ウゼン「いや、本当にこだわりはなくてさ」
かわそうとしたら、余計に機嫌を損ねたらしい。
キウイ「はいはい、もういい。選ばないなら、私が君に似合うのを探すから」
バッと立ち上がって、プンプンしながらショーケースへ。
なんでそこまで怒るんだよ、服で……?
「ねぇ、兄ちゃん。彼女、そんなに怒らせないほうがいいよ」
と、赤毛の少年が肩越しに心配そうに言う。
横目に、キウイがぴくっと震えてピタッと足を止めるのが見えた。
ウゼン「そういう仲じゃないけど……まぁ、あまり怒らせないようにするよ」
――なぜかキウイはさらに不機嫌になり、ドンッと足踏みしながら歩き出す。……聞こえてた?
少し服の山を漁ったあと、キウイは老女に二組のコーデを渡してお直しを依頼。俺も待っている間に採寸を済ませたので、あとは微調整だけだ。
老女の手元が気になって、じっと見つめる。――次の瞬間、腕が消えた。
正確には、速すぎて目で追えない。……この人、本当に人間か? 気づけばもう直しが終わっている。速っ!
「できたよ。試着しな」
しわがれた低い声で告げられ、俺とキウイはそれぞれ試着室へ。
どうやら俺のぶんは二着――普段着と、旅・戦闘用。キウイのぶんはもっと多い。全部着るのかは知らんが、欲しいなら買ってやるつもりだ。
まずはカジュアルから。――無駄にベルトが多くて着るのは少し手間だが、そのぶん着心地はいい。
白いシャツの袖は肘まで折り返し、その上にぴたりと締まった黒いベスト。革のストラップが胴を斜めに走って腰のベルトへ繋がる。シルエットを整えた濃色のパンツは、バックルとホルスターで固定され、見た目も機能も実用的だ。
茶のレザーブーツはしっかり編み上げで、全体を引き締める。……悪くない。やっぱりキウイ、センスいいな。
仕上がり確認のためにカーテンを開けると、ちょうどキウイも出てきた。
一瞬、言葉を失って固まる。
淡いトーンの軽やかなワンピースに、腰のシンプルな革ベルト。小さなポーチが斜めにぶら下がっている。上からは、縁にレースをあしらったローズピンクの広袖マント。輪郭を柔らげ、彼女の可憐さを引き立てる。
まさに眼福。愛らしい性格とのコントラストが抜群で、疲れた目に沁みる癒やしだ。
キウイ「何か、言うことは?」
低い声でぷくっと頬を膨らませる。――まだ拗ねてる。今は全力で褒め倒すのが正解だ。
ウゼン「今日も綺麗だよ。すごく似合ってる。君の美しさがよく映えてる」
決意を伝えるように、堂々と告げる。
けれど彼女はそっぽを向くだけ。……頬が赤い気もするが、気のせいか。
キウイ「君も、よく似合ってる。――さ、もう一着あるから、着替えてきて」
ちらりとだけ視線を戻し、肩越しに言う。
俺は頷いて試着室へ。遠くで、彼女も別の試着室に入る音。――もう一着あるつもりだな。
二着目は、より動きやすく、より軽快。――まさに戦闘と複雑な動作のための服。体のラインが出るぴったり目で、少し気恥ずかしいが、気にするほどじゃない。
ノースリーブの黒いテックベストはハイネックで、ジッパーが喉元から腹部まで走る。縫い目が胴体のラインを描き、幅広のバックルベルトが二本、腰を締めて左右非対称のフラップを固定する。
腰からは細長いパネルが垂れ、先細りのパンツの上に重なる。バックルとストラップが各所に配され、Dリング付きのカーゴポケットも一つ。指なしグローブと厚底の頑丈なブーツで締め、静粛と機動に振り切ったタクティカル・セットだ。
少し照れながら外へ出ると、キウイはすでに出ていて、俺を見るなり顔を真っ赤にして両手で目を覆った。
やっぱり、ちょっと際どいか。……でも、キウイが選んでくれた服だ。ここで拒否したら、また怒らせてしまう。
ウゼン「どう、かな」
視線が合わないよう、少し横を向く。――らしくないほど動揺している。
キウイ「……うん。すごく、似合ってる」
トマトみたいに真っ赤になったまま、視線を逸らして答える。
俺もつられて顔が熱くなる。さっきは気恥ずかしさで気づかなかったけど、今の彼女――目が離せない。
重力に引かれるみたいに、自然と視線が吸い寄せられる。完璧にハマった装いが、彼女の雰囲気をまるで別人みたいに変えていた。
肩を出した白のオフショルダー・ブラウス。胸元にはフリル、袖は手首に向かって絞られたパフスリーブ。上からきゅっと締まった黒のコルセットがウエストをきれいに描き、首元のチョーカーと指なしグローブが意思の強さを添える。
下は黒のショーツの上に、ロングテールで両脇にスリットが入った赤のスカートケープ。腰に繊細なチェーンで留められている。腿のストラップには青い宝石の飾り。ミドル丈の黒ブーツには金のアラベスクが走り、青い宝玉と、足首に淡く光る“翼”の意匠――彼女の“定番”が、しっかりと輝いていた。
ウゼン「……君も、最高だ」
それだけ言うのが精一杯。頭の中が真っ白で、気の利いた感想が出てこない。――くそ、ただ可愛いを超えた。綺麗な女の人だ、完全に。
さらに顔を赤くしたキウイは、店主の背に隠れる。店主は得意げに口角を上げた。
……正直、ほかのコーデも見たい。俺は今、キウイの魅力に完全に呑まれている。
ダメだ、カイドウ・ウゼン! 落ち着け!!
ウゼン「この服と装備、全部もらう」
カウンターの少年に合図すると、彼はすぐ理解してレジ台へ向かった。
「では、衣装が八組と装備がいくつか、ですね。合計、金貨三枚になります」
台下から小さな計算盤を取り出し、ぱちぱちと弾く。
ってことは、キウイのぶんが六組? 結構な量だな。――でもいい。さっきの“ご褒美”代だと思えば安いもんだ。
ウゼン「金貨三枚って、どれくらいの価値なんだ?」
正直、この世界の相場がまだ体に入ってない。
「えっとですね、金貨一枚は銀貨五十枚。銀貨一枚は銅貨百枚に相当します。あとは白金貨というのもありますが、これは滅多に出回りません。金貨十五枚ぶんですから」
高っ! 有益な情報には違いないが、にしても高い。宿は三日で銀貨十一枚だったのに、今回の買い物はその十四倍だぞ。
袋の中身は正確には知らないが、リースからは別途、金貨九枚入りの袋も受け取っている。――少なくとも、かなりの出費だ。
涙目で勘定を済ませ、キウイを呼びに振り返る。赤髪の少女が彼女の耳元で何か囁き、キウイがびくびく震えている。……いじめか?
ウゼン「キウイ、行くぞ!」
まだ頬を赤くしたまま、彼女は俯いて小走りに俺のもとへ。赤髪は意地悪くニヤリ。――何なんだ、あいつ。
三人に挨拶して店を出る。時間を食わないよう、俺たちはそれぞれ今の服のまま。
さて、どこへ向かう?
ウゼン「キウイ、体調は?」
キウイ「もう限界。……マナ、ほとんど残ってない」
ウゼン「わかった。カゼを呼んで、宿に戻ろう」
彼女は小さく頷いたが、まだ視線を合わせようとしない。――また怒らせたか?