第48章:変化
三十分ほど休んだ後、俺は街へ戻るために立ち上がった。クラウスが止めようとするが、失敗する。
俺はエーテル結晶を手に取り、森の方へ歩き出す。
クラウス「待て!」
烏前「今度は何だ? 急いで街に戻らないといけないんだ。邪魔するな。」
クラウス「いや、そっちじゃ街に着かない。」
烏前「は? でも街への道は洞窟から真っ直ぐじゃないのか?」
クラウス「確かにそうだが、ここは洞窟の入口じゃない。」
烏前「え?」
クラウス「ここは山の反対側だ。ダンジョンは山を完全に貫く構造になっているから、街へ行くには逆方向に回り込まないといけない。」
烏前「ああ、そういうことか。」
クラウス「じゃあ一緒に行こう。俺が道を案内する。俺一人じゃ、多分死ぬ。」
烏前「別にいいけど… 何で死ぬんだ?」
クラウス「俺はEランクの支援職だ。この辺の魔物相手じゃ勝ち目はないし、それにさっきの混乱で忌避剤も全部壊れちまった。」
歩きながら色々話をした。どうやら他の仲間に置き去りにされたらしく、それで進むのが怖かったらしい。
まあ、彼らの気持ちも分からなくはないが… もう少しだけ待ってやってもよかったんじゃないかと思う。
まあいい。今となってはどうでもいい話だ。必要な物は全て手に入れた。あとはガリアのところへ戻れば武器を作ってもらえる。
……ん?
何かがおかしい。なぜ俺はもう悲しくない?
仲間が死んだばかりだ。もちろん胸の奥は重いが、先ほどのような悲しみや動揺は薄れている。
俺って元からこんなに冷たい人間だったか? いや、前は違ったはずだ。それなのに今は、レットのことをあまり気にしていない。心は不思議なほど「やり遂げた」という感覚で満たされている。
明らかに何かがおかしい。
そう考えているうちに、俺たちは洞窟の入口へ辿り着いた。ダンジョンに入る前に置いてきた荷物を取りに来たのだ。
だが、そこで見た光景はよろしくない。生き残った三人も同じことを考えて来たらしいが、忌避剤を持たないため魔物に襲われていた。
相手は茶色い大きな鳥で、体長は三メートル半ほど。支援職が必死に魔法を放ち、使者たちはその後ろで縮こまっている。
あれは明らかに「上級」クラスだ。勝ち目はない。…まあ、俺を置いて行ったからといって、見殺しにするのは子供じみている。助けるとしよう。
今の俺なら「上級」程度は問題ない。アグリスとの戦いだけでも十分に強くなったが、「憤怒の権能」でさらに力が跳ね上がっている。
実質的に「化身」クラスに匹敵する力だ。特に新たに得たスキルを考えればな。…考え事はここまでだ。あの支援職が限界だ。
ちょうどいい。試していないスキルが一つある。あの魔物で試すか。
俺はエーテル結晶をクラウスに預けると、一歩踏み出して全速力で鳥へと駆けた。
烏前「《断罪の剣》!!」
手の中に虹色に輝く光の剣が現れる。その魔力はあまりにも不安定で、握った手を焼き始めた。
痛覚耐性があっても耐えられないほどの痛みが走る。顔が自然と歪む。
空中で構えを整え、紙を裂くように鳥の首を断ち切った。
首と胴が分かれた瞬間、魔力の爆発が周囲を包む。
触れただけで爆ぜるほど攻撃的な力だ。扱いには注意が必要だが… 使い方次第では非常に有用だ。
義三「なっ… 何でお前がここに!?」
振り返ると、生存者たちは皆、目を見開いていた。俺が死んだと思っていたのだろう。それも無理はない。
クラウス「彼はお前らが出て行ったすぐ後に洞窟から出てきたんだ。」
木陰からクラウスが得意げな顔を出す。
義三「クラウス、その手に持っているのは…」
クラウス「これか? 烏前さんの物だ。」
俺は近づいて結晶を受け取った。やはり自分で持っておくのが安全だ。
義三「まさか… お前、あの化け物を倒したのか?」
クラウス「は? どういう意味だ?」
義三「クラウス、お前バカか? それはあの魔獣の魔核だぞ!」
クラウス「えぇ!? マジか、烏前さん!」
烏前「ああ。洞窟が崩れる直前に倒して、報酬としてもらった。」
クラウス「すげぇ!!」
褒められると、少しだけ気分が良くなる。
義三「じゃあ何で――! 何で最初から本気で戦わなかったんだ!」
怒鳴りかけた義三は、途中で言葉を飲み込む。その気持ちは分かる。だが、俺も最初から勝てたわけじゃない。
烏前「当時の俺には力が足りなかった。でも途中で追いつけた。それだけだ。」
視線を逸らしながら答えるのは少し辛い。
義三「…まあいい。だが、その結晶はギルドに持って行って、全員で山分けだ。」
烏前「いや、これは俺がもらう。」
義三「はぁ!? 依頼の報酬は均等に分けるのが常識だろ! こっちは犠牲も出してるんだぞ!」
何でこんなに怒っている? アグリスを倒したのは俺だ。必要だから譲る気はない。
烏前「それでも、これは俺の物だ。」
義三「この野郎…!」
小さなナイフを抜いて構える。実に鬱陶しい。
烏前「地獄? お前は後ろで突っ立っていただけだろ。魔物からMCを一つでも回収したか? 俺たちが必死で戦っている間、何もしなかったくせに。」
俺が最も嫌う人間像――他人の努力を食い物にし、なお傲慢で図々しい寄生虫。それが義三だ。
義三「なら力づくで奪う!」
そうか… 出発してから身につけた戦士の最大の資質――敵を殺す覚悟。今の俺はそれができる。
だが、こいつはもう仲間ではない。敵だ。
義三が突進してきた瞬間、殺気が溢れたところでクラウスが割って入った。
クラウス「やめろ! 二人とも! 話し合えばいいだろ!」
周囲の生存者たちは困惑している。…助かった。もう少しで本当に殺すところだった。何かがおかしい。俺はそこまで短気じゃないはずだ。
烏前「クラウスの言う通りだ。街まで同行させてやる。その代わり俺に構うな。嫌なら勝手に行け。」
義三「は?」
烏前「簡単な話だ。生きるか死ぬかの選択だ。それと、街に戻ったら依頼の報酬はお前らに全部やる。」
提案の意地悪さは自分でも分かっている。だが、これで奴らは死地を避けられる。
義三「ぐっ…!」
支援職「私は行きます! お願いします!」
使者「私も! 森に置いて行かないでください!」
義三「何やってんだ!?」
支援職「命を選んだだけだ! 死にたいなら一人で行け!」
義三の顔が面白いほど歪む。
クラウス「聞いただろ? 諦めろ。」
義三「…チッ。分かったよ。ギルドに戻ったらお前を告発してやる。」
烏前「好きにしろ。ただし、もしギルドで俺のライセンスが剥奪されていたら… お前を探し出して焼き尽くす。」
義三「ひぃっ!」
荷物を回収し、その場を離れた。道中は魔物との遭遇は多かったが、概ね順調だった。
出発が早かったおかげで、十時間ほどで街に到着。日はすでに傾き始めていた。
クラウス「じゃあな、烏前さん。本当にありがとう。」
烏前「礼は要らない。また会おう。ああ、それと報酬は全部やる。」
クラウスは頷いてギルドへ入り、義三は舌打ちしながら後を追う。
あまり楽しい冒険ではなかったが、有意義ではあった。強くなり、目的も達成できた。
死者への感情が薄い理由は気になるが… 今は武器を作ることが先だ。
――夕焼けの空は、本当に美しい。