実家へ帰らせて頂きます⑤
さて──どうしたらいいものか。
ここは男子専用の大浴場だ。
僕以外にも、父さんや使用人の方々も利用する場でもある。
女性は女性専用の大浴場があるし、もし──他の人が入ってきてしまったら、とんでもない誤解を生んでしまうのかもしれない。
かもしれないじゃない──間違いなく誤解する。
大抵──こういうのは男側が責めを負うのが相場であり、男湯に女性が居たら男のせい。女湯に男が居たら男のせいになる。お風呂の世界とはそういうものであり理不尽極まりない世界。
背中を流してくれるのは有難いが、わざわざ黙って男湯に入ってきて言う言葉ではない。
シェナさん、行動が大胆過ぎますよ。
「気持ちは有難いけど、さすがにこれはまずいよ……」
「むぅ……。オールパージ」
シェナはオールパージで自らの人化を解除した。
猫耳とシッポが露わになり、身体も大人の身体に戻る。
でもやはり──慎ましやかではあった。
そういうことじゃない、そういうことじゃないぞウィル・グレイシー。
僕は咄嗟に、元の姿に戻ったシェナに背中を向けた。
「やはり──人化だとどう見ても幼い娘にしかならないのが難点だな。シェナの裸体を見ても欲情しない男はウィル様が初めてだ」
「そ、そうなんだね……」
「ん? なぜ背を向けるんです? ウィル様に見られて不快だなんて思いませんよ?」
「いや、そうじゃなくて、うん。そうじゃない」
大浴場で欲情。
そんなしょうもないダジャレが頭の中を走り回ってるお陰で変な気は起きずに済んでいる。
うん、ただ状況が読み込めないだけ。
人の姿だろうが、猫人族の姿だろうが、この状況がマズいってことには一切変わりはないんですけどね。
そこのとこどうお考えのつもりで? シェナさん。
「そうか──ウィル様はやはり胸の大きい女子が好きなのだな。すみません──シェナの胸は小さい。期待に応えることはできません」
「違う違うからね!? てか──背中流したいって話なのになんで胸の好みの話になってんの??」
「お背中をお流ししたいのは本当です。だけど──男と女が裸のまま同じ空間に居合わせたら、やることは一つじゃないですか」
おぉ。さすが250年も生きてる猫人族の言葉だ。
そりゃ世の中の酸いも甘いも興奮も絶望も何もかもを、これだけの年月生きていたら知ってるよね。
だけど──話はそこじゃない。
「背中流してくれるのは有難いけど、でも遠慮しておく。だってここ──男専用の大浴場だもん。他の人が来たらきっと勘違いされちゃう」
「大丈夫です。その時はシャドウで逃げますので」
そういえばシェナのスキルってシャドウだったね。
あらやだ──問題解決しちゃった。
じゃなくて、倫理的な問題ッ!!
「フフッ……冗談です。少しからかいたかっただけです。猫人族なので長湯は出来ませんが、少しお話してもよろしいですか?」
砕けたシェナから一変、真面目な雰囲気を醸し出したシェナがお願いをしてきた。
どうやら長湯は出来ないらしいし、誰か来たら隠密スキルで逃げてもらうからいいか。
「いいよ。少し話そう」
「ありがとうございます」
シェナは自分の背中を僕の背中にぴとっとくっつけた。
少しドキッとするが、そんなのはお構いなく──シェナは語り始める。
「シェナは──父親の顔を知りません。母はシェナが幼い頃に亡くなりました。その母からも、シェナは魔族の血が入ってるからという理由で酷い事もされました。それからは奴隷としていつ死ぬのか分からない苦痛を浴びながら生きてきましたけど、生まれてから100年経ったくらいですかね。その時出会ったのがアンジェラ様です」
てことは、もうすでに150年くらいの付き合いって事なのか。
そりゃ長く一緒に居ればあんな啀み合いもできるよね。
シェナは話を続ける。
「アンジェラ様には感謝してますし、尊敬もしてます。ただ死ぬことを待つだけだった小娘を救ってくれて。シェナに戦いの基礎や生きるための生活の知恵まで授けてくれた。大切な良き姉だと思ってます」
アンジェラ先生ってお高く止まってるイメージが付きがちだけど、案外──面倒見がいいというか母性があるというか。
あれか──
オカン気質なのかもしれないな。
どうしてシェナを助けたのかの真意は本人に聞かないと分からないけど、助けただけじゃなく親身になって生活の基礎と戦い方を教えたことに関しては、僕自身見習う点はたくさんあるな。
「そして何より──シェナが心からお慕いしたいと思えたウィル様と引き合わせてくれたこと。この上ない幸せでございます。ウィル様──これからも誠心誠意尽くさせてください」
「ありがとう。僕はそこまで立派な人間じゃないけど、僕もシェナに会えて良かった。シェナは気が利くし頭も良いし、機転の利いたサポートまでしてくれる。僕はシェナに助けて貰ってばかりだよ。だから──これからも僕の側に居てください」
なんかちょっと最後はプロポーズ的な感じになっちゃったけど、まあいいか。
僕が口にしたことは本心だし、シェナには心から感謝している。
実際にシェナのお陰の場面はいくつもあったし。
これからも側にいて欲しい人だよ。
「ウィル様、シェナは──」
「──おいッ!! シェナ!! ここは男専用の大浴場……ってあれ? 居ない」
勢い良く大浴場の扉が開いた。
そこには──アンジェラ先生が怒気強めのオーラを纏って立っていた。
僕は咄嗟に後ろを振り向くが、シェナは既にシャドウで身を隠していた。
「あれ? ウィル様しか居ないじゃないか。ウィル様、シェナ見ませんでした?」
「え、いや、その、えっと、み、見てないかな」
「んー? 何か怪しい……」
「あ、怪しいことなんてひとつもないですよ? 実際ほら、僕ひとりしか居ないしッ!!」
「ならば──なぜそんなにも動揺してるのです? あっ!! もしかして──私とご一緒したいのですか!?」
なんでそうなるんだよ。
いきなり異性がお風呂場にやってきたら動揺するの当たり前だよね?
アンジェラ先生は動揺しないんですか?
この世界の人たちって貞操観念どうなってんの?
「なわけないでしょッ!! シェナなら見てませんよ」
「おかしいですね。魔力の残滓が確かにここに残ってるんですがね」
シェナの人化って魔力を使ってるんだっけ。
そこはシャドウでも隠せないか。
「まあいいですわ。シェナを見かけたら私が探していたとお伝えください。それでは──」
そう伝えると彼女は大浴場を後にした。
ふぅ、危なかった。
他の男性が来ると思いきや、まさかのアンジェラ先生が来るなんて……。
もうこんなヒヤヒヤする場面は懲り懲りだ……。
いつのまにかシェナも居なくなったみたいだし、ようやくひとりでゆっくり出来る時ができた。
その後僕は、長めのお風呂を楽しんだ──




