猫憑きの巫女に憧れた少年禰宜
1枚目と3枚目の挿絵の画像を作成する際には「Ainova AI」を使用させて頂きました。
そして2枚目の挿絵の画像を作成する際には、ももいろね様の「もっとももいろね式女美少女メーカー」を使用させて頂きました。
それは僕こと野々宮賢樹が初陣を迎えた、明治二十二年二月の事だったのです。
嵐山の牙城大社を拠点に構え、帝の御座所である京の都と日の本の国を守護すべく汎ゆる悪の脅威と戦う霊能力者集団の京洛牙城衆。
その実働部隊である戦禰宜の正式な仲間入りを果たした僕が初めて戦った相手は、危険な教義を持つ禁教の中でも特に過激に先鋭化した黒主崇教という狂信者達だったのです。
我々京洛牙城衆が神道の術を使役する霊能力者であるならば、彼奴等は黒魔術を使役する邪教徒の集まり。
油断のならぬ実に手強い相手でした。
もっとも、そう感じるのは「僕が戦闘経験の乏しい未熟者だったから」という理由の方が大きいのかも知れません。
何しろ、普段の鍛錬と同じような感覚で実戦に臨んでしまったのですから。
「とうっ!」
特殊な製法で鍛えた金属製の籠手で固めた拳で放つ、霊力を込めた正拳突き。
その一撃で倒れ伏した相手に背を向けて次なる敵を探したのは、不覚としか申し上げられません。
「油断しおったな、小童め!命は貰った!」
「あっ!?」
息を吹き返した邪教徒に危うく後ろを取られそうになった、まさにその時でした。
「うっ!ぐほっ…?」
愕然とした様子で顔を引き攣らせた敵がグルリと白目を剥いて吐血し、そのまま数個の肉片と化して崩れ落ちたのは。
「油断したのはそちらですよ、黒主崇教の狂信者!この京洛牙城衆の嵯峨野七瀬の目が黒いうちは、将来有望な若者を邪教徒共の餌食になどさせません!」
鋭利に尖った爪で邪教徒をバッサリ切り捨てながら、返り血の一滴も浴びる事なく清潔な美しさを保ち続けている白い着物と赤い袴。
そして何と言っても、肩口の辺りで切り揃えられた茶色の髪の上部で屹立する猫の耳と、その下で微笑む端正な美貌。
それらの全てに、僕は魅了されてしまったのでした。
しかしながら、僕と嵯峨野さんとが釣り合うとはとても思えません。
何しろ嵯峨野七瀬さんは猫憑きの一族である嵯峨野家の次期頭目であり、京洛牙城衆の精鋭である獣王四姓の一角を担っているのですからね。
それに比べて、僕は京洛牙城衆の新米の戦禰宜に過ぎません。
勇気を出して思いを伝える事も、逆に嵯峨野さんへの思いを振り切る事も出来ない。
そんな板挟みの状況に追いやられていた僕に助け舟を出してくれたのは、同じ京洛牙城衆の戦友だったのです。
「いかがなさいましたか、野々宮君。何やら思い悩んでいるようですが…」
屈託のない快活な笑顔を鳥居の影から突き出した絹掛雅さんは、牙城大社の氏子にして僕と同時期に初陣を迎えた戦巫女。
僕は高等小学校で絹掛さんは女学校という違いはありますが、共に牙城大社の運営する学校法人に在籍している縁もあり、何かと懇意にして貰っているのです。
「話して頂けますか、野々宮君?こんな不肖の私ではありますが、何か力になれるかも知れません。」
「はあ、実は…」
屈託のない笑顔と優しさに絆され、僕は絹掛さんに打ち明けたのでした。
初陣の際に助けられて以来、嵯峨野七瀬さんへ思いを募らせている事。
しかし、京洛牙城衆の名家の生まれである嵯峨野七瀬さんと一介の氏子出身の僕とでは、到底釣り合うとは思えない事。
そして思いを伝える事も、振り切る事も出来ないでいる事…
この一連の流れを、絹掛さんは一言も口を挟まずに聞いて下さったのです。
そうして思案顔で腕組みをした後、静かにこう呟いたのでした。
「成る程…そういう事情でしたら、私などではなくて適任者の相談を仰いだ方が良いようですね。良い心当たりがありますよ。」
そうして僕を境内の奥へと促したのです。
境内の奥に位置する庭園から現れた人物に、僕は思わず息を呑んでしまったのです。
何故ならば、その人物は京洛牙城衆において嵯峨野七瀬さんに勝るとも劣らない屈指の有力者なのですから。
白い着物と赤い袴で構成された巫女装束の着こなしは僕や絹掛さんの二歳違いとはとても思えない程に見事な物で、気高さと神聖ささえ感じられる程。
腰の辺りまで伸ばされた癖のない銀髪の美しさも神々しい限り。
しかしながら、そうした気高さと神々しさを一層に強調しているのは、頭頂部からニョッキリと生えた銀色の狐耳と赤い女袴から食み出した尻尾の二点で御座いますね。
嵯峨野家と同じ獣王四姓の一角である深草家の次期当主にして、狐憑き特有の強烈無比な霊能力を応用した剣技で数多の悪鬼羅刹を一刀の下に斬り伏せた優秀な戦士。
僕達の目の前で穏やかな微笑を浮かべている深草花之美さんは、そのような御方なのでした。
「深草の姉様、こちらは…」
「存じておりますよ、絹掛さん。絹掛さんと時を同じくして初陣を迎えられた、戦禰宜の野々宮賢樹君。黒主崇教討伐の際には貴方にもお世話になりましたよ。絹掛さんや野々宮君達が周囲を固めて下さったからこそ、私は黒主崇教の幹部達との戦いに専念出来たのですからね。」
まだ初陣を迎えて間もない未熟者だというのに、ここまで言われてしまうと照れ臭くなってしまいますね。
絹掛さんとの親しげな遣り取りを見るに、思っていたより気さくで優しい方のようでホッとしましたよ。
そして絹掛さんが「良い心当たり」として深草さんを紹介して下さったのか、今の僕には良く分かる気がするのです。
勿論、深草さんが絹掛さんと同じ憑き物筋の家系で京洛牙城衆の優秀な戦士である事もあるでしょう。
しかしそれ以上に、深草さんが戦禰宜の稲倉武信先輩と恋仲で、二人の間柄が京洛牙城衆の中では周知の事実である点の方が、この場合は遥かに重要なのでした。
憑き物筋の家系に生まれた強力な戦巫女と、霊能力はあるものの肉体的には常人の戦禰宜。
深草さんと稲倉先輩の関係性は、そのまま僕と嵯峨野さんにも当てはまるのでした。
この深草さんなら、きっと御力になって下さるに違いない。
そう感じた僕は、改めて全てを打ち明けたのでした。
「成る程…嵯峨野さんと野々宮君の間柄は、私と武信さんに良く似通っていますね。ところで野々宮君?貴女は篭手を用いた拳術を得意とされていますが、それに加えて手甲鉤を会得する決心は御座いますか?」
「えっ、手甲鉤をですか?」
余りにも意外な話の展開に、思わず聞き返してしまいましたよ。
「実は嵯峨野さんも、貴方の実力は評価しておりましてね。『今は未だ荒削りですが、正しく育てれば大成するでしょう』とも言っていました。そして嵯峨野さんが長く伸ばした鉤爪を用いた戦法を得意としているのは、貴方も御存知の通り。その篭手に鉤爪を装備して鉤手甲に仕立て、嵯峨野さんに弟子入りをなさい。弟子入りの口添え位ならさせて頂きますが、そこから先は野々宮君次第。貴方が嵯峨野さんと仲良く交流出来る事を願っていますよ。」
この深草さんの素晴らしい御提案に僕が飛び付いたのは、言うまでもないでしょう。
こうして僕は鉤手甲を携え、嵯峨野さんに弟子入りする事となったのです。
「相手の急所を狙う時は、手首をグッと捻って抉り込むように!」
「こ…こうですか!?」
敵を模した巻き藁目掛けて、呼吸を整えて渾身の一撃を放つ。
すると嵯峨野さんが披露して下さった御手本通りに、巻き藁の胸の辺りが弾けたのでした。
「そう、その調子です!やはり私の目に狂いはなかったようですね。私好みの強さと優しさを備えた立派な殿方に大成するのを期待しておりますよ、野々宮君。」
「はい!ありがとうございます、嵯峨野先生!」
見事に吹き飛んだ巻き藁と、満面の笑みを浮かべられた嵯峨野さん。
この両者を見比べながら、僕は今までに味わった事のない充足感を体感していたのでした。
思いを御伝え申し上げるのは、嵯峨野さんに本当に相応しい男になってからでも遅くはないでしょう。
師匠と弟子という間柄にまでお近づきする事が出来たならば、今はそれで満足なのですから。