マリリンは今日も憂鬱
どうしてウィルさんと再会した時、あんな事を思ってしまったのか? 私にとってあの人が、まだあの頃と「同じ憧れの人」だと思ってしまう気持ちが、まだ私に残っていたから?
まだモーリス家が健在だった頃、サナッタ・シティでは、定期的に有権者達が集う集まりが開催されていた。
その集まりで、ウィルさんには婚約者のエレンさんと一緒に、とても可愛がってもらっていたから、その時の私にとって、ウィルさんとエレンさんは、優しくて憧れのお兄さんとお姉さんだった。
だけど、そんなかつて憧れてた人達の家門でさえ、今の私にとっては、八年前のあの事件でモーリス家が滅んだ要因の一つに思えてしまう……だから私は、心のどこかにオーウェン家や、バーキン家を許すことが出来ない気持ちある。
(どうして? どうしてもっと早く、モーリス家に救いの手を差し伸べてくれなかったの? もっと早くオーウェン家やバーキン家が動いてくれたら、パパとママやモーリス家で働いていた人達や、街の皆は……死なないで済んだんだよ?)
そんな憎しみの籠った想いが、私の中にずっとあって、それがどうしてもウィルさんやエレンさんに対して、気安く接する事を許そうとしてくれない。
だけどこのバーで二人と再会して、二人を再び間近で見るようになってから、ほんの少しだけど、二人に対する考え方が、私の中で少し変わったのも事実。
まず、ウィルさんの利き腕である左手の握力は、八年前に負った怪我の後遺症のせいで、”グラスを握り続けるのがやっと!”という程度の力しか出さなくなっていたし、エレンさんの手を見れば、聖騎士になる為の修練で、女性の手とは思えない程酷く傷ついている、
そんな二人が傷ついている部分を、直に見てしまったら、ウィルさんとエレンさんだって、「私に勝るとも劣らないぐらい色々あったんだ」と思わずにはいられなかったからかな?
その後、何だかとても憂鬱な気分になったのを覚えている。
それに、二人の婚約関係が既に解消されてる事を知った時、ウィルさんとエレンさんも、あの抗争が切っ掛けで『人生を滅茶苦茶された人』なんだという事実を、嫌でも教えられた。
だから「”二人に憎しみを向けて接する事自体が、そもそも間違いなのかな?」って考えるようにもなったけど、私が七歳の時に体験したあの時の恐怖と憎しみは、決して二人に対して、割り切って接する事を、許してくれない。
だってあの二人を見ていると
(パパとママ、それに優しくしてくれた使用人の皆や街の人達! 私の前で死んでいった人達の恨みを、皆が死ぬ事になった要因達に思い知らせなくちゃいけない!)
そんな怨嗟の籠った言葉が、私の中の黒くて暗い場所で木霊し続けるから。
つまり私の中に、暗くて黒い部分がある限り、私はウィルさんとエレンさんに対して、以前のように気安く接する事は、これから一切無いんだと思う。
それに幸か不幸か、二人の対して怨嗟の感情を向けたとしても、私の事は二人ともとっくに忘れてるみたいだしね。
だって何回も目の前で話してるのに、二人とも私の事をマリリンじゃなくて、”マリーン・モーリス”だって気付いてくれないし……
本当は、ウィルさんと再会した時だって、”マリリン”なんていう偽名を名乗ろうとなんて、思っていなかった。
でも、久しぶりにウィルさんを目にした時、私は妙に緊張しちゃって、名前を名乗る時にうっかり舌を噛んだ事を誤魔化そうと思って、勢いで「マ…リ、リン」って言っちゃただけ……
別に未だに私が、マリリンじゃなくて、小さい頃に可愛がってくれた「マリーン」だって気が付いてくれてないから、二人に対して淡々と接してる訳じゃない……
こうして久しぶりに、昔憧れていた”お兄さん”と”再会した私は、ウィルさんに必死に頼み込んで、このバーで働かせてもらう事となった。
だけど、その際の絶対条件として
「まずこのバーで知り得た事は、絶対僕に教える事!
そして僕意外の誰にも、絶対に漏らさない事!
なんせこのバーで知り得た事を、迂闊に誰かに話した結果、マリリンにどんな危険迫って来たとしても、僕は責任をとる事は出来ないから。
もしその事を約束出来るのであれば、マリリン、君をこの店で雇おう」
という条件を、念押し気味に言われた。
そもそも私は、ここで知り得た情報を、誰かに話すつもりもないし、どうしてそんな当たり前の事を、念押し気味にウィルさんが言ってきたのか?
最初は、その理由が良く分からなかったけど、実際もこのバーで働いていると、ウィルさんの言いたい事が良く分かってくる。
どの町から見ても、このバーは街の外れにあるからか、このバーに来るお客さんは、本当に様々な人達がやってくるし、ウィルさんはこのバーに来た人が例えどんな人であっても、店で騒ぎを起こさない限りは、基本的にお客さんとして接する。
そして酒の席になると、人は思わず普段は口に漏らさない事を、うっかり口に漏らしてしまうに事が多い。
そんな状況下で、ウィルさんはマスターを務める傍ら、このバーで交わされる会話に耳を向け、何気なしに飛び交っている会話から、この街に関する様々な裏の情報を、収集しようとしているみたい。
確かに、会話している人の会話内容によっては、誰かにうっかり話してその話が広まってしまえば、その話を広めた人間に対して、何かしらの危険が舞い降りて来ても可笑しくない会話だって、時には聞こえてしまう時もあるから。
つまり、この何気ない会話から洩れて来る情報を得る為に、ウィルさんはこの街の領主傍ら、このバーを経営している。
これはこのバーで働くようになってから、以前ウィルさんに
「どうしてバーのマスター何かやっているんですか?」
と思わず聞いてしまった事があった。 そしてウィルさんは、私の問いに対して
「領主としての視点だけでは、この街の現状が見えてこないんだ。
だからこうゆう
『落ち着ける場で話す際に出て来る、日常の話から得れる情報が欲しいから』
かな」
その話を聞いた時、正直言ってこの街の領主として、大きく顔が割れちゃってるウィルさんが、バーのマスターやって情報収集してるだなんて「馬鹿げた事をやってるんだな……」って最初は思った。
だけど、どうもウィルさんは、何かしらの方法使って、自分が”領主とは別人”だと周囲に思い込ませているから、このバーに来る人は”領主のウィルさん”と、この”バーのマスターであるウィルさん”が【同一人物】だと気が付いていない。
そしてこの店によく顔を見せている人で、ウィルさんの正体に気が付いているのは、私とエレンさんだけの気がするんだけど、どうしてウィルさんが「私とエレンさんだけに、どうして正体を明かしているのか?」 その理由は未だに掴めずじまいだけど、ウィルさんが、どうしてこの店のマスターをやってまで、この街ことサナッタ・シティの情報を集めようとしているのかは、隣で働いていると良く分かった。
今やこの街には、私が怨敵として付け狙っているアーサニークファミリー以外にも、八年前のマフィアとの抗争が切っ掛けで、この街に根城を構えたならず者の集団が、まだまだ数多く存在する。
そんな奴らの情報を、バーのマスターをやってでも少しでも収集して、この街の治安を守っている騎士であるエレンさんに伝えたり、この街の目が届いてない情報を積極的に収集すれば、領主の立場じゃ見えないもの、つまりこの街に埋もれている問題を、いち早く発見して、以前のような誰もが穏やかに暮らせるような街に戻そうとしているのが、隣に居ると否が応でも伝わってくるんだよね。
(そんあウィルさんやエレンさんだから、この二人の事を憎みたくても、心底憎み切れないんだよね)
そんな【憎みたいけど、心底憎み切れない】という矛盾した感情を、どう扱って良いのか私には分からないから、私はこの感情対して自分なりに答えが出せた時、きっとウィルさんとエレンさんに対する今後の対応が決まるんだと思う。
そんな事を考えてしまったからかな? 私は今日も憂鬱ん気分になってしまった所為で。テーブルに置かれたグラスを片付けいる最中に、思わず”ハァ~~”っと大きなため息を付いてしまったんだけど、その様子をウィルさんに見られてしまっていて、ウィルさんが心配そうに私に向かって眼差しを向けていた。
そして自分でも不思議な事に、なんでかその眼差しを受けたら、さっきまで色々考え過ぎちゃった所為で、ごちゃごちゃになって憂鬱だった頭の中が、ちょっとスッキリした気がしたんだけど、どうしてウィルさんに心配してもらったぐらいで、頭の中が少しスッキリしたんだろう?
自分の事なのにイマイチ分からない状況に、再び頭を悩ませながら、店の片付けを進めていると、最後に残ったテーブルが、先程ひと悶着あった人の席で、その席の片付けを始めていると、また別の疑問が、私の中に浮かぶ。
(……そういえば、どうしてエレンさんとウィルフレッドさんが話している姿を見ると、私はあんなに苛立ちゃうんだろう?)
昔二人を慕っていた事もあって、久しぶりにこのバーで再会した時、二人に対して多少後ろめたい気持ちはあっても、苛立ちを感じる事なんてなかったのに……そもそもエレンさんから、態々追いかけれるような事を言わなくなったって、聖騎士隊がベロベロに酔った状態ぐらい、私は簡単に判断出来る。
それが見極めきれるぐらい、私はこのバーで働いているし、私最初は、エレンさんに対して、毎度のように喧嘩売るような事を、態々言ってなかったよね?
(考えれば考えるほど、どうしてエレンさんに対して、自分から態々あんな憎まれ口を言ってまで、あんな事やるようになったのか……本当に自分で訳分かんないよ)
私は店を閉め終えても、どうして「自分からあの状況を作ろうとするのか?」
その理由について考えても答えは出ないんだよね……結局私の中でその答えは、家に帰ってから再びいくら考えても、その答えを見つける事が出来なかった。
最後までこの話を読んで頂き、ありがとうございます。
この回でマリリン事、マリーン視点の話は一端終わりです。
次回から最後に残ったあの人の視点で、これまで起きた事に関する話を進めていきますので、お楽しみに!
そして、この作品を読んで何か気になる事や、分からなかったことがあれば、遠慮なく言ってください。
可能な限り答えさせて頂きます。
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