幕間のひと間 その6
ウィル様はこの国にとって大事な御方──
わたし、シェナ・マクレーンはその大事な御方の護衛に就くことを任命され、この間Aクラスに昇格したばかりだ。
元々存在を認知されず、影からウィル様とアリス様をお守りする予定だったが、ウィル様を狙う悪魔──ベリアルが接触してきて、状況が変わった。
シェナが影から二人を守るのには理由があった。
シェナのスキル──シャドウが、二人を守る上で最適だったからだ。
シャドウとは、簡単に言えば隠密を得意としたスキルで、相手からシェナを認知することが出来なくなり、背後に回って仕留めることが出来る。
そのスキルを以て降り注ぐ災難を未然に防ぐ予定だったが、こうも直接的に接触してくるなんて予想外だった。
こういう背景から──シェナの上司であるアンジェラ様は、シェナをAクラスに昇格させてまで側に付けさせたけど、実際の所は何も出来てない。
現に──ウィル様はベリアルと戦闘中で、シェナは上空で待機させられている。
しかも、ゼノ大森林には魔素溜りができていて、戦闘の様子を視認することもできない。
「シェナ、何も出来ない」
そう思ってしまう程、時間だけが無駄に過ぎていく。
ウィル様がベリアルと戦闘を始めて暫く経った時だった。
いきなり──強烈な圧を感じ、身を構えた。
「だれ──」
「あら、気づかれちゃった? あなた──私の存在に瞬時に気付くなんて、敏感なのね」
シェナの10メートル先には、真っ赤なドレスを着飾り、露出部分は多めで大きな胸を強調している──何ともふしだらな女が居た。
いや──悪魔だ。
そう理解するのに時間は要らなかった。
「ちょっと、なにか言いなさいよ。それより……あなた可愛い顔してるわね。とても人間には見えないけれども」
「なにが言いたい」
「だってあなた──半獣半魔の失敗作でしょ?」
なんでこの女は、シェナが半獣半魔だと分かった?
わたし──シェナは、実は人間ではない。
半獣半魔といって、半分が猫人族の獣人で半分が魔族の血が入っている混血種だ。
猫人族は人間と姿かたちがそんなに変わらないが、特徴的はのは、猫耳と尻尾があること。
そして、異常なまでの察知能力と危機察知能力だ。
シェナは魔族とのハーフなので察知能力と危機察知能力は純血に比べて劣るが、その代わりに膨大な魔力を有している。
今は魔法によって人間の姿に擬態しているが、シェナの真の姿を見てもないのにこの女は私が半獣半魔だって当ててきた。
いったい──何者?
「だからなに? あなた、何者」
「紹介が遅れたわね。私の名前は──アスモデウス。序列3位の地獄の王よ。以後お見知り置きを」
アスモデウス──
悪魔の中でも最強クラスの幹部。
その上にはアザゼル、バアルと、それに次ぐ実力者。
だから──あんなに圧の強い魔力だったのか。
「ここに何しに来た。貴様の出る幕、無い」
「ご心配なさらず。今日は見物に来ただけだから。そもそも──この仕事はベリアルの仕事だからねぇ。私の出る幕じゃないわ」
とは言っているが、なにせ相手は悪魔だ。
悪魔の言葉など信用してはならない。
人間に擬態している以上魔力を消費するため、今ここでアスモデウスを討つなら、擬態を解いて本気をださないと。
じゃなきゃ──殺される。
「私を討とうなんて無駄よ? 隠密で認知阻害と足音を消したって、あなたは私に届かないわ」
「やってみなきゃ、分からない」
「あらやだ。大人しくしててね。オールバインド」
「────ッ!!」
やはり──この悪魔も神聖魔法が使えるか。
ならば──シェナにも策はある。
「オールパージ」
「あらッ!! あなた──神聖魔法使えるのね。ちょっと興味湧いたじゃないッ!!」
シェナはオールパージでアスモデウスのバインドを解除する。
猫人族は察知能力が優れている分、魔力が少ない。
でもさっきも言ったように、半獣半魔のシェナは、半分魔族の血を引いてるのが原因で、他の猫人族よりも魔力量が膨大だ。
だから、シェナは神聖魔法が使えるのだ。
「シェナは興味無い。貴様消すのみ」
「ちょっと待ちなさいよ。わかったわ、少し私とお話をしましょう」
「シェナ、話すことない」
「いいえ、私があるわ。何個か質問させて? あなたの両親はどちらが猫人族?」
「……………………」
答えてたまるか。
シェナは頑なに口を開けようとしなかった。
沈黙が流れるが、そんなの一向に気にしない。
あの悪魔が隙を見せたら、一気に仕留める。
「ちょっと困るわ。仕方ないわね、少々強引な手を使わせて貰うわよ── 目を開け、口を聞け、耳を閉じろ。理は世界を歪める──」
闇魔法の詠唱だろうか。
しかし──シェナの身にはなにも起こらない。
身体の異変も何も無いのだ。
「では──質問するわよ。シェナ、あなたの親はどちらが猫人族?」
「シェナの親、猫人族、母様」
──────えッ、ウソ……。
口が勝手に開いていく。
どんなに答えたくないって思っていても、まるで壊れた蛇口みたいに、言葉が出てきてしまう。
「シェナ、あなたは父親の顔を見たことがある?」
「ない。父様のことを聞くと、母様、怖くなる。シェナ、痛めつける。あなた、いらない子って。だから教えて貰ってない。誰か知らない」
母様はシェナのことが嫌いだった。
シェナは母様から愛を受けたりだとか、大切にされたりだとか一切無い。
顔を合わせれば暴力と罵詈雑言。幼いながらに欲求の溜まった男たちの相手をさせられたり、お腹が空けば市場で露店の商品を強奪する毎日──
何度も何度も──生まれてきちゃダメだったんだと心の中で叫んだ。
それでも──たった一人の母様。
シェナの大切な母様だから、母様が喜ぶなら何だってした。
でも──母様は死んだ。
シェナは奴隷になり、そこからの記憶はほとんど無い。
そんな時に──アンジェラ様がシェナを助けてくれた。
半獣半魔のシェナを最初は研究目的で買ったのだろう。
でも──アンジェラ様はシェナに愛をくれた。
魔法も格闘術も剣も、教養もなにもかも──
「あなた──闇魔法は使える?」
「シェナ、闇魔法使わない。教わってない。猫人族、闇魔法禁忌」
やめて──これ以上、シェナの心に土足で入ってこないで。
もう──答えたくない。
でも──そんな感情は虚しく、アスモデウスは質問を続けた。
早く終わって欲しいと願ってからどれくらい時間が経ったのか、ようやく──最後の質問になった。
「これが最後の質問よ、シェナ。あなた──悪魔側に来ない?」
なんという質問だ。
この強制的に人に喋らせる闇魔法は。
幸いにも──この闇魔法に掛かったら嘘は付けないから、最後の質問は相手にとってただの愚問だ。
「シェナ、悪魔側、つかない。悪魔、憎い」
「どうして憎いの?」
「ウィル様苦しめてる。アリス様王様みんな──悲しんでる、傷ついてる。悪魔、幸せ奪った。だから憎い。シェナ、みんなのこと守る。シェナの大事な人たちッ!!」
シェナは無詠唱でオールパージをする。
闇魔法が解除されたかは分からないが、シェナは一気に間合いを詰めた。
「あらあら、見上げた忠誠心ね。でも──あなたじゃ私には勝てないわ。だって──」
「うらぁぁぁぁぁあッ!!」
シェナの拳がアスモデウスを捉えた。
その次の攻撃を繰り出せば、相手は勝手に怯む。
そう──思っていたが、突如──アスモデウスの身体は霧のように霧散してしまう。
どういうこと──
「だから言ったじゃない。あなたは私には勝てないって」
アスモデウスはシェナの頭上に居た。
当たったと思った拳は空を切り、そして──霧のように霧散していく身体。
実体さえ攻撃できれば──戦えない相手じゃない。
でもどうやって実体を掴む。
「えぇ〜。もうあっち終わっちゃったの? たかがインフェルノで全滅とか有り得ないわ。でもまあいいわ。シェナって言ったかしら?」
「気安くシェナの名前、呼ぶな」
「あなたのこと、私はいつでも歓迎するわ。その気になったら──いつでも迎えに行くわよ」
「ま、待てッ──」
そう言い残し、また霧散するようにアスモデウスは消えた。
でも──アスモデウスの言葉から察すると、シェナに対して敵対する意思は感じなかった。
魔法は行使してきたが、直接的なダメージを負うような攻撃は一切されていない。
そして──シェナの攻撃は、赤子と戯れるかのように軽く流された。
本当にシェナを悪魔側に勧誘しようとしている?
だとしたら甚だ有り得ない。
でも、シェナはまだ──弱い。悪魔に勝てない。
あのアスモデウスが本気で攻撃してくるような一撃を、シェナはまだ出せない。
これが獣人と悪魔の圧倒的な差──
「ウィル様──どうして、そんなに戦えるの──」
悔しさが募る中──アスモデウスが去った後、シェナはウィル様の帰りを待った。
魔素溜りは未だ晴れない──




