争いの幕開け
僕がバーで働く事許可を出した事で、表情こそあまり変化をみせないけど嬉しそうな様子をマリーンは見せている。
そんあ嬉しそうにしているマリーンには申し訳ないんだけど、僕だってただ単に働かせるつもりはないので、その事をしっかり伝えなくていけない。
「働いてもいいとは言ったけど、そのためには幾つか条件を付けるけど良いかな?」
「……はい、どんな条件でも聞きます」
うーん……そんな簡単に「どんな条件でも聞き入れます」なんて言うものじゃないんだけど、そこはまだまだ交渉に関する経験が浅いから仕方がないかな。
しかし交渉の上で簡単に出してはいけないワードを、簡単に出してしまったマリーンの事が色々と心配になってきたので
「人との遣り取りにおいて言葉選びが如何に重要になってくるのか」
その事をしっかり教え込む必要があると僕はこの時思ったけど「それは今やる事じゃない!」と自分にツッコミを入れた後に、僕はマリーンに先程考えていたこのバーで働く条件を切り出した。
「まずこのバーで知り得た事は、絶対僕に教える事!」
「分かりました」
「そしてこのバーで知り得た事は、僕意外の誰にも絶対に漏らさない事!
この二つを必ず守ってくれるのであれば、お嬢さんをこのバーで雇おうと僕は思っている」
「はい! マスターとの約束は必ず守ります」
返事はしっかりとして良いね。
だけど、ココはしっかりと釘をさしておこうかな。
「ちなみに、どうしてこんな約束を取り付けたか? その意味をお嬢さんは分かっているのかな?」
「え? それは単に個人の情報は簡単に人に話しちゃいけないから?」
「確かにお嬢さんの言う通りだね。 でもそれだけじゃないんだ!
まずこのバーで知り得た事を迂闊に誰かに話した事で【自分自身】に危険が迫る可能性があるという事を念頭に置いておいてほしい。
そして、その所為でお嬢さんの身に危険が晒されたとしても、誰かが都合よく助けてくれる事なんて早々無いからね。
つまり自分の身を自分で守る為にも、情報ってのは大切に扱う必要があるのさ」
「……はい、わかりました」
僕がそう言うとマリーンは返事こそしたけど、僕の言っている事の意味は分かるけど
「なんで今更そんな当たり前の事言ってるんだろう?」
とでも言いたげな表情を浮かべていた。
うーん……こればっかりは情報を扱う大切さと、情報扱うに伴って生まれる責任問題を自覚する体験を積まない事には、僕の言っている事の真髄は伝わりにくいのかもしれない……
だからと言って、僕やマリーンのようにその命を懸けて事に当たっている人間は、既に情報の取り扱いに関しては慎重になる必要性が常に生じているので、否が応でも情報の取扱いには気を付けなくてはいけない。
現にマリーンは己と外部に関する情報を見誤ったからこそ、以前その身を大いに危険に晒してしまい、九死に一生を得ている体験をしているのだから、尚更心にとめといて欲しいと思う。
「それと、お嬢さんを雇うに当たって大事な事を忘れていたね」
「大事な事?」
「ああ、お嬢さんの名前だよ!
これからはお嬢さんは一緒にこのバーで働く仲間を、何時までも『お嬢さん』って呼ぶわけにはいかないだろ?」
「マリ……リン……です」
マリーンは答えにくそうに自分の名前を答えた。
(うーん……本名は名乗ってくれないか)
正直マリーンが僕に本名を名乗ってくれなかったのは、ちょっと寂しかった。
だけど彼女も色々と考えがあって偽名を名乗ったんだと思うから、僕はその気持ちを尊重しようと思う。
「マリリンか、良い名前だね。
それと僕の名前はウィルフレッドだけど、気軽にウィルって呼んでくれたらいいよ」
「流石にそれはちょっと……」
(残念……昔のように愛称で呼んではくれないか)
僕としては、以前のように気軽に接してほしかったけどマリーン、いや、マリリンとしては”そうしたくない理由”が、やはり何かあるんだろう。
そう思った僕は、これ以上マリリンの事を追及する事を止めておく事にした。
「じゃあこれからよろしく頼むよ、マリリン」
「はい、よろしくお願いします」
こうしてマリリンは僕の店で働く事となった。
一見愛想はあまりなさそうに見えるけど、話すときはしっかり話してお客さんの対応も良い。
そんなマリリンは直ぐにこのバーに訪れるお客さんの人気者となった。
最初は僕ともそれなりの距離を置いている感があったが、しばらく働いていると以前ほどではないにしても、それなりに僕と話すようになったのだが、その様子を見ていたエレンは、何か気に食わそうな表情をしているを見て
(まさかマリリンが以前妹のように可愛がっていたあの可愛いマリーンだと気が付いていないのか?)
その事に驚いてしまったけど、マリーンの髪は本来紺系の髪色だけど、今はその身を隠す為に白系のウィッグを付けて雰囲気を変えているし、顔つきも七年前と比べたら大分大人になったので、エレンが気が付かないのも無理はないのかもしれない。
それマリーンも”マリリン”と一応は偽名を未だに名乗っている以上、僕の口からその事を伝える訳にもいかないので、その事に関しては若干もどかしく思いつつ黙って見守っている。
そしてマリリンが僕のバーで働くようになってから二ヵ月経ったある日の事。
今日もエレンが僕に先を越されて悪党を裁かれた事と、僕を取り逃してしまった事を今日も盛大に愚痴るためにバーにやってきた。
僕はいつものように聖騎士隊の貸し切りという事でバーを開き、僕の所為でストレスが溜まってしまったエレンを、誠心誠意を込めて宥めていた。
そしてエレンが愚痴を僕に言い放っていると、マリリンがビールをエレンの座るカウンターに置いた後
「今日も子悪党なんて罵ってる相手を捕まえ損ねたんですね……フッ」
突如淡々とエレンにそう告げた後、失笑しつつビールをエレンの前に差し出したのだ!
「……何よ、いきなり?」
「いえ……ただちょっとですね」
(え? いきなりどうしたんだい?? マリリン???)
かつて姉のように慕っていた相手に対して見せる物とは思えない高圧的な態度を、マリリンが見せた事に対して僕は驚きを隠せなくて只その場で唖然としてしまった。
そしてエレンもエレンで、僕の裏の姿に対して見せる凄みとはまた違う、独自の強烈プレッシャーをマリリンに放っている。
そんな二人の初めて見せる一面に圧倒されてしまった僕は、思わず”ゴクリ”と息を飲んでその場から動けないのは、本能が【今は決して余計な事を言ってはいけない!】そう強く訴えかけてきたからだ!
だから僕は、只黙ってその様子を一旦見守り続ける事にした。
「『ただちょっと』って、何よ!」
「いえ、ただちょっと子悪党なんて罵る相手から毎回逃げられるなら聖騎士なんて、案外名前だけで大した事ないのかな?
ほんのちょっっっっとだけですけど、そう思っちゃっただけです」
「へぇ、上等よ!
聖騎士の実力、その身を以て知りなさい!!」
そう、この日を境にエレンとマリーンは僕のバーで顔を合わせる度に、喧嘩を始めるようになったのだ!
こうして僕がバーで二人を窘める日々が始まると同時に、今までとは違った意味での心労が増大する事となった……
最後までこの話を読んで頂き、ありがとうございます。




