第46話:復讐
アグリス「ゴオオオオオアアアアアッ!!」
洞窟全体を震わせる咆哮と共に、クリスタルの怪物が立ち上がり、二つの口を大きく開ける。
怒りの矛先が俺に向けられる中、俺は姿勢を低くし、少しずつ怒りに意識を沈めていく。そして、ついには完全に意識を手放した。
【エイドン】「称号『Ruler of Wrath』レベル3を発動。全ての身体能力と魔力が大幅に上昇します。」
意識はぼんやりしているが、まだ目は覚めている。だが、自分の身体を自分で動かすことができない。体内で何かが煮えたぎり、磁石のように一番近いものに引き寄せられる感覚だ。
腕に黒と黄色の炎が燃え上がり、怒りの炎だけでなく、全身を包むような炎のオーラが現れる。そして、背後に十個の炎の玉が出現した。
俺はアグリスに向かって高速で跳躍し、その真上から背中に全ての炎の玉を放つ。大爆発が起こり、部屋全体が揺れた。
アグリス「グルアアアッ!」
ウゼン「グラアアアアッ!!」
苦しみの叫びが響き渡るが、俺はそれを無視して怒りの咆哮を上げる。
背中に着地した俺は、その首の一つを狙い、二十発以上の炎の拳を叩き込む。
アグリス「グラアアッ!」
もう一方の頭が素早くこちらを向き、口で俺を捕らえて壁に投げつけた。衝突の衝撃で大きな煙と崩れた岩が周囲に広がる。
ウゼン「グラアアアアア!!」
壁を蹴って【Flare Accel】を発動し、全身をミサイルのようにしてアグリスへ突撃。拳を先端として叩きつけ、アグリスを部屋の反対側まで吹き飛ばす。
アグリス「グルアアアアアアアアアッ!!」
巨大な咆哮と共に、一つの口が開き、その前に回転する輝く結晶が現れる。
それが散弾のように砕け、無数の破片となって部屋中を貫いた。
ウゼン「グウウッ!!」
腕で防ごうとしたが、完全に貫かれ、身体のあちこちにダメージを受ける。
だが、超高速の再生能力で傷は即座に修復される。怒りの表情を浮かべて頭を上げ、片腕を掲げると、10メートル近い巨大な火球が現れる。
アグリスは再び結晶を放とうとし、俺は火球をアメフトボールのような形に細くする。
ウゼン「ハアアアアアッ!!」
アグリス「グラアアアアアッ!!」
俺たちは同時に撃ち合う。俺の魔法は無数の結晶弾とぶつかり、爆発して相殺された。
さらに二つの火球を生み出して攻撃しようとする。「一つで足りないなら、二つ受け取れ!」
ウゼン「ゴホッ! ゴホッ! ゴホッ!」
突然、膝をついてしまい、呼吸が苦しくなる。火球も消えてしまった。
アグリスの仕業かと思い睨みつけるが、奴も地面に倒れ、荒く息をしている。
何が起こっているのか理解できず、立ち上がろうとするが、強烈なめまいで崩れ落ちた。
辺りを見渡すと、黒い煙が部屋中に充満している。
身体が怒りの力だけで動いている中でも、わずかな意識で思考を巡らせる。
――これは二酸化炭素だ。だから俺はこの洞窟で炎魔法を避けていたんだ。
炎魔法は、木材などの物質を消費しなくても使えるが、酸素を消費し二酸化炭素を生み出す。
俺もアグリスも、窒息で苦しんでいる。どれほど強い存在であっても、呼吸は必要だ。
酸素を生成する魔法があれば…いや、たぶん風属性の魔法に分類される。でも俺にはその属性は使えない。
魔法は想像力によって現実を創造する力。でも、いくら想像しても、化学元素だけを生み出すことはできない。
…いや、熱反応を使えば、もしかしたら。
俺の体から大量の水が放出され、部屋を満たす。立っていたら胸のあたりまで水位が来ているだろう。
その中に複数の火球を発生させ、沸点まで水を加熱する。部屋はやがて蒸気で満たされた。
ウゼン「ガ…ゲホッ、ゲホッ!」
――やった。水を完全に蒸発させた! まだ水素を含んでいるが、この蒸気には酸素も多く含まれている。
だが、別の問題が生まれる。閉ざされた空間に粒子が増えれば、気圧も上がる。
もうすぐこの洞窟は耐えきれずに崩れ落ちるだろう。
それまでに、あいつを倒さなければ!
アグリスと同時に立ち上がる。空気はまだ純粋ではないが、呼吸はできる。
互いに睨み合う。アグリスは両方の口を開き、紫の魔力球を生成する。
背筋に冷たい感覚が走り、俺は大きく横へ飛ぶ。その直後、紫のビームが俺のいた場所を貫いた。
アグリス「グルアアア!」
アグリスが頭を回転させてビームを追尾させてくる。俺は【Flare Accel】で左右に跳ねて回避を続ける。
ビームが壁に当たるたびに爆発し、ひびが入る。だが、ついに腰を直撃され、背中が爆発する。
ウゼン「ガアアアッ!!」
床に叩きつけられながらも、即座に治癒を開始。アグリスはビームを止め、口から煙を吐き出している。
ウゼン「ガアアア…」
ゆっくり立ち上がり、再び向き合う。距離は数十メートル。
腕に炎をまとわせ、再び【Flare Accel】の構えを取る。魔法が使えないなら、接近戦こそ俺の領域だ。
アグリスは結晶を再び口に出現させる。近づかせる気はないようだ。
睨み合いの末、俺は一気に加速してアグリスに突っ込む。アグリスも結晶を発射。
俺は腕で頭を庇いながら、身体のほとんどを砕かれつつ突破する。
間合いに入った瞬間、両頭と胸に何十発もの炎の拳を叩き込む。
アグリス「グルウウウグラアアアア!!」
叫びながら全身を棘のように縮め、猛スピンを始めた。
ウゼン「ガアアアッ!」
全身に無数の傷を負いながら、吹き飛ばされる。
地面に倒れながら、再びアグリスを見る。両口からまた紫の魔力球が現れる。
――しまった。また距離を取られた。壁の音が聞こえる。もしまた回避すれば、洞窟全体が崩れる。
だが、ここで魔力で反撃しても同じこと。どう転んでも天井は落ちる。
ならば、せめて一撃でもダメージを与えてやる。
俺は深く息を吸い、魔力を集め始める。怒りをさらに燃やせば、もっと力を引き出せるかもしれない。
その代償として、精神はもう戻らないだろう。
だが、今この一瞬にすべてをかける。覚悟はできている。
リース、クロエ、アイアン、母さん…許してくれ。皆との記憶を、怒りの炎として武器に変える。
俺の精神はこれで完全に壊れるかもしれない。けれど、生き残るつもりはない。
ウゼン「スウウウウ…ハアアアア…」
全員との幸せな思い出を思い出し――そして無理やり最期を思い出す。
俺の叔父。アルローズ。このアグリス。
頭が熱くなり、怒りが全身を赤い炎となって包み――そして爆発する。
ウゼン「グルラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
怒りの爆発と共に、莫大な魔力が俺を中心に広がっていく。
【エイドン】「条件達成。称号『Ruler of Wrath』がレベル5に進化。ユーザーの権能が大幅に強化され、身体能力と魔力が大幅上昇します。以下のスキルが進化します。」
【エイドン】
・Rage Fist → 殲滅の拳
・Aura Burst → 闘気
・Magic Control Lv:3 → Magic Flow Control
・Magic Cannon → 咆熱砲
【エイドン】「条件達成。『Ruler of Wrath』の権能強化により、新スキル『断罪の剣』『炎竜』を獲得します。」
様々な情報が頭に流れ込んでくる。だが今の俺には、思考すら邪魔だ。
ウゼン「ガアアアッ!」
四足で構え、口を開ける。そこに超高温の赤いエネルギー球が形成される。
俺はそれをアグリスに向けて構え、奴もまた同じように構える。数秒間、どちらが先に撃つかに緊張が走る。
そして――
ウゼン「グアアアアアアアアアッ!!」
アグリス「グルアアアアアアアッ!!」
同時に発射。二つのビームが洞窟を貫き、中央でぶつかり合い、互いを押し返す。
赤と紫の輝きが白いクリスタルに反射し、周囲を照らす。衝突の圧力で部屋にひびが入り、洞窟全体が揺れ始める。
やがて、二つのエネルギーが爆発して相殺され、天井の一部が崩れ落ちてくる。
まだ戦える空間はある。全てが崩れるには時間があるだろう。
ウゼン「…ぐっ!」
意識が戻り、全身に激痛が走る。自力でスキル『Wrath』を抑えて解除できた。
長時間発動していれば、精神へのダメージは致命的だったはずだ。
前を見ると、アグリスが息を切らし、岩の雨の中に立っている。
――今だ! 倒すなら今しかない!
でも『Wrath』なしじゃ俺は弱い。
…待て、何かが戻ってきた。エイドンの声。あの称号で新たなスキルも得た。
なら、やれるはずだ。いや、やらなきゃならない!
お前のせいで命を落とした者たちのために!
ウゼン「アグリス!!!」