表でも猫の世話?
突如僕のバーに押しかけてきたマリーンが「このバー働きたい」なんてあまりも予想外の事を言ってきたので、僕は内心再び動揺している。
だけどその事を悟られぬように、ロック用に準備した氷の塊をアイスピックで一心不乱に”ガシガシ”砕いて一旦心を落ち着かせた後、カウンターの前に立っているマリーンに再び話しかけた。
「せっかくウチで働きたいと言ってくれても、ウチみたいな小さい店はこれ以上人を必要としていないんだ。
だからお嬢さんには悪いけど、僕はお嬢さんをこのバーで雇う気は一切ないよ!」
せっかく働きたいって言ってくれたマリーンには悪いんだけど、僕はやんわりと断りの言葉を入れた。
「そこを何とかお願いします!」
しかしマリーンも強情で、僕がいくら駄目だと言っても「このバーで働きたいんです」と言い張って引く様子を見せないので
「ダメ」と「そこを何とか」の押し問答が何度も広げられる。
「ハァ、じゃあせめて『ウチで働きたい』と思っている理由を教えてもらえるかな?」
「それは……言えません」
「お嬢さん、只でさえ人を必要としていない場所で働きたいと言ってるのに『その理由は教えない』
そんな筋が通ってない事をする人を、誰が雇おうなんて思うと思うかい?」
「……マスターの言う通りだと思います。 でも、それでもこのバーで私は働きたいんです!」
(困ったな、何を言っても強引に振り出しに戻して来るなんて……なんでマリーンはこんな強情な子に成長してしまったんだ?)
僕が何を言っても一切引こうとしないマリーンの強情な様子に困りつつも「マリーンに自分の正体がバレた訳じゃなさそうだ」という事に内心安心感を感じていた事もあって、僕は予想外の方面から口を出せれる可能性を考慮していなかった。
「いいじゃねぇかマスター、雇ってやれよ!」
「そうだ、そうだ! カウンターに男しかいないなんてつまんねぇしよ」
「ウィルさんよぉ、華がある方が店も繁盛するぜぇ?」
「嬢ちゃん、ここで働くってんなら一杯おごってやるぜ!
おいマスター! 俺のおごりでこの子に一杯何かくれてやってくれ」
「……奢ってくれるんでしたら、ありがたく頂きます」
そう言ってこの状況を見ていたお客さんから茶々を入れられしまった。
そしてお客さん達が話相手としてマリーンを誘い、その誘いにマリーンも乗ってしまった為、僕はマリーンを”強情な事を言ってお店に迷惑を掛けてくる人”から”お客様”として扱わなくてはならない。
つまりマリーンが迷惑なお客様にならない限り、僕はマリーンを追い出すに追い出せない状況になってしまったのだ。
「ハァ……とりあえずノンアルのカクテルでも作るか」
僕は渋々マリーン用のドリンクを作り、マリーンもお客さんとして相手する羽目になってしまった。
・・・
・・
・
「じゃあなー 嬢ちゃん」
「頑張ってこの店で働けるようにマスターを説得しろよ」
「お嬢ちゃんがこの店で働いてくれたら毎日顔出すぜ、ウィルさん」
どことなく近寄りがたい雰囲気を醸し出しているマリーンだけど、意外にも飲み物を奢ってくれたオジサン達と上手く付き合う様子を見せた事で、マリーンと話していたお客さん達は大層マリーンの事を気に入ったようだった。
その事もあって本日閉店までマリーンと楽しくお話出来たお客様達は、上機嫌で帰っていった。
一人のお嬢さんを残して……
「……お嬢さん、もう今日はお店を閉めるのでそろそろお帰り願えますか?」
「……雇ってくれると言ってもらえるまで、帰りません」
「はぁ……さっきも伝えたと思うけど、僕がお嬢さんを雇う理由がないんだよ」
「……ここでしか会えない人がいるからです」
「え?」
「私このバーで働きたい理由です!
さっきマスターが理由を教えない人間は雇わないって言ってたから……だからコレで雇ってもらえますか?」
「あのねぇ……そんな屁理屈言われても、そもそも僕がお嬢さんを雇う気がないんだ」
「そこを何とかお願いします」
そう言って頭を下げて僕にこのバーで働く許可を得ようとするマリーン。
正直言ってこの店は営利より情報収集がメインで運営しているから、利益度外視かつ不定期運営の知る人ぞ知る隠れ家的なバーだから、本当に人手は不要かつ必要以上に知名度を上げるつもりがない。
そして何よりも【実は良くも悪くもこの街を騒がせている人間達が一挙に集まる場所】なんて作ったら、この先一体どんな事が起こるか想像さえ付かない!
大体マリーンの目的がこのバーで誰かに逢いたいって言ってたけど、僕はこのバーで働いてる際は基本中立の姿勢を示しているので、例えこの街の悪党共がこのバーを訪れたとしても、あえて情報収集の為にお客様として接しているのに、マリーンは自分が復讐したい相手を目の前にしても
それが出来るのだろうか?
「このバーで働くという事は、それこそ【もの凄く気に食わない人】の相手をしないといけないかもしれないよ?」
「……それでもこの店には私が会いたい人がくるんです」
「……ちなみにそうまでして会いたい人って?」
「それは……言えません」
恐らくマリーンの会いたい人というのは「アーサニーク・ファミリーの人間か、小さい頃慕っていたエレンの事なんだろう」と僕は考えている。
実はこの店、僕があえてサナッタ・シティの有権者達と大事な話をする際に連れて来ることもあるから、今現在名目上はモーリス・タウンを統治者となっているアーサニークをこの店に呼んで話し、情報を収集した事がある。
だから恐らくアーサニークがこの店を訪れた噂を、どこからかマリーンが聞き付けたのかもしれない。
そしてエレンに関しては、もうすっかり酒を煽りながら僕に愚痴を吐く常連さんになってしまっているから、もはやどこからどう話が出てもおかしな話ではない。
そんな事を考えていると、ふと「別の観点から見たらマリーンがこの店で働く状況は、一体どう映るのか?」
その事を考えながらマリーンがこの店で働いている状況をシュミレーションしてみると
(……待てよ? 意外と悪くないかもしれない、この状況!
翌々考えたら、バーで働いてもらってる間はマリーンの安全は確保出来るし、あえてマリーンに様々な情報を与える事でマリーンの動きをコントロール出来るかもしれない!)
意外なメリットが頭に思い浮ぶと、マリーンをこのバーで働かせるのは案外悪くない事だと思えてきた。
「……分かった、お嬢さんの熱意に僕は負けたよ」
「え? じゃあ!」
「ああ、お嬢さんをこのバーで雇うよ」
「ありがとうございます」
そう言ってマリーンは深々と頭を下げ、僕に感謝の意を示してくれたけど、僕がなぜマリーンをこのバーで雇っても良いと思った理由を考えると、無垢な子を騙しているような気がして居た堪れない気持ちになったし、我ながらなんだかんだ言って「身内に近い人間んは甘いトコがあるな」という事を自覚してしまった。
最後までこの話を読んで頂きありがとうございました。




