第53章:ありふれた朝
――んぐぅっ!
なんだこれ、まぶしい!
この強い光は何だよ!? せっかく気持ちよく寝てたのに!
……って、ガブリエルの鎧かよ!? クソッ、どうやら太陽の光があいつの鎧に反射して、俺の顔面直撃ってわけか。
ウゼン「ふわぁぁぁ……」――俺は大きなあくびをしながら伸びをする。「今何時だ?」
まだ早そうだけど、宿の外から音が聞こえる。とはいえ、もう一度寝る気にはなれない。最近ずっと床で寝てたから、ベッドで寝られるなんて滅多にないのに……もったいねぇ。
でも、もう完全に目が覚めちまった。全部こいつのせいだ!……いや、違う。俺のせいか。
昨日、こいつをそのままベッドに放り投げただけだったな。鎧を脱がせてから寝かせるべきだった。まるでバチが当たったようだ。手を抜いた報いってやつか。
最悪なのは、頭がガンガンするし、喉もカラッカラってことだ。これが……二日酔いってやつか?
くそっ、あの酒うますぎた。だが、アルコールにはデメリットもあるってことだな。とにかく今は、すっきりしたい!
ガブリエルのまぶしい胸当てにもう一度イラっとして、俺は毛布をつかんであいつにぶん投げる。ガブは苦しそうにうめくだけだった。
俺はブーツを履き、ボロボロのシャツに腕を通す。これ以上破れないように気をつけながら。
そういえば昨日、キウィと一緒に服を買いに行こうって話してたな。替えの服なんて一着もないし、そろそろマジで服を増やさないとまずい。
いや、正確に言えばこの世界に来た時の服もあるけど……あれもボロボロで使い物にならない。
思い出として取っておいたけど、今はただの荷物になってる。もしかしたら捨てたほうがいいかもな。
服に関しては、リエスがくれた金もまだだいぶ残ってるし。武器用にって言ってたけど、ガリアならそんなに取らないだろ。
何せ銀貨と茶色い銅貨が詰まった袋が六つもあるし、金貨も何枚かある。まだこの世界の貨幣価値はよくわかってないけど、基本的なブロンズ、シルバー、ゴールドの三段階らしいな。
早いとこ覚えないと、いざという時に困るぞこれは。
ガブリエルが起きたら、教えてもらおう。
ウゼン「おい、バカ。もう起きろよ」――声をかけるが、うめき声しか返ってこない。大丈夫かコイツ……。
まぁ、今は置いといて。俺は部屋を出て、受付の横を通って出口へ向かう。数人の従業員がテーブルを拭いたりしていた。
朝食を取ってる宿泊客は二人ほどしかいない。ってことは、やっぱりまだ早朝ってことか。部屋の窓からじゃよくわからなかったな。
俺はスタッフに挨拶して、宿を出る。たしか建物の裏に井戸があったはず。そこへ向かって、顔を洗い、水を少し飲む。
空はまだ完全に明るくないが、太陽は昇り始めている。冷たい水で頭は少しスッキリしたが、まだズキズキする。
今週はずっと自由行動だ。何をするか全然決めてないけど、とりあえず今日は服でも買いに行こう。あとは必要そうなものも。
あと……風呂に入りたい。ぶっちゃけもうクサい。こっちの世界に来てから一度も風呂入ってねぇし。てか、この世界に風呂文化ってあるのか?
知らん。でも、川か湖を見つけたら迷わず飛び込んでやる。
顔に水をもう三回くらいぶっかけてから、部屋に戻る。ベッドでまだ寝てるガブリエルに軽く蹴りを入れて起こす。
ガブリエル「なんだよ、クソ……寝てんだよ、俺は……」――かすれた声でぶつぶつ言ってる。
ウゼン「起きろよ。朝飯食って、出かけるぞ」
彼は布団を引っ張って頭からかぶる。
ガブリエル「俺はどこにも行かねぇ……マジで気持ち悪い……」
わかる、めちゃくちゃわかる。その気持ち痛いほどわかる。二日酔いって本当につらいよな。しかも、昨日は俺のほうが飲んだのに、こいつのほうが潰れてた。だから運んだのは俺だっての。
ウゼン「マジで? 今日キウィと服見に行くんだぜ? あのキウィちゃんのいろんな姿が見れるかもよ?」
その瞬間、毛布の下でピクッと反応する。……このクズめ。まぁ気持ちはわからんでもないが、なぁ。
ガブリエル「行きてぇ……マジで行きてぇよ……でも、立ち上がったらマジで首から頭が落ちそうなんだ……」
ウゼン「じゃあ今日はパスでいいや。あ、そうだ。今週はずっと空いてるから、明日から俺の訓練に付き合ってくれよ。今日はしっかり休んどけ、ハハハ!」
俺は部屋を出る。ドアを閉める瞬間、やつがぼそっと「ふざけんな……」と呟いたが、聞こえなかったことにしておこう。
廊下の向かいにある別の部屋の扉をノックする。キウィを起こすためだ。さすがに女の部屋に勝手に入るのは失礼だからな。ノックだけして待つことにする。
中から小さく寝言のような声が聞こえる。まだ半分寝てるっぽい。
ウゼン「キウィー、朝だぞー!」
キウィ「はぁい……今行くぅ~~……きゃあっ!?」
ドタドタッ――バンッ!!
急に中から音と悲鳴が聞こえてくる。まさか、殺人事件か!?
ウゼン「お、おい! 大丈夫か!?」
キウィ「だ、大丈夫……ブーツ履き忘れてベッドから降りちゃったの……」
あー、そういうことか。慣れるまでは大変そうだな。歩くためにはいろいろ準備がいるわけだし、当分は気をつけないと。
数分後、キウィが部屋から出てくる。いつもの白いドレスに、寝癖のついた髪。彼女の美しいオッドアイが、俺の視線を釘付けにする。
でも彼女は、俺の視線に気づいて目をそらす。気まずそうに。
ウゼン「……朝飯、食いに行こっか?」
キウィ「うんっ!」――すぐに機嫌が良くなったみたいだ。
受付のあるフロアに降りて、食事を注文する。キウィはフルーツと卵のセット、俺は肉。
朝からちょっと偏った食事だけど、俺は好きなんだ。キウィに「もっとバランス考えて」って軽く怒られた。次から気をつけないと、また説教されそうだ。
食べ終えた後、支払いのためにカウンターへ向かう。
ウゼン「すみませーん!」
「はいはい、なんだい? ああ、お会計かい? 宿代と朝飯と……あとリンゴかい?」――出てきたのは、声も見た目も完全にオーガなおばちゃんだった。
……いやいや、人を見た目で判断するのは良くない。見た目にかまけない女性ほど、料理がうまいって言うし。真偽はわからんが、今日の飯は確かにうまかった。
ウゼン「はい、ありがとうございました。リンゴもいくつかお願いしたいです」
「任せな! 宿代と飯代とリンゴで……銀貨11枚だ!」
声がデカすぎる! また頭が痛くなってきた!
支払いを済ませて、俺たちは宿を出る。
キウィ「ねえ、こっちって商業区と反対じゃない?」
ウゼン「ああ、ちょっとカゼの様子を見に行って、ついでに餌もやろうと思ってさ」
キウィは俺が持っているリンゴを見て、うなずいてついてくる。馬小屋に着いた途端、鼻をつく強烈な臭いに、思わず鼻と口を手でふさぐ。
こんなに臭かったのか……そういえば、カゼの世話はずっとガブリエルがしてたっけ。
くそっ、吐きそう……!
すぐにカゼを見つけ、外へ引っ張り出す。普段なら平気でも、今日の俺には無理だ。
キウィもさすがにキツイだろう――と思って後ろを見ると、まったく平然とした顔で俺を見ていた。
……え、マジで? 昨日あんだけ飲んだのに、二日酔いもしてないし。……本当に人間か!?
キウィ「すごく臭かったね。ここでカゼさんに餌をあげたほうがよさそう」
……なんでそんなに冷静なんだよ!? 本当に、周りの奴ら全員おかしいんだが……。
ウゼン「いや、歩きながらあげるよ。そのほうが時間の節約にもなるし」――カゼの首を撫でると、うれしそうに鼻を鳴らした。
キウィ「どうして?」
ウゼン「ほら、ガリアの説明覚えてるだろ? お前は一日に40分くらいしか動けないって。歩くだけでマナが切れて、下手したら気絶するかもしれない」
キウィ「なるほど。じゃあ、移動中はカゼさんに乗ってたほうがいいってことだね」
ウゼン「そう。じゃないと、商業区に着く前に倒れちまうかもしれないからな」
彼女は少しうつむいて、寂しそうな顔をする。……やべ、なんか悪いこと言ったかも。
キウィ「ごめんね、カゼさん……ずっと背中を借りることになっちゃって」
そう言ってカゼのお腹を撫でる。すると、カゼは頬を彼女にすり寄せてきた。
……さっきよりご機嫌じゃね? てか、俺より反応いいじゃん。まさか……こいつ、キウィのほうが好きなのか!?
俺がそんなくだらないことを考えているうちに、キウィはカゼにひょいと乗って手綱を取る。
記憶は戻ってないようだけど、体はしっかり覚えてるらしい。元は軍の指揮官だし、馬の扱いも体に染みついてるんだろう。
これがいわゆる「身体が覚えてる」ってやつか。
……まぁ、上で一人でも大丈夫そうだな。むしろ俺より乗馬上手いかも。
そんなことを考えながら、俺はカゼの首を撫で、目的地へ向かって歩き出す。もちろん、カゼも俺の横にぴったりついてくる。
キウィ「あれ、ガビくんは一緒じゃないの?」
ウゼン「いや、今日はベッドから出られないくらい二日酔いでさ」――俺は苦笑する。
キウィ「ふふ……じゃあ、さっき馬小屋の匂いで倒れかけたのって、それが原因?」
……気づかれてた!!