総合武術大会③
「ところでニーナ、彼とはどういう関係なの?」
アリスが純粋な疑問をぶつける。
確かに──ジェイド・マーセナスが現れた瞬間、ニーナはアリスの後ろに隠れた。
かなり怯えていたし彼を敬遠していた気もする。
それをアリスは見逃さずハッキリ見ていた。
もしかしたら──ニーナがこの総合武術大会に出場する理由も、ジェイドが原因のひとつなのか?
「そ、それは……」
「言いたくなければ無理して言わなくていいわよ? 誰だって口にしたくないこともあるからね」
「彼とは──許嫁の関係なんです」
そうか──二人は将来、政略結婚という形で結婚するということが決まっているのか。
だとしても、ニーナがそこまで彼に対し怯える理由が分からない。
人を見下した態度だったり、黒い噂が耐えなかったり、ましてや──僕の正体を知っていたり、なにか嫌な雰囲気があるのは否めないが、外面だけ判断したら好青年の風貌ではある。
「でも──そんなに怯えてるのおかしくない? アタシからしたら、公爵家に嫁ぐなんて名誉なことよ」
「シノはそんなこと考えてたんだな。なら──いっその事レニツァ家に嫁いだらどうだ?」
「はァ!? なんであんな男として魅力が皆無なヤツの所にアタシが嫁がなきゃいけないのよ! ホント、アンタって嫌なヤツね」
また始まったよ、ケインとシノの夫婦漫才。
僕個人的には二人が一番お似合いだと思うけどね。
その話は置いといて──
ニーナは話を再開した。
「彼との結婚が決まったのは夏休み期間中だったんです。彼と結婚が決まってからは、毎日のように彼の屋敷に呼ばれて暴行されて……しまいには彼の目の前で知らない男の人と……わたし……」
ニーナは肩あたりを少しはだけさせると、そこには──惨たらしいアザが痛々しく付けられていた。
「もういいよ、それ以上は言わなくていい」
アリスはニーナを優しく抱きしめた。
ジェイドのしてる事は酷すぎる。
まるでニーナを自分の所有物かのように痛めつけては、それを見て自身の自己中心的な快楽を満たしているのだ。
そんな奴が公爵家だと? 馬鹿馬鹿しい。
今すぐにでもジェイドを追いかけて一生後悔するような罰を与えたい。
こんな奴、同じ公爵家として恥だ。
「シェナ、あいつ、殺す、女の子の、敵」
「シェナちゃん落ち着いて」
「俺も同じ気持ちだ。同じ公爵家として彼は許されざる行為を行ってる」
「そうだね。もしニーナがあんなヤツに嫁いだら、無駄死にするようなモンよ」
だが──結婚に関しては親同士が決めたことで、今更白紙にすることはできない。
しかも──彼は打倒派で僕の正体を知っていることも厄介で頭を悩ませる。
こちら側が動けば、下手したらジェイドは事実を公表しかねない。
もしそうなったら──いよいよこの国は混乱に陥ってしまい、悪魔との問題が何も片付かないまま、王家は説明責任を果たさなければならない。
アリスの時でさえ、打倒派を押さえつけるのが大変だったと聞くのに、僕が今表舞台に立ってみろ? もっと混乱するのは明確だ。
「他にジェイドはなにか言ってた?」
「そういえば──ウィル・グレイシーはこの国に危険をもたらす癌だ。必ず殺して偉大なる御方に……みたいな事を言ってた気がする……」
偉大なる御方──
悪魔たちが信奉する謎の存在。
誰を指して言っているのか分からないが、僕が倒したベリアルも、ことある事に口に出していた。
これでハッキリわかった。
ジェイド・マーセナス、そして──打倒派は、今でも悪魔と繋がっている。
それがアスモデウスなのか、アザゼルなのか分からないが、ベリアルを倒したとて、この国が脅威に晒されているということは何ひとつ変わってないのだ。
「シェナ、今すぐ報告しに行ってくれ」
「了解しました──」
シェナはアンジェラ先生たちに報告すべく、直ぐさまこの場を後にした。
それにしても──何故打倒派の連中は僕が王家の人間だと正体を突き止めているのに、公表するという行動を取らないのか不思議で仕方ない。
打倒派の名目は現在の王家を失脚させ、自分たちが国家運営の舵取りをする目的な筈だ。
僕が生きてることが世間に公表されかつ──王家に対する不信感が生まれれば、国家転覆など容易だし、彼らのプロパガンダは達成される。
それなのに、未だ沈黙を貫き地下に身を潜めている理由はなんなんだ?
「ウィル? 怖い顔してどうしたの?」
アリスが心配そうに僕の顔覗いてきた。
「ううん、なんでもない。ただの考え事だよ」
「もしかして──ジェイドってやつになにか言われた?」
「大丈夫だよ。ささ、練習に戻ろう──」
僕は無理矢理この話を終わらせて練習を再開した。
アリスは終始──釈然としない表情だったが、僕はその事には気を止めなかった。
練習が終わって帰宅した僕は、寮の自室にケインを招き入れた。
僕が何かを抱え込んでいるという事に気が付いたケインが、僕にちょっと時間をくれないかということで今に至る。
「それでウィル、何があったんだ?」
「あぁ、ジェイド・マーセナスの事だけど──」
「うん……」
「あいつ、僕の正体を知っていた」
「えっ、ウィルがこの国の王子だって事がか!?」
「…………うん」
僕はジェイドに耳打ちされたことを漏らすことなく話した。
ケインは信頼できる親友だ。
彼に話しても問題はないだろう。
「確かに──その言動からすると、ジェイドが居る打倒派は未だに悪魔と繋がってるっていう根拠になりうるな。でも──証拠がないのが厄介だ」
「そこなんだよ。証拠がないからこっちが動きずらいってのもあるんだよね」
密偵を出すにしてもこちら側の面は既に割れていると考えた方がいいし、あっちも僕たちの行動は監視しているだろう。
やはり──ここは、本人を捕まえて記憶に干渉する魔法を使わないとダメなのか。
いや、もし何も無かったら後々面倒になるからこの手段は使えない。
どうしたらいいものか……。
すると──窓からコンコンとノックする音が鳴った。
覗き込むとそこには、シェナが立っていた。
僕は窓を開けて彼女を招き入れる。
「シェナ、どうだった」
「この恰好話しずらい、ちょっとまってて」
「えっ──シェナ? ちょっと──」
シェナが猫人族だってことは内密にするんじゃなかったの?
ここにケイン居るよ?
正体バレるけどいいの!?
「オールパージ」
僕があたふたしている間に、シェナはオールパージを唱え、猫人族の姿に戻ってしまった。
「おいウィル──これはどういう……」
「あなたには話してなかったわね。シェナは半獣半魔の猫人族よ」
「半獣半魔の猫人族?? 一体どういう──」
いきなりの事に困惑してしまうのも無理は無い。
シェナは猫人族と魔族とのハーフで、猫人族が持ってる察知能力などの力が半減する代わりに、膨大な魔力を有している。
獣人族などは魔力量が少なく魔法が使えないが、魔力の血を持っていれば魔法はおろか神聖魔法も行使できるようになる。
「ここの国の人間は別種族に対して排外思想でしょ? でも、生き抜く為には人間の姿にならなきゃだから、人間に擬態してるの。理解した?」
「それは理解したが、それを何故今になって──」
「シェナが口止めしてたの。知ってる人が少なければ正体が漏れる心配はないからね。そろそろ本題に入っていいかしら?」
「そのことは後で僕からも説明するよ。それでシェナ、アンジェラ先生はなんて言ってる?」
「はい、ウィル様──アンジェラ様曰く、こちらでも調査するから絶対に動かないようにとお達しを賜りました」
「やはりそうなるよね」
「はい──王権派と打倒派のバランスが不安定な中、こちら側が不用意な動きを見せた場合、対応が後手に回ってしまい状況が不利になると推測します」
「となると、あっちが動きを見せない限りは、こちら側も一貫して静観を貫くってことでいいのかな?」
「そういうことになります」
できれば──僕自身でこの問題を解決したい気持ちではいたが、王権派が先手を打ってしまうと、僕が王家の人間で実は生きてましたということが世間にバレる危険性を孕んでいるから、事態が悪化することを懸念して相手が行動することを待つって事だ。
慎重にならざるを得ないのはもどかしい。
「ありがとうシェナ」
「いえ──ウィル様のお役に立てて光栄です」
シェナはいつもの可愛らしい人間の姿に戻った。
「それにしても驚いた。まさか──シェナが猫人族だったとはね」
「僕も最初は驚いたよ。でも──このことは他言無用で頼む。シェナの立場もあるからね」
「分かってるよ。こんな大事なこと、簡単に言えるはずがない」
「感謝するよ」
今日はこのまま解散となって、ケインとシェナは僕の部屋から居なくなったが、やはり──ジェイドが放った言葉は一抹の不安がよぎった。
そして──ニーナに対する非人道的な行い。
どうにか彼女を助けてあげないと。
だからか──
だからニーナは少しでも彼に対抗しようと、この総合武術大会に立候補したのか。
本当だったら相当怖かったし不安もあっただろう。
なにせ相手は公爵家のジェイド・マーセナスだ。
地位も力も圧倒的に上の相手に対して反旗を翻すのだ。
ならば──方向性は決まった。
もし──ニーナとジェイドが戦うことになっても、彼女が勝てるように仕上げなきゃ。
でないとこのままでは負けて終わりになってしまい、彼女は何も変わらない。
正直──ジェイドの力は未知数だし、ニーナとは圧倒的な力の差があるかもしれないけど、この戦いは絶対に負けられない。
僕はひとつの決心を胸にお風呂場に向かった──
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