10. 総合武術大会
夏休みが終わり後期の授業が再開された。
今日はその初日なのだが、来週にはこの学院の目玉イベント──総合武術大会が始まる。
総合武術大会とは──武術、剣術、魔法、あらゆるジャンルを一括りにし競い合う大会で、1クラス4名の選抜者が大会に出場する。
クラスの代表である為、成績が優秀な生徒が出るのがスタンダードなのだが、たまに番狂わせ狙いやウケ狙いの目立ちたがり屋が出てくることもあるという。
クラスの代表として出るため、テキトーな気持ちで出ると恥をかくが、一種のお祭り的要素もあるからみんなそれほどこのイベントを重要視してないのが本音だ。
今はその出場者を決める為のホームルームが開催されていた。
壇上にはケインが登り司会をしている。
「総合武術大会に出たい人はいるか? 今なら早い者勝ちだ」
もちろん──手を上げる人は居ない。
それもそうだ。
自身の戦闘レベルが露呈するし、ギャラリーが居る中での試合になるからプレッシャーも半端ない。
そんな中で戦うなんて、普通の人だったら嫌だよね。
うん、僕も嫌だ。
「ちなみに俺は出るぞ。王家後見の公爵家として──こういうイベントで力を示さないと、軟弱者のレッテルを貼られてしまうからね」
さすがケインくん!
君はやっぱり公爵家としてのプライドと矜恃を持ち合わせてる素晴らしい貴族だよ。
君が優勝することを祈ってるよ。
「あと3人ですね。私が出ると言ったら他の人たちに凄く止められたので出れないですが……」
それはもちろんだ。
アリスが出場すれば大きな宣伝効果が見込まれるが、王家の大事な王女殿下だ。
万が一のことがあったら取り返しのつかない事になる。
そんなリスクを抱えたままアリスを出す訳にはいかない。
でもちょっと過保護すぎない?
「ウィルはどうなの? アタシは良いと思うけどな」
おい、シノ──
僕が息を殺して目立たないようにひっそりと影を潜めているのに、君はどうして僕の名前を言ってしまうんだい?
これはイジメか?
いやイジメだ!
先生! このクラスにイジメが発生してます!
「僕はいいよ。他に出たい人が居ればその人を優先して欲しいし」
「ウィル、遠慮はダメよ? 私はウィルが戦ってる所みたいんだけどな」
「ウィル様、出るなら、シェナも、出る、ウィル様と戦いたい」
シェナにとっては僕と手合わせする数少ないチャンスだろうが、アリスさん──あなたは自分が出ないからってちょっと無責任すぎやしませんか?
遠慮? そんなものしてませんよ。
理由はシンプル。出たくないだけ──
「俺に勝ったウィルが出ないのか。もう一度再戦したいなって思ってたのに残念だ」
「ごめんなケイン、シェナ。今回僕は応援に──」
「逃げるのか? ウィル・グレイシー」
ここまで沈黙を貫いていたアンジェラ先生が口を開いた。
どうせ僕が面倒くさくて出場したくないってバレてるだろうから隠しはしないが、ここに来て口を開くということは、明らかに出場するよう煽ってきているのだろう。
「君が出るならシェナくんも出ると言っていて、残り1枠になるのに、君はくだらない理由で出場を他人に譲ってしまうのか?」
「くだらない理由……どんな理由なのか教えて頂きたいものですね」
アンジェラ先生はフッと笑った。
あ、まずい……。この人僕の心の内を暴露しようとしてる。
待て。それを言ってしまったら──
「ウィルくんねぇ〜、総合武術大会が面倒臭くて出たくないから、人目につかずひっそりとこの場をやり過ごそうとしてたのよぉ〜。このクラスで一番強いのにぃ〜、こういうイベントに率先して出場しないなんてぇ〜、どうかと思わなぁ〜い?」
うわ……。全部言いやがった。
僕に視線を合わせてテヘペロッじゃないんだよ。
勝手に人の心読んで暴露とか、この人本当に先生かよ。
プライバシーの侵害だ!
アンジェラ先生の暴露により、みんなの冷ややかな視線が僕に集中する。
「そんなことを考えてたなんて──到底看過できないな、ウィル」
「そうよ、アンタ──いちばん強いのにサボって出ないってどういうこと」
「ウィル様、ヘタレ、臆病、弱虫、バカ、アホ。シェナ幻滅」
シェナさん、それはもう暴言ではなくて?
それよりもひと際強い怒りの視線を送ってくるのはアリスだ。
大会に出場しようがなにしようが僕の勝手なのに、なんでみんなそんなに怒るのでしょうか。
僕には分かりません……。
「ウィル、あなたって人は見損ないました。少なからずウィルの強さに憧れを抱いてウィルのようになりたいって思ってた私がバカだったわ」
えぇ……そこまで痛烈に批判します?
なんだろ、この出なきゃ許されないみたいな雰囲気。
だって──僕が出たらぶっち切りで優勝じゃん。
そんなのつまんないじゃん。
色んな人から規格外だのなんだのって言われるんだよ?
僕の強さは学院中の人が知ってるんだよ?
それでも君たちは僕に出ろと言うのかい?
「ま、待ってみんな。僕は、その……えっと……」
ダメだ! 言葉が出てこない。
どうしてこういう時って、人間は適切な言葉が出てこないんだろう。
今だけはある事ない事ペラペラ言える詐欺師が羨ましいよ!
「非協力的な態度により、ウィルくんには補習をしてもらわなきゃいけないな」
「アンジェラ先生、それいいじゃん。名案じゃね?」
「そうですね。俺も賛成です」
「補習、頑張れ、ヘタレのウィル様」
アンジェラ先生あなたって人は!!
このまま行ってしまうと本当に補習を受ける羽目になってしまう。
仕方ない──本当は出たくなかったが、こんな理不尽な扱いを受けるなら、本気で戦って優勝してやる!
圧倒的な力を見せつけて、周りをドン引きさせてやるんだから、覚えておきなさいよッ!!
「わかりました、やります、やりますから!! 補習だけは勘弁してください! あとみんな、心にも無いこと言いたい放題言って傷つきました!」
「はい、じゃあウィル決定で。他に出たい人いるか?」
「シェナ、出る、優勝、狙う」
「わかった。じゃあシェナも決定で」
…………あれ? なんで急にドライになったの?
あんだけ僕のこと言いたい放題言っておいて、決まったら、はい、次。ですか?
え、普通に傷付く。私って都合の良い男?
満足したら捨てるの?
本当にそんな気分なんだけど。
人間不信になるからやめようね。
「最後のひと枠だが、他に居ないか?」
クラスが静寂に包まれる。
無駄に時間だけが過ぎていくが、一向に立候補者が出てくる気配は無い。
それを見かねたのか、一人の女子生徒が恐る恐る手を挙げた。
「あ、あの……わ、わたし出場します……」
黒髪ストレートの長髪でメガネをかけていて、しっかりと着こなしているシワひとつ無い制服。
「確か……君は──」
「ニーナ・オースティンです……」
ニーナ・オースティン──
確か──オースティン伯爵家の令嬢だった気がする。
でも彼女はどちらかというと、こういう体育会系のイベントに出る人という感じではない。
所謂地味系のモブ女子生徒って感じだし、クラスでひとり──読書をしてるイメージの方が強い。
ニーナは、クラスの中でも魔法、剣術、体術の成績は良い方ではないのだ。
むしろ──そういうのは苦手で、クラスの授業でもまともに戦えてた記憶は無い。
てか──みんなと便乗して酷いこと言ってきたシノが出ないってどういうこと?
「ニーナ、本当に良いのか? 悪いがこう言ってはなんだが、こういうイベントに君は不向きだと思うんだけど」
「私もそう思うわ。ニーナさんこういうの苦手でしょ?」
「苦手ですが、わたしも頑張ってみたいんです」
「ニーナ、危険、命、安くない」
悪いがここはやはり──シノ辺りが出るのが妥当だと思う。
ニーナではあまりにも危険すぎるし、シェナの言う通り、下手したら命の危険だってある。
「わ、わたしッ!! がんばりますから……」
「いいんじゃないか」
ニーナが出場することに否定的な雰囲気が出る中、アンジェラ先生だけは肯定的だった。
まあ、こういう時は生徒の意志を尊重し背中を押してあげるのが先生の努めだ。
半ば強制的に出場させられる僕にとってはもうどうでもいいことなのだが、もし──ニーナが出るのであれば、応援はしてあげたい。
「私はニーナくんが出るのは賛成だ。どうせ──他に出たい奴なんて出てきやしないのだからな」
「それもそうですが。ニーナ、頑張れるか?」
「は、はいッ!! 精一杯がんばりますッ」
「それでは、最後の枠はニーナに決定で」
クラスから大きな拍手が湧いた。
ようやく決まったみたいな安堵が漏れるような拍手に聞こえてしまうが、出るからには優勝目指して頑張りますよ。ぶっち切りで。
「それはそうとウィル・グレイシー」
アンジェラ先生が思い出したかのように、僕に話しかけた。
「なんでしょう」
「大会までの1週間、ニーナくんに特訓をしてあげてくれ。ウィルだけじゃなくていいが、ニーナくんも無様な姿は見せたくはないだろう?」
「は、はいッ! ウィルくん。よろしくね」
えぇ……。うそぉ〜。
なんでこうなるの……。
「ウィルよかったじゃん。女の子とマンツーマンで特訓とか」
「からかうなよ。わかりました先生。やらせていただきます」
「んじゃ、よろしくね〜」
「ニーナさん、ウィルがなんかしてきたら、私に言ってね。その時はガツンと怒ってあげるから」
「なんにもしないよッ!! まったく……僕をなんだと思ってるんだ……」
「ムッツリスケベのウィルくんッ」
そんな片鱗、一度も見せた事ないですけどね!!
なんか今日のみんな、冷たくない?
暑い日なのに、寒気を感じたのは気のせいでしょうか──




